• ルビ
  • 音声読み上げ
  • シェア
  • メール
  • CLOSE

〈Seikyo Gift〉 信仰体験 許すまじ核の爪――戦後80年 2025年8月30日

 原爆が投下され80年が経過した。核兵器を正当化する狂気に対し、戸田先生は「その奥に隠されているところの爪をもぎ取りたい」と糾弾した。平和の王者である池田先生を先頭に、創価の師弟は「原水爆許すまじ」の大誓願を受け継いできた。広島、長崎の反核の叫びを伝える。

伝えゆく 平和の覚悟

 【長崎市】その手記は「二人の母」というタイトルで始まっていた。〈あの一瞬の閃光が、私の全くあずかり知らぬところで、私の体内に受け継がれ、そして我が子の体内へと流れていたのです〉。被爆2世の古場久美子さん(70)=総県副女性部長=が、40年前につづったもの。当時の憤怒の表情が、行間からにじむ。(7月31日付)

全文はこちらから

争いなき明日へ 幸せよ咲け

 【広島市安芸区】かげろうをつくる坂道の向こうに、広島原爆養護ホーム「矢野おりづる園」がある。ここに約100人の被爆者が暮らす。カーテン越しに午後の光がゆらぐ一室に、その人はいた。瞳の中に静かな威厳をまとう河野良雄さん(93)=副本部長。「せっかく来てもろたんじゃから、題目三唱しましょうかね」。その祈りは、初めて被爆体験を取材する記者に、何かを伝え託そうとする響きに思えた。(8月6日付)

全文はこちらから

反核の咆哮 その胸に

 【長崎市】福岡育ちの記者が、初めて「原爆」に触れたのは小学生の時だった。平和学習で訪れた広島平和記念資料館の展示室。黒焦げの三輪車や衣服に胸がざわついた。同い年くらいの子どもの写真があった。こちらをじっと見ている気がした。息が詰まり、一人、展示室を出た。その日から戦争に触れることが、どこか怖くなった。昨年、長崎支局に赴任した。想像できない苦しみを経験した被爆者が、信仰を通し、生きる意味をどう変えてきたのか、知りたいと思った。戦争とは。平和とは。自らに問いながら、中村ユキヱさん(85)=地区副女性部長=を訪ねた。(8月9日付)

全文はこちらから

墓に納めた四角いブローチ

 【広島市中区】入道雲の湧き立つ空を見上げるたび、記者には一つの後悔が浮かぶ。それは、夏の暑い日に祖母が遠くを見てつぶやいた一言。「こんな日も死体を運んだな」。触れてはいけない話だと思い、聞くのをためらった。やがて祖母が旅立った。残すべきはずの記憶が消えた思いがした。あの時、詳しく聞いていれば……。青春の後悔を胸に沈め、広島で記者となった。被爆3世として自分に何ができるのか。そんな思いを抱き、戦後の記憶をとどめる市営アパートの一室を訪ねた。竹内幸惠さん(93)=女性部副本部長=がニッコリほほ笑んでいた。(7月24日付)

全文はこちらから

動画

SDGs✕SEIKYO

SDGs✕SEIKYO

連載まとめ

連載まとめ

Seikyo Gift

Seikyo Gift

聖教ブックストア

聖教ブックストア

デジタル特集

DIGITAL FEATURE ARTICLES デジタル特集

YOUTH

劇画

劇画
  • HUMAN REVOLUTION 人間革命検索
  • CLIP クリップ
  • VOICE SERVICE 音声
  • HOW TO USE 聖教電子版の使い方
PAGE TOP