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〈SDGs×SEIKYO〉 世界の変革は「地元」から インクレディブル・エディブル・ネットワーク創設者 パム・ワーハーストさん 2023年5月9日

  • インタビュー:「食べること」で町を活性化 

 SDGsの目標11「住み続けられるまちづくりを」の模範例として世界から注目される取り組みがあります。イギリス中部の町トッドモーデンから始まった「インクレディブル・エディブル」です。町の至る所に野菜や果物を植え、誰でも食べられるようにするこの運動は、イギリス全土に広がり、世界各地でも、約1000のグループが同じような町づくりに挑戦しています。「インクレディブル・エディブル・ネットワーク」の創設者であるパム・ワーハーストさんに話を聞きました。(取材=樹下智、サダブラティまや)

©Gary Calton/Alamy Stock Photo
©Gary Calton/Alamy Stock Photo

 ――ワーハーストさんたちは2008年、かつては「貧困地域」にも指定されたことがあるトッドモーデンで、「インクレディブル・エディブル(信じられないかもしれないけれど、好きに採って食べていいよ)」の運動を始めました。
  
 私たちが住むトッドモーデンは、もともと綿工業と農業で栄えた町でした。ですが綿工業が衰退し、人口が減少。若者が住み続けたいと思えない、「置き去りにされた町」になりました。
  
 市場もあり、鉄道も通り、美しい風景に囲まれた素晴らしい町なのですが、住民は自信を失い、その魅力に気付くことができていませんでした。どんな人でも参加できる、より環境に優しい町づくりを推進することで、トッドモーデンに住む誇りを取り戻してもらいたい。そうした思いで、私たちは活動を始めました。
  
 ――特に「環境に優しい」という面に注力されたのは、なぜでしょうか。
  
 気候変動が、人類の存続を脅かす大きな問題になっているからです。
  
 娘を持つ一人の母親として、子どもたちの未来を守りたい。取り返しのつかないようなことは、したくない。活動を始めた15年前も、そして今も、私たち大人が無責任なことをしてしまうのは、我慢ならないと思っています。
  
 もちろん気候変動は、トッドモーデンだけの問題ではありません。しかし、私にできることは、まず自分が住む地域から行動を起こすことでした。
  
 より持続可能なライフスタイル(生活様式)を身近な人たちに伝え、人々の考え方と行動を変えていくしかない。「自分たちも大きな問題を解決する力になれる」という自信を、大勢の人が持てる方法を見つける必要がありました。
  
 ――そこで着目したのが「食べること」だったのですね。
  
 その通りです。食べ物は、年齢や学歴、収入にかかわらず、誰もが日常的に接するものです。どんな人でも興味を持って、関わっていくことができる。
  
 この「食べること」を中心に据えて、「コミュニティー」「学習」「ビジネス」という三つの“受け皿”を、より持続可能な方法で活性化できないかと考えました。

イギリス中部の町トッドモーデン。「インクレディブル・エディブル」の運動で町が活性化した ©Andrew Smith/Alamy Stock Photo
イギリス中部の町トッドモーデン。「インクレディブル・エディブル」の運動で町が活性化した ©Andrew Smith/Alamy Stock Photo
◆「地産地消」で環境も経済も

 ――具体的には、どのような取り組みから始めたのですか。
  
 一つ目の「コミュニティー」の発展のために、まず、使用されていない土地や道路の脇などで、野菜や果物の栽培を始めました。誰でも育てられて、誰でも収穫できる菜園です。
  
 あえて公共の場にしたのは、人々の目につくようにしたかったからです。景観も良くなりますし、使われていない場所がこんなふうに役に立つのかと、多くの人に知ってもらえます。
  
 私たちは、「宣伝菜園」と名付けました。この季節には、どういった食物が育って、もしくは育たないのか、どのくらい成長したら摘んでも大丈夫なのかなどを、看板を立てて説明しました。
  
 人々が生物の多様性に触れる機会にもなり、食物を育てる人、また収穫する人が互いに話し合う、市民の交流の場ともなりました。これが未来を変える第一歩となったのです。
  
 ――二つ目の「学習」は、どういった内容でしょうか。
  
 一つ目の取り組みと重なる部分が大きいですが、どのように食物を栽培するのかを初心者に教える必要がありました。食物を育てた以上、どうやって保存し、料理するのかも学ぶ必要があります。見ず知らずの人々が集まって、食物の栽培方法や、料理の仕方を「学習」する機会を、私たちは提供しました。
  
 三つ目の「ビジネス」の受け皿は、成果が出るには時間がかかる“投資”なので、どうしても取り組みにくいのですが、極めて重要でした。草の根レベルの運動を持続させるためには、少なくてもいいので、仕事を創出して収益を出す必要があります。
  
 「コミュニティー」と「学習」の取り組みで、地元で育てて食べることの大切さに共感してくださった方々に協力してもらいながら、地元の食材を、地元の商店から買うよう人々に促していきました。町の商店にも、もっと多くの地元食材を販売するようお願いしました。
  
 ――地元で生産されたものを地元で消費する「地産地消」ですね。
  
 私は「スティッキー・マネー・エコノミー(粘着性のあるお金で回る経済)」と呼んでいます。収益が、生産・販売された場所にとどまるからです。
  
 全てボランティアでの活動だったので、時間はかかりました。しかし徐々に、地元農家が生産量を増やし、新しく農業を始める人も出てきたのです。
  
 地元食材を消費するということは、長い距離を輸送する必要がありません。つまり、二酸化炭素の排出が少ないため、気候変動の抑制にもつながるのです。
  
 「コミュニティー」「学習」「ビジネス」という三つの受け皿が組み合わさることで、より環境に優しい形で、地元経済も盛り上げていくことができる。
  
 小さな一歩の積み重ねでしたが、「土地」の使い方を再定義し、新しい価値を生み出すことができたのです。
  
 ――最初は反対する人も多かったと伺いました。
  
 ええ。今でも気候変動を否定する人がいるぐらいですから、私の気が狂っていると言う人もいました。ですが、私たちの取り組みが注目され始めると、状況は変わっていきました。テレビやラジオ局に取材され、海外から大勢の人々が訪れるようになると、町全体が、インクレディブル・エディブルの活動に誇りを持ってくれるようになったのです。
  
 私たち自身の目的感も、これは「子どもたちの未来のため」に続けていることなのだと、より深く洗練されていきました。私たちは、ただ野菜を作っているのではない。経済を発展させ、環境も守っていける「グリーンインフラ(自然が持つ多様な機能を賢く利用するインフラや土地利用計画)」の新しいモデルを提示しているのだと、自信を持って語っていけるようになりました。

2010年9月、当時、皇太子だったチャールズ英国王がトッドモーデンを視察 ©Christopher Furlong/Getty Images
2010年9月、当時、皇太子だったチャールズ英国王がトッドモーデンを視察 ©Christopher Furlong/Getty Images
◆草の根レベルの結び付きが力に

 ――2010年には、当時、皇太子だったチャールズ英国王もトッドモーデンを視察されました。その後、国内だけで150グループ、全世界では1000グループへと、インクレディブル・エディブルの活動は広がっていきました。
  
 私たちは一般市民です。多くの人を雇うような潤沢な運営資金はありません。他の町の人々が同じ運動をしたいと言っても、私たちの取り組みを紹介し、情報を提供するだけで、後は自分たちで考えて活動を進めてもらわなければなりません。
  
 都市ごとで状況が違い、それぞれに特有の課題があります。新しいグループが誕生しては、活動を休止したり、また再開したりというのが現状です。
  
 この15年間、さまざまな国から、実に多くのグループが私たちのもとを訪れ、連絡を取り合ってきました。ある国のグループは、食料問題を解決するためのさらに大きなキャンペーンへと発展を遂げました。インクレディブル・エディブルの取り組みを土台にして、小さなビジネスや、教材を販売する社会的企業を立ち上げたグループもあります。
  
 気候変動に立ち向かうには、それぞれのグループが、自分たちでより革新的なアイデアを生み出していく必要があります。誰かに言われたことをやっているだけではいけないのです。ですから、それぞれのグループが進化していくのは歓迎すべきことです。
  
 そうした意味で、私たちは「ネットワーク」というより「運動体」と表現した方がいいのかもしれません。コミュニティー、学習、ビジネスという三つの受け皿を活性化させて、現実を変えていく信念を共有した運動体であり、私は創設者として、それぞれの取り組みをサポートしているに過ぎません。
  
 人類が直面する危機を克服するには、もっと多くの一般市民がそうした機会に接し、課題解決の力にならないといけない。それぞれの地元、自分が住む町こそ、行動に対する評価や効果を肌感覚で感じられる「最適解」を生み出せる場所だからです。草の根レベルでの互いの結び付きこそ、持続可能な未来を実現する変革の鍵だと考えます。
  
 ――創価学会は、「より公正で持続可能な世界を構築しゆく人材の育成」を目指すことを社会憲章に掲げ、一人一人が、それぞれの地域社会に貢献できるよう努力を重ねています。ワーハーストさんたちは、「小さな行動の持つ力を信じる」をモットーに掲げていますが、一人の人間の小さな行動が地域社会をどのように変えていくとお考えでしょうか。
  
 最も大事なことは、私たち自身が一度立ち止まって、「今の状況が子どもたちの未来のためになっているのか」「何も知らないふりをするのか、それとも、少しでも子どもたちのためになることをするのか」と、自らに問い直すことだと思います。
  
 世界を変えるのに必要なのは「最初の一歩」です。その一歩さえ踏み出せれば、やがて多くの人が賛同してくれます。これは、私自身がこの15年間で経験してきたことからも言えます。
  
 行動を起こす中で同じ志を持った人が現れ、自分が一人ではないこと、目の前にさまざまな可能性が広がっていることに気付きました。そして、自分たちが住む町を、より豊かで、緑が輝く地域にすることができたのです。
  
 「インクレディブル・エディブル・ネットワーク」では、世界各地にそうした事例がたくさんあります。「自分にはできる」と信じて、最初の一歩を踏み出す。必要なのは、ただそれだけなのです。

イギリス各地に広がっていった「インクレディブル・エディブル」の取り組み。写真は、同国中部マンチェスターに隣接するサルフォードでの活動 ©Ian Bocock/インクレディブル・エディブル・ネットワーク提供
イギリス各地に広がっていった「インクレディブル・エディブル」の取り組み。写真は、同国中部マンチェスターに隣接するサルフォードでの活動 ©Ian Bocock/インクレディブル・エディブル・ネットワーク提供
英オックスフォードでの取り組み ©Hugh Warwick/インクレディブル・エディブル・ネットワーク提供
英オックスフォードでの取り組み ©Hugh Warwick/インクレディブル・エディブル・ネットワーク提供
英北部ビショップ・オークランドでの活動 ©Steven Landles, courtesy of The Auckland Project/インクレディブル・エディブル・ネットワーク提供
英北部ビショップ・オークランドでの活動 ©Steven Landles, courtesy of The Auckland Project/インクレディブル・エディブル・ネットワーク提供

パム・ワーハースト イギリス生まれ。マンチェスター大学大学院で経済学修士号を取得。英行政機関の森林委員会で理事長を務めるなど、長年、環境問題に取り組んできた。その功績が認められ、2005年に大英帝国勲章を受章。08年、トッドモーデンで「インクレディブル・エディブル」を共同創設。その後、「インクレディブル・エディブル・ネットワーク」を立ち上げ、その取り組みを全イギリス、世界各地に広げてきた。

  
●ぜひ、ご感想をお寄せください。
sdgs@seikyo-np.jp

●聖教電子版の「SDGs」特集ページが、以下のリンクから閲覧できます。
https://www.seikyoonline.com/summarize/sdgs_seikyo.html

●海外識者のインタビューの英語版が「創価学会グローバルサイト」に掲載されています。
https://www.sokaglobal.org/resources/expert-perspectives.html

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