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〈SDGs×SEIKYO〉 今、求められるのは倫理革命 アキュメン創設者・CEO ジャクリーン・ノヴォグラッツさん 2023年6月20日

  • インタビュー:不平等や分断を乗り越えるために
インドの農家の人々と語り合うノヴォグラッツさん(中央右から2人目)©Susan Meiselas/Magnum Photos/アフロ
インドの農家の人々と語り合うノヴォグラッツさん(中央右から2人目)©Susan Meiselas/Magnum Photos/アフロ
©Mark Shaw
©Mark Shaw

 不平等、分断、対立など、深刻化する社会の課題に、私たちはどう向き合えばいいのでしょう。“必要なのは、モラル・レボリューション(倫理革命)です”――そう訴えるのは、長年にわたって貧困問題と向き合ってきた、ジャクリーン・ノヴォグラッツさんです。
 アメリカ出身の彼女は2001年、貧困の克服を目指す社会起業家に投融資を行う、非営利組織「アキュメン」を設立しました。SDGsの目標10には「人や国の不平等をなくそう」が掲げられています。深き信念で活動を続けてきたノヴォグラッツさんにインタビューしました。(取材=サダブラティまや)

◆世界を変えたいと願った幼少期

 ――25歳の時、アメリカの大手銀行を辞め、縁もゆかりもないアフリカへ一人旅立たれました。いつから世界の変革に貢献したいと考えていたのですか。
  
 幼い頃から、世界をもっと知りたいという衝動がありました。私は、カトリックで移民という大家族の中で育ちました。軍人だった父がベトナムに赴任していたこともあり、戦禍の中で暮らす子どもたちの窮状にも強い関心がありました。

 オーストリア系アメリカ人の祖母がよく語っていた言葉があります。“多くを与えられた者は、多くを期待される。自分には、天から与えられたものがどれだけあるのかを考えてごらんなさい――”と。

 年齢を重ねると、世界を変えた勇気ある女性たちの物語にも刺激を受けました。奴隷解放運動家のハリエット・タブマン、医師のエリザベス・ブラックウェル、人権活動家のエレノア・ルーズベルト……。

 当時はまだ、彼女たちのような貢献的な人生を歩むことはできませんでしたが、大きな理想に向かって生きていくための大切な価値観を学びました。

 とはいえ、大学卒業後に就職したのは、チェース・マンハッタン銀行(当時)。自分の掲げる理想とは、かけ離れた職種のようでしたが、その利点にも気付きました。

 金融業界の仕組みを理解し、スキルを身に付けながら世界40カ国を回れたことは、かけがえのない経験だったからです。何より、書籍でしか知り得なかった各国の政治・経済の実情を、肌で実感することができたのは貴重でした。

 その一方で、市場が低所得者層を除外し、搾取さえしている現実を目の当たりにするたびに、「不公平さ」に対する不満はいよいよ募りました。金融のシステムを効果的に活用し、貧しい人々が自分の力で窮地を脱する手伝いができないか……そう考えるようになったのです。

 両親や上司、友人が反対する中で、銀行を辞職するのは勇気のいる決断でしたが、このまま居心地のいい場所にいても何も始まらないと思い、一歩を踏み出しました。

 ――その後、紆余曲折を経て、アフリカのルワンダで最初の挫折と成功を経験し、人生の原点を築くことになりました。
   
 私はルワンダで、現地の女性たちと共に、同国初のマイクロファイナンス(貧困層向け小口融資)銀行の創設に取り組むことになりました。

 また、これと並行して、未婚の女性たちを対象としたベーカリー事業の立ち上げにも着手しました。

 当初、すんなりと事業を始められるだろうと考えていました。市場の競争相手も少なかった上に、すでに女性たちがパンの焼き方を知っていると思っていたからです。

 しかし、私がどんなに情熱を込めて語り、彼女たちのやる気を引き出そうとしても、ベーカリーは軌道に乗りません。いかに「アメリカ的」なやり方で、ビジネスを進めようとしていたのかを猛省しました。

 なぜ女性たちは、この絶好のチャンスをものにしようとしないのか――。足かせとなっている事柄を特定し、理解することが最優先だと思いました。

 彼女たちのほとんどはシングルマザーで、文字の読み書きができません。社会の片隅に追いやられ、“二流市民”として扱われ、自尊心さえも奪われた人たちです。それでも、子どもたちのために、人生を良くしたいと願っていました。

 私は、「マネジャー」としての役割を捨て、優しいコーチ、そして友人になろうと決めました。女性たちの置かれている現実を自分の問題として捉え、努力した時、事業も安定するようになりました。

 何より、彼女たちが誰にも奪うことのできない自尊心を取り戻していったのです。

 この経験を通して、私は貴重なことを学びました。その一つが「共に歩む」という精神です。単に相手の言葉を耳で聞くのではなく、心の声を全身全霊で受け止める姿勢。それには、忍耐力、謙虚さ、優しさが求められます。また、自らの能力や賢さをひけらかすのではなく、相手が輝く手伝いをすることが肝要です。

 他者の境遇を自分のこととして捉え行動できる、モラル・イマジネーション(倫理的想像力)が、真のモラル・リーダーとなる上で必要不可欠です。

◆ビジネスと社会貢献を融合
アフリカ・ケニアのスラム街の様子 ©アフロ
アフリカ・ケニアのスラム街の様子 ©アフロ

 ――貧困問題への向き合い方を抜本的に変えるべく、2001年にアキュメンを設立されました。これまで、どのような活動を行ってきましたか。
   
 アキュメンは、ビジネスとリーダーシップに焦点を当てた、グローバルな非営利組織です。貧困問題の解決を目指し、尊厳に基づく世界を構築するという信念のもと、誕生しました。

 今の社会を形づくっている資本主義は、効率性を生んでも、貧しい人々に手を差し伸べることはありません。それどころか、分断、分裂、不平等を生み出し、気候変動の危機さえも招いています。

 一方、寄付などの慈善活動は、平等をもたらしても、「依存」を招く恐れもはらんでいます。どちらも、単独では長期的かつ広範囲に及ぶ貧困の解決策とはならないのです。

 アキュメンでは、この二つを合わせた、新しい支援の形を提供しています。具体的には、ビジネスの原理原則を生かしながら、慈善精神に基づいた、ペイシェント・キャピタル(忍耐強い資本)を用いて、途上国で貧困層の生活向上を目指す社会起業家たちに投融資を行っています。

 従来の投資家と大きく異なる点は、株主の利益を一番に考えていないこと。アキュメンが得た最終的な利益は、新たな事業に再投資されます。また、ビジネスにはつきものである失敗や損失などのリスクを許容し、10年から15年の長い視野で発展を見守ります。

 ――これまでアキュメンの援助によって、多くの企業が医療、教育、クリーンエネルギーなどの分野で低所得者層の現実を改善してきました。
   
 はい。その一つに、ケニアに本拠を置くサナジーという会社があります。

 サナジーは、同国の首都ナイロビのスラム地域における衛生環境を改善するために創設されました。

 低所得者層の人々は、基本的な衛生サービスが受けられないため、屋外で排せつすることも多く、劣悪な環境が懸念されています。

 同時に、ケニアでは、大勢の人が生活を農業に頼っていますが、持続可能な飼料・肥料資源が乏しいことも課題です。

ケニアのスラム街に設置されたサナジーのトイレ ©ロイター/アフロ
ケニアのスラム街に設置されたサナジーのトイレ ©ロイター/アフロ

 この二つの問題解決に向けて、サナジーでは回収した排せつ物を有機肥料や昆虫飼料にリサイクルするビジネスを展開しています。この循環型経済の出発点として、サナジーが製造したトイレは、まずフランチャイズの地元起業家たちに売却されるのです。

 私は以前に、地元起業家の女性を訪ねたことがあります。かつて住居周辺にあふれていた排せつ物が、サナジーのトイレを設置したことできれいになり、病気も減少したとのこと。

 さらに、安定した収入のおかげで、子どもたちを良い学校に通わせることもできるとうれしそうに語っていた姿が忘れられません。

排せつ物を回収する現地スタッフ ©ロイター/アフロ
排せつ物を回収する現地スタッフ ©ロイター/アフロ

 こうしたエピソードに触れるたび、一緒に試行錯誤し、夢や価値観に共感してくれる“忍耐強い資本家”の存在が、どれほど社会起業家にとって重要であるかを痛感させられます。

 私にとっても、起業家やその顧客に出会い、変革の旅を共にできることは、最大の喜びです。彼らは醜い真実と向き合いながらも、“可能性の歌”を口ずさみ果敢に進んでいます。

 その姿は、暗闇の中にこそ、最高の美を見つけるチャンスがあることを教えてくれています。

サナジーの創設者たちとノヴォグラッツさん(右から2人目) ©Acumen
サナジーの創設者たちとノヴォグラッツさん(右から2人目) ©Acumen
◆貧困の反対は富ではなく尊厳

 ――創価学会では、仏法の生命尊厳の思想を軸に、一人一人が日々、「人間革命」の実践に励んでいます。経済、政治、科学など、変革の形はさまざまですが、これらを支える人間の精神が変わらなければ、世界を良くすることはできません。ノヴォグラッツさんが主張しているモラル・レボリューション(倫理革命)と深く通じる点があると感じます。
   
 自分自身を変革しない限り、世界を変えることはできません。私はこれまで、「利益」を中心とした社会の中で生きてきました。そこで重視されているのは、個人や効率といった西洋的な価値観です。

 これは、東洋の思想が何世代にもわたって重視してきた、人と人とのつながりを軽んじるものです。私は分断に橋を架け、深刻化する社会の課題を解決する上で、東洋の哲学から多くを学べると感じています。私の書籍も、そこからヒントを得ています。

 長年、貧困問題に取り組んできた経験から言えるのは、「貧困」の反対は「富」ではなく、「尊厳」だということです。

 尊厳とは、自由があるかどうか、選択する権利があるかどうかです。

 権力や富、名声といった物差しではなく、尊厳性という共通の価値観に基づいて互いの光と闇を認め、受け入れることができたら、人類はどれほどの希望を見いだせるでしょうか。

 人間性を中心に置いた社会を築くためには、社会システムの転換以上に、心の変革が必要です。世界は、モラル・レボリューションを求めています。

本年1月に出版されたノヴォグラッツさんの新著(英治出版)
本年1月に出版されたノヴォグラッツさんの新著(英治出版)
◆信念に従って「勇気の一歩」を

 ――最後に、自分の今いる場所から変化を起こしたいと願う全ての人へ、メッセージをお願いします。
   
 “まず一歩を踏み出し、行動する中で目標を見つけてください”とアドバイスを送りたいです。安全な場所に座しているだけでは、目標や使命は見えてこないからです。

 また、“勇気を出して”と申し上げたい。失敗なくして成功はありません。アキュメンでの22年間は、根気を要する険しい道のりでした。でも、この仕事は、「変革は可能である」ということを示してくれています。

 サナジーの例でもあったように、人々の生活が改善された様子を目の当たりにしてきたので、確信を持って言えます。

 真のモラル・リーダーとは、一歩を踏み出し、失敗し、それでもまた立ち上がる勇気と強さを持っている人のことなのです。

 
 

 ジャクリーン・ノヴォグラッツ 米国バージニア州生まれ。チェース・マンハッタン銀行で国際金融に携わった後、非営利組織に参画し、ケニア、コートジボワール、ルワンダ等で活動。以後、ロックフェラー財団での勤務を経て、2001年にアキュメンを設立。「フォーリンポリシー」誌の“世界の頭脳トップ100”、「フォーブス」誌の“世界で最もすごい100人の経営者”に選ばれている。著書に『ブルー・セーター』『世界はあなたを待っている』(共に英治出版)がある。

 
 

●ぜひ、ご感想をお寄せください。
sdgs@seikyo-np.jp

●聖教電子版の「SDGs」特集ページが、以下のリンクから閲覧できます。
https://www.seikyoonline.com/summarize/sdgs_seikyo.html

●海外識者のインタビューの英語版が「創価学会グローバルサイト」に掲載されています。
https://www.sokaglobal.org/resources/expert-perspectives.html

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