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発達障がいから考える“生きやすい社会”――大阪大学大学院教授 片山泰一さんに聞く 2024年8月8日

  • 〈Switch――共育のまなざし〉

 本年4月から「改正障害者差別解消法」が施行され、障がい者に対する合理的配慮が、国や自治体だけでなく、民間事業者にも義務付けられるようになりました。「大切なのは、私たち一人一人の“障がい観”の転換です」と語るのは、大阪大学大学院で発達障がい(神経発達症)に関する研究を行う片山泰一教授です。具体的に伺いました。(聞き手=齊藤智)

■当事者の家族として

 ――「発達障がい」と聞くと、思い起こす記憶があります。学生時代、発達障がいのある後輩がいました。決まったものしか食べず、私は「もっとほかのものも食べなよ」と声をかけたことがあるんです。けれど後に、偏食も発達障がいの特徴の一つだと知って……彼に嫌な思いを感じさせてしまったのではないかと反省しました。
  

 発達障がいといわれる人たちと、どのように関わっていけばよいのか、悩まれている方は多いかもしれません。

 「偏食」という話がありましたが、あらかじめ知っておいてほしいのは、一般に発達障がいの人に多いといわれる傾向も、現れ方は人それぞれだということです。お話を伺う限り、そのケースについて気にされる必要はないと思います。本人が「自分はこれしか食べられないんだ」と言えれば、それでいいのですから。

 これが、周囲から苦手なものを「食べろよ」と強要されたら、生きづらさにつながります。そこで初めて“障がいが生まれる”のです。

 本人ができる・できないは別として、相手のことを気にかけて、声をかけること自体は問題ない。逆に、気にしすぎて腫れ物扱いになってしまう方が、良くありません。

 ここに、障がい者を取り巻く大きな問題があるのですが、日本では「障がい者=弱者」と捉える傾向が、あまりに強い。苦手なことやサポートが必要な場面が多いと、すぐに“弱者”と結び付けてしまう。この捉え方の転換が必要だと思っています。

 実は、わが家の次女も、生後6カ月ぐらいの時に発達障がいと診断されました。その頃、すでに私はこの研究をしていましたが、それでも、受け入れるまでに数カ月はかかりました。最初はやはり、“この子は普通の人生が送れないんだ”と、ネガティブな感情が巻き起こるんですね。

 しかし、家で接する娘はいつもと変わらず、ニコニコと楽しそうにしている。その姿を見ていたら、“普通かどうかは関係ない。この子が幸せになればいいんだ”と心が切り替わったんです。

 犬が大好きな娘は、動物専門学校を卒業後、愛玩動物飼養管理士の試験に挑戦しました。5回目で合格した時は、うれしかったですよ。もう家中、大騒ぎです。

 子どもが一生懸命、努力して、目標を達成する。それを家族で喜ぶということの素晴らしさは、どのご家庭も一緒だと思います。“幸せになるために、普通である必要なんてない”――私は娘から大切なことを教えてもらいました。今も日々、教えてもらっています。

■脳の多様性

 ――“障がいが生まれる”という表現をされましたが、具体的にどのような意味でしょうか。
  

 近年、障がいの概念が大きく変わってきています。起点となったのは、2006年に国連で採択された「障害者権利条約」です。障がいは、その人本人にあるのではない。社会との相互作用によって生じたハードルが障がいである、という考え方が示されたのです。

 この考え方からいくと、「発達障がい」という名称自体、適切ではありません。医学的には既にこの名称は用いず、神経発達症と呼んでいます。

 さらに、この神経発達症という言葉からもう一歩進んで、「ニューロ・ダイバーシティ」(脳の多様性)として理解すべきという考え方が、主流になりつつあります。「発達障がいという障がい」があるのではない。あるのは“ほかの人とは違う脳の回路”という事実だけなのです。

 脳の回路が違うということは、世界の見え方が違うということ。芸術家や学者は、人とは違う世界の見方をしているからこそ、優れた作品や研究を生み出せるとも言えます。実際、芸術家や学者で、発達障がいといわれてきた人は多い。ただ、忘れてはならないのは、人と違うということに本来、優劣は存在しないということです。

 そして、この違いがマイナスの方向、すなわち“障がい”とされてしまうのは、基本的には、社会のあり方に問題がある。さらにいえば、その社会を構成する私たち一人一人の問題であると認識することが重要なのです。

■0か100ではない

 ――頭では分かっていても、“わがこと”として受け止めるのは難しいものです。
  

 もし、障がい者のために“何かしてあげる”という考えがあるとすれば、それは相手を弱者と見なす“上から目線”に陥っているのかもしれません。

 発達障がいを考える時に、まず大事になるのは、「自分もその延長線上にいる」という認識を持つことです。

 発達障がいの一つである自閉スペクトラム症(ASD)の「スペクトラム」とは、「連続体」という意味ですが、その言葉が示すように、そうした傾向がある人と全くない人――この2種類の人間がいるのではありません。0か100ではなく、100人いたら100通り。グラデーションとして理解すべきであり、本来、どこかで線引きできるものではないのです。

 確かに発達障がいの人は、サポートが必要な場面が多いかもしれない。けれど考えてみてください。いわゆる健常者とされる私たちにだって、サポートが必要とされる場面はありませんか。

 例えば、会社で働いていて、任される仕事の全てが得意という人は、なかなかいないのではないでしょうか。やはり苦手な仕事もあって、先輩や上司のサポートが欲しい時がありますよね。

 でも、日本人は、それをあまり口に出さない傾向がある。“助けを求めることは恥ずかしいことだ”という考えが、どこかにあるのです。しかし、その考えが、自分たち自身を生きづらくしてはいないでしょうか。

 私は、これからの社会のあり方を考える時に、発達障がいの人を中心に置く必要があると思っています。

 ASDの人の中には、物事を理詰めで考える方もいます。“臨機応変に”といった曖昧な表現では、こちらの意図は伝わりません。しかし、順を追って丁寧に説明すれば、同じ理解を共有することができる。

 発達障がいの人たちが理解できる方法であれば、基本的に、その周囲にいる全ての人が理解することができます。そう考えていくと、発達障がいの人が生きやすい社会とは、自分も含めて全ての人が生きやすい社会なのです。

 パズルのピースをはめていくように、人々が互いの足りない部分を補い合っていく。それが自然にできるようになれば、社会はもっと生きやすくなると思います。

■豊かに比べればいい

 ――仏法では、一人一人の人間が持つ個性の輝きを「桜梅桃李」という言葉で譬えています。そこには「人間はそもそも皆、違う」「その違いを、自分らしく輝かせていけばいい」とのメッセージが込められています。
  

 人と違うということは、その人の魅力でもあり、強みにもなります。しかし、日本の障がい観もしかりですが、その違いが、あたかも悪いこと、マイナスなことのように捉えられ、覆い隠されてしまっている現状があります。

 現代では、「人と比べてはいけない」とよく言われます。しかし私は、これまでお話ししてきたことを踏まえ、あえて「もっとしっかり比べてね」と言いたい。「優劣を付けるために比べる」のではなく、「互いの違いを理解するため、正しく豊かに比べる」という意味です。

 特に、発達障がいの人とのコミュニケーションは、何が得意で、何が苦手なのか、何が好きで、何が嫌いなのか……といった情報を、あらかじめ把握しておくと、円滑に進みやすくなります。

 このような、特性を客観的に理解する助けとなる情報を、専門的には「アセスメント」といいます。発達障がいの人にとっても、自分という人間を客観的に表せることは重要です。その意味で、私は“自分のトリセツ(取扱説明書)”という言葉で、アセスメントを表現するようにしています。

 先ほど、スペクトラム(連続体)の話をしましたが、発達障がいの診断における線引きは難しく、傾向はあっても診断基準に満たないと判断されてしまうことがあります。いわゆるグレーゾーンです。公的なサポートを受けられず、むしろ大変な思いをしている方もおられます。

 グレーゾーンの人も含めて、発達障がいの人の生きづらさをなくしていくためには、周囲の人たちとよく比較をして、互いに違いを認識していく――そういったアセスメントが大切なのです。

 その際に、周囲の人たちがまず、“人間は皆、違うんだ”ということを受け入れて、「正解か不正解か」「良いか悪いか」といった評価付けをしないことが重要になります。そうすることで、避けられる衝突もあるし、相手に合わせるために無理をしない、あるいは、無理をさせないで済むこともある。

 その上で、もう一歩進んで、“どんなふうに違っているのか”を互いに掘り下げていってほしいと思います。相手だけでなく、自分自身のことを深く知るきっかけにもなるからです。そこから“人生の豊かさ”につながる関係性も築いていけるのではないでしょうか。

  
【プロフィル】
 かたやま・たいいち 1964年、大阪府生まれ。大阪大学大学院・連合小児発達学研究科・研究科長。大阪大学、金沢大学、浜松医科大学、千葉大学、福井大学による連合小児発達学研究科で、脳に関する基礎研究を行い、子どもの心の問題にアプローチする。公益社団法人「子どもの発達科学研究所」代表理事。博士(医学)。
 

  
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