〈教育本部ルポ・つなぐ〉第21回=変化や頑張りを求めない“おしゃべり”の力
〈教育本部ルポ・つなぐ〉第21回=変化や頑張りを求めない“おしゃべり”の力
2025年2月25日
誰かが保健室のドアをノックした。都内の中学校で養護教諭を務める塩畑伸恵さん(白ゆり長)は、事務作業の手を止めて「どうぞ」。入ってきた女子生徒の様子を見ると、ケガや体調不良があるわけではなさそうだ。
誰かが保健室のドアをノックした。都内の中学校で養護教諭を務める塩畑伸恵さん(白ゆり長)は、事務作業の手を止めて「どうぞ」。入ってきた女子生徒の様子を見ると、ケガや体調不良があるわけではなさそうだ。
保健室に来た女子生徒を、養護教諭の塩畑伸恵さんが笑顔で迎える
保健室に来た女子生徒を、養護教諭の塩畑伸恵さんが笑顔で迎える
そんな時は「どうしたの?」と問わず、「よく来たね」と迎える。ただ「何となく立ち寄った」という子は少なくない。
その生徒は折り紙で花を作るのが好き。「今日も一緒にやろっか」と、塩畑さんはほほ笑んだ。指を動かしながら、自然に出る言葉を待つ。同じ手作業をする「ついで」の感覚でおしゃべりするほうが、ポロッとつぶやきやすくなるらしい。「先生、あのね」と。
そんな時は「どうしたの?」と問わず、「よく来たね」と迎える。ただ「何となく立ち寄った」という子は少なくない。
その生徒は折り紙で花を作るのが好き。「今日も一緒にやろっか」と、塩畑さんはほほ笑んだ。指を動かしながら、自然に出る言葉を待つ。同じ手作業をする「ついで」の感覚でおしゃべりするほうが、ポロッとつぶやきやすくなるらしい。「先生、あのね」と。
折り紙をしながら、自然とおしゃべりにも花が咲く
折り紙をしながら、自然とおしゃべりにも花が咲く
ここから、養護教諭の平凡にして非凡な関わりが始まる。生徒によって抱える不安や課題は千差万別。「教室に居づらい」「なんか疲れた」「学級委員として、みんなから認められていない気がする」「親の言うことがしんどくて」……。
塩畑さんは、ただ話を聞く。答えやアドバイスを言わず、「変化」も求めない。一方の生徒は、ひとしきり“話し切る”と、表情にほのかな明るさを取り戻す。時に、「難しく考え過ぎちゃってたかも」等と、捉え方に前向きな変化が生まれることも。
ここから、養護教諭の平凡にして非凡な関わりが始まる。生徒によって抱える不安や課題は千差万別。「教室に居づらい」「なんか疲れた」「学級委員として、みんなから認められていない気がする」「親の言うことがしんどくて」……。
塩畑さんは、ただ話を聞く。答えやアドバイスを言わず、「変化」も求めない。一方の生徒は、ひとしきり“話し切る”と、表情にほのかな明るさを取り戻す。時に、「難しく考え過ぎちゃってたかも」等と、捉え方に前向きな変化が生まれることも。
生徒たちが「楽しめる」「元気になれる」工夫が、保健室のあちこちに
生徒たちが「楽しめる」「元気になれる」工夫が、保健室のあちこちに
なぜか。「保健室が生徒に『変化』や『頑張り』を求める場所ではないからでしょうか」と、塩畑さんは言う。養護教諭歴28年。近年の中学生はむしろ、「変わらなきゃ」「頑張らなきゃ」と思い詰めるあまり、“エネルギー切れ”を起こしている子が多いという。
SNSを通して“自分よりキラキラして見える同世代”の様子が頻繁に目に入り、劣等感を抱く子もいる。そうした情報は、「変われ、変われ」「お前はダメだ、ダメだ」と言っているように見えてしまう。親や教師が良かれと思って「頑張れ」「もっと」と重ねる声が、「頑張らない子は認めない」と聞こえてしまう。
まず必要なのは「無条件の承認」だ。語らいの中に大人の目的や要望を忍ばせず、子どもの話を聞き切る。「そうなんだね」と共感する。不思議なことに「ありのまま」を認めてもらえた子は、少しずつ変わり始める。子どもを「信じて待てる」心を持つために、「日々の祈りが欠かせません」(塩畑さん)。
もちろん、速やかに課題解決に着手しなければならないケースもある。校内で支援会議を開いたり、保護者へのアプローチが必要と思われる場合には子ども家庭支援センターと連携したり。関係者をつなぐ“要”となるのも、養護教諭だ。
なぜか。「保健室が生徒に『変化』や『頑張り』を求める場所ではないからでしょうか」と、塩畑さんは言う。養護教諭歴28年。近年の中学生はむしろ、「変わらなきゃ」「頑張らなきゃ」と思い詰めるあまり、“エネルギー切れ”を起こしている子が多いという。
SNSを通して“自分よりキラキラして見える同世代”の様子が頻繁に目に入り、劣等感を抱く子もいる。そうした情報は、「変われ、変われ」「お前はダメだ、ダメだ」と言っているように見えてしまう。親や教師が良かれと思って「頑張れ」「もっと」と重ねる声が、「頑張らない子は認めない」と聞こえてしまう。
まず必要なのは「無条件の承認」だ。語らいの中に大人の目的や要望を忍ばせず、子どもの話を聞き切る。「そうなんだね」と共感する。不思議なことに「ありのまま」を認めてもらえた子は、少しずつ変わり始める。子どもを「信じて待てる」心を持つために、「日々の祈りが欠かせません」(塩畑さん)。
もちろん、速やかに課題解決に着手しなければならないケースもある。校内で支援会議を開いたり、保護者へのアプローチが必要と思われる場合には子ども家庭支援センターと連携したり。関係者をつなぐ“要”となるのも、養護教諭だ。
数年前の冬だったか。保健室登校を続けていた中学3年生の女子生徒の母親が、学級担任との面談後、保健室に寄ってくれたことがある。わが子がずっと塩畑さんにお世話になっていることへの感謝を述べつつ、思いの丈を打ち明け始めた。
夫とは再婚で、新たに女の子を授かったが、その子にかかりきりになって、上の子に寂しい思いをさせていたこと。教育方針が違う同居の義母から、上の子が毎日のように叱られても、母として味方になれていなかったこと……声を詰まらせる母親に、塩畑さんは言った。「ここまで本当によく、頑張りましたね」
“理解者”を得た母親に、変化が表れた。中学3年生のわが子に、「世界で一番、愛してる」「あなたの一番の味方だよ」と、伝えられるようになったのである。その生徒は自信を持ち、教室復帰を果たした。志望校にも合格し、卒業式を共に迎えられた日の感動は忘れられない。
数年前の冬だったか。保健室登校を続けていた中学3年生の女子生徒の母親が、学級担任との面談後、保健室に寄ってくれたことがある。わが子がずっと塩畑さんにお世話になっていることへの感謝を述べつつ、思いの丈を打ち明け始めた。
夫とは再婚で、新たに女の子を授かったが、その子にかかりきりになって、上の子に寂しい思いをさせていたこと。教育方針が違う同居の義母から、上の子が毎日のように叱られても、母として味方になれていなかったこと……声を詰まらせる母親に、塩畑さんは言った。「ここまで本当によく、頑張りましたね」
“理解者”を得た母親に、変化が表れた。中学3年生のわが子に、「世界で一番、愛してる」「あなたの一番の味方だよ」と、伝えられるようになったのである。その生徒は自信を持ち、教室復帰を果たした。志望校にも合格し、卒業式を共に迎えられた日の感動は忘れられない。
――今、目の前にいる女子生徒と折り紙をしつつ始めたおしゃべりも、どれくらい時間がたったろう。「できた!」。完成した花にも似た笑顔が、その子に咲いた。
――今、目の前にいる女子生徒と折り紙をしつつ始めたおしゃべりも、どれくらい時間がたったろう。「できた!」。完成した花にも似た笑顔が、その子に咲いた。
【ご感想をお寄せください】
kansou@seikyo-np.jp
※ルポ「つなぐ」の連載まとめは、こちらから。子どもや保護者と心をつなぎ、地域の人と人とをつなぐ教育本部の友を取材しながら、「子どもの幸福」第一の社会へ私たちに何ができるかを考えます。
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