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〈教育本部ルポ・つなぐ〉第28回=“あなた”にしか描けない絵を! 夢を! 2025年6月10日

  • テーマ:美術の先生

 もうすぐ、みんながやって来る。5月25日の午後1時。宮崎・都城総合文化ホールの創作室に、数点の絵が飾られ、白い画用紙も置かれ、準備は整った。

 講師を務める河野宗平さん(地区部長)は、ホワイトボードにメッセージを書き、呼びかける。「自由に楽しく!」――障がいのある子どもから大人、その家族や支援者も参加する絵画教室である。地元の家族会・ボランティア団体が毎月、主催しているものだ。

河野宗平さん
河野宗平さん

 幼児がクレヨンをいろいろと持ち替え、紙の上に多彩な線路を敷き、電車を走らせたと思ったら……“魚が泳ぐ大海原”を出現させた。何だろう? こんな時、河野さんは必ず優しく尋ね、“対話”をする。どうやら家族旅行の思い出らしい。「記憶力が抜群だね! お魚さんたちも仲良く楽しそう!」と、“小さな芸術家”が生んだ物語を味わう。

河野宗平さんが絵を見つめて。「画用紙が足りないくらい大きく描くね!」
河野宗平さんが絵を見つめて。「画用紙が足りないくらい大きく描くね!」

 別のテーブルでは、自閉スペクトラム症で重度の知的障がいのある27歳の青年が、大好きな兄と自分が並ぶ姿を描き上げた。河野さんはしみじみと、「お兄ちゃん、いい顔してるなあ」。青年はうれしそうに、兄の人柄を伝えてくれる。苦楽の幾春秋を家族で越えてきたに違いない。「世界で一つの名作だね」。河野さんは拍手を送った。

自閉スペクトラム症の青年が、大好きな兄と自分を描いて
自閉スペクトラム症の青年が、大好きな兄と自分を描いて
タブレット端末を活用して絵を描く青年も。テーブルの下で作業するほうが落ち着くという
タブレット端末を活用して絵を描く青年も。テーブルの下で作業するほうが落ち着くという

 時折、具体的な技術指導もするが、主眼はそこではない。まず描き手の「その人らしさ」「表現の面白さ」を作品に見いだす。「絵は心の鏡」だ。網膜には映らない“心の色彩”が浮かび上がり、本人と豊かに分かち合えるよう、“言葉の絵筆”でなぞるようにして称賛の声を送るのである。
  
 巧拙にとらわれず、表現する楽しさを知ってほしい。自分にしかない生命の輝きに気付き、自分を大切な存在だと思ってほしい――それが、小・中学校の美術教師を務めて四十余年、河野さんの一貫した信条である。
  
 定年後も臨時講師として授業を持つ傍ら、地域貢献と創作活動に余念がない。市の美展で大賞を受賞したり、個展を開いたりするなど、画家としての修練も重ねている。

自宅のアトリエで作品作りに励む(本年3月)
自宅のアトリエで作品作りに励む(本年3月)
宮崎県の魅力を「顔」で表現した、河野さんの最新作「太陽の楽園」
宮崎県の魅力を「顔」で表現した、河野さんの最新作「太陽の楽園」
宮崎・延岡市北方町にある壁画。1993年から3年間、河野さんが赴任していた小学校があった場所である。当時、児童のアイデアをもとに河野さんが壁画をデザインし、皆で描き上げた。だが少子化による影響で同校が閉校。壁画の色は落ち、黒ずんでしまっていた。しかし一昨年、地域を活気づけようと、河野さんを中心に、当時の在校生や保護者たちが力を合わせ、復元。反響を呼んだ
宮崎・延岡市北方町にある壁画。1993年から3年間、河野さんが赴任していた小学校があった場所である。当時、児童のアイデアをもとに河野さんが壁画をデザインし、皆で描き上げた。だが少子化による影響で同校が閉校。壁画の色は落ち、黒ずんでしまっていた。しかし一昨年、地域を活気づけようと、河野さんを中心に、当時の在校生や保護者たちが力を合わせ、復元。反響を呼んだ

 河野さんにとって絵画は、子どもたちへの“応援画”と言えるかもしれない。生徒の誕生日に寄せ、祝福のメッセージを添えて創作した絵はがきは、数知れず。野球部の顧問を務めていた時は、部員全員の似顔絵をポジションごとのポーズで描き、「◯◯くん 顔晴れ 努力は裏切らない」と贈った。
  
 中学1年の生徒たちと共に自画像を描き、「自分への応援メッセージ」を紡いだ授業もある。鏡に映る自分を見つめ続ける作業は、自身と対峙する営みへと向かう。
  
 嫌いな自分。弱い自分……。見たくない。けれど逃げられない。そんな葛藤を抱く生徒を、河野さんは孤独にしない。葛藤を共有し、仲間と励まし合うのである。「ありのままでいい。“あなた”が勇気を出して描く線、思いを凝縮した色使いが尊く大切なんだ」。河野さんは“指導者”ではなく“伴走者”となる。
  
 ある生徒は、苦心の末に仕上げた自画像に、次の言葉を添えた。「いつもダラダラ いつもグータラ やるべきことは後回し」。けれど「こんな自分はダメな人間だと思っているから 今は部活と勉強に励み 夢を見つけて がむしゃらに走れ がんばれ自分」。
  
 その作品が周囲にどれほど共感の笑顔を広げただろう。河野さんは、絵に子どもたちの姿を重ねつつ、新たな言葉を生み出した。「夢をもつ時 人生は輝く」と――。

 ほかならぬ自身にも、夢がある。愛する郷土の子どもたちが皆、心に描いた自分だけの夢を、カタチにすることだ。
  
 絵画教室の終盤。河野さんは呼びかけた。「根気強く挑戦しよう。すてきな絵が必ずできるよ」

絵画教室の生徒たちが手掛けた作品で作成したオリジナルカレンダー
絵画教室の生徒たちが手掛けた作品で作成したオリジナルカレンダー

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kansou@seikyo-np.jp
  
 ※ルポ「つなぐ」の連載まとめは、こちらから。子どもや保護者と心をつなぎ、地域の人と人とをつなぐ教育本部の友を取材しながら、「子どもの幸福」第一の社会へ私たちに何ができるかを考えます。

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