〈インタビュー〉 対話で戦場における「人間性」を守る 赤十字国際委員会駐日代表 榛澤祥子(「第三文明」9月号から)
〈インタビュー〉 対話で戦場における「人間性」を守る 赤十字国際委員会駐日代表 榛澤祥子(「第三文明」9月号から)
2026年9月14日
はんざわ・しょうこ 明治学院大学卒業。米国コロンビア大学大学院修了。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)、外務省、日本国大使館、国境なき医師団など、10年以上にわたり人道支援分野に従事。2019年に赤十字国際委員会(ICRC)へ入り、駐日代表部の人道調整顧問を務め、23年6月から現職。
はんざわ・しょうこ 明治学院大学卒業。米国コロンビア大学大学院修了。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)、外務省、日本国大使館、国境なき医師団など、10年以上にわたり人道支援分野に従事。2019年に赤十字国際委員会(ICRC)へ入り、駐日代表部の人道調整顧問を務め、23年6月から現職。
世界の紛争地で人道支援を行う赤十字国際委員会。その活動と国際人道法の価値について聞いた。
世界の紛争地で人道支援を行う赤十字国際委員会。その活動と国際人道法の価値について聞いた。
公平・中立・独立で信頼を醸成する
公平・中立・独立で信頼を醸成する
赤十字国際委員会(ICRC)は、1859年にスイス人実業家のアンリー・デュナンが「ソルフェリーノの戦い」で負傷兵の惨状を目の当たりにしたことから始まりました。その後、デュナンは戦争で負傷した人を敵味方の区別なく救う「赤十字思想」を提唱。それを体現する組織として、63年にICRCの前身となる「五人委員会」が結成されました。
日本で赤十字というと、「日本赤十字社」による病院運営や災害救援等が広く知られていますが、ICRCは国際人道法を成す「ジュネーブ諸条約」にその名前と役割が明記された唯一の人道支援組織で、NGO(非政府組織)でも、一般的な国際機関でもない独自の位置付けにあります。
なお国際人道法は、「戦争などの武力紛争にもルールがある」との考え方に基づくもので、第1次・第2次世界大戦など過去の戦争から得た教訓を踏まえて発展しました。傷病兵や捕虜、武器を持たない一般市民を保護し、人道的に取り扱うことを定めた国際的なルールの総称です。
赤十字国際委員会(ICRC)は、1859年にスイス人実業家のアンリー・デュナンが「ソルフェリーノの戦い」で負傷兵の惨状を目の当たりにしたことから始まりました。その後、デュナンは戦争で負傷した人を敵味方の区別なく救う「赤十字思想」を提唱。それを体現する組織として、63年にICRCの前身となる「五人委員会」が結成されました。
日本で赤十字というと、「日本赤十字社」による病院運営や災害救援等が広く知られていますが、ICRCは国際人道法を成す「ジュネーブ諸条約」にその名前と役割が明記された唯一の人道支援組織で、NGO(非政府組織)でも、一般的な国際機関でもない独自の位置付けにあります。
なお国際人道法は、「戦争などの武力紛争にもルールがある」との考え方に基づくもので、第1次・第2次世界大戦など過去の戦争から得た教訓を踏まえて発展しました。傷病兵や捕虜、武器を持たない一般市民を保護し、人道的に取り扱うことを定めた国際的なルールの総称です。
ICRCは、この国際人道法の“守護者”として、食料や生活必需品の配付などの「支援」、収容施設での被拘束者訪問などの「保護」、他の赤十字パートナーとの「連携」、民間人被害者をできる限り少なくするために法を普及・啓発する「予防」に取り組んでいます。現在、世界約90カ国で1万5000人以上のスタッフが活動を展開しており、日本人スタッフも約30人が在籍。世界には130以上の紛争地が存在しており、その最前線で日々支援を続けています。
そして、これら諸活動の生命線は、「公平」「中立」「独立」という3つの基本原則にあります。紛争当事者のどちらの側にも偏らず、常に真ん中に立ち続けることで信頼を獲得する。この信頼関係があるからこそ、ICRCは反政府勢力や武装集団を含む、あらゆる勢力と対話することができるのです。
現在、世界には人道危機をもたらしうる武装集団が約380あると推定されています。その中でICRCは、中立であるがゆえに彼らの支配地域に入り込み、政府や国際機関からの支援が届かずに孤立する人々に直接物資を届けることができます。また武装集団に対しても、「あなたたちの同胞が捕虜になった際、人道的に扱われているか確認する」といった具体的な価値を提示し、対話の入り口とすることができるのです。
ICRCは、この国際人道法の“守護者”として、食料や生活必需品の配付などの「支援」、収容施設での被拘束者訪問などの「保護」、他の赤十字パートナーとの「連携」、民間人被害者をできる限り少なくするために法を普及・啓発する「予防」に取り組んでいます。現在、世界約90カ国で1万5000人以上のスタッフが活動を展開しており、日本人スタッフも約30人が在籍。世界には130以上の紛争地が存在しており、その最前線で日々支援を続けています。
そして、これら諸活動の生命線は、「公平」「中立」「独立」という3つの基本原則にあります。紛争当事者のどちらの側にも偏らず、常に真ん中に立ち続けることで信頼を獲得する。この信頼関係があるからこそ、ICRCは反政府勢力や武装集団を含む、あらゆる勢力と対話することができるのです。
現在、世界には人道危機をもたらしうる武装集団が約380あると推定されています。その中でICRCは、中立であるがゆえに彼らの支配地域に入り込み、政府や国際機関からの支援が届かずに孤立する人々に直接物資を届けることができます。また武装集団に対しても、「あなたたちの同胞が捕虜になった際、人道的に扱われているか確認する」といった具体的な価値を提示し、対話の入り口とすることができるのです。
手紙と写真が捕虜の心を動かす
手紙と写真が捕虜の心を動かす
このような諸活動を行うICRCにとって、対話こそが重要な力です。紛争の最前線という極限状態において、非公開の二者間対話を徹底することで信頼を保ち、微妙な問題の改善を粘り強く働きかけられるためです。
例えば、現地で国際人道法違反が確認された場合、私たちは現場の軍指揮官や当局と直接対話を重ねます。すぐには目に見える成果が出なくても、「このような行為をしてはならないのだ」と指揮官の意識の中に“種をまく”ことで、将来的な行動変容につながると信じています。
このような諸活動を行うICRCにとって、対話こそが重要な力です。紛争の最前線という極限状態において、非公開の二者間対話を徹底することで信頼を保ち、微妙な問題の改善を粘り強く働きかけられるためです。
例えば、現地で国際人道法違反が確認された場合、私たちは現場の軍指揮官や当局と直接対話を重ねます。すぐには目に見える成果が出なくても、「このような行為をしてはならないのだ」と指揮官の意識の中に“種をまく”ことで、将来的な行動変容につながると信じています。
ここで少し、私自身の経験をお話ししたいと思います。2023年の初め、ウクライナの収容施設で若いロシア兵の捕虜と面会しました。私は、赤十字通信による家族の手紙と写真を持参したのですが、彼は大粒の涙を流しながら、その写真をずっと見つめていました。
また、戦場で眼鏡を失った捕虜のために、私たちが現地の町の眼鏡店で購入して届けたこともあります。度数がどれくらいか分からない中、とりあえずの眼鏡でしたが、目が見えるようになったことを彼はとても喜んでいました。
私たちはこうした小さな対話や支援の積み重ねが、過酷な環境下にあって、彼らの「人間性」を守ることにつながると考えています。憎しみによる報復が報復を呼ぶ紛争地の中で、対話を力として一人一人の尊厳や人間性を守り抜くことは、めぐりめぐって、憎しみの連鎖を断ち切る流れとなっていきます。その流れが、やがては紛争の終結や新たな紛争の抑止に結びついていくと考えているのです。
ここで少し、私自身の経験をお話ししたいと思います。2023年の初め、ウクライナの収容施設で若いロシア兵の捕虜と面会しました。私は、赤十字通信による家族の手紙と写真を持参したのですが、彼は大粒の涙を流しながら、その写真をずっと見つめていました。
また、戦場で眼鏡を失った捕虜のために、私たちが現地の町の眼鏡店で購入して届けたこともあります。度数がどれくらいか分からない中、とりあえずの眼鏡でしたが、目が見えるようになったことを彼はとても喜んでいました。
私たちはこうした小さな対話や支援の積み重ねが、過酷な環境下にあって、彼らの「人間性」を守ることにつながると考えています。憎しみによる報復が報復を呼ぶ紛争地の中で、対話を力として一人一人の尊厳や人間性を守り抜くことは、めぐりめぐって、憎しみの連鎖を断ち切る流れとなっていきます。その流れが、やがては紛争の終結や新たな紛争の抑止に結びついていくと考えているのです。
世界を知ることが平和への第一歩
世界を知ることが平和への第一歩
私たちICRCは、日本政府や外務省から多大な拠出金を得て活動を継続していますが、それは突き詰めれば、国民の尊い税金から成り立っているものです。改めてこの場をお借りして、日本の皆さまに心からの感謝をお伝えしたいと思います。
近年、世界各国でいわゆる“自国ファースト”の風潮が高まり、国際機関への政府支出に厳しい目が向けられています。そのような時代だからこそ、いただいた資金が紛争地の最前線でどれほど多くの命を救っているかを、日本の皆さまに知っていただくことには、大きな意義があると考えています。そして、私たちはその説明責任を果たさなければなりません。
一方で、私たちの活動や国際人道法について、まだその価値が知られていないと感じることも多く、ICRCにとって重要な課題といえます。この点において、SGI(創価学会インタナショナル)の皆さんとも共催した「人道展――平和を守るための約束」(2023~24年実施)は、国際人道法の理念を広く知ってもらうべく、市民社会と協働したよい事例となりました。
私たちICRCは、日本政府や外務省から多大な拠出金を得て活動を継続していますが、それは突き詰めれば、国民の尊い税金から成り立っているものです。改めてこの場をお借りして、日本の皆さまに心からの感謝をお伝えしたいと思います。
近年、世界各国でいわゆる“自国ファースト”の風潮が高まり、国際機関への政府支出に厳しい目が向けられています。そのような時代だからこそ、いただいた資金が紛争地の最前線でどれほど多くの命を救っているかを、日本の皆さまに知っていただくことには、大きな意義があると考えています。そして、私たちはその説明責任を果たさなければなりません。
一方で、私たちの活動や国際人道法について、まだその価値が知られていないと感じることも多く、ICRCにとって重要な課題といえます。この点において、SGI(創価学会インタナショナル)の皆さんとも共催した「人道展――平和を守るための約束」(2023~24年実施)は、国際人道法の理念を広く知ってもらうべく、市民社会と協働したよい事例となりました。
日本は長く平和を享受してきた平和国家ゆえに、国際人道法になじみのない現実が存在します。しかし、日本を取り巻く国際環境は急激に変化しており、将来の有事に備える意味でも、多くの方に国際人道法について知っていただきたい。その意味でも先の人道展は、国際人道法について考えてもらえる貴重な機会になったと考えています。
またICRCは、広島の原爆投下における惨状の目撃者として、核兵器の非人道性に焦点を当て、その廃絶に向けて声を上げてきました。そのため、皆さんの核兵器廃絶に向けた諸活動には、頭が下がる思いです。
未来を担う若い皆さんが、平和のために行動を起こすことには、大きな意義があると考えます。できることなら、多くの若い皆さんに実際に海外へ行っていただき、多様な文化や価値観に触れてほしいと思います。
しかし、記録的な円安など難しい部分もあるので、まずはインターネットを通じて世界のニュースに触れるだけでも十分です。若い皆さんが世界に目を向け、いま起きていることに関心を持ち、他者の痛みを想像し続けることが、未来の平和への第一歩となるはずです。
日本は長く平和を享受してきた平和国家ゆえに、国際人道法になじみのない現実が存在します。しかし、日本を取り巻く国際環境は急激に変化しており、将来の有事に備える意味でも、多くの方に国際人道法について知っていただきたい。その意味でも先の人道展は、国際人道法について考えてもらえる貴重な機会になったと考えています。
またICRCは、広島の原爆投下における惨状の目撃者として、核兵器の非人道性に焦点を当て、その廃絶に向けて声を上げてきました。そのため、皆さんの核兵器廃絶に向けた諸活動には、頭が下がる思いです。
未来を担う若い皆さんが、平和のために行動を起こすことには、大きな意義があると考えます。できることなら、多くの若い皆さんに実際に海外へ行っていただき、多様な文化や価値観に触れてほしいと思います。
しかし、記録的な円安など難しい部分もあるので、まずはインターネットを通じて世界のニュースに触れるだけでも十分です。若い皆さんが世界に目を向け、いま起きていることに関心を持ち、他者の痛みを想像し続けることが、未来の平和への第一歩となるはずです。