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〈インタビュー〉 一人の声に耳を澄まし「人間の復興」へ歩み続ける 多摩大学グローバルスタディーズ学部准教授 桐谷多恵子(「第三文明」9月号から) 2026年9月14日

 きりや・たえこ 法政大学国際文化学部卒業、広島市立大学大学院国際学研究科博士前期課程、法政大学大学院国際文化研究科博士後期課程修了。博士(国際文化)。広島市立大学広島平和研究所専任講師、長崎大学核兵器廃絶研究センター客員研究員などを経て現職。専門は平和学、歴史学、被爆地の戦後復興史。著書に『被爆者・切明千枝子さんとの対話――〈私たちの復興〉をめざして』(彩流社)など。
 きりや・たえこ 法政大学国際文化学部卒業、広島市立大学大学院国際学研究科博士前期課程、法政大学大学院国際文化研究科博士後期課程修了。博士(国際文化)。広島市立大学広島平和研究所専任講師、長崎大学核兵器廃絶研究センター客員研究員などを経て現職。専門は平和学、歴史学、被爆地の戦後復興史。著書に『被爆者・切明千枝子さんとの対話――〈私たちの復興〉をめざして』(彩流社)など。

 被爆者・切明千枝子さんと13年間、55回にわたる対話を重ね、著書にまとめた桐谷多恵子さん。被爆者の声を未来へ手渡し、平和をつむいでいくためには――。

対話とは耳を澄ますこと

 切明千枝子さんとの出会いは、私が広島市立大学に勤務していた頃、広島平和記念資料館で行っていた市民向け講座を受講してくださったことがきっかけでした。
 
 当時、私は被爆者の戦後史を研究していましたが、語り手には男性が多く、女性被爆者の人生を丁寧に聞く機会は多くありませんでした。私自身、長崎で被爆した祖母の存在を研究の原点としていたため、切明さんとの出会いは、大きな意味を持ちました。
 
 当初は、被爆体験や戦後の復興について、2~3回お話を伺えば論文にまとめられると思っていたのですが、切明さんは戦前の広島での暮らしや、ご家族との思い出を時間をかけて長く語られたのです。最初は戸惑いましたが、対話を重ねるうちに、その意味が分かってきました。
 

 切明さんにとっては、原爆が投下される前に、どんな日常を生き、何を大切にしていたのかを語らなければ、原爆によって失われたものを伝えることはできなかったのです。家族との時間や友人との交流、少女たちのおしゃれへの憧れ。そうした日常が一瞬にして破壊されたからこそ、原爆被害の深さが見えてきます。
 
 私たちは、ともすれば自分の欲しい情報だけを効率よく引き出そうとします。
 
 しかし、用意した枠に相手の記憶を押し込めることは、記憶の搾取にもなりかねません。対話とは、質問をして答えを受け取ることではなく、相手の語りに耳を澄まし、自分の考えも問い直しながら、新しい理解をともに育てていく営みです。切明さんとの13年間、55回の対話は、私自身が「聞く姿勢」を学び直す時間でもありました。

加害と被害をともに見つめる

 切明さんの人生全体を描かなければならないと考えたのは、原爆が1945年8月6日だけの出来事ではないからです。
 
 被爆後も、原爆症やがんへの不安は続きます。結婚や出産を前に「子どもを産んでもよいのだろうか」と悩み、被爆者への偏見や差別にもさらされます。原爆という暴力は、その後の人生に長く影響を与え続けるのです。
 
 同時に、切明さんの人生を描くためには、戦前の広島も描く必要がありました。広島は被爆都市であるとともに軍都であり、切明さん自身も軍国教育を受けて育った「軍国少女」でした。
 
 切明さんは、本を書くなら「日本の加害から書いてほしい」と話されました。自分たちが被爆者として苦しんだからこそ、日本がアジアの人々に何をしたのかを見つめなければならない。その反省なくして平和はないと考えておられたのです。

 さらに、「加害と被害は表裏一体です」と教えてくださいました。戦争が始まれば、人は命を奪われるだけでなく、誰かの命を奪う側にも立たされます。被害だけを語っても、加害だけを語っても、戦争の全体像は見えてきません。
 
 日本の平和教育は、空襲や原爆など、自国民が受けた被害を中心に語る傾向があります。一方で、日本がアジア各地で行った侵略や植民地支配については、十分に学ぶ機会がなかったのではないでしょうか。過去の加害を見つめることは、自国を否定することではありません。同じ過ちを繰り返さないために、歴史から学ぶことです。加害と被害の両方を引き受けて初めて、平和への出発点に立てるのだと思います。

記録を残し「人間の復興」へ

 私は長く、被爆地の復興史を研究してきました。広島に住み始めた頃は、壊滅的な被害を受けた町が再建され、美しい平和記念都市になった姿を見て、「広島は見事に復興した」と考えていました。
 
 ところが、切明さんをはじめとする被爆者の方々は、そんな言い方に違和感を示されます。町が整備されても、亡くなった人たちへの供養が置き去りにされているのではないか。広島と長崎を経験しながら、核兵器は今なお世界に存在しているではないか。そして現代社会でも、人間の命や尊厳は十分に守られていないではないか。それで本当に「復興した」と言えるのかという問いです。
 
 「広島は復興した」という物語は、原爆を使用しても町は再建できるという誤ったメッセージを与えかねません。失われた命は戻りませんし、生き残った人々の苦しみも、都市の再建によって消えるわけではありません。本当の復興とは、人間の命と尊厳が守られ、戦争を繰り返さない社会へと変わることだと学びました。
 
 切明さんが被爆体験を語り始めたのも、ご自身のためではありません。無残な死を遂げた下級生たちを、歴史のなかで「いなかったこと」にさせたくない。その記憶を書き残してほしいという思いが、証言の原点でした。その思いは、「若い人たちを戦争で死なせてなるものか」「二度と同じ思いを誰にもさせたくない」という未来への願いにつながっています。被爆証言とは、過去の死者への責任と、未来を生きる人々への責任を結ぶ営みなのだと思います。
 
 その意味で、第三文明社が長年にわたり、被爆者や戦争体験者の証言を記録してきたことには、大きな意義があると感じています。
 

 歴史は放っておけば、権力を持つ人や勝者を中心とした物語になりがちです。その陰で、女性や子ども、原爆孤児、障がいのある人など、弱い立場に置かれた人々の経験は、記録されないまま消えてしまいます。だからこそ、多様な立場から証言を残し、一つの出来事を多面的に捉えることが大切です。それは戦争の悲惨さを伝えるだけでなく、なぜ戦争が起きたのか、そこから何を学ぶべきなのかという教訓を未来へ手渡す仕事でもあります。
 
 ただし、「語り」は語り手だけでは生まれません。「聞かせてほしい」と願い、苦しみを受け止める人がいて、初めて言葉になります。証言を継承するとは、出来上がった話を覚えることではなく、一人の人間の声に耳を澄まし、その問いを自分自身の問題として引き受けることです。
 
 人間は戦争を起こし、核兵器を生み出しました。それでも人間は過去を反省し、変わることもできます。一人の人間が変わり、その変化が別の人へと伝わっていく。その積み重ねによって、平和はつむがれていくのだと思います。

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