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【言語化特集】インタビュー 龍谷大学副学長・教授 村田和代さん――「聞き合い」から生まれる「優しい」言葉  2025年5月12日

 今回は電子版特集として、「言語化」をテーマに各種コンテンツをお届けします。最近、書店へ行くと「言語化力」や「コミュニケーション力」に関する本が並べられているのを目にします。「言葉にすること」には、どんな意味があるのでしょうか。ここでは、社会言語学者である、龍谷大学副学長・教授の村田和代さんに話を伺いました。

社会言語学から見る「コミュ二ケーション」

 ――村田教授の近著『優しいコミュニケーション――「思いやり」の言語学』には、どのような意味が込められているのでしょうか。
  
 日々、何げなく行っているコミュニケーションの中で、気持ちがほんわかと温かくなったり、相手の思いやりを感じたりした経験はありませんか? 例えば、バスを待っている時に、隣にいるおばあさんに「今日は暑いですね」と声をかける行為から、考えてみましょう。それは「暑い」という情報を伝えるというよりも、言葉を発することで、“暑い中でバスを待つしんどさ”を分かち合って、人とのつながりをつくろうとしているわけです。

 そのような、心が温まる「優しいコミュニケーション」がどのようにして生まれるものなのか知りたいと考えました。私の専門である社会言語学は、「生きていることばやコミュニケーションの有り様」を研究する学問です。生活の中で使われた言葉を細かく記述し、言葉がどのように用いられているか、そして言語使用の背景にある社会的な価値観を考察します。言葉は、情報伝達の手段というイメージが強いかもしれません。一方で、人と人の関係を紡いでいく役割も担っていて、それが「言葉にすること」の面白さであると思います。

 ――最近は「言語化力」や「コミュニケーション能力(コミュ力)」といった表現に示されるように、言葉を交わすことが、「能力値」のように捉えられていると感じます。

 「言語化力」や「コミュ力」と聞くと、「自分の意見を伝える」「相手と交渉する」など、話し手の視点を想像するかもしれません。しかし、実際に複数人の「話し合い」を、研究の対象として観察すると、コミュニケーションは一方通行ではなく、「話す」と「聞く」の双方向で行われていることに気付きます。やり取りを記述する際には、言葉を文字化するだけでなく、参加者同士の発話の重なり、言語以外の音やジェスチャー、沈黙があった秒数、1秒未満の沈黙、語尾のイントネーションなども記号を用いて可視化します。そうやって分析すると、「聞く」ことが、他の人が発言するきっかけになったり、相づちの形で発言を促進することになったりしている。つまり、相手への「思いやり」につながっていることが分かります。「聞く」ことが、円滑なコミュニケーションには不可欠なのです。

「雑談」から生まれるもの

 ――成果や業績を上げるために「話し合う」と考えた場合、「聞く」ことを重視するメリットはあるでしょうか。

 私が強調しているのは「雑談」の重要性です。情報伝達や問題解決を中心とした会話を仮に“正談”と名付けるとします。雑談はその対極にあるもので、対話の相手との関係性を構築・維持し、参加者間のラポール(共感を伴う心理的なつながり)をつくることを優先した会話です。

 特筆すべきは、雑談が、相手への心理的な配慮として働くとともに、業務遂行にとっても、プラスに働くという点です。私の研究に協力してもらった企業や地域コミュニティーでも、雑談の質・頻度と業務成果は、無関係ではないと感じることが多々ありました。

 また、雑談から生まれる言葉の中に「イノベーション」(革新)のアイデアが埋まっているという場面にも、しばしば遭遇しました。参加者が「うーん……」とうなって沈黙するのと、「おお、今言ってくれた、それだよ!」と言い合うチームワークの違いを思い浮かべてもらうと、分かりやすいかもしれません。成果を上げるにも、楽しいに越したことはないですし(笑)、それが“近道”とも言えるのではないでしょうか。

 ただ、一概に沈黙が悪いとは言えません。人と人の関係を紡ぐ言葉の使い方は、個人が所属する企業や団体の文化、また、さらに大きな国・地域の文化の影響を受けます。それを踏まえた上で、“異文化”にある人とコミュニケーションを取る際には、その行き違いに留意することも大切になってきます。

若者世代の距離感

 ――SNS上のテキストによるコミュニケーションの割合が高まっている今、相手に思いをはせることが、より難しくなっているように感じます。

 SNSで誰もがパブリックに言葉を発信できる時代になりました。とともに、コンプライアンスが重視され、発信の意図と違っていても、SNS上で不特定多数のユーザーから厳しく指弾されるような、いわゆる“言葉狩り”の現象も生まれています。

 大学で授業をしていても、今の学生たちは、必要以上に相手に立ち入らないようにしていると感じます。誰かの前で自分の思いを発言してもいいという「心理的安全性」を確保することがますます必要になっていると思います。
 そのためには、話し合いの前に互いの緊張をほぐす「アイスブレイク」を丁寧に行うことが大切ではないでしょうか。私が研究と並行してアドバイスを担う話し合いの場では、30分くらいかけて、アイスブレイクを行うこともあります。

近著『優しいコミュニケーション――「思いやり」の言語学』(岩波書店)を手に語る
近著『優しいコミュニケーション――「思いやり」の言語学』(岩波書店)を手に語る

 ――創価学会の青年世代の会合でも、テーマを決めたディスカッションが活発に行われています。ただ、ファシリテーター(話し合いの進行役)を任されることに苦手意識のある若者もいるようです。

 意外に聞こえるかもしれませんが、苦手意識のある人がファシリテーターになった方が話し合いがうまくいくことがあります。話し合うのは参加者ですから、進行役は無理に場をコントロールしなくていいのです。苦手だと感じたら、黒子に徹してみてください。また、話し合いで大切なのは、参加者の所属や年代といった多様性が担保されていることです。同じような価値観の人たちが集まっても、新しいものは生まれません。私は「話し合い」は「聞き合い」だと考えています。例えば、ディベートなら終始、自分の主張は変わりません。しかし、「話し合い」では、こんな見方もあるのかと気付くことができます。

 楽しい話し合いから革新的なアイデアが生まれます。BGMを流したり、お菓子を用意したりなど、さまざまな工夫が考えられますが、試行錯誤しながら、皆さんが安心して言葉を発せられる場を、実現してほしいと思います。

自分の言葉で「語る」

 ――その上で「自分の言葉」で伝えるとはどういうことなのでしょうか。

 分かりやすく言えば、「用意した原稿を読まないこと」ではないでしょうか。

 ある時、学生にどんなプレゼンテーションがいいと思うか話し合ってもらいました。その時、彼らが思う“いいプレゼンテーション”の特徴を聞くと、ほとんどの人が「聞き手を意識すること」と回答したんです。

 まずは、「皆さんはどう思いますか?」と聞き手に問いかける。その目的は、コミュニケーションというキャッチボールの中で、「相手の取りやすいボール」を投げることにあります。つまり、相手に自分の価値観を押し付けず、“相手の普通”を理解すること。相手の持つ社会的背景や置かれた環境に思いをはせることで、より相手に伝わる言葉になると思います。それとともに、自分の一日のコミュニケーションを振り返ってみたり、「この人は“自分の言葉”で話しているな」という人の発言を観察したりするのも「自分の言葉」を見つける手助けになるかもしれません。

 ――村田教授は、特定の社会的テーマにおいて当事者が自らの目線で思いを語るナラティブ(語り)の研究もされていますね。「自分で語る」ことと「優しいコミュニケーション」はどのようにつながるのでしょうか。
  
 語りを受け止める、聞き手の姿勢が「優しいコミュニケーション」につながっていると感じます。聞き手は相手の話を遮ったり、反論したりせず、相手の話に耳を傾けることが大切です。研究する中でも、当事者の方から、“語ることで考えがまとまった”と喜んでもらえることが多いんです。自分の話を聞いてもらうことは、自己肯定感を高めることにもつながるように感じています。

 また、「語る」ことは、当事者が自分の考えを変えるきっかけになるという気付きもありました。それは当事者が「語り」ながら自分を振り返って、思いや考えを再構築することができるからだと思います。

 私は「自省利他」という言葉が好きで、その意味は、自分のありようを省みることが自己変革につながる、という行動哲学です。創価学会の若い方々も哲学をお持ちだと思います。
 哲学を持った若い人たちには、自己の行動を振り返りながら、社会が少しでも良くなることを願い、柔軟な思考で未来へ進んでいってもらえたらと思います。

 むらた・かずよ 奈良県橿原市生まれ。ニュージーランド国立ヴィクトリア大学大学院言語学科Ph.D.(言語学)。現在、龍谷大学副学長・教授。専門は社会言語学(コミュニケーション研究)。主な著書に『優しいコミュニケーション――「思いやり」の言語学』(岩波書店)、『シリーズ話し合い学をつくる』全3巻、『聞き手行動のコミュニケーション学』(ひつじ書房)、『包摂的発展という選択――これからの社会の「かたち」を考える』、『「対話」を通したレジリエントな地域社会のデザイン』(日本評論社、共編)など
 むらた・かずよ 奈良県橿原市生まれ。ニュージーランド国立ヴィクトリア大学大学院言語学科Ph.D.(言語学)。現在、龍谷大学副学長・教授。専門は社会言語学(コミュニケーション研究)。主な著書に『優しいコミュニケーション――「思いやり」の言語学』(岩波書店)、『シリーズ話し合い学をつくる』全3巻、『聞き手行動のコミュニケーション学』(ひつじ書房)、『包摂的発展という選択――これからの社会の「かたち」を考える』、『「対話」を通したレジリエントな地域社会のデザイン』(日本評論社、共編)など

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