〈インタビュー〉 理念を掲げ、訴え続けることで社会は動く 東京福祉大学専任講師 藤田孝典(「第三文明」10月号から)
〈インタビュー〉 理念を掲げ、訴え続けることで社会は動く 東京福祉大学専任講師 藤田孝典(「第三文明」10月号から)
2026年10月13日
ふじた・たかのり 1982年、茨城県生まれ。ルーテル学院大学大学院総合人間学研究科博士前期課程修了。専門は日本の貧困問題と生活困窮者支援、ソーシャルワーク。社会福祉士。反貧困ネットワーク埼玉代表。NPO法人ほっとプラス理事。著書に『下流老人』『続・下流老人』(朝日新書)、『貧困クライシス』『コロナ貧困』(毎日新聞出版)、『脱・下流老人』(NHK出版)など多数。
ふじた・たかのり 1982年、茨城県生まれ。ルーテル学院大学大学院総合人間学研究科博士前期課程修了。専門は日本の貧困問題と生活困窮者支援、ソーシャルワーク。社会福祉士。反貧困ネットワーク埼玉代表。NPO法人ほっとプラス理事。著書に『下流老人』『続・下流老人』(朝日新書)、『貧困クライシス』『コロナ貧困』(毎日新聞出版)、『脱・下流老人』(NHK出版)など多数。
誰もが生活不安を抱える現代日本にあって、普遍的かつ網羅的な生活保障の確立を目指す「ベーシックサービス」について考える。
誰もが生活不安を抱える現代日本にあって、普遍的かつ網羅的な生活保障の確立を目指す「ベーシックサービス」について考える。
人々の痛みから生まれた考え方
人々の痛みから生まれた考え方
「ベーシックサービス」の考え方は、リーマン・ショック(2008年)による大量雇い止めや日比谷公園の「年越し派遣村」など、経済の激変によって人々の尊厳が容赦なく奪われる現場から生まれました。所持金が尽き、住まいも職も失って途方に暮れる人々の姿を前に、自己責任論では決して解決できない社会構造の歪みが見えたのです。
昭和の高度経済成長期には、終身雇用や年功序列といった日本型雇用慣行のもと、企業が用意する社宅や手厚い家族手当、福利厚生などが実質的なセーフティーネットとして機能していました。加えて地方や農村部には3世代同居等のいわゆる「拡大家族」が残り、共同体の中でお互いに高齢者や子どもを支え合う仕組みが存在していたのです。
「ベーシックサービス」の考え方は、リーマン・ショック(2008年)による大量雇い止めや日比谷公園の「年越し派遣村」など、経済の激変によって人々の尊厳が容赦なく奪われる現場から生まれました。所持金が尽き、住まいも職も失って途方に暮れる人々の姿を前に、自己責任論では決して解決できない社会構造の歪みが見えたのです。
昭和の高度経済成長期には、終身雇用や年功序列といった日本型雇用慣行のもと、企業が用意する社宅や手厚い家族手当、福利厚生などが実質的なセーフティーネットとして機能していました。加えて地方や農村部には3世代同居等のいわゆる「拡大家族」が残り、共同体の中でお互いに高齢者や子どもを支え合う仕組みが存在していたのです。
ところが2000年代以降、男性正社員モデルは崩壊。非正規雇用の急増とともに、企業の庇護からこぼれ落ちる人々が爆発的に増えました。さらに深刻なのは、住まいや教育、子育て、医療、介護といった人間が生きていく上で不可欠な基礎的サービスが、過度に「商品化」されてしまった点です。すべてを市場から買わなければならない社会では、十分な貨幣を持たない「ひとり親家庭」や困窮世帯は生きる基盤を失ってしまいます。
今、日本社会に必要なのは、生きるための基礎的サービスを市場の商品から切り離す「生活の脱商品化」です。社会を構成するすべての人々を一つの拡大家族と捉え、誰もが人生で必ず利用する不可欠なサービスを、国や自治体の責任において無償または低負担で普遍的に保障する。これこそが、弱者を事後的に救済するのではなく、そもそも“弱者を生み出さない”社会を築くための土台となります。
ところが2000年代以降、男性正社員モデルは崩壊。非正規雇用の急増とともに、企業の庇護からこぼれ落ちる人々が爆発的に増えました。さらに深刻なのは、住まいや教育、子育て、医療、介護といった人間が生きていく上で不可欠な基礎的サービスが、過度に「商品化」されてしまった点です。すべてを市場から買わなければならない社会では、十分な貨幣を持たない「ひとり親家庭」や困窮世帯は生きる基盤を失ってしまいます。
今、日本社会に必要なのは、生きるための基礎的サービスを市場の商品から切り離す「生活の脱商品化」です。社会を構成するすべての人々を一つの拡大家族と捉え、誰もが人生で必ず利用する不可欠なサービスを、国や自治体の責任において無償または低負担で普遍的に保障する。これこそが、弱者を事後的に救済するのではなく、そもそも“弱者を生み出さない”社会を築くための土台となります。
地域事情に適した制度の実装を
地域事情に適した制度の実装を
今後、ベーシックサービスの制度設計および社会実装を進めるに当たって重要なのは、全国一律の枠組みに縛られないことです。都市部と地方では生活課題の構造が異なるため、地域の実情に応じた柔軟な可変性が必要となります。
例えば大都市圏では、高額な家賃負担が生活を圧迫する大きな要因ですが、地方では持ち家が多かったり、空き家解消のために家賃が低かったり、住まいに関する不安が小さい場所もあります。その代わり、車社会における交通手段の確保や、病院・福祉施設等へのアクセス負担が重くのしかかります。
このような前提を踏まえて、私は各自治体が独自の「ベーシックサービス整備計画」を策定することを提案します。例えば、千葉県流山市では「子ども・子育て支援事業計画」を定め、保育定員の拡充を明確に位置づけました。単なる理想論ではなく、期限と数値を伴う計画として推進したことで、保育所整備などの子育て支援施策が着実に進められました。さらに、つくばエクスプレス沿線の開発や子育て世帯向けの施策とも相まって、子育て世代が集まるまちへと大きく変化したのです。
同様に、ベーシックサービス整備計画においても自治体ごとに「今後何を段階的に無償化・低負担化していくのか」というロードマップを示すのです。各自治体が、わがまちの方向性を明確にすることで、政策の優先順位が明瞭となる上、政策の方向性が一致する自治体間の広域連携も可能になり、より大規模かつ持続的なサービスを提供できます。
今後、ベーシックサービスの制度設計および社会実装を進めるに当たって重要なのは、全国一律の枠組みに縛られないことです。都市部と地方では生活課題の構造が異なるため、地域の実情に応じた柔軟な可変性が必要となります。
例えば大都市圏では、高額な家賃負担が生活を圧迫する大きな要因ですが、地方では持ち家が多かったり、空き家解消のために家賃が低かったり、住まいに関する不安が小さい場所もあります。その代わり、車社会における交通手段の確保や、病院・福祉施設等へのアクセス負担が重くのしかかります。
このような前提を踏まえて、私は各自治体が独自の「ベーシックサービス整備計画」を策定することを提案します。例えば、千葉県流山市では「子ども・子育て支援事業計画」を定め、保育定員の拡充を明確に位置づけました。単なる理想論ではなく、期限と数値を伴う計画として推進したことで、保育所整備などの子育て支援施策が着実に進められました。さらに、つくばエクスプレス沿線の開発や子育て世帯向けの施策とも相まって、子育て世代が集まるまちへと大きく変化したのです。
同様に、ベーシックサービス整備計画においても自治体ごとに「今後何を段階的に無償化・低負担化していくのか」というロードマップを示すのです。各自治体が、わがまちの方向性を明確にすることで、政策の優先順位が明瞭となる上、政策の方向性が一致する自治体間の広域連携も可能になり、より大規模かつ持続的なサービスを提供できます。
この計画策定において重要なのが、地域住民との対話と合意形成です。「どういうサービスを充実させれば、生活が真に良くなるか」をとことん語り合うことが大切です。
そうした合意形成の場では、「ベーシックサービスは高齢者優遇ではないか」「現役世代に恩恵はあるのか」という声も出てくるでしょう。ベーシックサービスに限らず、あらゆる公的福祉制度は、先人たちが将来世代のために築いた「社会的遺産」であることを忘れるべきではありません。
もし今、この公的な支えがなければ、親や祖父母の医療費・介護費を子や孫が私費で丸抱えしなければならず、結局は、現役世代の生活まで共倒れになってしまいます。先人が残した支え合いの知恵を現代にアップデートし、子育てや教育も含めた「全世代の私的負担を社会全体で軽減する仕組み」へと進化させることこそ、改革の本質なのです。
この計画策定において重要なのが、地域住民との対話と合意形成です。「どういうサービスを充実させれば、生活が真に良くなるか」をとことん語り合うことが大切です。
そうした合意形成の場では、「ベーシックサービスは高齢者優遇ではないか」「現役世代に恩恵はあるのか」という声も出てくるでしょう。ベーシックサービスに限らず、あらゆる公的福祉制度は、先人たちが将来世代のために築いた「社会的遺産」であることを忘れるべきではありません。
もし今、この公的な支えがなければ、親や祖父母の医療費・介護費を子や孫が私費で丸抱えしなければならず、結局は、現役世代の生活まで共倒れになってしまいます。先人が残した支え合いの知恵を現代にアップデートし、子育てや教育も含めた「全世代の私的負担を社会全体で軽減する仕組み」へと進化させることこそ、改革の本質なのです。
人間主義に共鳴する政策
人間主義に共鳴する政策
ベーシックサービスについて語る時、必ず財源論がついて回ります。これには消費税の増税や金融所得課税の引き上げなど、さまざまなパターンが考えられ、経済学者や財政の専門家も含めた幅広い議論が必要です。
しかし、私がそれと同じくらい大きな問題だと考えているのが、政治への根強い不信――つまり、「私たちの税金を正しく使ってくれるのか」という根本的な問いです。北欧でベーシックサービスや充実した福祉国家が成り立っている要因の一つに、政治や行政への信頼や透明性の高さがあるといわれます。いくら財源を議論したところで、政治や行政への信頼がなければ、到底市民の理解は得られないでしょう。
そこで重要なのが、「誰が、ベーシックサービスの必要性を訴えているのか」ということです。この点、公明党は結党以来「大衆福祉」を掲げ、教科書無償配布から始まり、幼児教育・保育の無償化や私立高校授業料の実質無償化、小児医療費の助成など、子どもの健全な育成に不可欠なサービスを着実に拡充・無償化してきた歴史があります。こうした実績を持つ公明党、そして理念を共有する中道改革連合が訴えるからこそ、人々は耳を傾け、それぞれの立場で政策の意義や必要性について考えるのです。
ベーシックサービスについて語る時、必ず財源論がついて回ります。これには消費税の増税や金融所得課税の引き上げなど、さまざまなパターンが考えられ、経済学者や財政の専門家も含めた幅広い議論が必要です。
しかし、私がそれと同じくらい大きな問題だと考えているのが、政治への根強い不信――つまり、「私たちの税金を正しく使ってくれるのか」という根本的な問いです。北欧でベーシックサービスや充実した福祉国家が成り立っている要因の一つに、政治や行政への信頼や透明性の高さがあるといわれます。いくら財源を議論したところで、政治や行政への信頼がなければ、到底市民の理解は得られないでしょう。
そこで重要なのが、「誰が、ベーシックサービスの必要性を訴えているのか」ということです。この点、公明党は結党以来「大衆福祉」を掲げ、教科書無償配布から始まり、幼児教育・保育の無償化や私立高校授業料の実質無償化、小児医療費の助成など、子どもの健全な育成に不可欠なサービスを着実に拡充・無償化してきた歴史があります。こうした実績を持つ公明党、そして理念を共有する中道改革連合が訴えるからこそ、人々は耳を傾け、それぞれの立場で政策の意義や必要性について考えるのです。
何より、公明党の支持母体である創価学会の皆さんは、「貧乏人と病人の集まり」と揶揄されながら苦しむ人々に寄り添い、そうした人々に政治の光を当てるために、池田大作(第3代)会長は、公明党をつくったと私は考えています。そしてベーシックサービスは、池田会長が示された「すべての人に尊い使命があり、その命はすべからく守られるべき」という人間主義の哲学と合致する政策といえるのではないでしょうか。だからこそ私は、公明党の皆さんにベーシックサービスを訴える先頭に立ってほしいのです。
かつて国連が「SDGs(持続可能な開発目標)」として17のゴールと169のターゲットを掲げた当初、「絵空事だ」と言われましたが、理念を掲げ続けたことで現実に世界中の政府・企業・社会を動かしました。ベーシックサービスも今は、「それは理想論だ」という声が多いかもしれません。しかし、誰かが理念を掲げ、訴え続けていけば、いずれ社会は反応し、動いていくと確信しています。
何より、公明党の支持母体である創価学会の皆さんは、「貧乏人と病人の集まり」と揶揄されながら苦しむ人々に寄り添い、そうした人々に政治の光を当てるために、池田大作(第3代)会長は、公明党をつくったと私は考えています。そしてベーシックサービスは、池田会長が示された「すべての人に尊い使命があり、その命はすべからく守られるべき」という人間主義の哲学と合致する政策といえるのではないでしょうか。だからこそ私は、公明党の皆さんにベーシックサービスを訴える先頭に立ってほしいのです。
かつて国連が「SDGs(持続可能な開発目標)」として17のゴールと169のターゲットを掲げた当初、「絵空事だ」と言われましたが、理念を掲げ続けたことで現実に世界中の政府・企業・社会を動かしました。ベーシックサービスも今は、「それは理想論だ」という声が多いかもしれません。しかし、誰かが理念を掲げ、訴え続けていけば、いずれ社会は反応し、動いていくと確信しています。