2月16日から28日まで、アフリカのケニアと南アフリカを訪れ、広布の集いに参加しました。
初めてのアフリカへの渡航は、経由地でフライトが変更になるなどして、約26時間かけてケニアの首都ナイロビに着きました。
私はアフリカから同志が来日する際、いつも受け入れを担当しています。皆さんがどれほど苦労して渡航されているのか、その一端を痛感しました。
空港ではメンバーが「無事に到着できるように、私たちだけでなく、近隣の国の同志も、お題目を送っていたんです」と笑顔で迎えてくれ、感謝の思いが込み上げました。
ケニアは赤道直下の国ですが、ナイロビは標高約1700メートルにあり、平均気温は約19度と過ごしやすい気候でした。キャッシュレス化が進み、モバイル決済の普及率は世界トップクラス。都市部では高速道路が走り、ビルが林立しています。想像以上の発展ぶりに、とても驚きました。
一方、19日に訪問したナイロビ東部の支部の会場があったのは、素朴な住宅がポツポツと立つ地域でした。ニワトリやヤギの姿が見える家屋の間を縫って進むと、ここでも題目の音声が聞こえてきました。
入会14年の壮年は毎日、会場を清掃しているとのこと。その真心に胸を打たれました。日本から遠く離れたこの地でも、皆が喜々として集う様子に、使命深き地涌の菩薩が次々と立ち上がる「地涌の義」を感じました。
メイン行事となるケニア創価学会総会は22日に開催されました。雨の中、多くのメンバーが喜び勇んで集いました。中には幼子を抱え、乗り合いバスで8時間かけて参加した友も。その陰には、この日に至るまでに、遠方まで地道に足を運び、激励を続けたリーダーの存在があったことなどを知り、創価の同志の励ましの絆は世界共通だと感じました。
席上、新任人事が紹介され、新理事長にマスミ・オダリさんが就任。理事長が「“21世紀はアフリカの世紀”との池田先生の構想を実現しよう」と力強く呼びかけると、参加者は深くうなずき、皆の瞳に清新な決意がみなぎりました。
運営の中心を担ったのは青年部で、同国の広布史の新たなページが開かれたと感じさせる高揚感あふれる総会でした。
ケニアでは、日本の研修会で出会った青年部員と再会しました。彼らは研修会で学んだ師弟の精神を胸に友の激励に走り抜き、広布前進の先駆者として活躍が光っていました。
23日には、ケニアから空路7時間かけて大陸最南端の南アフリカ共和国へ。南西に位置するケープタウンと、経済都市ヨハネスブルクを訪れました。
南アフリカはかつて、アパルトヘイト(人種隔離政策)による差別が続いた国です。空港とホテルを結ぶ通りでは、立派な邸宅街と狭小住宅群が道路を一本隔てて並んでいるのを目の当たりにしました。
現地の方に伺うと、アパルトヘイトは法的に撤廃されましたが、過去の差別によって経済格差が生まれ、その影響が根強く残っているとのことで、分断の歴史の厳しさを思い知らされました。
これとは全く対照的だったのが、同国で参加した地区座談会でした。さまざまなルーツを持ったメンバーが一堂に会し、「希望」をテーマに自由に語らう姿がありました。談笑しながら軽食を共にする一幕も。搾取と抑圧の歴史が深く刻まれた南アフリカで、創価の地涌の同志は一切の差異を超えて団結し、先生の人道主義の哲学を胸に前進していました。これこそ、人間共和のモデルであると実感しました。
池田先生は、人類史において最も苦しい経験をしたアフリカを、「希望大陸」と呼ばれました。
先生が祈り、まいてこられた種子が、どんな宿命の嵐にも屈せず、師の示された構想の実現へひたむきに進む、不二の弟子の出現となって“開花”していると確信しました。その姿こそ、アフリカを包む人間主義の希望の光であると強く感じました。
私自身、アフリカの同志と同じ心で、大陸全土に幸のスクラムを広げ、全人類に希望を送るために力を尽くそうと決意を新たにしました。“アフリカの世紀”へ、広布を進める実力を磨き抜き、自行化他の実践に挑戦していきます。
2月16日から28日まで、アフリカのケニアと南アフリカを訪れ、広布の集いに参加しました。
初めてのアフリカへの渡航は、経由地でフライトが変更になるなどして、約26時間かけてケニアの首都ナイロビに着きました。
私はアフリカから同志が来日する際、いつも受け入れを担当しています。皆さんがどれほど苦労して渡航されているのか、その一端を痛感しました。
空港ではメンバーが「無事に到着できるように、私たちだけでなく、近隣の国の同志も、お題目を送っていたんです」と笑顔で迎えてくれ、感謝の思いが込み上げました。
ケニアは赤道直下の国ですが、ナイロビは標高約1700メートルにあり、平均気温は約19度と過ごしやすい気候でした。キャッシュレス化が進み、モバイル決済の普及率は世界トップクラス。都市部では高速道路が走り、ビルが林立しています。想像以上の発展ぶりに、とても驚きました。
一方、19日に訪問したナイロビ東部の支部の会場があったのは、素朴な住宅がポツポツと立つ地域でした。ニワトリやヤギの姿が見える家屋の間を縫って進むと、ここでも題目の音声が聞こえてきました。
入会14年の壮年は毎日、会場を清掃しているとのこと。その真心に胸を打たれました。日本から遠く離れたこの地でも、皆が喜々として集う様子に、使命深き地涌の菩薩が次々と立ち上がる「地涌の義」を感じました。
メイン行事となるケニア創価学会総会は22日に開催されました。雨の中、多くのメンバーが喜び勇んで集いました。中には幼子を抱え、乗り合いバスで8時間かけて参加した友も。その陰には、この日に至るまでに、遠方まで地道に足を運び、激励を続けたリーダーの存在があったことなどを知り、創価の同志の励ましの絆は世界共通だと感じました。
席上、新任人事が紹介され、新理事長にマスミ・オダリさんが就任。理事長が「“21世紀はアフリカの世紀”との池田先生の構想を実現しよう」と力強く呼びかけると、参加者は深くうなずき、皆の瞳に清新な決意がみなぎりました。
運営の中心を担ったのは青年部で、同国の広布史の新たなページが開かれたと感じさせる高揚感あふれる総会でした。
ケニアでは、日本の研修会で出会った青年部員と再会しました。彼らは研修会で学んだ師弟の精神を胸に友の激励に走り抜き、広布前進の先駆者として活躍が光っていました。
23日には、ケニアから空路7時間かけて大陸最南端の南アフリカ共和国へ。南西に位置するケープタウンと、経済都市ヨハネスブルクを訪れました。
南アフリカはかつて、アパルトヘイト(人種隔離政策)による差別が続いた国です。空港とホテルを結ぶ通りでは、立派な邸宅街と狭小住宅群が道路を一本隔てて並んでいるのを目の当たりにしました。
現地の方に伺うと、アパルトヘイトは法的に撤廃されましたが、過去の差別によって経済格差が生まれ、その影響が根強く残っているとのことで、分断の歴史の厳しさを思い知らされました。
これとは全く対照的だったのが、同国で参加した地区座談会でした。さまざまなルーツを持ったメンバーが一堂に会し、「希望」をテーマに自由に語らう姿がありました。談笑しながら軽食を共にする一幕も。搾取と抑圧の歴史が深く刻まれた南アフリカで、創価の地涌の同志は一切の差異を超えて団結し、先生の人道主義の哲学を胸に前進していました。これこそ、人間共和のモデルであると実感しました。
池田先生は、人類史において最も苦しい経験をしたアフリカを、「希望大陸」と呼ばれました。
先生が祈り、まいてこられた種子が、どんな宿命の嵐にも屈せず、師の示された構想の実現へひたむきに進む、不二の弟子の出現となって“開花”していると確信しました。その姿こそ、アフリカを包む人間主義の希望の光であると強く感じました。
私自身、アフリカの同志と同じ心で、大陸全土に幸のスクラムを広げ、全人類に希望を送るために力を尽くそうと決意を新たにしました。“アフリカの世紀”へ、広布を進める実力を磨き抜き、自行化他の実践に挑戦していきます。