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〈SDGs×SEIKYO〉 「もったいない」の時代から、さらに先へ 日本女子大学 小林富雄教授 2022年6月16日

  • インタビュー:食品ロスを考える
©Photo by Getty Images
©Photo by Getty Images

 世界では、食料生産量の3分の1に当たる13億トンが毎年廃棄される一方、飢餓に苦しむ人口は8億人にのぼります。そんな中、日本では、まだ食べられるのに捨てられてしまう「食品ロス」が522万トンに達しています。SDGs(持続可能な開発目標)の目標12「つくる責任 つかう責任」では、「食品ロスを減らす」ことが掲げられています。食品ロスの問題を長年にわたって研究してきた、日本女子大学の小林富雄教授に、国内外の現状と今後の展望を聞きました。(取材=サダブラティまや、木﨑哲郎)

ごみ箱に捨てられた野菜 ©joerngebhardt68/Shutterstock.com
ごみ箱に捨てられた野菜 ©joerngebhardt68/Shutterstock.com
◆捨てることはカッコいい?

 ――小林教授は、20年以上も前から、食品ロスの問題に着目されています。研究を始めたきっかけは何でしょうか。
  
 大学生の頃にコンビニやスーパーなどでアルバイトをして、現場を見た経験が大きかったと思います。

 1990年代の前半でした。バブルの頂点は過ぎていましたが、まだ名残はあって、みんな気前よく物を捨てていました。当時は、“捨てることがカッコいい”みたいな社会の雰囲気があったんです。

 そうした中、廃棄される大量の食品を前に、“これは一体、どういうことなんだろう”と疑問を持ちました。

 大学院の博士課程に入った時に、研究テーマがなかなか決まらなくて悩んだのですが(笑い)、こうした経験もあって、食品ロスの研究を始めました。

◆企業、消費者など皆が主役

 ――2019年に「食品ロス削減推進法」(食品ロスの削減の推進に関する法律)が施行されました。この法律によって、食品ロスを巡る状況はどのように変わりましたか。
  
 日本には、2001年に施行された「食品リサイクル法」という法律があります。これは、食品関連事業者(食品製造業、卸売業、小売業、外食産業)を対象にした、業界向けの食品ロス対策でした。

 一方、新たに施行された「食品ロス削減推進法」の特徴は、事業者だけでなく、国、地方公共団体、消費者など、あらゆる立場の人が主体となり、「国民運動」として食品ロス削減に努めることを掲げている点にあります。

 法律には、それぞれの主体が取り組むべき行動が明記されています。中でも特筆すべきは、行政に食品ロス削減計画を立てることを求めていることです。

 また、従来の法律では企業間の話に偏っていたため、消費者がなかなか“自分事”として捉えられない部分があったんです。それが今では、消費者にも工夫の余地があるとして、協力を求めやすくなりました。

 さらには、メディアの方々が多様な形で取り上げてくれるようになったのも、以前と大きく異なる点です。20年たって、世間の関心がここまで高まったことは、ものすごい変化だと感じています。

食品ロス削減に向けた国民運動のイメージ図(『知ろう! 減らそう! 食品ロス②』〈小峰書店〉を参照)
食品ロス削減に向けた国民運動のイメージ図(『知ろう! 減らそう! 食品ロス②』〈小峰書店〉を参照)

 ――国民がそれぞれの立場で、主体性を持って取り組むことを主眼としているのですね。
  
 ええ。そのため、罰則規定もありません。僕は、かつての対策に見られるような、「もったいないから減らしなさい」という考えは、もう通用しないと思っているんです。もちろん、日本人の持つ美学として、“もったいない精神”は理解できます。

 でも、この豊かな時代に、「もったいない」と言い続けて食品ロス削減を国民に強要しても、義務感になってしまい、なかなか受け入れてもらえない。それよりも、減らすことで、食生活にも環境にもメリットがあることを強調し、その実感を増やすことが大切だと感じています。

 そういう意味でも「食品ロス削減推進法」は、自由で幅のある内容になっていますし、これを機に、食に対する尊敬や、食事の時間を大切にするといった、本質的な意識の変革に向かっていけばと願っています。

◆完璧な品質を求める文化
出荷されることなく、廃棄される大根 ©アフロ
出荷されることなく、廃棄される大根 ©アフロ

 ――2020年度の日本の食品ロス推計量は、522万トンでした。このうち、事業系食品ロスが275万トン、一般家庭から発生する食品ロスは247万トンです。推計を開始した2012年度以降で最少ですが、国民一人当たり、年間約41キロの食料を捨てている計算になります。日本で食品ロスが生まれる原因について教えてください。
  
 日本では季節商品が本当に多いですよね。恵方巻き、バレンタインチョコ、土用の丑のウナギ、クリスマスケーキ……。

 こうした季節商品は、消費者から大きな需要があります。そのため、小売業者は欠品をしないように、品ぞろえを潤沢にしようと努めます。

 しかし、イベントの日が過ぎると一気に価値は下がり、売れ残った大量の商品は処分せざるを得ません。近年では、季節商品の販売を完全予約制にする動きも広がっています。

 さらに日本には、過度な鮮度志向や完璧を求める消費文化があります。他国に比べ、野菜や果物などに厳しい規格が設けられていて、少しでも傷がついていたり、形がふぞろいだと出荷が難しくなります。

 賞味期限が少しでも長く残っている物を買おうとするのも同じです。消費期限は「安全に食べられる期限」ですが、賞味期限は「おいしく食べられる期限」です。こうした違いを正しく理解して購入することが、小売店での食品ロスを減らす重要な一歩になります。

豚のえさ用に仕分けられるコンビニ弁当などの食品廃棄物
豚のえさ用に仕分けられるコンビニ弁当などの食品廃棄物
◆食べ残しを持ち帰る
健康にも良いドギーバッグ
健康にも良いドギーバッグ

 ――食品ロス削減の有効な手段の一つとして、ドギーバッグ(食べ残しを持ち帰るための容器)の普及にも尽力されていますね。
  
 外食の際の食べ残しの持ち帰りは、アメリカや中国など、多くの国では一般的です。例えば、アメリカでは、客が持ち帰りを希望するのはもちろん、店側からも「持ち帰りますか?」と声を掛けられます。

 一方、日本では、食中毒のリスクを過度に考慮するあまり、多くの飲食店が持ち帰りを禁じています。消費者も、持ち帰りたい気持ちはあっても、恥ずかしくて言い出せないことがほとんどです。

 こうした両者の意識の溝を解消するため、僕が委員長を務める民間団体「ドギーバッグ普及委員会」では、ガイドラインを作成し、“何かトラブルがあってもクレームはつけません”という消費者の自己責任を前提に、持ち帰りを推奨しています。

 最近では、いくつかの飲食店が共同で持ち帰り容器を作る動きもあります。日本には、行動したくても我慢することを美徳とする文化があるので、企業が変われば、消費者の行動もさらに変わっていくのではないかと期待しています。

 またドギーバッグは、食べ過ぎや肥満防止の効果もあります。“食品ロスを出さないように”って、無理してお店で全部食べなくていいんです(笑い)。健康のためにも、ぜひ積極的に使ってほしいですね。

スペイン・バスク自治州のガルダカオには、「連帯冷蔵庫」と呼ばれる大型冷蔵庫が設置されている。飲食店や家庭で余った食品を冷蔵庫に入れて、必要とする人に分けている ©Agencia EFE/アフロ
スペイン・バスク自治州のガルダカオには、「連帯冷蔵庫」と呼ばれる大型冷蔵庫が設置されている。飲食店や家庭で余った食品を冷蔵庫に入れて、必要とする人に分けている ©Agencia EFE/アフロ
賞味期限切れの食品などを販売するスーパーマーケット(デンマーク) ©Newscom/アフロ
賞味期限切れの食品などを販売するスーパーマーケット(デンマーク) ©Newscom/アフロ
◆食品ロス削減の鍵は「連携」
捨てられてしまう食品を、食料を必要とする人々に提供するフードバンク活動(アメリカ) ©Ringo Chiu/Shutterstock.com
捨てられてしまう食品を、食料を必要とする人々に提供するフードバンク活動(アメリカ) ©Ringo Chiu/Shutterstock.com

 ――もう一つ、効果的なのが、フードバンク(売れ残り商品の福祉利用)の取り組みです。アメリカで始まり、今、その活動は世界中に広がっています。
  
 フードバンクは、さまざまな原因で廃棄されてしまう食品を、食品関連事業者などから譲ってもらい、児童養護施設やホームレス支援団体など、食料を必要としている人々に届ける活動を行っています。

 先進国の中でも、日本はフードバンク活動が遅れている国の一つです。さまざまな理由がありますが、ドギーバッグと同様に、衛生面を懸念して食品寄付を敬遠してきた背景があります。ボランティアや寄付文化が、そもそも根付いていないこともあるでしょう。

 日本人は“物が足りていないと頑張る”みたいなところはあるんですが、過剰な物(余剰物)をどう生かしていくのか、ということがうまくできていないんだと思います。また、無償で何かをすることにも慣れていないですよね。

 社会的な寄付というのは、本来とても充実感を伴う行為であり、結果的には自分の幸せとして返ってきます。僕は、寄付は社会とのつながりを意識することが、とても大切だと思います。そういう教育を行っていくことは、今後のためにも非常に重要です。

賞味期限が近い甘味類を値下げして販売するスーパー
賞味期限が近い甘味類を値下げして販売するスーパー

 ――消費者庁の調査によると、日本人の7割以上が、食品ロスを減らすために、何らかの取り組みをしています。行動を起こしたいと思っている人は、実は多い気がします。
  
 日本人って、内々ではすごく頑張れるんですよね。でも、他者と協力するとなると苦手なんです。企業においても、消費者同士においても、「連携していく」ことが、日本の食品ロス解決のために必要だと思います。

 食品ロスの問題って、基本的には需要と供給をどう調整するかという話に尽きるんです。つまり、局所的に余ったり、足りなかったりする食べ物をどう融通していくかということです。

 だからこそ、大事なのは余った時に、誰かと分け合う気持ちだと思うんです。それは日頃の地域のつながりや、人間関係があって初めて成り立ちます。

 “何かをもらったから、お返しをしなくては関係が築けない”という、市場経済の等価交換のような視野の狭い仕組みではありません。

 仮に「ありがとう」という一言しか返せなかったとしても、もらった人は助かるし、あげた人も良かったと思える。

 そうした関係を目指す中で、一つの“指標”として食品ロスを使うようになれば、社会は間違いなくいい方向に進んでいく。食品ロスも減らせるし、世の中はもっと明るくなっていくのではないでしょうか。

〈プロフィル〉 こばやし・とみお 1973年、富山県生まれ。専門はフードシステム論、マーケティング論。農学、経済学博士。愛知工業大学教授を経て、本年4月より日本女子大学家政経済学科教授。環境省中央環境審議会食品リサイクル専門委員会委員、内閣府食品ロス削減推進会議委員などを歴任。著書に『食品ロスの経済学』(農林統計出版)、『食品ロスはなぜ減らないの?』(岩波ジュニアスタートブックス)、監修書に『知ろう! 減らそう! 食品ロス』(1~3巻、小峰書店)などがある。
 
 

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