〈もうひとコエ〉番外編 「わが一年(念) 一句に刻み いざ前進」
〈もうひとコエ〉番外編 「わが一年(念) 一句に刻み いざ前進」
2026年2月7日
- 東神戸総県壮年部「男の新春川柳」大会
- 東神戸総県壮年部「男の新春川柳」大会
兵庫池田文化会館ではエントランスではなく、見晴らしが良い4階に作品のボードを設置。会合で集った神戸中央総区の友らがじっくりと
兵庫池田文化会館ではエントランスではなく、見晴らしが良い4階に作品のボードを設置。会合で集った神戸中央総区の友らがじっくりと
「わが一年(念) 一句に刻み いざ前進」――総兵庫の東神戸総県(東灘総区、灘総区、神戸中央総区)壮年部では、年末に「男の新春川柳」大会と題して川柳を募集。全ての作品が会館内に掲げられ、新たな“年始の風物詩”として、壮年部員だけでなく、多くの友から好評を博している。ここでは、「もうひとコエ」の番外編として、句作に挑んだメンバーの思いに迫る。
「わが一年(念) 一句に刻み いざ前進」――総兵庫の東神戸総県(東灘総区、灘総区、神戸中央総区)壮年部では、年末に「男の新春川柳」大会と題して川柳を募集。全ての作品が会館内に掲げられ、新たな“年始の風物詩”として、壮年部員だけでなく、多くの友から好評を博している。ここでは、「もうひとコエ」の番外編として、句作に挑んだメンバーの思いに迫る。
意表を突かれたのか、句の内容に大笑する東灘総区のメンバー(神戸講堂で)
意表を突かれたのか、句の内容に大笑する東灘総区のメンバー(神戸講堂で)
1月中旬、東神戸総県内の各総区の中心会館を訪れると、メンバーの作品が掲示されていた。「一年の決意」「家族への感謝」「仕事や地域活動」など、思い思いのテーマでつづられた一句一句は、機知あり、自虐あり。そして、歓喜あり、誓いあり。字数にこだわらず、口語体での自由な表現だからこそ、桜梅桃李の輝きがあった。
手軽ながら、詠み手の人生観や社会へのまなざしを映し出す文芸である川柳。2年前に神戸中央総区から始まった“川柳大会”は、昨年から総県に拡大。総県長の山本賢一さん(56)は「伝えたいことを絞り込んで最適な言葉で表現する川柳ならば、自分自身を見つめ直すことができ、新年への意気込みを明確にしやすいと思ったんです」と語る。
昨年の応募総数は402句。今年は「一人5句」と限定しても、計478句が寄せられ、参加者も着実に増加した。「だいぶ“市民権”は得られましたかね」とほほ笑む山本さん。開始当初は川柳と聞いても、ピンと来るメンバーは少なかったそう。
1月中旬、東神戸総県内の各総区の中心会館を訪れると、メンバーの作品が掲示されていた。「一年の決意」「家族への感謝」「仕事や地域活動」など、思い思いのテーマでつづられた一句一句は、機知あり、自虐あり。そして、歓喜あり、誓いあり。字数にこだわらず、口語体での自由な表現だからこそ、桜梅桃李の輝きがあった。
手軽ながら、詠み手の人生観や社会へのまなざしを映し出す文芸である川柳。2年前に神戸中央総区から始まった“川柳大会”は、昨年から総県に拡大。総県長の山本賢一さん(56)は「伝えたいことを絞り込んで最適な言葉で表現する川柳ならば、自分自身を見つめ直すことができ、新年への意気込みを明確にしやすいと思ったんです」と語る。
昨年の応募総数は402句。今年は「一人5句」と限定しても、計478句が寄せられ、参加者も着実に増加した。「だいぶ“市民権”は得られましたかね」とほほ笑む山本さん。開始当初は川柳と聞いても、ピンと来るメンバーは少なかったそう。
灘文化会館でもにぎやかに。一つ一つの句に灘総区のメンバーが笑みを浮かべる
灘文化会館でもにぎやかに。一つ一つの句に灘総区のメンバーが笑みを浮かべる
自分と向き合い相手と向き合う
自分と向き合い相手と向き合う
「“まずはやってみよう”ということで始めました。実際にやってみると、心が整理されて良かった」と、小梨昭一郎さん(82)=神戸王城区・橘支部、副支部長=は語る。
2023年末、長年、病と闘い続けた最愛の妻を霊山へ見送った小梨さん。悲しみの中にあっても、妻への最大の追善回向はどこまでも広布へ祈り動くことだと決意。そして、「世界青年学会 開幕の年」(2024年)を迎えるに当たり、「青年とは 俺のことだと 八十歳」と記した。その句は、同年3月1日付の本紙「新・生き生き川柳」に選ばれ、同志に大きな感動を広げた。
小梨さんは現在、所属するハーバーランド地区で地域広布に励む。また、山田優地区部長、日原勉副本部長と日々、知恵を出し合いながら、メンバーが少しでも胸襟を開いて語り合えるようにと、コロナ禍以降に始めた「男のコーヒータイム」と名付けた少人数の集いを今も定期的に行っている。開催前には、メンバーの似顔絵のイラスト(山田地区部長画)が載ったユニークなチラシを手に友の元へ。地道に足を運び続け、今では10人近くが参加するまでになったという。
小梨さんは「相手の本音を聞くには、まず辛抱強く待つこと。その上で、自分もちゃんと自分の本音を分かっとらなあかん」と。自らと向き合うことなくして、相手と向き合うことはできない――不思議と川柳を考える中、改めて実感したという。
そんな小梨さんの今年の句は「筋肉落ち あわてて筋トレ 腰いため」。「何事もやってみるのは大事やけど、急に負担かけるもんちゃうな」とニコリ。その笑みには挑戦の気概がにじんでいた。
「“まずはやってみよう”ということで始めました。実際にやってみると、心が整理されて良かった」と、小梨昭一郎さん(82)=神戸王城区・橘支部、副支部長=は語る。
2023年末、長年、病と闘い続けた最愛の妻を霊山へ見送った小梨さん。悲しみの中にあっても、妻への最大の追善回向はどこまでも広布へ祈り動くことだと決意。そして、「世界青年学会 開幕の年」(2024年)を迎えるに当たり、「青年とは 俺のことだと 八十歳」と記した。その句は、同年3月1日付の本紙「新・生き生き川柳」に選ばれ、同志に大きな感動を広げた。
小梨さんは現在、所属するハーバーランド地区で地域広布に励む。また、山田優地区部長、日原勉副本部長と日々、知恵を出し合いながら、メンバーが少しでも胸襟を開いて語り合えるようにと、コロナ禍以降に始めた「男のコーヒータイム」と名付けた少人数の集いを今も定期的に行っている。開催前には、メンバーの似顔絵のイラスト(山田地区部長画)が載ったユニークなチラシを手に友の元へ。地道に足を運び続け、今では10人近くが参加するまでになったという。
小梨さんは「相手の本音を聞くには、まず辛抱強く待つこと。その上で、自分もちゃんと自分の本音を分かっとらなあかん」と。自らと向き合うことなくして、相手と向き合うことはできない――不思議と川柳を考える中、改めて実感したという。
そんな小梨さんの今年の句は「筋肉落ち あわてて筋トレ 腰いため」。「何事もやってみるのは大事やけど、急に負担かけるもんちゃうな」とニコリ。その笑みには挑戦の気概がにじんでいた。
「次の集まり、どないしよ?」。小梨副支部長㊥、日原副本部長㊧、山田地区部長がざっくばらんに
「次の集まり、どないしよ?」。小梨副支部長㊥、日原副本部長㊧、山田地区部長がざっくばらんに
関わってくれた全ての人に感謝
関わってくれた全ての人に感謝
今回、神戸中央総区での最年少の参加者は、山田貴博さん(45)=神戸王城区・山手支部、区副書記長兼地区部長。「先輩方や太陽会の皆さんと楽しく取り組めるので助かります」と率直に語る。
山田さんは、創業58年になる会社の代表取締役。茶道具、掛け軸、陶磁器、日本画をはじめとする古美術全般の販売、鑑定などを行っている。
23年前、家業である美術商を継ぐため、県内の大学を卒業した2日後に、広島の同業者の元に弟子入り。約5年半、真贋を見抜く鑑識眼を磨くため、厳しい修業を積んだ。神戸に戻ってからは関西圏を中心に海外でも実績を。一方で学会活動にも手を抜かず、メンバーを励ましながら、弘教・拡大に駆け回った。
今も思い起こすのは、最も苦しかった修業時代。なかなか男子部の活動に参加できなかった中でも、決まって手紙を残してくれた先輩がいた。当時、その先輩もまた、弁護士として多忙を極めていた。「そうした中でも、時間をこじ開けて自分を励ましに来てくれた。それが大きな原点になりました」と振り返る。
これまで中央神戸総県の男子部長、青年部長を歴任。激闘の日々も「さまざまな方々に支えられて乗り越えられました」と山田さん。陰に陽に支えてくれた妻・千賀子さんや娘たちにも感謝は尽きない。そんな思いを込めてつづった句は「川の字で 娘2人と 寝る幸せ」。広布に走り抜いたからこそ、今の一家和楽があると確信している。
今回、神戸中央総区での最年少の参加者は、山田貴博さん(45)=神戸王城区・山手支部、区副書記長兼地区部長。「先輩方や太陽会の皆さんと楽しく取り組めるので助かります」と率直に語る。
山田さんは、創業58年になる会社の代表取締役。茶道具、掛け軸、陶磁器、日本画をはじめとする古美術全般の販売、鑑定などを行っている。
23年前、家業である美術商を継ぐため、県内の大学を卒業した2日後に、広島の同業者の元に弟子入り。約5年半、真贋を見抜く鑑識眼を磨くため、厳しい修業を積んだ。神戸に戻ってからは関西圏を中心に海外でも実績を。一方で学会活動にも手を抜かず、メンバーを励ましながら、弘教・拡大に駆け回った。
今も思い起こすのは、最も苦しかった修業時代。なかなか男子部の活動に参加できなかった中でも、決まって手紙を残してくれた先輩がいた。当時、その先輩もまた、弁護士として多忙を極めていた。「そうした中でも、時間をこじ開けて自分を励ましに来てくれた。それが大きな原点になりました」と振り返る。
これまで中央神戸総県の男子部長、青年部長を歴任。激闘の日々も「さまざまな方々に支えられて乗り越えられました」と山田さん。陰に陽に支えてくれた妻・千賀子さんや娘たちにも感謝は尽きない。そんな思いを込めてつづった句は「川の字で 娘2人と 寝る幸せ」。広布に走り抜いたからこそ、今の一家和楽があると確信している。
“一番を目指す”中で団結固く
“一番を目指す”中で団結固く
笑顔で取材に応じる細見さん
笑顔で取材に応じる細見さん
昨年、総県内に広がった「男の新春川柳」で、一番の応募数を出したのが灘総区だ。
その中でも、最も多く句を寄せたのが、灘旭日区・石屋川支部。支部長の細見明さん(69)は「せっかく取り組むんやったら、わが支部が一番多く出そう」と決意。支部内に呼びかけ、12人のメンバーが挑戦し、計52句が集まった。
そのうち、大野恭嗣さん(67)=常勝長(ブロック長)=の「美白より きれいな妻の 笑顔皺」との会心作が「新・生き生き川柳」(昨年1月24日付)に掲載。紙面を見た多くの友から連絡があったという。後日行われた地区座談会では、細見さん自ら表彰状を作り祝福。大拍手が会場を包んだ。
「何でも“一番を目指す”というのは大切なこと。支部の皆で一致団結できたし、さらに大野さんの句が載ってうれしかった」と喜びを話す細見さん。
そんな細見さんの2026年の句は「本年も 駿馬の如く 躍動す」と力強く。支部のメンバーとスクラム固く進む一方、青少年育成協議会、ふれあいのまちづくり協議会などの地域ボランティア活動にも懸命に取り組む決意だ。
昨年、総県内に広がった「男の新春川柳」で、一番の応募数を出したのが灘総区だ。
その中でも、最も多く句を寄せたのが、灘旭日区・石屋川支部。支部長の細見明さん(69)は「せっかく取り組むんやったら、わが支部が一番多く出そう」と決意。支部内に呼びかけ、12人のメンバーが挑戦し、計52句が集まった。
そのうち、大野恭嗣さん(67)=常勝長(ブロック長)=の「美白より きれいな妻の 笑顔皺」との会心作が「新・生き生き川柳」(昨年1月24日付)に掲載。紙面を見た多くの友から連絡があったという。後日行われた地区座談会では、細見さん自ら表彰状を作り祝福。大拍手が会場を包んだ。
「何でも“一番を目指す”というのは大切なこと。支部の皆で一致団結できたし、さらに大野さんの句が載ってうれしかった」と喜びを話す細見さん。
そんな細見さんの2026年の句は「本年も 駿馬の如く 躍動す」と力強く。支部のメンバーとスクラム固く進む一方、青少年育成協議会、ふれあいのまちづくり協議会などの地域ボランティア活動にも懸命に取り組む決意だ。
続けることが大きな力に
続けることが大きな力に
六甲山の麓にある鶴甲。夜には神戸市街の美しい夜景を眺望できることで知られるが、山を切り崩して造成したため、急坂が多く、徒歩移動に難儀する地域でもある。
そんな中で、地区部長兼副本部長を務める安松久雄さん(77)は、一人も取り残さないとの思いで、メンバーの激励に奔走している。
安松さんを表現するなら、まさに「継続の人」。これまで長年にわたり、毎朝欠かさず、本紙「名字の言」を同志と共有してきた。また休刊日には「きょうは何の日?」と自ら調べて発信を。「年末年始は休刊日が続くから大変」といたずらっぽく笑う。
2年前からは、一人でも多くのメンバーが共に信心を深められるようにと、毎週金曜の晩に、オンラインで小説『新・人間革命』の勉強会を開催。この1月で77回目を迎えた。
「順番に朗読していくんやけど、最初は自分を含めて、たどたどしかった。けど、みんな、読んでいく中でうまなってな。やっぱり、続けるというのは大きな力になる」
勉強会では、改めて池田先生の心に触れ、泣き出す方も。安松さんは真っすぐに師を求める同志の姿勢がうれしくてたまらないという。
こうした集いに進んで参加したいと、慣れない機器の操作に挑戦する友に敬意を表し、「卒寿が スマホ操る オンライン」とつづった安松さん。全巻読了に向けて道のりは長いが、「最後まで池田先生の思いを丁寧に学んでいこうと思っています」。
六甲山の麓にある鶴甲。夜には神戸市街の美しい夜景を眺望できることで知られるが、山を切り崩して造成したため、急坂が多く、徒歩移動に難儀する地域でもある。
そんな中で、地区部長兼副本部長を務める安松久雄さん(77)は、一人も取り残さないとの思いで、メンバーの激励に奔走している。
安松さんを表現するなら、まさに「継続の人」。これまで長年にわたり、毎朝欠かさず、本紙「名字の言」を同志と共有してきた。また休刊日には「きょうは何の日?」と自ら調べて発信を。「年末年始は休刊日が続くから大変」といたずらっぽく笑う。
2年前からは、一人でも多くのメンバーが共に信心を深められるようにと、毎週金曜の晩に、オンラインで小説『新・人間革命』の勉強会を開催。この1月で77回目を迎えた。
「順番に朗読していくんやけど、最初は自分を含めて、たどたどしかった。けど、みんな、読んでいく中でうまなってな。やっぱり、続けるというのは大きな力になる」
勉強会では、改めて池田先生の心に触れ、泣き出す方も。安松さんは真っすぐに師を求める同志の姿勢がうれしくてたまらないという。
こうした集いに進んで参加したいと、慣れない機器の操作に挑戦する友に敬意を表し、「卒寿が スマホ操る オンライン」とつづった安松さん。全巻読了に向けて道のりは長いが、「最後まで池田先生の思いを丁寧に学んでいこうと思っています」。
信心を教えてくれたあなたへ
信心を教えてくれたあなたへ
今回の取り組みの中で最年長となる岡田武男さん(93)=灘太陽区・福住支部。取材でお会いした際の服装は、イエローのジャケットに細身のズボンという、おしゃれないでたちだった。
岡田さんは1933年(昭和8年)2月に生まれた。少年時代は高知県で戦中を生き抜き、戦後は仕事を求め、神戸へ。思うような職はなく、いや応なくテーラーになったというものの、仕事は途切れず、なんと87歳まで紳士服をあつらえていたそう。
誰よりも“青年らしい”岡田さんは今回、「我が生命 燃え尽きるまで 広布に走る」と記した。そんな真っすぐな誓いを今、一番伝えたい相手は、自身を仏法に縁させてくれた亡き同志だ。
創価学会の一員となったのは64年(同39年)3月、31歳の時。プロパンガスを配送していた同志との対話を機に入会した。
紹介者の言葉は今も忘れない。「愚直な信心」「求道旺盛の信心」「師弟の信心」「不軽菩薩のように忍耐強い信心」――この四つを貫けば、必ず人生を勝利できる、幸福になれると語ってくれた。当時はよく分からなかったが、「この年になって、はっきり言える。全部、その人の言う通りになった」と感謝の思いを叫ぶ。
振り返れば、自然災害とも相対してきた人生だったと語る岡田さん。中学時代には昭和南海地震に襲われ、20代で伊勢湾台風を経験。還暦を過ぎてから阪神・淡路大震災に遭い、2年間、仮設住宅での生活を余儀なくされた。それでも生き抜いてこられたのは、「題目という利剣があったから」と明快に。
九十路を越えた今、岡田さんは「何が来ても怖くない」と達人のごとく。自身の生命力あふれる姿こそが、信心の功力の証明となるとの思いで、悠々と近隣友好を広げている。
今回の取り組みの中で最年長となる岡田武男さん(93)=灘太陽区・福住支部。取材でお会いした際の服装は、イエローのジャケットに細身のズボンという、おしゃれないでたちだった。
岡田さんは1933年(昭和8年)2月に生まれた。少年時代は高知県で戦中を生き抜き、戦後は仕事を求め、神戸へ。思うような職はなく、いや応なくテーラーになったというものの、仕事は途切れず、なんと87歳まで紳士服をあつらえていたそう。
誰よりも“青年らしい”岡田さんは今回、「我が生命 燃え尽きるまで 広布に走る」と記した。そんな真っすぐな誓いを今、一番伝えたい相手は、自身を仏法に縁させてくれた亡き同志だ。
創価学会の一員となったのは64年(同39年)3月、31歳の時。プロパンガスを配送していた同志との対話を機に入会した。
紹介者の言葉は今も忘れない。「愚直な信心」「求道旺盛の信心」「師弟の信心」「不軽菩薩のように忍耐強い信心」――この四つを貫けば、必ず人生を勝利できる、幸福になれると語ってくれた。当時はよく分からなかったが、「この年になって、はっきり言える。全部、その人の言う通りになった」と感謝の思いを叫ぶ。
振り返れば、自然災害とも相対してきた人生だったと語る岡田さん。中学時代には昭和南海地震に襲われ、20代で伊勢湾台風を経験。還暦を過ぎてから阪神・淡路大震災に遭い、2年間、仮設住宅での生活を余儀なくされた。それでも生き抜いてこられたのは、「題目という利剣があったから」と明快に。
九十路を越えた今、岡田さんは「何が来ても怖くない」と達人のごとく。自身の生命力あふれる姿こそが、信心の功力の証明となるとの思いで、悠々と近隣友好を広げている。
決して“素通りしない”
決して“素通りしない”
神戸市の最東に位置する東灘区は、日本屈指の酒どころ「灘五郷」の二つ(魚崎郷・御影郷)がある酒蔵地帯として名高い。
そんな由緒ある地域で信頼を広げるのは、森岡勝さん(71)=東灘常勝区・西魚崎支部、副本部長。現在、自治会長を5期務めているほか、ふれあいのまちづくり協議会の委員長など、数多くの団体で役員に名を連ねている。
森岡さんは「地域広布 決意から35年 広がる友好」との句をつづり、自らの歩みを振り返る。
地域貢献活動の原点は男子部時代。仕事と学会活動にまっしぐらだった時、本紙の信仰体験に掲載された壮年の地域活動の様子に、今までにない感銘を受けたと森岡さん。以来、「地域貢献」即「地域広布」と心に定め、現在住むマンションに転居したことを機に、管理組合の理事長を2期経験。住民の意見を丁寧に聞き回りながら、管理組合を運営したことで信頼が寄せられ、自治会役員に推挙されたという。
「それもこれも全て、一人を大切にする学会活動の薫陶のたまものやね」
地域活動に当たり、森岡さんには一つの矜持がある。それは決して“素通りしない”こと。無関心は共生社会の敵と断言する。
とりわけ、隣接するポートアイランドは「神戸医療産業都市」として国際的な医療・研究機関が集まるエリア。それゆえ近年、魚崎地域には外国人労働者の姿が散見されるようになった。
森岡さんは「そうした人たちをよく見ると、地域のもちつき大会に顔を出すなど、日本文化に溶け込もうとする姿があるんよ」と。声をかけてあいさつすれば、返してくれる。そこから、一つ二つと会話ができるようになる。排外主義を助長するかのような言説が世間を飛び交う中だからこそ、「その風潮を打ち破っていかなあかん」と決意を燃やしていた。
神戸市の最東に位置する東灘区は、日本屈指の酒どころ「灘五郷」の二つ(魚崎郷・御影郷)がある酒蔵地帯として名高い。
そんな由緒ある地域で信頼を広げるのは、森岡勝さん(71)=東灘常勝区・西魚崎支部、副本部長。現在、自治会長を5期務めているほか、ふれあいのまちづくり協議会の委員長など、数多くの団体で役員に名を連ねている。
森岡さんは「地域広布 決意から35年 広がる友好」との句をつづり、自らの歩みを振り返る。
地域貢献活動の原点は男子部時代。仕事と学会活動にまっしぐらだった時、本紙の信仰体験に掲載された壮年の地域活動の様子に、今までにない感銘を受けたと森岡さん。以来、「地域貢献」即「地域広布」と心に定め、現在住むマンションに転居したことを機に、管理組合の理事長を2期経験。住民の意見を丁寧に聞き回りながら、管理組合を運営したことで信頼が寄せられ、自治会役員に推挙されたという。
「それもこれも全て、一人を大切にする学会活動の薫陶のたまものやね」
地域活動に当たり、森岡さんには一つの矜持がある。それは決して“素通りしない”こと。無関心は共生社会の敵と断言する。
とりわけ、隣接するポートアイランドは「神戸医療産業都市」として国際的な医療・研究機関が集まるエリア。それゆえ近年、魚崎地域には外国人労働者の姿が散見されるようになった。
森岡さんは「そうした人たちをよく見ると、地域のもちつき大会に顔を出すなど、日本文化に溶け込もうとする姿があるんよ」と。声をかけてあいさつすれば、返してくれる。そこから、一つ二つと会話ができるようになる。排外主義を助長するかのような言説が世間を飛び交う中だからこそ、「その風潮を打ち破っていかなあかん」と決意を燃やしていた。
何歳からでも変われる
何歳からでも変われる
「SNS キャンピングカーで 繫がる縁」。まさしくこの句のまま、白のキャンピングカーでさっそうと神戸講堂に現れたのは、上嶋賢治さん(58)=東灘錦城区・東神戸支部、常勝長。現在、何十人ものオフ会を束ねる中心者として、週末は日本各地に足を運んでいる。
「アクティブ」を絵に描いたような上嶋さんだが、もともと自宅での映画鑑賞が大好きな、根っからのインドア派。「性格も人見知りで、とても大勢の輪の中に入って盛り上げるようなタイプではなかった」と自認する。
転機は6年前。コロナ禍の真っただ中でインターネット上で配信されるキャンピングカーオーナーの動画に目がくぎ付けに。「“思い立ったが吉日”ではないですが、その非日常を体験したくなって」と意を決して、アウトドアの世界に飛び込んだ。それからの6年は、それまでの人生では考えられないほど多くの人と交わる日々だったと回顧する。
「不思議なもので、キャンピングカー好きが集まると、単に『キャンプが好き』という理由だけで、シンプルにつながることができるんです」
そこでは学歴、性別、年齢、社会的な立場は一切問われない。大切なのは、一人の人間としての誠実さだけ。だからこそ、「青年部時代から受けた薫陶がありがたくて」と。50歳を過ぎてからの急変化に周囲は目を丸くするが、「何歳からでも、人は変われるんです」と胸を張る。
個人的に親しくなった友人には、必ず仏法対話をするという上嶋さん。折伏精神を忘れず、自分の振る舞いによって、一人また一人と創価の人間主義を伝えたいと、きょうも自慢の愛車を走らせる。
「SNS キャンピングカーで 繫がる縁」。まさしくこの句のまま、白のキャンピングカーでさっそうと神戸講堂に現れたのは、上嶋賢治さん(58)=東灘錦城区・東神戸支部、常勝長。現在、何十人ものオフ会を束ねる中心者として、週末は日本各地に足を運んでいる。
「アクティブ」を絵に描いたような上嶋さんだが、もともと自宅での映画鑑賞が大好きな、根っからのインドア派。「性格も人見知りで、とても大勢の輪の中に入って盛り上げるようなタイプではなかった」と自認する。
転機は6年前。コロナ禍の真っただ中でインターネット上で配信されるキャンピングカーオーナーの動画に目がくぎ付けに。「“思い立ったが吉日”ではないですが、その非日常を体験したくなって」と意を決して、アウトドアの世界に飛び込んだ。それからの6年は、それまでの人生では考えられないほど多くの人と交わる日々だったと回顧する。
「不思議なもので、キャンピングカー好きが集まると、単に『キャンプが好き』という理由だけで、シンプルにつながることができるんです」
そこでは学歴、性別、年齢、社会的な立場は一切問われない。大切なのは、一人の人間としての誠実さだけ。だからこそ、「青年部時代から受けた薫陶がありがたくて」と。50歳を過ぎてからの急変化に周囲は目を丸くするが、「何歳からでも、人は変われるんです」と胸を張る。
個人的に親しくなった友人には、必ず仏法対話をするという上嶋さん。折伏精神を忘れず、自分の振る舞いによって、一人また一人と創価の人間主義を伝えたいと、きょうも自慢の愛車を走らせる。
震災の経験と教訓を未来へ
震災の経験と教訓を未来へ
東灘区は31年前の阪神・淡路大震災で神戸市内9区の中で最も甚大な被害を受けた地域だ。避難所だった学会の施設の中でも、神戸講堂は最後まで被災者を受け入れていた会館だった。
この神戸講堂周辺の東灘常勝区・住吉本陣支部で地区幹事を務める上野靖治さん(58)は発災時、男子地区リーダーを担いながら、支部の少年部の担当者をしていた。自宅は幸いにも半壊で済んだが、見渡せば周囲の家屋は全壊。自身の知人や同志が犠牲になった。
悲しみに暮れながら被災者の救援に奔走する中、今も心に刻まれた光景がある。
「神戸講堂に避難していた子どもたちが、とにかく明るかった。大人たちの疲労や悲哀を吹き飛ばすほど」
その姿は必ず希望になると感じた上野さんは、震災から2カ月後の3月中旬に支部少年少女部員会を開催。その模様は本紙にも取り上げられ、苦難に負けない未来っ子たちの決意の声は全国に大きな感動を広げた。
上野さんは昨年、「地震後も よくぞ奮闘 30年」と記した。「何となく『奮闘』と書きましたが、後から句を見返せば、字の通りだなと。ただただ生命力を“奮い”起こさずにはいられない、必死の道程だった」と述懐する。その言葉は、自分だけでなく、震災を乗り越えた全ての人の思いを代弁しているかのようだった。
今年は、「次世代に つなげていこう 1・17」と作句した上野さん。記憶の風化が危ぶまれる中、30年の節目を過ぎた今だからこそ、震災の経験や教訓を未来に語り残していく決意だ。
東灘区は31年前の阪神・淡路大震災で神戸市内9区の中で最も甚大な被害を受けた地域だ。避難所だった学会の施設の中でも、神戸講堂は最後まで被災者を受け入れていた会館だった。
この神戸講堂周辺の東灘常勝区・住吉本陣支部で地区幹事を務める上野靖治さん(58)は発災時、男子地区リーダーを担いながら、支部の少年部の担当者をしていた。自宅は幸いにも半壊で済んだが、見渡せば周囲の家屋は全壊。自身の知人や同志が犠牲になった。
悲しみに暮れながら被災者の救援に奔走する中、今も心に刻まれた光景がある。
「神戸講堂に避難していた子どもたちが、とにかく明るかった。大人たちの疲労や悲哀を吹き飛ばすほど」
その姿は必ず希望になると感じた上野さんは、震災から2カ月後の3月中旬に支部少年少女部員会を開催。その模様は本紙にも取り上げられ、苦難に負けない未来っ子たちの決意の声は全国に大きな感動を広げた。
上野さんは昨年、「地震後も よくぞ奮闘 30年」と記した。「何となく『奮闘』と書きましたが、後から句を見返せば、字の通りだなと。ただただ生命力を“奮い”起こさずにはいられない、必死の道程だった」と述懐する。その言葉は、自分だけでなく、震災を乗り越えた全ての人の思いを代弁しているかのようだった。
今年は、「次世代に つなげていこう 1・17」と作句した上野さん。記憶の風化が危ぶまれる中、30年の節目を過ぎた今だからこそ、震災の経験や教訓を未来に語り残していく決意だ。
後記
後記
「五・七・五」でつづる川柳は、その人の主張の全てを表現するには、短いといえるかもしれない。しかし、その行間からにじみ出る思いは想像以上に分厚く、深みがある。
本紙「新・生き生き川柳」係に日々、読者から寄せられる作品には、世相をうがち、皮肉り、笑わせるものもある。それらを含め、本質は――6年前まで選者を務めた浦崎聡明ドクター部主事は、かつて次のように評した。
「生老病死」という現実と格闘しながら、「『常楽我浄』という人生の高みを目指す同志の心意気、決意であり、自他共の幸福道を歩む友への人生の応援歌」と。
今回、句作に励んだメンバーの声を伺う中、その言葉の意味を改めてかみ締めた。
川柳は「生活の詩」とも称される。今回取材した東神戸総県の友の句もまた、生活の一こま、日常の断片を切り取ったものが多かった。その一つ一つから、あふれんばかりの信心の脈動が聞こえてくる。
苦楽の山河を乗り越え、なおも誓願の心を赤々と燃やす黄金柱の友。来年も、揺るぎない楽観主義が光る作品の数々が宝城を飾るであろうと思うと、一段と胸が高鳴った。(記事・写真=浅野一城)
「五・七・五」でつづる川柳は、その人の主張の全てを表現するには、短いといえるかもしれない。しかし、その行間からにじみ出る思いは想像以上に分厚く、深みがある。
本紙「新・生き生き川柳」係に日々、読者から寄せられる作品には、世相をうがち、皮肉り、笑わせるものもある。それらを含め、本質は――6年前まで選者を務めた浦崎聡明ドクター部主事は、かつて次のように評した。
「生老病死」という現実と格闘しながら、「『常楽我浄』という人生の高みを目指す同志の心意気、決意であり、自他共の幸福道を歩む友への人生の応援歌」と。
今回、句作に励んだメンバーの声を伺う中、その言葉の意味を改めてかみ締めた。
川柳は「生活の詩」とも称される。今回取材した東神戸総県の友の句もまた、生活の一こま、日常の断片を切り取ったものが多かった。その一つ一つから、あふれんばかりの信心の脈動が聞こえてくる。
苦楽の山河を乗り越え、なおも誓願の心を赤々と燃やす黄金柱の友。来年も、揺るぎない楽観主義が光る作品の数々が宝城を飾るであろうと思うと、一段と胸が高鳴った。(記事・写真=浅野一城)