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〈教育本部ルポ・つなぐ〉第27回=「郷土」を足場に「世界」へ心を開いて 2025年6月1日

  • テーマ:「地方病」の出前授業

 その写真が掲げられると、山梨平和会館に集った数組の親子は、さまざまな反応を見せた。「うわ……」と引く母親もいれば、興味深そうに凝視する男の子もいる。

遠藤美樹さんが写真を掲げる
遠藤美樹さんが写真を掲げる

 「これが、『日本住血吸虫』っていう寄生虫だよ」と、元小学校教員の遠藤美樹さん(副本部長)が説明した。かつて甲府盆地で猛威を振るった、「地方病」の感染源という。先月、笛吹市石和町に住む少年少女部の代表と保護者向けに行われた出張講座の一幕である。
  
 遠藤さんは教員時代から30年、地方病の歴史を伝えてきた。校長を定年退職後、2023年には「地方病教育推進研究会」を立ち上げ、小・中学校への“出前授業”や資料収集・整理を続けている。「この病は長い間、“原因不明の感染症”と言われていたんだ」

 発症すると高熱が出たり、おなかに水がたまって異様に膨れたりして、最悪の場合は死に至った。日本住血吸虫が感染源として発見・特定されたのは、約120年前。その後、水田や河川に生息する「宮入貝」を中間宿主として皮膚から感染することも判明し、官民一体の感染対策が進んだ。
  
 「ちなみに日本住血吸虫は、1日に何個くらい卵を産むと思う?」。遠藤さんは、子どもたちにクイズを出した。「40!」「100!」「1000!」と、次々と声が上がる。「“市場の競り”みたいだね(笑)」と、ユーモアも忘れない。「答えは約3000個」と言うと、どよめきが起こった。

安全な状態で管理された、日本住血吸虫の成虫と宮入貝の標本
安全な状態で管理された、日本住血吸虫の成虫と宮入貝の標本
ケースに入った感染していない宮入貝を見つめて
ケースに入った感染していない宮入貝を見つめて

 続いて「県知事が『流行終息宣言』を出したのは、いつだと思う?」。答えは1996年。決して遠い昔の話ではない。しかし、地方病について知る人は多くない。感染者やその家族、感染地域の出身者にまで差別が広がった事実を、“恥ずかしい歴史”と捉える向きもあったのだろう。
  
 だが、過去に学ぶことは、より良き未来を創ることだ。何より、地方病の歴史とは「郷土の名もなき人々が力を合わせ、感染症を制圧した“輝かしい歴史”でもあるんだよ」(遠藤さん)。

 その確信を深めてくれたのは、教え子たちである。30年前、小学4年生の担任だった遠藤さんは社会科の教材開発に取り組んだ。「児童が身近に感じられる素材を見つけたい」。町を歩き、人や資料に当たる中で、初めて地方病を知る。直感した。「これだ!」
  
 地方病を本格的に教材化した前例はない。むしろ、だからこそ、教員が既存の知識を切り売りするものではなく、児童と共に学び考える斬新な教材を開発できた。

30年前に遠藤さんが実施した社会科の授業記録
30年前に遠藤さんが実施した社会科の授業記録

 児童たちの目の色が変わった。「社会の授業が楽しみだから、学校に行く!」と語る子もいた。
  
 以来、10年、20年、30年……成果は着実に表れている。2022年度から高校の必履修となった「歴史総合」の学習指導要領に、「グローバル化と私たち」という項目の題材として「感染症」が例示されたことも、追い風となった。

遠藤さんが作成した「学びの振り返りシート」
遠藤さんが作成した「学びの振り返りシート」

 実は日本で撲滅された地方病は、今も中国やフィリピン等で新規感染者が報告されていて、世界保健機関(WHO)も対策を講じている。思い起こされるのは、創価学会初代会長・牧口常三郎先生が『人生地理学』で訴えた、「郷土」を足場として「世界」へと子どもの心を開く重要性だ。
  
 いつだったか。遠藤さんの出前授業をきっかけに、自ら町の人々に取材を始めた少女がいた。A3用紙6枚に及んだリポートのまとめに、彼女はつづった。「この町がもっと好きになりました」「外国には今もこの病気で苦しんでいる人がいることを、みんなにも知ってもらいたい」

出前授業を山梨県内の小学校で実施した際に、児童たちから贈られた感想文
出前授業を山梨県内の小学校で実施した際に、児童たちから贈られた感想文

 山梨平和会館での出張講座を、遠藤さんはこう結んだ。
 「みんなが社会や世界に貢献する人になってくれたら――おじさんは、うれしいなあ」

山梨平和会館での勉強会を終えて、子どもたちと一緒に(先月17日)
山梨平和会館での勉強会を終えて、子どもたちと一緒に(先月17日)

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kansou@seikyo-np.jp
  
 ※ルポ「つなぐ」の連載まとめは、こちらから。子どもや保護者と心をつなぎ、地域の人と人とをつなぐ教育本部の友を取材しながら、「子どもの幸福」第一の社会へ私たちに何ができるかを考えます。

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