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〈Seikyo Gift〉 業界に一石投じる ハートフルな運送会社〈信仰体験〉 2026年1月31日
- 心を運び 感謝届ける
【和歌山市】思いの丈をびっしりと手書きした3枚の用紙がある。14年前、三宅友理子さん(53)=副白ゆり長=が「株式会社 運び屋商会」を起業する際に練り上げた事業構想だ。以来、「一つの会社の中で、年代や性別に関係なく助け合い、支え合い、つながりの持てる職場環境をつくっていきたい」と、掲げた理想を着実に実現させてきた。今、業界に一石を投じる会社として注目を集めている。
働き方改革関連法が適用(2024年)された運送業界。
長時間労働が是正される一方で、膨れ上がる物流需要に対し、輸送能力の低下とコスト増など、数々の難問が業界全体に突き付けられている。
そんななか、三宅さんは会社設立当時から、ドライバーファーストを掲げてきた。
「私たちは単に“モノ”を運ぶのではありません。企業の信頼や将来を左右する商品。多くの人の思いが託された品。新たな人生のステージに進むアイテム。一つの積み荷には、いろんな“物語”があると考えています」
安心して運転・配送に専念できる労働環境があって、物流の安定は成り立つ。
そのために、三宅さんは気を配る。例えば、子育て世代のドライバーへの配慮。ルート配送のため、いったん乗車すれば、早退するというわけにはいかない。そのため、何かあれば、三宅さんがパパやママの代わりにお迎えや面倒を見ることもある。
定年しても、培った運転技術・経験を生かせる業務に移れるなど、安心して働ける環境を用意している。
「ドライバーは単なる運び屋ではなく、お客さまに笑顔を届ける営業マンでもあり、会社の“信用そのもの”です」
大型トラックやダンプカーなどでの重量物の輸送をはじめ、ユニック車(クレーン付きトラック)を使用した建設機器の輸送、機動力のある軽配送、介護タクシーまでと、請け負う仕事は幅広い。
差し出す名刺は、コテコテのブラックカラー。「外見はめっちゃブラックやけど、中身はめちゃくちゃホワイトなんです(笑)」。商談での三宅さんは、ちゃめっ気たっぷり。
ここ10年、営業活動をしたことはない。全て紹介で新事業の話が持ち込まれてきた。
それは着実な仕事ぶりで築き上げた、三宅さんへの信頼の証しでもある。
運送業の家に生まれた。父・正毅さん(81)=壮年部員、母・千香子さん(74)=女性部員=が、懸命に働く背中を見て、三宅さんは育った。
父にひっついて、大型トレーラーに同乗するのが楽しみだった。
笑顔があふれていた自宅は、4軒を間借りした長屋。三宅さんたちきょうだいは、左から「1階、2階、3階、4階」と呼んだ。
「3階」の仏間は、連日、仏法対話に訪れる人であふれていた。誇りも高く胸を張る庶民の生き方が、三宅さんにも根付いた。
21歳で大手自動車メーカーに就職。その後は、忙しさから学会活動から離れた。
27歳で結婚。3人の子どもに囲まれ、ささやかな幸せをかみ締める日々だった。
32歳の時、人生が急転する。離婚を機に、三宅さんは家業を手伝うことになった。幼稚園に一番乗りで子どもを預けると、夜遅くまで配車業務に追われた。
両親が幼い子どもたちの面倒を見てくれた。多忙のゆえ、自分の時間などなかったが、世の経済活動を支える誇りを感じた。
学会活動に励むようになると、三宅さんの心の眼は、大きく開かれていく。
ドライバーの視点から、業界の問題点を感じるように。当時、女性ドライバーが少ない時代。加えて長時間労働や、他の業種と比べてドライバーの「地位」が低く、人手不足が顕在化し始めていた。
三宅さんは、ある思いに駆られていく。“年齢、性別を問わず、ドライバーが安心して働ける会社をつくり、物流の世界に一石を投じたい”
それは、「目の前の一人を大切に」「他人の不幸の上に自分の幸福を築くことはしない」との池田先生の思想を具現化する挑戦でもあった。
三宅さんの思いを両親も受け止めてくれた。「“社会のために”という思いに立った娘の決断を、陰ながら応援する思いでした」
2011年(平成23年)、39歳で三宅さんは志を共にするドライバーたちと、「運び屋商会」を設立した。
独立から3カ月、仕事はほぼゼロ。だが、情熱だけはあふれていた。
三宅さんは仲間たちと、ドライバーが働きやすい労働環境と安定した経営が両立できる会社像について議論を重ねた。
同業者からは「なんも運んでへんのに、何が『運び屋商会』や」と笑われた。
それでも三宅さんは、自ら大型トラックやユニック車などの複数の免許を取り、“時”を待った。
懸命に唱題し、折伏に挑戦し続けた。小さな仕事も大切にした。
半年後、大口の建築資材の運送の仕事が舞い込む。これが足がかりとなり、次々と新たな事業展開を果たしていった。
運送業に携わる喜びを、配送先で実感することも多い。
山深い限界集落に、一人で住み続ける高齢者への配送を担った時のこと。
おぼつかない足どりで玄関に現れた家主は、小包を手に取ると、目を潤ませた。父の日のプレゼントだった。「いつも気遣ってくれる、とっても優しい娘なんです」。その一言に、三宅さんは心を震わせた。
この夏にも、梅農家の集荷作業で教えられた。
山あいで栽培に励む人たちから、「運んでくれるあなたがいるから、丹精込めた梅を全国に届けられるの」と感謝された。
心を運び、感謝を届ける。それが、運送業の社会的使命だと自負している。
今では45人の従業員が、誠心誠意で業務に当たる。大阪・関西万博のパビリオンの建設資材輸送にも携わった。
「会社が成長できたのも、みんなで家族のように仲良く、力を合わせてきたから」と、三宅さんは胸を張る。
今月は、二つのうれしい出来事があった。
三宅さんの日頃の振る舞いにふれて、5年前に創価学会に入会した事務員が自身の母親を、2年前に入会したドライバーが友人を、それぞれ入会に導くことができた。
上下の隔たりなく、一丸となって地域・社会に貢献できる人材に――新時代のモデルケース企業の挑戦は、始まったばかりだ。(2025年10月22日付)















