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〈未来を想像/創造する倫理〉7 京都大学教授 児玉聡 異種移植が問いかけること
〈未来を想像/創造する倫理〉7 京都大学教授 児玉聡 異種移植が問いかけること
2026年1月20日
- 技術でなく価値観、思想の選択
- 技術でなく価値観、思想の選択
前回の事例を振り返りましょう。少し未来の病院で慢性腎不全と診断された60代の男性。治療の選択肢として、①人工透析②献腎移植③家族からの生体腎移植④ブタの腎臓を用いる異種移植という四つが示されます。いずれも一定の利点と同時に避けがたい負担や不安が伴います。
透析では患者は長期にわたり、身体的・時間的負担を引き受けることになります。献腎移植には移植をいつ受けられるか分からない不確実性があり、生体腎移植では健康な家族が手術などの現実的なリスクを負います。
これに異種移植が加わると、負担の構図は大きく変わります。患者本人や家族に代わり負担を引き受けるのは臓器提供を目的に生み出される動物ですが、このように動物を用いることをどう考えるべきでしょうか。
◇
この問いは、アニマルウェルフェア(動物福祉)の問題と結び付いています。私たちは動物を食料として利用し、畜産動物の飼育や殺処分をめぐっても動物福祉の観点から議論が行われています。しかし「臓器提供のためだけに生まれ育てられるブタ」という存在には食用として動物を利用する場合とは異なる違和感を覚えるのではないでしょうか。
異種移植用のブタは遺伝子改変が施され、感染症を防ぐために管理された環境で飼育され、多くの場合、病原体への暴露を避けるために帝王切開で誕生し出生直後から母親や他の動物と引き離されます。その結果、母親との関係を築いたり、仲間と群れで過ごしたりといった、ブタ本来の社会的行動は最初から制限されます。検査や処置のための拘束によってストレスや苦痛を受ける可能性もあります。ブタは高度に知的で社会的な動物として知られており、このような生と飼育のあり方が許されるのかが問われるでしょう。
加えて、異種移植は社会全体にも影響を及ぼします。動物由来の感染症が人に広がる可能性を排除できず、移植を受けた患者には生涯、健康管理や行動に制限が求められます。これは「本人が選んだ治療」として個人の判断だけに帰せられる問題ではありません。
◇
透析、献腎移植、生体腎移植、異種移植は単なる医療技術の選択ではなく、「誰が、どのような形で、命を救うための負担を引き受けるのか」という価値観や思想の選択でもあります。異種移植をめぐる議論は、動物の扱い方にとどまらず、命を救うとは何を意味するのかを私たち自身に問うているのです。
前回の事例を振り返りましょう。少し未来の病院で慢性腎不全と診断された60代の男性。治療の選択肢として、①人工透析②献腎移植③家族からの生体腎移植④ブタの腎臓を用いる異種移植という四つが示されます。いずれも一定の利点と同時に避けがたい負担や不安が伴います。
透析では患者は長期にわたり、身体的・時間的負担を引き受けることになります。献腎移植には移植をいつ受けられるか分からない不確実性があり、生体腎移植では健康な家族が手術などの現実的なリスクを負います。
これに異種移植が加わると、負担の構図は大きく変わります。患者本人や家族に代わり負担を引き受けるのは臓器提供を目的に生み出される動物ですが、このように動物を用いることをどう考えるべきでしょうか。
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この問いは、アニマルウェルフェア(動物福祉)の問題と結び付いています。私たちは動物を食料として利用し、畜産動物の飼育や殺処分をめぐっても動物福祉の観点から議論が行われています。しかし「臓器提供のためだけに生まれ育てられるブタ」という存在には食用として動物を利用する場合とは異なる違和感を覚えるのではないでしょうか。
異種移植用のブタは遺伝子改変が施され、感染症を防ぐために管理された環境で飼育され、多くの場合、病原体への暴露を避けるために帝王切開で誕生し出生直後から母親や他の動物と引き離されます。その結果、母親との関係を築いたり、仲間と群れで過ごしたりといった、ブタ本来の社会的行動は最初から制限されます。検査や処置のための拘束によってストレスや苦痛を受ける可能性もあります。ブタは高度に知的で社会的な動物として知られており、このような生と飼育のあり方が許されるのかが問われるでしょう。
加えて、異種移植は社会全体にも影響を及ぼします。動物由来の感染症が人に広がる可能性を排除できず、移植を受けた患者には生涯、健康管理や行動に制限が求められます。これは「本人が選んだ治療」として個人の判断だけに帰せられる問題ではありません。
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透析、献腎移植、生体腎移植、異種移植は単なる医療技術の選択ではなく、「誰が、どのような形で、命を救うための負担を引き受けるのか」という価値観や思想の選択でもあります。異種移植をめぐる議論は、動物の扱い方にとどまらず、命を救うとは何を意味するのかを私たち自身に問うているのです。
異種移植用に育てられるブタは誕生後すぐに親から引き離されることに(Nature Picture Library/アフロ)
異種移植用に育てられるブタは誕生後すぐに親から引き離されることに(Nature Picture Library/アフロ)