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〈信仰体験 伴走者 ~わたしと介護~〉 六本木の女将、介護福祉士になる 2026年1月14日

食卓に愛を 魔法の手に感謝を
「どんな苦労も宝に変わるのが信心」
綾部さん㊨は母・しまえさんの思いを継ぎ、介護職に就いた。心がけるのは、母の振る舞いをヒントにした「相手が思う前に動く“一歩先のケア”です」

 【東京都港区】卵焼きと言えば?――「だし巻き」と即答する親子。なぜなら2人とも小料理店を営んでいたから。娘の綾部美晴さん(55)=副白ゆり長=は東京の六本木で、母・しまえさん(78)=地区副女性部長=は地元・愛知で。母の病を機に介護福祉士となった綾部さん。全くの異業種かと思いきや、女将の経験が生きている様子。「使命というか、自分の道が、ようやく見えてきたんです」

 若い頃、綾部さんは職を転々とした。
 愛知で生まれ、中学生の時に両親が離婚。戸建てから古びたアパートに移り、生活費を稼ぐために昼も夜も働く母を見て育った。
 “お母さんの負担を軽くしてあげたい”
 高校進学を断念し、中学卒業後は美容学校へ。18歳で美容師になり、3年後に自分の店をオープンさせた。
 高校や大学に進んだ同級生には“負けたくない”。そんな思いを抱いたが、経営は楽ではなかった。経費を賄うため、綾部さんは閉店後、スナックなどで働き、何とか店を切り盛りした。
 ホステスとして人気が出ると、夢が膨らんだ。“一度、銀座で勝負してみたい”
 20代後半で美容室を畳み、上京した。
 結果は……そこそこ人気は出たものの、「完敗です」と。無我夢中で接客し、30歳の手前でアルコール依存症になっていた。
 そんな娘の“暴走”を止めようと、愛知から駆け付けたのが、しまえさんだった。
 「治す薬があるよ」
 題目だった。昔から創価学会の信心に熱心な母の姿を見てきた。それだけに、“またか……”との思いが湧いてくる。
 素直に受け入れられない反発心。口を開けば、母に当たった。ところが、母は何を言われても笑みを絶やさない。
 ふと思った。“どうして?”
 綾部さんは、かつて母が語っていた、信心をした理由を思い出した。それは「笑顔になりたいから」。
 母が言うには、大切な人生哲学が、この御文に凝縮されているという。
 「教主釈尊の出世の本懐は人の振る舞いにて候いけるぞ」(新1597・全1174)
 30歳。綾部さんは、人生の再出発を懸け、一度帰郷することに。周囲から「都落ち」などとやゆされたが、瞳は希望に燃えていた。“私も信心で笑顔になるんだ!”と。

 31歳で結婚。その後、離婚を経験した。笑顔の長続きは難しい。
 それでも御本尊の前に座ると、「どんな苦労も宝に変わるの」と綾部さん。少しだけ、自分の“器”が大きくなったように思えた。
 リベンジを誓い、再び東京へ。六本木で念願の小料理店を開き、女将と呼ばれるまでになった。36歳だった。
 店は大繁盛。多忙を極めたが、綾部さんは時間をこじ開けては、愛知の実家を訪ねた。1人で暮らす母が、後縦靱帯骨化症を患ったからだ。しまえさんは、手足のしびれや痛みを引き起こしていた。今は厚労省の指定難病になっている。「大丈夫?」
 そんな声かけを母にするたび、心にあった溝が徐々に埋まり、笑みがこぼれるように。
 「それどころか、私が親を尊敬するようになってきたの」
 しまえさんは自身が難病と闘いながらも、県内で同じ病を患う人と、その家族らが集う会の活動に参加。会長も務めるなど、当事者の悩みや苦しみに寄り添っていた。
 “病気への不安があるはずなのに、人を励ませるなんて、すごい!”。綾部さんは、母の祈りと行動に「人の振る舞いの在り方を学んだ」という。
 その母が、「自分が元気だったら、介護の仕事をしたかった」とつぶやいた。母は働くことができない。思いを託された気がした。
 綾部さんの胸の中に、介護職への関心が高まる。もともと、人のお世話をするのが好きだった。年老いた祖父母の面倒を見ては、喜ばれた思い出もある。「困ってる人を放っておけない性格は、母親譲りなのかも」
 40代になると、しまえさんを愛知から迎え入れ、母娘2人での暮らしをスタート。女将から“介護のプロ”になることを決めた。

 綾部さんが介護職に就いたのは、もう一つ訳があった。しまえさんにがんが見つかったからだ。膵臓がんのステージ3。医師からは「余命は長くない」とも告げられた。
 手術と抗がん剤治療に耐える母の生活を、綾部さんは身に付けた介護スキルで支えた。
 転移の疑いもあった。はね返すことができたのは、母娘が口をそろえて、「応援の題目を送ってくれた同志のおかげ」と。創価家族の温かさに感謝は尽きない。
 転職した訪問介護の仕事においても、綾部さんは利用者だけでなく家族との関わりを大事にする。「ご家族が応援すると、利用者の生きる意欲や幸福感が増えるんです」と。
 1人暮らしの高齢者が増えた昨今、身寄りのない利用者も多い。そうした人には、綾部さんが家族のように親身になってきた。
 「最後まで頼むよ」と言われることも多い。そうした信頼の証しに応えるように見届けてきた。
 女将から介護職となって10年余り。母娘で唱題を重ね、しまえさんは診断から、およそ9年で、がんの寛解を勝ち取った。
 介護福祉士となった綾部さんには、前職からのモットーがある。「目配り・気配り・心配り」。相手の望みに応えられるようにと、母から教わった。
 ある日、このモットーに鍛えられた手が、100歳を超えた利用者に褒められた。ケアを通して触れ合う中で感じたようだ。
 「あなたの手は、魔法の手みたい。この手を生んでくれた親に、感謝するんだよ」
 綾部さんは「自分だけでなく、母も褒められたことが本当にうれしくて」とニッコリ。今年は自ら介護事業を立ち上げる予定だ。
 実は以前から、綾部さんにも骨化症の兆候があり、病院の定期検査が欠かせない。臆病風に吹かれそうな時ほど、池田先生の言葉に後押しされてきた。
 〈人に尽くそうと決め、勇気を出して行動を開始した時、もっと強い自分になれる。人間としての器が、もっと大きくなる〉
 ――今日も食卓に並ぶ、だし巻き卵。しまえさんいわく、「愛情がこもってないと、おいしくないの」と。そんな母が一口頰張った。
 作り手の綾部さんは、ニコニコしながら、母のコメントを待つ。「うん、おいしい」

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