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〈環境〉 土砂災害から地域を守る 広島・福山市「別所砂留を守る会」の取り組みから
〈環境〉 土砂災害から地域を守る 広島・福山市「別所砂留を守る会」の取り組みから
2025年5月4日
- 岡山大学 学術研究院 環境生命自然科学学域 准教授 樋口輝久さん
- 岡山大学 学術研究院 環境生命自然科学学域 准教授 樋口輝久さん
広島県福山市の砂防施設群「別所砂留」を整備・保全する「別所砂留を守る会」は本年1月、第8回インフラメンテナンス大賞の国土交通省特別賞を受賞しました。この意義について、土木史が専門で、岡山大学学術研究院環境生命自然科学学域の樋口輝久准教授に聞きました。
広島県福山市の砂防施設群「別所砂留」を整備・保全する「別所砂留を守る会」は本年1月、第8回インフラメンテナンス大賞の国土交通省特別賞を受賞しました。この意義について、土木史が専門で、岡山大学学術研究院環境生命自然科学学域の樋口輝久准教授に聞きました。
●江戸時代に造られた理由
●江戸時代に造られた理由
砂留とは「砂を留める」と書くように、降雨時の土砂の流失を防ぎ、土砂災害を防止する土木構造物のこと。現代で言う「砂防ダム」です。
別所砂留は、江戸時代に造られた石積みの砂防施設群です。大規模なものが14基、小規模なものが22基――山間部の谷沿い約1キロの区域に36基もの砂留が良好な状態で現存し、近世最大の砂防事業と言っても過言ではありません。
なぜ、別所砂留が造られたのでしょう?
国土交通省発表の「全国における土砂災害警戒区域等の指定状況」を見ると、広島県は4万7847カ所でトップです。2位の長崎県より1万カ所以上多い(昨年12月31日時点)。広島県の山地は花こう岩が風化したマサ土が多く、マサ土は水を含むと非常にもろく、崩れやすいからでしょう。
別所砂留がある里山は現在、緑豊かな木々に覆われていますが、江戸期は“はげ山”でした。人口増加に伴い、田畑を開いたり、燃料や肥料を得たり、家畜を放牧したりするなど、生活の糧を得るために森林や草木を伐採したからです。また、瀬戸内海沿岸では塩づくりが盛んでした。大量の海水を煮詰めるには、大量のまきが必要です。多くの木材を調達して、はげ山になった結果、土砂災害が頻繁に起こり、住民生活に被害が及んでいたと思われます。
乱開発による土砂災害の発生は全国的な課題だったのでしょう。江戸幕府は1666年、諸国山川掟を発布し、下流域の治水を目的に上流域の森林伐採を制限しました。
砂留とは「砂を留める」と書くように、降雨時の土砂の流失を防ぎ、土砂災害を防止する土木構造物のこと。現代で言う「砂防ダム」です。
別所砂留は、江戸時代に造られた石積みの砂防施設群です。大規模なものが14基、小規模なものが22基――山間部の谷沿い約1キロの区域に36基もの砂留が良好な状態で現存し、近世最大の砂防事業と言っても過言ではありません。
なぜ、別所砂留が造られたのでしょう?
国土交通省発表の「全国における土砂災害警戒区域等の指定状況」を見ると、広島県は4万7847カ所でトップです。2位の長崎県より1万カ所以上多い(昨年12月31日時点)。広島県の山地は花こう岩が風化したマサ土が多く、マサ土は水を含むと非常にもろく、崩れやすいからでしょう。
別所砂留がある里山は現在、緑豊かな木々に覆われていますが、江戸期は“はげ山”でした。人口増加に伴い、田畑を開いたり、燃料や肥料を得たり、家畜を放牧したりするなど、生活の糧を得るために森林や草木を伐採したからです。また、瀬戸内海沿岸では塩づくりが盛んでした。大量の海水を煮詰めるには、大量のまきが必要です。多くの木材を調達して、はげ山になった結果、土砂災害が頻繁に起こり、住民生活に被害が及んでいたと思われます。
乱開発による土砂災害の発生は全国的な課題だったのでしょう。江戸幕府は1666年、諸国山川掟を発布し、下流域の治水を目的に上流域の森林伐採を制限しました。
別所砂留の10番砂留。江戸期に造られた中で最も高い堰堤(水をせき止める構造物)とされる。全36基の砂留群は2015年、土木学会選奨土木遺産に(広島県福山市内で)
別所砂留の10番砂留。江戸期に造られた中で最も高い堰堤(水をせき止める構造物)とされる。全36基の砂留群は2015年、土木学会選奨土木遺産に(広島県福山市内で)
●メンテナンスを続けること
●メンテナンスを続けること
別所砂留は完成以来、土砂災害から地域を守ってきました。しかし戦後、燃料がまきから電気やガスに変わると、人々は次第に山から離れていきます。放置された山は荒廃し、砂留の存在さえ忘れ去られてしまいました。
山中に埋もれながらも人知れず地域を守る砂留を、住民が発見したのは2009年のことです。その後、「別所砂留を守る会」を結成し、草刈りなどの整備作業や崩壊した石積みの修復などを行い、年間を通じて定期的なメンテナンスを実施しています。
砂留の役割を維持するためには、メンテナンスを続けることが不可欠です。石積み堰堤の場合、石と石の間を埋めていた小石や土が流されると隙間ができ、石積みの崩壊が始まります。また、石と石の隙間に植物が根を張り成長すると、やはり石積みの崩壊につながります。
16年10月、砂留の石積みの一部が崩れました。この時、守る会を中心に修復作業が行われたのです。私は「本来の姿に戻った!」と思いました。自分たちが利用するものは自分たちで直す――砂留は何百年もの間、住民自身が維持・管理してきたからです。
明治時代以降、道路や橋、砂防ダムなどの土木施設の維持・管理は行政が担い、住民の手から切り離されました。別所砂留は、民有地に存在するため、行政の管理下からも外れました。半世紀以上、メンテナンスを行う人がいなかったのです。それが守る会によって、よみがえりました。まさに市民普請です。
別所砂留は完成以来、土砂災害から地域を守ってきました。しかし戦後、燃料がまきから電気やガスに変わると、人々は次第に山から離れていきます。放置された山は荒廃し、砂留の存在さえ忘れ去られてしまいました。
山中に埋もれながらも人知れず地域を守る砂留を、住民が発見したのは2009年のことです。その後、「別所砂留を守る会」を結成し、草刈りなどの整備作業や崩壊した石積みの修復などを行い、年間を通じて定期的なメンテナンスを実施しています。
砂留の役割を維持するためには、メンテナンスを続けることが不可欠です。石積み堰堤の場合、石と石の間を埋めていた小石や土が流されると隙間ができ、石積みの崩壊が始まります。また、石と石の隙間に植物が根を張り成長すると、やはり石積みの崩壊につながります。
16年10月、砂留の石積みの一部が崩れました。この時、守る会を中心に修復作業が行われたのです。私は「本来の姿に戻った!」と思いました。自分たちが利用するものは自分たちで直す――砂留は何百年もの間、住民自身が維持・管理してきたからです。
明治時代以降、道路や橋、砂防ダムなどの土木施設の維持・管理は行政が担い、住民の手から切り離されました。別所砂留は、民有地に存在するため、行政の管理下からも外れました。半世紀以上、メンテナンスを行う人がいなかったのです。それが守る会によって、よみがえりました。まさに市民普請です。
石積みに堆積した土砂や草の除去(上)、崩壊した石積みの修復作業(下)を地域住民がボランティアで行う。こうした活動が評価され、土木学会の市民普請大賞2016グランプリを受賞した(同、別所砂留を守る会提供)
石積みに堆積した土砂や草の除去(上)、崩壊した石積みの修復作業(下)を地域住民がボランティアで行う。こうした活動が評価され、土木学会の市民普請大賞2016グランプリを受賞した(同、別所砂留を守る会提供)
●地域を知ることから始まる
●地域を知ることから始まる
別所砂留を守る会は、地域住民主体のボランティア団体です。年9回の作業には毎回、20~30人が参加。皆さん、生き生きと活動されています。行政からの補助金や各種財団等の助成金に頼らない、継続的な活動を目指し、市の施設の整備作業を請け負ったり、「別所砂留米」などのブランド商品を開発したりするなど、努力と工夫を重ねています。
守る会はさらに、地元の小学校での出前授業や市民向けの見学会を開催し、人々の目を地域の環境に向けています。砂留の存在を知ることが防災意識の向上につながり、地域一体となって災害に対処する共助の力を育んでいます。地域防災といっても、「どういう地域に住んでいるのかを知ること」が基本です。
守る会は本年、「先人たちが築いた砂留のメンテナンスを通じて土砂災害から地域を守る」活動が評価され、第8回インフラメンテナンス大賞の国交省特別賞に輝きました。社会資本のメンテナンスにおける優れた取り組みや技術開発を表彰するこの賞を企業や行政ではなく、住民のボランティア団体が受賞したことは特筆に値します。
「自分たちの地域は自分たちで守る」との精神で自主的に活動する守る会は、人々の目を環境に向け、防災力を高めると同時に、砂留を活用した新たな産業の創出や地域の諸団体の活性化にもつながり、結果として地域全体が元気になっています。その意味で、守る会は「地域の環境に根ざした地域活動のモデル」と言えるでしょう。
別所砂留を守る会は、地域住民主体のボランティア団体です。年9回の作業には毎回、20~30人が参加。皆さん、生き生きと活動されています。行政からの補助金や各種財団等の助成金に頼らない、継続的な活動を目指し、市の施設の整備作業を請け負ったり、「別所砂留米」などのブランド商品を開発したりするなど、努力と工夫を重ねています。
守る会はさらに、地元の小学校での出前授業や市民向けの見学会を開催し、人々の目を地域の環境に向けています。砂留の存在を知ることが防災意識の向上につながり、地域一体となって災害に対処する共助の力を育んでいます。地域防災といっても、「どういう地域に住んでいるのかを知ること」が基本です。
守る会は本年、「先人たちが築いた砂留のメンテナンスを通じて土砂災害から地域を守る」活動が評価され、第8回インフラメンテナンス大賞の国交省特別賞に輝きました。社会資本のメンテナンスにおける優れた取り組みや技術開発を表彰するこの賞を企業や行政ではなく、住民のボランティア団体が受賞したことは特筆に値します。
「自分たちの地域は自分たちで守る」との精神で自主的に活動する守る会は、人々の目を環境に向け、防災力を高めると同時に、砂留を活用した新たな産業の創出や地域の諸団体の活性化にもつながり、結果として地域全体が元気になっています。その意味で、守る会は「地域の環境に根ざした地域活動のモデル」と言えるでしょう。
地元の小学生を対象とした別所砂留の見学会(同、別所砂留を守る会提供)
地元の小学生を対象とした別所砂留の見学会(同、別所砂留を守る会提供)
ひぐち・てるひさ 1972年、鳥取県生まれ。博士(学術)。専門は土木史。全国の土木遺産の調査・保存に当たる。土木学会の土木史研究委員会委員、選奨土木遺産委員会幹事長。
ひぐち・てるひさ 1972年、鳥取県生まれ。博士(学術)。専門は土木史。全国の土木遺産の調査・保存に当たる。土木学会の土木史研究委員会委員、選奨土木遺産委員会幹事長。