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大阪大学大学院教授・石黒浩さんに聞く“ロボットと共生する未来社会” 2023年10月17日

  • 〈SDGs×SEIKYO〉 インタビュー

 まるで人間のような動きをするアンドロイド(人間酷似型ロボット)や、人の“分身”として仕事をしてくれるアバター……。大阪大学大学院教授の石黒浩さんは、ロボット開発の第一人者として、世界をリードする研究を行ってきました。SDGsの目標9には「産業と技術革新の基盤をつくろう」が掲げられています。テクノロジーの発展により、私たちの暮らしは今後、どのように変わっていくのでしょうか。やがて訪れるといわれる、ロボットとの共生社会について聞きました。(取材=澤田清美、福田英俊)

自律対話型アンドロイド「ERICA」㊧と共に
自律対話型アンドロイド「ERICA」㊧と共に

 
 ――石黒教授はこれまで、ご自身と同じ姿をしたアンドロイド「ジェミノイド」や、目の前にいる人の動作や表情を認識しながら対話ができる自律対話型アンドロイド「ERICA(エリカ)」など、数々のロボットを世に送り出してきました。教授がロボットの開発を始めたきっかけは何ですか。
   
 僕は“ロボットに興味がある”から、開発を始めたわけではないんです。“人”に興味があって、「人間とは何か」ということが知りたいから、ロボットの研究をしているんです。
 例えば新聞記者の仕事もそうですよね。何のために記事を書くのかというと、「社会のことを知りたい」「人間のことを知りたい」ということが、動機としてあるわけじゃないですか。
 
 僕も全く同じなんです。僕は、ありとあらゆる仕事は、ほぼ全部、人間を知るためにあるんだと思っています。
 その意味では人間を知ることができるなら、正直、どんな仕事に就いても良かったんですよ。
 たまたまコンピューターやAI(人工知能)の勉強をしたので、この研究をしていますけど……。
 
 ともあれ、これまで「人間とは何か」という答えに近づくために、さまざまなロボットを作り、無数の実験を行ってきました。ロボットやアンドロイドは、人間を理解するための格好のプラットフォーム(基盤)なんです。
   
 ――「人間とは何か」が知りたいから、ロボットやアンドロイドの研究を行うというのは、不思議な感じがしますが……。
   
 従来の認知科学や脳科学は、人間を理解するために、私たちの体や脳の一部に焦点を当てて、その機能の解明に取り組んできました。でも、体や脳の「全体」を観察しなければ理解できない人間の性質も多いんです。
 
 また、実験室での実験だけでは、実際の社会での人間の振る舞いは、部分的にしか分かりません。
 ですので、仮説を立てた上で体を設計し、知能をプログラミングしたロボットを作って人間が活動する場所に投入する、という手法を取ってきました。
 
 ロボットを開発し、社会での実証実験を通じて、人々にとってどんな動きが「人間らしく」感じられ、どういうときに「違和感」を覚えるのかが分かれば、「人間とは何か」という探究が進むだろうと思ったんです。

人間らしい動きを追求したロボット「機械人間オルタ」 ©つのだよしお/アフロ
人間らしい動きを追求したロボット「機械人間オルタ」 ©つのだよしお/アフロ
 
アバターで広がる可能性

 ――日本語で「化身」を意味する「アバター」は、一般的にはデジタル空間でユーザーの分身となるキャラクターやアイコンを指しています。近著『アバターと共生する未来社会』では、アバターの活用について紹介されていますが、石黒教授が描く“アバターと共生する社会”について教えてください。
   
 僕が目指しているのは、メタバース(インターネット上の仮想空間)上でのアバター活用にとどまるものではありません。「実世界でアバターを用いて、異なる外見でも活動できることが当たり前になる社会」の実現を目指しています。
 ここでいうアバターとは、スマホや大型ディスプレーに映したCGアバターのこともあるし、物理的に現実世界に存在する、遠隔操作が可能なロボットのこともあります。
 
 こうしたアバターを活用することによって、例えば高齢になって肉体が衰えても、遠隔地から学校の授業を行ったり、お店で接客をしたりすることが可能になります。アバターを活用することで、生身の本人とは違う外見になることもできるわけです。
   

CGアバターを用いてオンライン上で接客サービスを行える ©AVITA
CGアバターを用いてオンライン上で接客サービスを行える ©AVITA

 
 ――こうしたアバターが私たちにもたらす利点とは何でしょうか。
   
 ダイバーシティー(多様性)とインクルージョン(包摂性)の実現です。
 今の社会では、肌の色が違うとか、体が不自由とかいった理由で差別を受けることがあります。
 
 でもアバターを活用すれば、そうした差別はなくなります。さらには、性別や年齢も関係なくなるわけですから、いつでもどこでも、皆がつながって働ける社会が実現できるようになるわけです。
 
 僕は、それが人間にとっての進化だと思っています。これまでも人間は、技術と融合することで、進化し、発展してきました。例えば、義手や義足を開発することで、障がいのある人が社会参画することができるようになったり、スポーツをしたりすることができるようになったでしょう。
 それと同じように、アバターによってダイバーシティーやインクルージョンが実現されていくわけです。そうした進化に貢献したいと僕は考えています。
   
 ――年齢や外見にかかわらず、アバターを利用することでどんな人にもなれるなんて、すごいですね。
   
 人って、もともといろんな人格を持っているのだと思います。例えば家にいる自分と、仕事場にいる時の自分は違いますよね。いろいろな自分があるからこそ、さまざまな可能性を模索できると思うんです。
 
 アバターを使ってみて、“なりたい自分が初めて見つかった”といったことも起こると思います。それまで自分で決めつけていた可能性を広げることができるからです。アバターは、そういった可能性をどんどん引き出してくれる存在になるのではないでしょうか。
 

変わる「いのち」の形

 ――教授は著書の中で、アバターやロボットを活用することによって、私たちが「『人とは何か』をより深く考える社会」「心が豊かになる社会」を実現していくことができるとも述べておられます。
   
 人間は、ただ食べるため、生きるためだけに一生懸命働くわけではありません。生活が豊かになり、科学技術は進歩しているので、ロボットなどに任せられる労働はどんどん任せて、さらに「高み」を目指していくことが大事なのではないかと考えています。
 
 より創造的な行為や哲学など、人間にしかできない重要な活動に注力していくということです。僕は、「自分たちは何者なのか」ということを考えながら、さらに進化・発展していくことが、人間の使命だと思っています。
 研究者だけじゃなくて、より多くの人たちがそうしたことを考えることが、人類全体の向上につながっていくはずです。

対話機能を持つロボット「CommU(コミュー)」 ©つのだよしお/アフロ
対話機能を持つロボット「CommU(コミュー)」 ©つのだよしお/アフロ

 
 ――2025年に開催される大阪・関西万博は「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマにしており、石黒教授は、八つあるテーマ事業の一つである「いのちを拡げる」のプロデューサーを務めています。科学技術が発展する中で、人間にしかないと信じられてきた「意識」や「いのち」があるように感じられるロボットも登場してきています。教授が考える「いのち」とは、どのようなものでしょうか。
   
 「いのちとは何か」という問いは、「人とは何か」という問いと、ほとんど同じです。
 その答えは簡単には見つからないし、また変わっていくものではないでしょうか。
 
 技術が進めば「いのちの形」は変わるし、「いのちの可能性」も広がっていきます。
 例えば、寝たきりで、脳がコンピューターにつながっているような状態でも、いのちはあるし、さまざまなことができる可能性もある。

高齢者施設では対話を促す手段として、ロボットの活用も考えられている ©国際電気通信基礎技術研究所(ATR)
高齢者施設では対話を促す手段として、ロボットの活用も考えられている ©国際電気通信基礎技術研究所(ATR)

 
 また、人間の日常生活にロボットが登場してきて、そのロボットを「壊せない」と感じることになれば、そのロボットは「いのち」を持つことになる、といえると思います。
 
 例えば、自分の娘を亡くした母親がいて、その後、娘そっくりのアンドロイドと5年、10年と一緒に暮らしていたとします。家族だけでなく町の人も、そのアンドロイドをかわいがっている。
 でもあるとき、その家に泥棒が入って、このアンドロイドを殺そう(壊そう)とした。母親はアンドロイドを守るために、必死に泥棒と戦うでしょう。
 それは、アンドロイドに「いのち」がある、と感じているからです。
 
 人間だって、肉体(の一部)がなくても人間です。そうであれば、もし体が機械であっても、十分、「人間」になれるのではないでしょうか。
 あと、重要なのは人との「関係性」なんですよね。人と良い関係性を持っているものは「いのち」を持つんです。

AVITA株式会社が開発したアバター。アニメのキャラクターのようなものから、人間そっくりな外見のものなどさまざまなアバターを制作している ©AVITA
AVITA株式会社が開発したアバター。アニメのキャラクターのようなものから、人間そっくりな外見のものなどさまざまなアバターを制作している ©AVITA

 
 ――教授は2年前にAVITA株式会社を創業し、アバター市場を開拓する新たな挑戦を開始されました。「頭が十分に働くあいだは死ぬ気で走り続けたい」とも述べておられますが、ここまで情熱を燃やして研究を続ける原動力は何でしょうか。
   
 情熱なんかないですよ。ただ、ぼうっと生きるのが嫌なだけです(笑)。
 この世における自分の存在を知るために生きているわけだから、思いっきり生きていたいんです。
 
 僕にとっては、“過去に何をやったか”は、もうどうでもいいんです。“昔の俺は偉かった”なんて言う人は、これからは何も新しいことをしないってことでしょう。
 僕はまだ自分の仕事は全然、足りないと思っているんです。

 ――最後に、未来を担う子どもたちや若者へのメッセージをお願いします。
   
 「自分たちが生きている意味」や、「人とは何か」といった大事な問題を考えてほしい、ということですかね。誰も答えを教えてくれないから、それを探すのが生きることなのだと、僕は考えています。
 
 また、夢は「一つ」ではなくて、100個でも、1000個でも持ったらいいと思うんです。
 「プロ野球選手になりたい」とか、夢が一つしかないと、もしなれなかったら大変ですから(笑)。
 
 多くの夢を持っていれば、それに向かって進んでいける。その中に、自分の成長もあるんだと思います。

石黒教授㊧と同じ姿をした「ジェミノイドHI―4」 ©国際電気通信基礎技術研究所(ATR)
石黒教授㊧と同じ姿をした「ジェミノイドHI―4」 ©国際電気通信基礎技術研究所(ATR)

 
 いしぐろ・ひろし 1963年、滋賀県生まれ。ロボット工学者。大阪大学大学院基礎工学研究科教授。国際電気通信基礎技術研究所(ATR)石黒浩特別研究所客員所長。アンドロイド研究の第一人者としてロボットの研究開発に従事。文部科学大臣表彰、大阪文化賞、立石賞等を受賞。『ロボットと人間 人とは何か』(岩波新書)、『アバターと共生する未来社会』(集英社)など著書多数。

  
●ぜひ、ご感想をお寄せください。
sdgs@seikyo-np.jp
  
●聖教電子版の「SDGs」特集ページが、以下のリンクから閲覧できます。
https://www.seikyoonline.com/summarize/sdgs_seikyo.html
  
●海外識者のインタビューの英語版が「創価学会グローバルサイト」に掲載されています。
https://www.sokaglobal.org/resources/expert-perspectives.html

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