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【電子版先行】那須昌美女性部長のあいさつ(要旨) 〈全国地区部長・女性部長会から〉
【電子版先行】那須昌美女性部長のあいさつ(要旨) 〈全国地区部長・女性部長会から〉
2026年1月18日
- 壁を越え縁を結ぶ対話のうねりを弾む心で
- 壁を越え縁を結ぶ対話のうねりを弾む心で
一、民主主義が退潮する今、いかに共生社会を築くのか、混迷の度は深まるばかりです。
池田先生は、「眼前の難題に挑み、心ある友と誓いを共有し、対話を重ね、行動の連帯を広げる。これが『立正安国』の出発点だ」と、訴えられました。
そして、その言葉の通り、「不信」を「理解」に、「対立」を「連帯」に変えるため、宗教もイデオロギーも超え、対話の道を開き、人と人とを結んでこられたのです。
作家の佐藤優氏は、先生の生き方を次のように評しています。
「大衆と権力のあいだには、大きな壁が存在しています。その壁を壊そうとするのが社会革命家ですが、池田先生はどこまでも人間革命家なんです。壁の向こう側の心のありようを変えていく。別の言い方をすれば、壁の向こう側に友だちをつくっていくわけです」と。
中国とソ連が緊張関係にあった1974年、先生は相次いで両国を訪問されます。「なぜ宗教者が宗教否定の国へ行くのか」と冷笑する声もありましたが、先生は厳然と言われました。「そこに人間がいるからです」と。
ソ連では、ある共産党幹部との懇談の際、話が日中平和友好条約に及ぶと、声を荒らげ「そうは言っても池田会長!」と、机をたたいて、強硬な外交姿勢を示します。しかし先生は、ひるむどころか、「手は痛くありませんか?」と笑顔で切り返し、一歩も引かずにご自身の平和への信念を語り抜かれたのです。のちに、この方は先生への信頼を深め、コスイギン首相との会談実現に奔走されました。
一、先生の人間尊敬の振る舞いは、一庶民に対しても変わることはありませんでした。
本年70周年を迎える、「山口開拓指導」の折、池田先生が宿泊した旅館の女将さんは、仲居さんと事前に、「信仰の話をしてきたら『よく考えてご返事します』と答えて、その場を去ろう」と、打ち合わせをしていたそうです。
ところが池田先生から、「女将さんも、何か、悩みがおありなのではありませんか」と尋ねられ、“絶対に悩みなど言うまい”と決めていたのに、つい「一人息子です。夫がおりませんもので、私が一人で育ててきました」と、半生の苦労を語ることに。
先生は、“そのご苦労が報われ、必ず幸せになれる道が、この仏法です。幸せになりませんか。私と一緒に信心をしましょう”と。先生のその一言に、女将さんは、その場で「やります」と決意。驚いたのは、事前の打ち合わせ通りに、何を言われても断るつもりでいた仲居さんでした。しかし、この仲居さんもまた、先生の真心に打たれ、入会。のちに100世帯もの折伏を実らせ、お孫さんは創価大学を卒業。学会のリーダーになられました。
分断と混乱が渦巻く社会にあって、私たちもまた、その壁の向こう側に味方を作り、心のありようを変えていく存在でありたいと思います。
一、人と人との縁は、自分が考える以上に深く広いものです。家族・親戚の縁、地域や仕事、学校の縁。大切に結んだ、良き縁がまた、新たな宝の縁をつないでくれます。創価家族の同志と共に、楽しく、弾む心で仏縁の拡大へ、対話のうねりを巻き起こしてまいりたい。
本年、女性部は結成5周年を迎えます。
先生は、結成に当たり、お歌を贈ってくださいました。
「生命の 世紀の太陽 女性部よ 平和の門を 開き照らせや」
「地上から悲惨の二字をなくしたい」との、師の誓願から生まれた、創価の女性の連帯。私たち女性の声は、世界を新しくし、勇気づけ、そして、すべての人へ希望を届ける力になると確信します。
大聖人が女性門下に送られた御文に、「頭をふればかみゆるぐ。心はたらけば身うごく。大風吹けば草木しずかならず。大地うごけば大海さわがし。教主釈尊をうごかし奉れば、ゆるがぬ草木やあるべき、さわがぬ水やあるべき」(新1610・全1187)とあります。
今こそ、仏天をも揺り動かす絶対勝利の祈りで、先生の願われた「生命尊厳と平和の世紀」へ、一切を勝ち開いてまいりたい。
「さあ、出発しよう! 悪戦苦闘をつき抜けて! 決められた決勝点は取り消すことができないのだ」とは、ホイットマンの詩の一節です。
いよいよ「わたしの挑戦」で開く、「伝統の2月」のスタートです! 決意は即行動。時を逃さずに戦う心意気で、師弟共戦の「未来までのものがたり」(新1477・全1086)をつづる大前進を、共々に開始しようではありませんか!
一、民主主義が退潮する今、いかに共生社会を築くのか、混迷の度は深まるばかりです。
池田先生は、「眼前の難題に挑み、心ある友と誓いを共有し、対話を重ね、行動の連帯を広げる。これが『立正安国』の出発点だ」と、訴えられました。
そして、その言葉の通り、「不信」を「理解」に、「対立」を「連帯」に変えるため、宗教もイデオロギーも超え、対話の道を開き、人と人とを結んでこられたのです。
作家の佐藤優氏は、先生の生き方を次のように評しています。
「大衆と権力のあいだには、大きな壁が存在しています。その壁を壊そうとするのが社会革命家ですが、池田先生はどこまでも人間革命家なんです。壁の向こう側の心のありようを変えていく。別の言い方をすれば、壁の向こう側に友だちをつくっていくわけです」と。
中国とソ連が緊張関係にあった1974年、先生は相次いで両国を訪問されます。「なぜ宗教者が宗教否定の国へ行くのか」と冷笑する声もありましたが、先生は厳然と言われました。「そこに人間がいるからです」と。
ソ連では、ある共産党幹部との懇談の際、話が日中平和友好条約に及ぶと、声を荒らげ「そうは言っても池田会長!」と、机をたたいて、強硬な外交姿勢を示します。しかし先生は、ひるむどころか、「手は痛くありませんか?」と笑顔で切り返し、一歩も引かずにご自身の平和への信念を語り抜かれたのです。のちに、この方は先生への信頼を深め、コスイギン首相との会談実現に奔走されました。
一、先生の人間尊敬の振る舞いは、一庶民に対しても変わることはありませんでした。
本年70周年を迎える、「山口開拓指導」の折、池田先生が宿泊した旅館の女将さんは、仲居さんと事前に、「信仰の話をしてきたら『よく考えてご返事します』と答えて、その場を去ろう」と、打ち合わせをしていたそうです。
ところが池田先生から、「女将さんも、何か、悩みがおありなのではありませんか」と尋ねられ、“絶対に悩みなど言うまい”と決めていたのに、つい「一人息子です。夫がおりませんもので、私が一人で育ててきました」と、半生の苦労を語ることに。
先生は、“そのご苦労が報われ、必ず幸せになれる道が、この仏法です。幸せになりませんか。私と一緒に信心をしましょう”と。先生のその一言に、女将さんは、その場で「やります」と決意。驚いたのは、事前の打ち合わせ通りに、何を言われても断るつもりでいた仲居さんでした。しかし、この仲居さんもまた、先生の真心に打たれ、入会。のちに100世帯もの折伏を実らせ、お孫さんは創価大学を卒業。学会のリーダーになられました。
分断と混乱が渦巻く社会にあって、私たちもまた、その壁の向こう側に味方を作り、心のありようを変えていく存在でありたいと思います。
一、人と人との縁は、自分が考える以上に深く広いものです。家族・親戚の縁、地域や仕事、学校の縁。大切に結んだ、良き縁がまた、新たな宝の縁をつないでくれます。創価家族の同志と共に、楽しく、弾む心で仏縁の拡大へ、対話のうねりを巻き起こしてまいりたい。
本年、女性部は結成5周年を迎えます。
先生は、結成に当たり、お歌を贈ってくださいました。
「生命の 世紀の太陽 女性部よ 平和の門を 開き照らせや」
「地上から悲惨の二字をなくしたい」との、師の誓願から生まれた、創価の女性の連帯。私たち女性の声は、世界を新しくし、勇気づけ、そして、すべての人へ希望を届ける力になると確信します。
大聖人が女性門下に送られた御文に、「頭をふればかみゆるぐ。心はたらけば身うごく。大風吹けば草木しずかならず。大地うごけば大海さわがし。教主釈尊をうごかし奉れば、ゆるがぬ草木やあるべき、さわがぬ水やあるべき」(新1610・全1187)とあります。
今こそ、仏天をも揺り動かす絶対勝利の祈りで、先生の願われた「生命尊厳と平和の世紀」へ、一切を勝ち開いてまいりたい。
「さあ、出発しよう! 悪戦苦闘をつき抜けて! 決められた決勝点は取り消すことができないのだ」とは、ホイットマンの詩の一節です。
いよいよ「わたしの挑戦」で開く、「伝統の2月」のスタートです! 決意は即行動。時を逃さずに戦う心意気で、師弟共戦の「未来までのものがたり」(新1477・全1086)をつづる大前進を、共々に開始しようではありませんか!