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〈信仰体験〉 アニメ制作会社 胸アツの快進撃 2026年3月1日

  • 魔法のフィルムで世界に笑顔を
自分が楽しんでこそ、良い作品が生まれる――村田さん(中央)と、夫の淳司さん(右から2人目)を囲むように、和やかに打ち合わせが進む
自分が楽しんでこそ、良い作品が生まれる――村田さん(中央)と、夫の淳司さん(右から2人目)を囲むように、和やかに打ち合わせが進む

 【東京都杉並区】日本のアニメが、かなりアツイ。市場規模は3.8兆円を突破。海外需要が伸び続ける中、アニメ制作会社「MAHO FILM」は、創業8年にして海外戦略を着実に押し進める。若き企業の快進撃を支えるのが、取締役の村田晴美さん(62)=地区副女性部長(白ゆり長兼任)。アニメでいうと、ほのぼの系なのに、実はキレモノといった役どころか――。

 不思議な世界観がクセになる。
 「異世界転生」や「チート」と呼ばれるアニメのジャンル。
 前者は、一度死んだ主人公が異世界で新たな人生を始めるという筋立てで、後者は、反則級に強すぎる主人公が“無双”するストーリー展開。

 どちらも「MAHO FILM」が強みとするジャンルだが、村田さん自身の人生は、無双とはほど遠く、現実世界でトホホのてんこ盛り。
 まずは前日譚から。物語は少女時代にさかのぼる。

 小学生の頃に母親が再婚した。
 継父とのけんかが絶えず、穏やかな家庭ではなかった。
 ただ「私が鈍感な不思議ちゃんだった」こともあり、修羅場の日常を、ひょいとかわしてタフに育った。

同志とのひととき。村田さん(中央)の信心の歩みは杉並から始まった
同志とのひととき。村田さん(中央)の信心の歩みは杉並から始まった

 大阪の創価女子中学校(当時)に進学したのは1976年(昭和51年)。4期生として学園の制服に袖を通した。

 創立者・池田先生は折にふれて学園を訪れ、時には、みんなで月見うどんをすすり、時には、釣り糸を垂らしながら、青春の悩みに耳を傾けてくれた。
 「(人生がどういう結果になっても)私は学園生だけはかばってあげたい。ただ一人私だけは、一生涯どのようにいわれても、皆さんの最大の味方です」

 春空に包まれるような中学・高校と、創価大学での10年間。「私の人生を百八十度変えてくれた場所」。感謝の実証を、と胸を弾ませ、社会に出た。

 女子部(当時)で薫陶を受け、仕事もやりがいに燃えた。だが人生は、望んだ脚本通りには進まない。
 婚約の破談。数年後に結婚するも、2年で離婚。渇いた心にひびが広がった。
 継父のアニメ制作会社に拾ってもらい、気付けば37歳。世界が21世紀の開幕に沸く中、「ひとつも実証を示せていない。そんな自分が申し訳なかった」。

 アニメなら「次週、一発逆転」といきたいが、現実は苦悩が絡み合う。
 経理を担当していた村田さんは、自社の経営が厳しい局面にあることを知った。

●負けじ魂の勲章

 長年、ブラックといわれてきたアニメ業界。出資会社と収益を分け合うため、制作会社には十分な利益が還元されず、低賃金と長時間労働が慢性化。継父の会社も例に漏れず、破産寸前だった。

 村田さんは会社を守るため、金策と営業に走り続けた。深々と頭を下げるも、立て直しの道筋は険しく、先の見えない日を幾とせも耐えた。
 「いつまで続くんだろう、これ」。心に影が落ちた時、思い出すのは青春の風景だった。

 79年4月、池田先生が創価学会の第3代会長を辞任した。
 関西未来部で信心を吸収し、師弟の輪郭をつかみ始めた頃。若き胸は憤りに揺れた。

 高校3年の時、女子学園で第2回「蛍友祭」が開催された。
 待ち望んだ創立者の出席に涙する生徒もいた。池田先生は開口一番、「センチメンタルはやめようよ」。湿っぽい空気を、瞬く間に笑顔の集いに変えた。

 “さわやかで明るい女性が一人いれば、どれほどの潤いにあふれるか”――村田さんは、この日の言葉を抱き締め、苦しい時ほど祈り抜き、笑って会社を盛り立てた。

信心の絆があったからこそ、村田さん(前列右から3人目)は苦しい日にも希望を信じ抜けた
信心の絆があったからこそ、村田さん(前列右から3人目)は苦しい日にも希望を信じ抜けた

 てんてこ舞いになる日々を、陰に陽にと支えてくれたのが、プロデューサーの夫・淳司さん(52)だった。
 制作現場を淳司さんが取り仕切り、納期へと突っ走る。睡眠時間を削る嵐の日々にも、夫は「アニメをつくるのが純粋に楽しい」と笑ってくれた。

 借金の返済や給料が遅滞しないよう、自分たちの懐から支払いに回した。
 お互いに何個もつくった10円ハゲは、負けじ魂の勲章だった。

 少数精鋭が団子になり、会社が息を吹き返していく。15年には下請けではなく、元請けとなるアニメ制作の仕事をもらうことができた。

 親孝行するんだよ――学園時代の池田先生との約束を、村田さんは片時も忘れず、両親の会社を立て直した。
 そして18年、現在のアニメ制作会社「MAHO FILM」を夫婦で立ち上げた。

どんな時も味方でいてくれる夫・淳司さん㊧。社員を大きな心で包み込む
どんな時も味方でいてくれる夫・淳司さん㊧。社員を大きな心で包み込む
●業界に新たな風穴

 崖っぷちからの逆転ドラマは、“覚醒フェーズ”の第二章へ。
 淳司さんが代表取締役社長となった会社には、前職時代の仲間も加わった。
 同じ釜の飯を食べ、苦労を共にした戦友。「社員は第二の家族」と理念に掲げた。

 どれほどクリエーターに才能があっても、「心が枯渇しちゃうと、アニメは躍動しないんです」と、村田さん夫婦は声をそろえる。
 著作権の出資から参加し、企画、制作、販売までをワンストップで完結する体制を整えた。

 そして村田さんは「以信代慧(信を以て慧に代う)」の題目で、新たな勝負へ打って出る。
 自社で版権を持つ強みを生かし、海外へ販路を広げると、これまで温めてきた人脈が花を咲かせる。

 次々と海外企業との契約が実り、世界最大級のアニメ動画配信サービスでも、「MAHO FILM」の作品が、世界同時配信された。
 会社の業績も上昇線を描き、社員の待遇向上に惜しみなく還元することができた。

スタッフとにぎやかに。「みんな尊敬する大好きな家族です」と
スタッフとにぎやかに。「みんな尊敬する大好きな家族です」と

 今の会社を起業した時から、取引先とのWin―Winの関係を大事にしてきた村田さん。その根っこには、〈他人の不幸の上に自分の幸福を築くことはしない〉という学園時代に創立者から学んだ人間哲学が息づいている。

 業界に新しい風穴を開けるMAHO FILM。その手腕は、まるで魔法?「いいえ、みんなのおかげです」と村田さん。
 社員の平均年齢は29歳。釣り部があったり、園芸部があったり、生き生きと若き才能が開花する。
 アニメを愛するクリエーター集団が、自信をもって世界へ送り出す魔法のフィルム。胸アツ展開から目が離せない。

風通しのいいオープンな職場で“創造の筆”も軽やかに
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