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〈ライフウオッチ〉 ルポ 就職氷河期世代と信仰⑦ 2026年3月27日

 就職氷河期世代は今、40代前半から50代中盤で、不安定な就労に悩む人は多く、孤立やひきこもりなどの生活不安を抱える人も少なくありません。
  
 就職氷河期を見つめることは、日本社会の今を知り、未来を考えることにつながります。
 この世代が何に悩み、どう考え、一歩を踏み出したのか。一人の壮年の歩みを追いました。(記事=中谷光昭)

孤独・孤立に苦しむ人が増える社会にあって、後藤将伸さん㊥を支えたのは、温かな「学会家族の絆」だった(北海道帯広市で)
孤独・孤立に苦しむ人が増える社会にあって、後藤将伸さん㊥を支えたのは、温かな「学会家族の絆」だった(北海道帯広市で)
■厳しい就職率

 2002年度の大卒の就職率は55・1%。就職氷河期の中でも最も低い水準だった。厳しい就職戦線に、学生たちが一斉に身を投じていく。
  
 その頃、創価大学4年だった後藤将伸さん(帯広北本部、地区部長)は、1人暮らしのアパートで、身動きがとれずにいた。前年に発症したパニック障害。前触れもなく襲われる激しい動悸と恐怖が、体を縛りつけていた。
  
 後藤さんは高校を卒業後、北海道・帯広から上京し、創大の門をくぐった。郷里から届く仕送り。「大学に行けなかった父母の分まで」と、向学を誓った。
 温かな学友に囲まれ、マーチングバンドでチューバの音を磨く。学業にも真摯に向き合い、3年次には卒業に必要な単位の大半を得ていた。
  
 その中で感じた体の異変。胸に締めつけられるような痛みを覚えた。人の視線が気になって仕方がない。
 そこへ追い打ちをかけるように、就職活動のプレッシャーが重なる。将来への漠然とした不安が、一気に押し寄せた。
  

同志と語らう後藤さん㊨
同志と語らう後藤さん㊨

 “僕の体は、どうなってしまうんだろう。早く授業に出たい。就活を始めなくちゃ”
  
 焦燥にかられた。だが焦るほどに体がこわばる。症状は日を追うごとに悪化し、ついに休学を余儀なくされた。
  
 母や姉が見舞いに駆けつけてくれたが、やがて食事ものどを通らなくなり、入院。“なんとか復学したい”と願った。しかし、回復の見通しは立たない。心も体も、とうに限界を超えている。
  
 そんな時、電話が鳴った。郷里の父からだった。「帰ってこい」。寡黙な父は、絞り出すように、そう言った。
  
 足取りの重い帰郷。帯広の空港には、父の車が止まっていた。
 何を話したのかも、車窓に何が映っていたのかも覚えていない。「ただ、悔しさと申し訳なさだけ」が胸に残っている。
  
 実家でしばらく療養すれば回復するかと思ったが願いは届かず、ほどなく「中退」を決めた。両親に卒業証書を見せたかった。笑顔で感謝を伝えたかった。

6年前、父・健夫さんは今世の使命を果たし、霊山へ。父と母・美智子さん㊧の姿に信心を学んだ後藤さんは感謝を胸に、使命に生きる
6年前、父・健夫さんは今世の使命を果たし、霊山へ。父と母・美智子さん㊧の姿に信心を学んだ後藤さんは感謝を胸に、使命に生きる
■祈る母の背に

 実家にいても、「心の中は何も変わらなかった」。外に出られない日が続く。
 “こんなことをしている場合じゃない。働かなきゃ!”。焦りが再び胸を締めつける。だが、人と会うことさえ難しい。「働くことは、あまりにも遠い目標に思えた」
  
 “焦るな”と、自分に何度も言い聞かせた。だが、脳裏には「卒業証書を手に、社会へ踏み出していく同級生たちの姿」が浮かんでしまう。
 うらやましかった。それ以上に、寂しかった。“僕はもう、みんなと同じ輪の中には戻れない。人生のレールから外れてしまったんだ”
  
 気付いた時には、昼夜逆転の生活になっていた。布団から起き上がれない日もあった。
 “結局、今日も何もできなかった……”。焦りは、やがて自分への「失望」や「いら立ち」へと変わっていく。“僕は何のために生きているのか”と、思い詰めた夜もあった。
  
 行き場のない怒りや悲しみを「ぶつける先は、両親しかなかった」。
 感情が衝突し、言い合いになったこともある。それでも、父母は焦らず、せかさず、じっと見守ってくれた。
  
 「この頃、父がよくドライブに連れて行ってくれたんです」。何を話すわけでもなかったが、静かに流れる時間に「父のぬくもり」を感じた。
 家では、しんしんと祈る母の声。その背中に、“心配をかけたくない。なんとかしたい”と思った。

壮年部の先輩方の励ましが、今日を生き抜く活力に
壮年部の先輩方の励ましが、今日を生き抜く活力に

 “働きたい。でも、心も体も思うように動かない”――後藤さんと同じような苦悩を抱える人は、決して少なくない。
  
 2023年に内閣府が発表した調査結果では、15歳から64歳で、推計146万人が「ひきこもり」の状態にあったという。
 東京都江戸川区や岡山県津山市など、近年行われた調査では、いずれも40代・50代の割合が高い。まさに就職氷河期世代と重なる。
  
 「ひきこもり」で苦しむ人は年々増えている。なぜか――甲南大学の前田正子教授はこう語る。
  
 「ひきこもりになる背景はさまざまで、不登校からという人もいれば、学校でのいじめや就職活動の失敗、就職難の中で劣悪な状況で若者を働かせる会社も増え、就職してから心身を病んで仕事を辞めてしまった人などもいた。しかし、そういった背景は理解されず、『甘えている』と誤解され、若者問題に対する社会の感度を下げてしまった」(『無子高齢化』)
  
 厳しい就職戦線にさらされた氷河期世代。社会に居場所を見いだせず、家に“避難”しても「甘えている」とみなされた。
 批判や偏見が広がるばかりで、安心して身を置ける「居場所」は乏しかった。

後藤さん
後藤さん
■「また、来るね」

 「将伸さん、いますか?」
 帯広の実家に戻ってから、後藤さんに会いに来る人がいた。創価学会男子部の本部長と部長だった。
 当時、後藤さんの症状はまだ良くなく、定期的に心療内科に通い、薬を服用していた。
  
 「正直、人と会うのは、ものすごく不安でした。だけど“せっかく僕のために会いに来てくれたんだし、男子部の方々を信じて会ってみよう”と思って、玄関先に顔を出したんです」
  
 二人は、後藤さんの笑顔を引き出そうと、好きなことや趣味など、一生懸命、話を振ってくれた。そして、最後にこう言ってくれた。「また、来るね」
  
 「自分に自信がもてなくて、他人からどう見られているかを気にしていた僕にとって、二人が笑顔で何度も会いに来てくれたことがうれしかった。“受け入れてもらえた”って、ホッとしたんだと思います」
  
 たわいない話をして、笑い合う。そんな何げないやり取りが、後藤さんの傷ついた心を癒やしていった。
 しばらくすると、二人の前では、体がこわばらず、「安心」していられるようになった。
  

師の言葉は、苦難を越える力
師の言葉は、苦難を越える力
■心のリハビリ

 二人から会合に誘われた。“行ってみようかな”と勇気が出たのは、「二人がそばにいてくれれば、きっと大丈夫だって思えたから」。
  
 参加した男子部の会合。久しぶりに同世代の輪に加わった。見知らぬ人ばかり。皆、気さくに声をかけてくれたが、緊張は収まらなかった。
  
 会合が始まった。一人のメンバーの話にくぎ付けになった。赤裸々に苦悩を語っている。だが、声が明るい。信仰を通して乗り越えてきた歩みを、堂々と話していた。
  
 「ものすごく励まされました。その方と僕とは、境遇も悩みも違う。だけど、苦しい気持ち、負けたくないという気持ちは痛いほど分かりました。“みんな、戦ってるんだ。頑張ってるんだ。僕も、みんなと一緒に前へ進みたい”。そう思ったんです」
  
 長らく家庭で療養していた後藤さんにとって、「いきなり就職となるとハードルが高かった」。
 近隣・地域に、学会の男子部という「居場所」をもてたことは、社会復帰のための「心のリハビリ」にもなった。
  
 後藤さんは、安心できる「居場所」で、少しずつ「自信」を蓄え、就活に向けた準備を始める。

後藤さんが男子部から壮年部に移る時、同志が贈ってくれた寄せ書き
後藤さんが男子部から壮年部に移る時、同志が贈ってくれた寄せ書き
■何のために働くのか

 後藤さんは、足しげくハローワークに通った。だが、就職氷河期が続く中、「正規雇用の求人はなかった」。
  
 最初に就職したのは、乳製品の製造工場。契約社員として働いた。
 仕事のルールやマナーを学びながら、懸命に汗を流す。しかし、服薬しながらの勤務。社会に出ることへの緊張や心身の負担はなお大きく、8カ月で退職した。
  
 その後、転職した警備会社では、先輩社員から執拗な叱責を受けた。「毎日、顔を合わせるだけで怒鳴られました」。それでも“仕事を長く続けたい”と、警備員検定の資格を取得した。だが、パワハラは収まることがなく、2年で退職した。
  
 次に就いた家電配送の仕事では、家電の取り付け時に、初めて接客を担った。“丁寧にできているだろうか”“何か失礼なことはしていないだろうか”。接客の中で、不安がふくらみ、心がすり減っていく。この仕事も、5カ月で離れることになった。
  
 その後、派遣社員として、機械工場、食品工場など職場を転々とした。面接では必ずと言っていいほど聞かれた。「なぜ前の会社を辞めたのですか」。そのたび、“長続きしないのは、努力が足りないからだ”と、自分を責めた。
  
 2008年のリーマン・ショックの影響で、就職の門戸はさらに狭まっていく。
 “仕事を長く続けたい。でも、どうすれば……”。祈る中で、後藤さんは、ふと思った。“このままだと、僕の人生は時代や環境、病に翻弄されるだけになってしまう”と。
  
 就職難の状況では、いつ職を失うかも、いつ仕事が見つかるかも分からない。
  
 「だから、環境に左右されるのではなく、たとえ、どんな状況になっても、“僕は絶対に負けない”って、言い切れる自分をつくることが大切なんじゃないかって気付いたんです。“何のために生きるのか、働くのか”。強い信念を持ちたいと思いました」

後藤さんの心は「前へ、前へ」と希望に燃える
後藤さんの心は「前へ、前へ」と希望に燃える
■7年ぶりの創大

 後藤さんはその信念を、「学び直し」の中で見つけることにした。契約社員として工場で働きながら、創大の通信教育部に入り、7年ぶりにキャンパスを踏み締めた。
  
 創大で学ぶ中で、出あったのが、初代会長・牧口常三郎先生の「人道的競争」という考え方だった。牧口先生は、軍事、政治、経済の対立的な競争の時代から、「他を益しつつ自己も益する」という人道的競争の時代へ転換すべきと訴えた。
  
 この思想に触れた時、後藤さんは、男子部の先輩を思い出した。
  
 「社会の中に居場所がなかった時、僕に手を差し伸べてくれたのは男子部の先輩たちでした。あの人たちがいなければ、今の僕はありません。“周りの人と手を取り合って生きていく”“一緒に成長していく”。僕は仕事でも、学会活動でも、この生き方を貫きたいと思った。それまで給料や待遇を比べて悩んできたことが、とてもちっぽけに思えたんです」
  
 池田先生は、こうつづっている。
 「深い苦しみに直面した人であればこそ、同じような苦しみを抱える人の“かけがえのない心の支え”となり、前に進もうとする力を共にわき出すことができる」(第40回「SGIの日」記念提言)と。
  
 創大で学び直し始めた後、後藤さんは乳製品の工場に契約社員として就職した。かつては「自分のことで精いっぱい」だったが、できるかぎり、上司や同僚とコミュニケーションを取り、仕事が円滑に進むよう尽力した。
  
 その姿勢に、信頼が集まっていく。「上司から『後藤くんは、周りとの連携がよく取れている。いつも輪の中心にいる』と言っていただけるようになりました」
  
 後藤さんの成長を見ていた、かつての職場の同僚が「僕も後藤くんと同じ信仰がしたい」と、自らすすんで御本尊を受持したこともあった。

■平然と、悠然と

 今の会社で働いて、15年。2020年からは、嘱託社員となった。後輩に優しく仕事を教え、職場では「なくてはならない人」として信頼を積み重ねている。
  
 長年苦しめられた病にも打ち勝ち、近年は、薬を服用せずに生活ができている。
 学会では地区部長を務め、一人一人に温かな励ましを送っている。
  
 かつて、自分が部屋から出られずにいた時、家まで通ってきてくれた男子部の先輩たちがいた。
 「自分を思ってくれる人がいる。それだけで、どれほど救われるか」。そのありがたみが、身に染みて分かる。だからこそ今度は、「自分が誰かのもとへ足を運びたい」と思う。
  
 後藤さんは、「今、その人にとって、何が一番大事かを考えながら接したい」と、一軒一軒、地区内の壮年部員宅を訪れている。
  
 就職氷河期という過酷な時代を生き抜いてきた。深い苦悩を味わったからこそ、「誰かに寄り添える自分でありたい」と思える。心に傷を負ったからこそ、他者の痛みにも敏感でいられる。
  
 池田先生は、述べている。
 「苦悩が何もないことが幸せなのではない。負けないこと、耐えられることが、幸せである。重圧を受け『あの人は大変だ』と周りから言われても、平然と、また悠然と、使命のわが道を歩み抜くことだ。そこにこそ『能忍』(能く忍ぶ)という、強い強い仏の生命の力がわいてくるのだ。一番、苦労した人が、最後は一番、幸福を勝ち取れる。幸福は、忍耐という大地に咲く花であることを忘れまい」(指導選集〈中〉『人間革命の実践』)
  
 苦悩が深ければ深いほど、幸福の味わいもまた深い。
 幸福は、忍耐の大地にこそ咲く。だからこそ先生は、「耐えられることが、幸せ」と教えた。
  
 “一番、苦労した人が、一番、幸せに”――後藤さんは今、その師の言葉をかみ締めながら、地域に、職場に、温かな「居場所」をつくり広げている。

 ●記事のご感想をこちらからお寄せください。就職氷河期世代をはじめ、現役世代に関するエピソードや取り上げてほしい課題なども、ぜひご記入ください。

 ●ルポ「就職氷河期世代と信仰」の連載まとめページはこちらから

 〈参考文献〉前田正子著『無子高齢化』(岩波書店)

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