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〈栄光の共戦譜〉第42回 1998年(平成10年)新世紀へ民衆勝利の年
〈栄光の共戦譜〉第42回 1998年(平成10年)新世紀へ民衆勝利の年
2025年8月22日
- 永遠に広宣流布の指揮を執る
- 永遠に広宣流布の指揮を執る
池田先生の第3代会長就任60周年を記念して発刊された年譜『栄光の共戦譜』には、黄金の“師弟の足跡”がとどめられている。本連載では、年譜を1年ごとに追いながら、現在の広布の活動に通じる“学会の原点”を確認していく。第42回は、「新世紀へ民衆勝利の年」と銘打たれた1998年(平成10年)を掲載する。
池田先生の第3代会長就任60周年を記念して発刊された年譜『栄光の共戦譜』には、黄金の“師弟の足跡”がとどめられている。本連載では、年譜を1年ごとに追いながら、現在の広布の活動に通じる“学会の原点”を確認していく。第42回は、「新世紀へ民衆勝利の年」と銘打たれた1998年(平成10年)を掲載する。
同志のため、未来のために筆を執る池田先生(1999年3月)
同志のため、未来のために筆を執る池田先生(1999年3月)
1・4 随筆の連載を開始
1・4 随筆の連載を開始
1998年(平成10年)1月4日、池田先生の随筆「新・人間革命」の掲載が始まった。第1回のタイトルは「日に日に新たに」。
「病弱のため、医師から、三十歳まで生きられないだろう、と言われた、わが生命。戸田先生は、そんな私をだれよりも心配され、厳愛の指導を続けてくださった。激しき法戦の明け暮れ。病に苦しみ、疲労困憊した私に、先生は言われた。
『三障四魔との戦いだ。泣いて、御本尊にぶつかれ! そして、すべてを、打開せよ!』『いつ臨終になっても、悠然と、従容たる人生であれ、信心であれ』
生命を貫く、厳父の声であった。また、あるときは、『私の命をやろう! 生き抜け! 私に代わって、断じて生き抜け!』とも言ってくださった」
70歳を迎えた先生は、若き日の日記に記した、60歳までの10年ごとの人生の節目と目標を述懐し、つづった。
「八十歳まで……世界広布の基盤完成なる哉
このあとは、妙法に説く不老不死のままに、永遠に広宣流布の指揮をとることを決意する」
小説『新・人間革命』の執筆を続けながらの文筆闘争。随筆は、タイトルを変えながら、2023年(令和5年)に通算800回を超えた。同年11月15日、随筆『「人間革命」光あれ』〈人材の城を 平和の園を!〉を発表。最後となった随筆で、先生は呼びかけた。
「一閻浮提第一の『幸福の大哲理』を掲げ、一閻浮提第一と仰がれる『不屈の民衆の連帯』が、ここにある。『世界青年学会』の礎は盤石である。いやまして地涌の青年の熱と力を結集し、地球民族の幸福の価値創造へ、『人材の城』を築き、『平和の園』を広げようではないか!」
1998年(平成10年)1月4日、池田先生の随筆「新・人間革命」の掲載が始まった。第1回のタイトルは「日に日に新たに」。
「病弱のため、医師から、三十歳まで生きられないだろう、と言われた、わが生命。戸田先生は、そんな私をだれよりも心配され、厳愛の指導を続けてくださった。激しき法戦の明け暮れ。病に苦しみ、疲労困憊した私に、先生は言われた。
『三障四魔との戦いだ。泣いて、御本尊にぶつかれ! そして、すべてを、打開せよ!』『いつ臨終になっても、悠然と、従容たる人生であれ、信心であれ』
生命を貫く、厳父の声であった。また、あるときは、『私の命をやろう! 生き抜け! 私に代わって、断じて生き抜け!』とも言ってくださった」
70歳を迎えた先生は、若き日の日記に記した、60歳までの10年ごとの人生の節目と目標を述懐し、つづった。
「八十歳まで……世界広布の基盤完成なる哉
このあとは、妙法に説く不老不死のままに、永遠に広宣流布の指揮をとることを決意する」
小説『新・人間革命』の執筆を続けながらの文筆闘争。随筆は、タイトルを変えながら、2023年(令和5年)に通算800回を超えた。同年11月15日、随筆『「人間革命」光あれ』〈人材の城を 平和の園を!〉を発表。最後となった随筆で、先生は呼びかけた。
「一閻浮提第一の『幸福の大哲理』を掲げ、一閻浮提第一と仰がれる『不屈の民衆の連帯』が、ここにある。『世界青年学会』の礎は盤石である。いやまして地涌の青年の熱と力を結集し、地球民族の幸福の価値創造へ、『人材の城』を築き、『平和の園』を広げようではないか!」
ソウルに到着し、韓国の子どもたちと(1998年5月14日)
ソウルに到着し、韓国の子どもたちと(1998年5月14日)
5・14~18 韓国訪問
5・14~18 韓国訪問
韓国の人々は、日本の軍国主義による植民地支配を経験している。反日感情は根深く、1960年代、創価学会は反国家的、反民族的な団体という誤解や偏見が広がった。韓国の草創の友は、池田先生の指導を胸に、社会貢献の活動に尽力。農村助け合い運動をはじめ、国土大清掃運動、災害時におけるボランティア活動などを展開した。
「良き市民」としての行動は、社会に着実に信頼を広げた。90年(平成2年)9月には、先生の初訪韓が実現する。
98年(同10年)5月、先生は2度目の訪韓を果たす。名門・慶熙大学から名誉哲学博士号が授与された。18日には、韓国SGI本部を初訪問。先生は愛する国土にじっと根を張り、仏法理解の輪を広げてきた一人一人をたたえた。
「皆さま方がおられれば、いっさいを勝利に導いていけるということが、厳然と証明されました。皆さまは勝ちました!」「社会に奉仕し、人間性を広げていく。21世紀の仏法ルネサンスは、韓国から始まっています。私は、うれしい。全世界が皆さまを賛嘆しています!」
帰国後、先生は「韓国の春」と題する随筆「新・人間革命」をつづった。
「韓国の友は勝った。韓国に希望の春が来たのだ。さあ、友よ! 偉大な友よ! 歓喜の花咲く、二十一世紀のあの使命の山へ、ともに手を取り、心も軽やかに出発しよう」
本年は、SGI発足50周年であり、師の初訪韓35周年。先日、「南アジア・韓国・日本合同研修会」が、ソウルの池田記念講堂などで開催された。各国から集った友が、「第2の『七つの鐘』」の構想実現へ、決意を固め合った。池田先生が開いた世界広布の源流は、滔々たる大河の流れとなっている。
韓国の人々は、日本の軍国主義による植民地支配を経験している。反日感情は根深く、1960年代、創価学会は反国家的、反民族的な団体という誤解や偏見が広がった。韓国の草創の友は、池田先生の指導を胸に、社会貢献の活動に尽力。農村助け合い運動をはじめ、国土大清掃運動、災害時におけるボランティア活動などを展開した。
「良き市民」としての行動は、社会に着実に信頼を広げた。90年(平成2年)9月には、先生の初訪韓が実現する。
98年(同10年)5月、先生は2度目の訪韓を果たす。名門・慶熙大学から名誉哲学博士号が授与された。18日には、韓国SGI本部を初訪問。先生は愛する国土にじっと根を張り、仏法理解の輪を広げてきた一人一人をたたえた。
「皆さま方がおられれば、いっさいを勝利に導いていけるということが、厳然と証明されました。皆さまは勝ちました!」「社会に奉仕し、人間性を広げていく。21世紀の仏法ルネサンスは、韓国から始まっています。私は、うれしい。全世界が皆さまを賛嘆しています!」
帰国後、先生は「韓国の春」と題する随筆「新・人間革命」をつづった。
「韓国の友は勝った。韓国に希望の春が来たのだ。さあ、友よ! 偉大な友よ! 歓喜の花咲く、二十一世紀のあの使命の山へ、ともに手を取り、心も軽やかに出発しよう」
本年は、SGI発足50周年であり、師の初訪韓35周年。先日、「南アジア・韓国・日本合同研修会」が、ソウルの池田記念講堂などで開催された。各国から集った友が、「第2の『七つの鐘』」の構想実現へ、決意を固め合った。池田先生が開いた世界広布の源流は、滔々たる大河の流れとなっている。
世界青年平和文化祭で、池田先生が出演者の勝利を祝福(1998年11月14日)
世界青年平和文化祭で、池田先生が出演者の勝利を祝福(1998年11月14日)
11・14 世界青年平和文化祭
11・14 世界青年平和文化祭
1998年(平成10年)11月12日、第28回本部幹部会、第24回SGI総会を兼ねた第17回中部総会が、中部池田記念講堂で開催された。席上、世界60カ国のSGIメンバーが見守る中、池田先生の世界詩人会議・世界芸術文化アカデミーの「名誉総裁」就任式が行われた。
14日、ナゴヤドーム(当時)で第18回「世界青年平和文化祭」が盛大に行われた。「飛翔そして勝利」とのテーマが決定したのは、前年の97年(同9年)11月25日だった。
その前日、先生は中部代表者会議に出席。「21世紀へ、人権闘争の不滅の歴史を創りゆく中核が、中部青年部であっていただきたい」と期待を寄せた。
25日、中部青年部の代表が、何度も議論を重ねた文化祭のテーマ案を、先生に報告した。先生は「飛翔」「勝利」の両方を大きく赤色の円でくくった。さらに、その間に「そして」と加筆した。
師の万感の期待を胸に、中部青年部の怒濤の前進が始まった。各地区に10人の青年の陣列を築く「ヴィクトリー10」運動や、平和のメッセージをカードに記入する「ピース21」運動などが展開された。
人材育成と対話拡大の勝利をもって迎えた98年11月14日の文化祭当日。先生は一つ一つの演目について、青年部のリーダーに質問し、演技・演奏に込めた思いに耳を傾けた。
文化祭の終了後、出演者全員に「21世紀飛翔グループ」、役員全員に「21世紀勝利グループ」との名を贈る。また、「新しき 時代を築かむ 若人が 平和と文化の 祭典 飾りぬ」など3首の和歌を詠んだ。
さらに翌15日、中部を出発する直前、先生は中部の友に一句を贈った。
「新世紀 断固と築けや 中部城」
1998年(平成10年)11月12日、第28回本部幹部会、第24回SGI総会を兼ねた第17回中部総会が、中部池田記念講堂で開催された。席上、世界60カ国のSGIメンバーが見守る中、池田先生の世界詩人会議・世界芸術文化アカデミーの「名誉総裁」就任式が行われた。
14日、ナゴヤドーム(当時)で第18回「世界青年平和文化祭」が盛大に行われた。「飛翔そして勝利」とのテーマが決定したのは、前年の97年(同9年)11月25日だった。
その前日、先生は中部代表者会議に出席。「21世紀へ、人権闘争の不滅の歴史を創りゆく中核が、中部青年部であっていただきたい」と期待を寄せた。
25日、中部青年部の代表が、何度も議論を重ねた文化祭のテーマ案を、先生に報告した。先生は「飛翔」「勝利」の両方を大きく赤色の円でくくった。さらに、その間に「そして」と加筆した。
師の万感の期待を胸に、中部青年部の怒濤の前進が始まった。各地区に10人の青年の陣列を築く「ヴィクトリー10」運動や、平和のメッセージをカードに記入する「ピース21」運動などが展開された。
人材育成と対話拡大の勝利をもって迎えた98年11月14日の文化祭当日。先生は一つ一つの演目について、青年部のリーダーに質問し、演技・演奏に込めた思いに耳を傾けた。
文化祭の終了後、出演者全員に「21世紀飛翔グループ」、役員全員に「21世紀勝利グループ」との名を贈る。また、「新しき 時代を築かむ 若人が 平和と文化の 祭典 飾りぬ」など3首の和歌を詠んだ。
さらに翌15日、中部を出発する直前、先生は中部の友に一句を贈った。
「新世紀 断固と築けや 中部城」
◆年表◆
1998年
◆年表◆
1998年
【1998年(平成10年) 新世紀へ民衆勝利の年】
〈1月4日〉
「随筆『新・人間革命』」の連載を聖教新聞で開始。第1回は「日に日に新たに――“第三の青春”を勇猛精進で」と題し、自身の人生の歩みを示し「七十歳まで……新しき人間主義の哲理を確立/八十歳まで……世界広布の基盤完成なる哉/このあとは、妙法に説く不老不死のままに、永遠に広宣流布の指揮をとることを決意する」と記す
〈2月8日〉
フィリピン・香港訪問(~21日)
リサール協会から「リサール国際平和賞」を受賞(9日)。マニラ市立大学から名誉人文学博士号を受ける(11日)
〈2月26日〉
アメリカの平和団体・核時代平和財団のデイビッド・クリーガー所長と会談(沖縄)。後に対談集『希望の選択』を発刊
〈3月18日〉
韓国・国立済州大学の趙文富総長と会談(創価大学)。後に対談集『希望の世紀へ 宝の架け橋』『人間と文化の虹の架け橋』を発刊
〈4月2日〉
ロシア国立高エネルギー物理研究所から名誉博士号を受ける(創価大学)
〈5月14日〉
韓国訪問(~18日)
慶熙大学から名誉哲学博士号を受ける(15日)。韓国SGI本部を訪問(18日)
〈8月2日〉
中国・新疆ウイグル自治区のトルファン博物館から「名誉館長」の称号を受ける(代理 中国)
〈9月19日〉
アメリカの未来学者、ヘイゼル・ヘンダーソン博士と会談(東京)。後に対談集『地球対談 輝く女性の世紀へ』を発刊
〈11月8日〉
「法華経とシルクロード」展を鑑賞。同展はロシア科学アカデミー東洋学研究所サンクトペテルブルク支部と東洋哲学研究所が主催し、法華経の原典写本などシルクロードの貴重な仏教文献を紹介するもの。ロシア科学アカデミー・サンクトペテルブルク学術センターから「特別功労顕彰」を受ける(東京・戸田記念国際会館)
〈11月14日〉
第18回世界青年平和文化祭(愛知)
〈11月29日〉
インド文化国際アカデミー理事長のロケッシュ・チャンドラ博士と会談(東京)。後に対談集『東洋の哲学を語る』を発刊
〈12月13日〉
インドのデリー大学から名誉文学博士号を受ける(代理 インド)
※この年、阿部日顕が800万信徒の真心の結晶である正本堂破壊の暴挙
〈社会の動き〉
2・3月、長野で冬季オリンピック・パラリンピック。12月、アメリカとイギリスがイラクを空爆
【1998年(平成10年) 新世紀へ民衆勝利の年】
〈1月4日〉
「随筆『新・人間革命』」の連載を聖教新聞で開始。第1回は「日に日に新たに――“第三の青春”を勇猛精進で」と題し、自身の人生の歩みを示し「七十歳まで……新しき人間主義の哲理を確立/八十歳まで……世界広布の基盤完成なる哉/このあとは、妙法に説く不老不死のままに、永遠に広宣流布の指揮をとることを決意する」と記す
〈2月8日〉
フィリピン・香港訪問(~21日)
リサール協会から「リサール国際平和賞」を受賞(9日)。マニラ市立大学から名誉人文学博士号を受ける(11日)
〈2月26日〉
アメリカの平和団体・核時代平和財団のデイビッド・クリーガー所長と会談(沖縄)。後に対談集『希望の選択』を発刊
〈3月18日〉
韓国・国立済州大学の趙文富総長と会談(創価大学)。後に対談集『希望の世紀へ 宝の架け橋』『人間と文化の虹の架け橋』を発刊
〈4月2日〉
ロシア国立高エネルギー物理研究所から名誉博士号を受ける(創価大学)
〈5月14日〉
韓国訪問(~18日)
慶熙大学から名誉哲学博士号を受ける(15日)。韓国SGI本部を訪問(18日)
〈8月2日〉
中国・新疆ウイグル自治区のトルファン博物館から「名誉館長」の称号を受ける(代理 中国)
〈9月19日〉
アメリカの未来学者、ヘイゼル・ヘンダーソン博士と会談(東京)。後に対談集『地球対談 輝く女性の世紀へ』を発刊
〈11月8日〉
「法華経とシルクロード」展を鑑賞。同展はロシア科学アカデミー東洋学研究所サンクトペテルブルク支部と東洋哲学研究所が主催し、法華経の原典写本などシルクロードの貴重な仏教文献を紹介するもの。ロシア科学アカデミー・サンクトペテルブルク学術センターから「特別功労顕彰」を受ける(東京・戸田記念国際会館)
〈11月14日〉
第18回世界青年平和文化祭(愛知)
〈11月29日〉
インド文化国際アカデミー理事長のロケッシュ・チャンドラ博士と会談(東京)。後に対談集『東洋の哲学を語る』を発刊
〈12月13日〉
インドのデリー大学から名誉文学博士号を受ける(代理 インド)
※この年、阿部日顕が800万信徒の真心の結晶である正本堂破壊の暴挙
〈社会の動き〉
2・3月、長野で冬季オリンピック・パラリンピック。12月、アメリカとイギリスがイラクを空爆