〈信仰体験〉 田園にポツンと一人パン作り うつ病だった夫の一言がきっかけに
〈信仰体験〉 田園にポツンと一人パン作り うつ病だった夫の一言がきっかけに
2026年5月6日
- 小さな夢舞台 膨らむ希望
- 小さな夢舞台 膨らむ希望
夢を追える今に「感謝でいっぱい」と、喜びを全身で表す佐藤さん。天真らんまんな人柄も、お客を引き付ける魅力の一つ
夢を追える今に「感謝でいっぱい」と、喜びを全身で表す佐藤さん。天真らんまんな人柄も、お客を引き付ける魅力の一つ
【千葉県いすみ市】辺り一面に広がる田園風景。朝露を含む空気の中、小さなパン工房「Paddy field」が、ぽつんとたたずむ。仕入れから仕込み、販売までの全てを、一人で担っているのが佐藤智波さん(55)=支部女性部長=だ。
【千葉県いすみ市】辺り一面に広がる田園風景。朝露を含む空気の中、小さなパン工房「Paddy field」が、ぽつんとたたずむ。仕入れから仕込み、販売までの全てを、一人で担っているのが佐藤智波さん(55)=支部女性部長=だ。
そよ風が心地いい、パン工房「Paddy field」
そよ風が心地いい、パン工房「Paddy field」
営業日の午前3時。静まり返った店内で、佐藤さんは前日に仕込んだ生地に話しかける。
「きょうのご機嫌はどうかなあ」
国産小麦で育てた自家製の酵母は、毎日違った“表情”を見せるという。「気温や湿度はもちろんですし、同じ条件でも膨らみ方が変わるんですよ」
佐藤さんは、うーんと腕を組み、窓の外の真っ暗な田んぼに目をやった。
どうやら、酵母はご機嫌ナナメだったよう。焼くにはまだ早い。低温で長時間の発酵をさせることで、唯一無二の香りと味が引き出されるという。
「酵母は生き物。完全にはコントロールできないのも、また面白いんです」
ワクワクが止まらない、といった感じだ。
営業日の午前3時。静まり返った店内で、佐藤さんは前日に仕込んだ生地に話しかける。
「きょうのご機嫌はどうかなあ」
国産小麦で育てた自家製の酵母は、毎日違った“表情”を見せるという。「気温や湿度はもちろんですし、同じ条件でも膨らみ方が変わるんですよ」
佐藤さんは、うーんと腕を組み、窓の外の真っ暗な田んぼに目をやった。
どうやら、酵母はご機嫌ナナメだったよう。焼くにはまだ早い。低温で長時間の発酵をさせることで、唯一無二の香りと味が引き出されるという。
「酵母は生き物。完全にはコントロールできないのも、また面白いんです」
ワクワクが止まらない、といった感じだ。
真っ暗闇の中で、小さな明かりがともる
真っ暗闇の中で、小さな明かりがともる
理想の味のためには、手間暇を惜しまない
理想の味のためには、手間暇を惜しまない
幼い頃の夢は「ケーキ屋さん」。器械体操の実力を買われて体育大学の推薦を受けても、最後まで製菓学校に行こうか迷ったほど本気だった。
卒業後、スポーツクラブに就職すると、パン教室に通い始めた。「あくまで趣味」としつつも、パンの魅力に引き込まれていった。
学会活動を始めたのは、28歳の時。「信心は親がやっているもの」という認識だったが、彼氏の親の前で「私は学会員なんです!」と、はっきり宣言したことが始まり。結局は別れたが、“言ったからには”と、会合に出始めた。
それから数年後に出会ったのが、裕一さん(57)=地区部長=だった。
趣味のサーフィンで意気投合し、2004年(平成16年)に結婚。夫は未入会ながら、会合の送り迎えをしてくれる人だった。
新婚生活は順風満帆、とはいかなかった。数カ月後、裕一さんが吐き気を訴えるように。やがて眠れなくなり、休職。うつ病と診断された。
自身を責める夫に、佐藤さんは「いいじゃん! サーフィンし放題だよ」と笑顔いっぱいで励ました。だが、布団から起き上がれない夫を見ては、心がキュッと締め付けられる。
夫に隠れて涙を流した。そして、池田先生の言葉を求めた。
〈悩みがあるから、心は育つ。うんと悩んだ日々こそ、一番不幸だと思った日こそ、あとから振り返ると、一番かけがえのない日々だったとわかるものだ〉
“いつか大切な思い出になるのかな”
まだ半信半疑。それでも、共に祈ってくれる同志の存在が心強かった。
幼い頃の夢は「ケーキ屋さん」。器械体操の実力を買われて体育大学の推薦を受けても、最後まで製菓学校に行こうか迷ったほど本気だった。
卒業後、スポーツクラブに就職すると、パン教室に通い始めた。「あくまで趣味」としつつも、パンの魅力に引き込まれていった。
学会活動を始めたのは、28歳の時。「信心は親がやっているもの」という認識だったが、彼氏の親の前で「私は学会員なんです!」と、はっきり宣言したことが始まり。結局は別れたが、“言ったからには”と、会合に出始めた。
それから数年後に出会ったのが、裕一さん(57)=地区部長=だった。
趣味のサーフィンで意気投合し、2004年(平成16年)に結婚。夫は未入会ながら、会合の送り迎えをしてくれる人だった。
新婚生活は順風満帆、とはいかなかった。数カ月後、裕一さんが吐き気を訴えるように。やがて眠れなくなり、休職。うつ病と診断された。
自身を責める夫に、佐藤さんは「いいじゃん! サーフィンし放題だよ」と笑顔いっぱいで励ました。だが、布団から起き上がれない夫を見ては、心がキュッと締め付けられる。
夫に隠れて涙を流した。そして、池田先生の言葉を求めた。
〈悩みがあるから、心は育つ。うんと悩んだ日々こそ、一番不幸だと思った日こそ、あとから振り返ると、一番かけがえのない日々だったとわかるものだ〉
“いつか大切な思い出になるのかな”
まだ半信半疑。それでも、共に祈ってくれる同志の存在が心強かった。
山坂を越えた佐藤さん夫婦は、息ぴったり
山坂を越えた佐藤さん夫婦は、息ぴったり
「毎日のお供」になるパンを目指す
「毎日のお供」になるパンを目指す
学会の先輩は、夫に信心の力を語ってくれた。論理的な裕一さんは、『法華経 方便品・寿量品講義』や御書を読んだ上で、「最後はやってみなきゃ分からないね」と07年に入会した。
夫婦で祈りを合わせた新出発。しかし、そんな時こそ、魔は競い起こる。翌年、佐藤さんに子宮頸がんが見つかった。
早期発見だったが、「一番心配したのは、夫が信心に不信を抱かないか、ということでした」。
恐る恐る夫に伝えると、「御書の通りだね。“信心を実践したら三障四魔が起きる”(新1479・全1087、趣意)って、書いてあるもんね」とさらり。
「まさか、入会数カ月の夫に、信心を教わるとは思いませんでした(笑)」。夫婦で祈り、手術に挑んだ。
その後も、夫のうつ症状は一進一退。
ただ、会社から解雇されなかったことや、良い医師に巡り合えたこと、その一つ一つを「功徳だね」と夫婦で感謝した。発症から10年後、全ての薬をやめることができた。
学会の先輩は、夫に信心の力を語ってくれた。論理的な裕一さんは、『法華経 方便品・寿量品講義』や御書を読んだ上で、「最後はやってみなきゃ分からないね」と07年に入会した。
夫婦で祈りを合わせた新出発。しかし、そんな時こそ、魔は競い起こる。翌年、佐藤さんに子宮頸がんが見つかった。
早期発見だったが、「一番心配したのは、夫が信心に不信を抱かないか、ということでした」。
恐る恐る夫に伝えると、「御書の通りだね。“信心を実践したら三障四魔が起きる”(新1479・全1087、趣意)って、書いてあるもんね」とさらり。
「まさか、入会数カ月の夫に、信心を教わるとは思いませんでした(笑)」。夫婦で祈り、手術に挑んだ。
その後も、夫のうつ症状は一進一退。
ただ、会社から解雇されなかったことや、良い医師に巡り合えたこと、その一つ一つを「功徳だね」と夫婦で感謝した。発症から10年後、全ての薬をやめることができた。
趣味からのスタート。現在は、空が白み始める中で仕込みを行うパン職人
趣味からのスタート。現在は、空が白み始める中で仕込みを行うパン職人
夫のうつ病、自身の病も「大切な思い出」に
夫のうつ病、自身の病も「大切な思い出」に
この間、佐藤さんの心を支えた一つが、パン作りだった。「無心になれるし、どんどん魅了されちゃって」
気付けば、パン店で働くように。家で作る際も、イースト菌から自家製酵母に変え、自らレシピも改良するまでになっていた。
ある日、夫が言った。「自分がやりたい通りのパン屋を開いてみたら?」
長年、支えてくれた妻への、裕一さんなりの恩返しだった。「それと、妻の作るパンが一番おいしいと思ってますから」
21年(令和3年)に、現在の店舗をオープン。
「数人でも来てくれれば」と、田舎の片隅に店を開いた。すると、田んぼ道には思いがけず、長蛇の列が。試作品を配っていた近所の人が、口コミで広げてくれていたそう。
「うれしくって、うれしくて」
週3回の営業に全力を注いだ。前日からの準備を含めると、ほとんど休みなく働いた。体が悲鳴を上げるのは早かった。
開業の翌年、歩くことができなくなり、病院へ。重度の股関節炎。リハビリも含めて、5カ月間の休業を余儀なくされた。
もどかしさを抱きながら、佐藤さんは祈った。
“本当は、もっと丁寧なパン作りがしたい”“お客さんとも、ゆっくりお話しできたらな”。何より、“学会活動ができないと、元気がなくなっちゃう!”。
復帰後は、週1回の営業と予約販売に切り替えた。
この間、佐藤さんの心を支えた一つが、パン作りだった。「無心になれるし、どんどん魅了されちゃって」
気付けば、パン店で働くように。家で作る際も、イースト菌から自家製酵母に変え、自らレシピも改良するまでになっていた。
ある日、夫が言った。「自分がやりたい通りのパン屋を開いてみたら?」
長年、支えてくれた妻への、裕一さんなりの恩返しだった。「それと、妻の作るパンが一番おいしいと思ってますから」
21年(令和3年)に、現在の店舗をオープン。
「数人でも来てくれれば」と、田舎の片隅に店を開いた。すると、田んぼ道には思いがけず、長蛇の列が。試作品を配っていた近所の人が、口コミで広げてくれていたそう。
「うれしくって、うれしくて」
週3回の営業に全力を注いだ。前日からの準備を含めると、ほとんど休みなく働いた。体が悲鳴を上げるのは早かった。
開業の翌年、歩くことができなくなり、病院へ。重度の股関節炎。リハビリも含めて、5カ月間の休業を余儀なくされた。
もどかしさを抱きながら、佐藤さんは祈った。
“本当は、もっと丁寧なパン作りがしたい”“お客さんとも、ゆっくりお話しできたらな”。何より、“学会活動ができないと、元気がなくなっちゃう!”。
復帰後は、週1回の営業と予約販売に切り替えた。
「とにかく頑張り過ぎる人」とは周囲の評。理想を追い求める佐藤さん㊧を、家族が信心で支えてくれる(右から夫・裕一さん、母・宮路瑠璃子さん)
「とにかく頑張り過ぎる人」とは周囲の評。理想を追い求める佐藤さん㊧を、家族が信心で支えてくれる(右から夫・裕一さん、母・宮路瑠璃子さん)
外はバリッ、中はモチッ。香り豊かなパンを召し上がれ
外はバリッ、中はモチッ。香り豊かなパンを召し上がれ
開店から5年。
「うちの主食は、ここのパンって決めてるのよ」と、1週間分を購入してくれるファンもいる。休みが増えたことで、さらなる進化を求めてパン教室にも通える。
「今がちょうどいい」と満足そうな佐藤さん。経理を担う夫は「もっと効率的にしてさ、利益を上げて……」と助言するが、「やりたいようにって言ったのは、裕ちゃんじゃん」と、佐藤さんは口をすぼめる。
裕一さんは、妻が作るパンの一番のファン。言い返す言葉がないようだ。
こんなやり取りをしていると、ふと感謝が込み上げる。
悩みも全部、今は「大切な思い出」だ。パン作りの面でも、信心の面でも、理想はまだまだ遠い。だからこそ、楽しい。
田んぼの風が吹き抜けるこの場所は、悩みの先でつかんだ小さな夢舞台。ここで、佐藤さんは大きな希望を膨らませる。
開店から5年。
「うちの主食は、ここのパンって決めてるのよ」と、1週間分を購入してくれるファンもいる。休みが増えたことで、さらなる進化を求めてパン教室にも通える。
「今がちょうどいい」と満足そうな佐藤さん。経理を担う夫は「もっと効率的にしてさ、利益を上げて……」と助言するが、「やりたいようにって言ったのは、裕ちゃんじゃん」と、佐藤さんは口をすぼめる。
裕一さんは、妻が作るパンの一番のファン。言い返す言葉がないようだ。
こんなやり取りをしていると、ふと感謝が込み上げる。
悩みも全部、今は「大切な思い出」だ。パン作りの面でも、信心の面でも、理想はまだまだ遠い。だからこそ、楽しい。
田んぼの風が吹き抜けるこの場所は、悩みの先でつかんだ小さな夢舞台。ここで、佐藤さんは大きな希望を膨らませる。
“次は、高加水のパンにも挑戦したい。ドイツパンもやってみたいな”。夢は膨らむ一方だ
“次は、高加水のパンにも挑戦したい。ドイツパンもやってみたいな”。夢は膨らむ一方だ