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〈「教学部教授補登用講座」のために〉 第1回「開目抄」 2026年6月25日

 「教学部教授補登用講座」(全2回)が実施されます。第1回の講座は、SOKAチャンネルVODが利用できる会館・個人会場、モバイルSTB、SOKAnet会員サポートで、7月1日(水)から9月30日(水)まで配信。ここでは、同講座の教材として、今回学ぶ御文、池田先生の指導、『創価学会教学要綱』の抜粋を掲載します。受講者は、御書(新版・全集どちらでも可)と、教材(本記事)を用意して配信をご覧ください。

※6月25日(木)付け5面の紙面イメージはこちらから

 対象者:日常の会合・活動に参加している壮年・女性部員(池田華陽会を除く)で、助教授補資格を持つ人(助教授、講師を含む。青年部教学試験3級の合格者は、壮年部、女性部ヤング白ゆり世代への移行時に助教授補となっている)
  
  

「開目抄」について

 「開目抄」は、日蓮大聖人が佐渡流罪中の文永9年(1272年)2月、四条金吾に託して門下一同に与えられました。大聖人は前年に「竜の口の法難」に遭われ、続いて佐渡に流罪されました。門下にも迫害が及ぶ中、本抄では“大聖人が法華経の行者ならば、なぜ諸天善神の加護がないのか”等の門下や世間の疑問に答えられていきます。
 大聖人は、末法の法華経の行者が難を受けるのは経文通りだと教えられます。その上で、大難を覚悟し、一切衆生を救うための実践をしている大聖人御自身こそ、主師親の三徳を具えた存在、末法の御本仏であると明かされます。
 題号の「開目」とは、文字通り「目を開く」こと。誤った教えに執着する人々に対し、一切衆生を救う“大聖人の真実に目を開け”との呼びかけであり、大聖人と同じ誓願に立つ時、誰もが成仏の道を歩めることへの開目、すなわち“人間の偉大さに目を開け”との呼びかけであるとも拝されます。
  
  

御文①

 日本国にこれをしれる者、ただ日蓮一人なり。
 これを一言も申し出だすならば、父母・兄弟・師匠に国主の王難必ず来るべし、いわずば慈悲なきににたりと思惟するに、法華経・涅槃経等にこの二辺を合わせ見るに、いわずば今生は事なくとも後生は必ず無間地獄に堕つべし、いうならば三障四魔必ず競い起こるべしとしんぬ。二辺の中にはいうべし。王難等出来の時は退転すべくば一度に思い止まるべしと、しばらくやすらいしほどに、宝塔品の六難九易これなり。(中略)今度強盛の菩提心をおこして退転せじと願じぬ。(御書新版70ページ4行目~11行目・御書全集200ページ9行目~16行目)

通解①

 日本国でこのこと(謗法の教えを説く諸宗の悪僧が、人々を悪道に堕とす悪縁となっていること)を知っている者は、ただ日蓮一人である。
 このことを一言でも言い出すなら、父母や兄弟、師匠からの制止、さらに国主による迫害が必ず来るに違いないが、言わなければ慈悲がないのに等しいと考えていたところ、「言うか言わないか」の二つについて、法華経・涅槃経等に照らし合わせてみると、言わなければ今生には何事もなくとも来世は必ず無間地獄に堕ちる、言うならば三障四魔が必ず競い起こる、ということが分かった。この二つのなかでは、言うほうを選ぶべきである。
 それでも、国主による難などが起きた時に退転するぐらいなら、最初から思いとどまるべきだと、少しの間、思いをめぐらしていたところ、法華経宝塔品の六難九易とは、まさにこのことであると思い至った。
 (中略)私は、今度こそ、強い求道心を起こして、断じて退転するまい、と誓願したのである。

池田先生の指導①

 仏教において「誓願」は、宿業の鉄鎖を切り、過去に縛られた自分を解放して、新しい未来に向かう自分をつくる力と言えます。仏の教えで自分を磨きつつ、確立した心によって、未来の自分を方向付け、それを実現していく努力を持続していけるのが「誓願の力」です。誓願とは、いわば「変革の原理」です。
 ◇
 大聖人の生涯の壮絶な闘争を支えた原動力は、ひとえに誓願の力であったと拝することができる。
 誓願を貫くことによって仏の心と一体化し、生命の奥底から仏界の無限の力を涌現することができることを示し、教えてくださったのである。
 濁世にあって、人間不信を助長させる魔の策謀を打ち破ることができるのは、万人救済を誓う「誓願」の力以外にありません。
 (『池田大作全集』第34巻所収「開目抄」講義)
  
  

御文②

 詮ずるところは、天もすて給え、諸難にもあえ、身命を期とせん。(中略)大願を立てん。日本国の位をゆずらん、法華経をすてて観経等について後生をごせよ、父母の頸を刎ねん、念仏申さずばなんどの種々の大難出来すとも、智者に我が義やぶられずば用いじとなり。その外の大難、風の前の塵なるべし。我日本の柱とならん、我日本の眼目とならん、我日本の大船とならん等とちかいし願いやぶるべからず。(御書新版114ページ1行目~6行目・御書全集232ページ1行目~6行目)

通解②

 結局のところは、天も私を捨てるがよい、いかなる難にも遭おう、身命をなげうつ覚悟である。
 (中略)「私は、大願を立てよう。たとえ、『日本国の王の位を譲るから、法華経を捨てて観無量寿経などに付き従って、後生の浄土への往生を目指せ』と誘惑されたり、『念仏を称えなければ父母の首をはねる』と脅されるなどの種々の大難が出てきても、私の正しい法義が智者に破られることがない限り、彼らの要求を決して受け入れることはない。それ以外の大難は、風の前の塵のような、取るに足りないものである。私は日本の柱となろう。私は日本の眼目となろう。私は日本の大船となろう」などと誓った大願は、決して破ることはない。

池田先生の指導②

 「柱」は誰が見ていようがいまいが、厳然と家を支え、人々を守ります。「眼目」は物事を見極める力を意味します。ゆえに、人々が誤った道に迷うのを防ぎ、正しく導く力であるともいえます。「大船」は多くの人々を乗せ、荒波の中でも安定して目的地に運びます。親が子どもを包容し育むような安心感があります。
 見方を変えれば、「主師親の三徳」とは、リーダーシップの三要件ともいえます。
 主の徳は、「民衆を守る」責任感です。師の徳は、「民衆を導く」智慧です。親の徳は、「民衆を育む」慈悲です。
 そして、民衆を守ることは「平和」に通じ、民衆を導くことは「教育」に通じ、民衆を育むことは「文化」に通ずるといえるでしょう。敷衍していえば、「法華経を行ずる」とは、「平和」を創ることです。「教育」の光を注ぐことです。「文化」の大地を耕すことです。豊かに価値創造する「人華」、すなわち「人間の華」が爛漫と咲き薫る時代を開くのです。
 (『勝利の経典「御書」に学ぶ』第21巻)
  
  

「創価学会教学要綱」から

 大聖人は、法華経の行者という使命に立ち、釈尊から『法華経』の肝心である「南無妙法蓮華経」を託された地涌の菩薩であるという自覚を持って、末法の一切衆生の成仏を可能とする三大秘法を確立されたのである。
 大聖人は、「開目抄」において、「一切衆生の尊敬すべき者三つあり。いわゆる主・師・親これなり」(新50・全186)と説き起こされ、結論として、「日蓮は日本国の諸人にしゅうし父母(主師親)なり」(新121・全237)と、自身が末法の人々にとって主師親の三徳を具備した存在であることを述べられている。主徳とは人々を守る力・働きであり、師徳とは人々を導き教化する力・働きであり、親徳とは人々を育て慈しむ力・働きをいう。本来、この主師親の三徳は仏教では仏に具わるものであり、そのことを大聖人は諸御抄に幾度も記されている。その上で、大聖人は、「撰時抄」に、「法華経をひろむる者は、日本の一切衆生の父母なり。章安大師云わく『彼がために悪を除くは、即ちこれ彼が親なり』等云々。されば、日蓮は、当帝の父母、念仏者・禅衆・真言師等が師範なり、また主君なり」(新173・全265)と、先の「開目抄」と同じ趣旨を述べて、自身こそ現在の迷える衆生にとっての主師親であると述べられている。
 末法の人々が成仏する方途は、大聖人が示された「南無妙法蓮華経」の三大秘法である。ゆえに、創価学会では、末法の万人成仏の法を明かした「教主」であるという意義から、大聖人を「末法の御本仏」と仰ぐのである。また、そうした尊崇の意義を込め、「大聖人」と尊称している。(94ページ)
  
  

御文③

 我ならびに我が弟子、諸難ありとも疑う心なくば、自然に仏界にいたるべし。天の加護なきことを疑わざれ。現世の安穏ならざることをなげかざれ。我が弟子に朝夕教えしかども、疑いをおこして皆すてけん。つたなき者のならいは、約束せし事をまことの時はわするるなるべし。(御書新版117ページ7行目~9行目・御書全集234ページ7行目~9行目)

通解③

 私ならびに私の弟子は、諸難があっても、疑う心がなければ、自然に仏界に至ることができる。諸天の加護がないからといって、疑ってはいけない。現世が安穏でないことを嘆いてはいけない。私の弟子に朝夕、このことを教えてきたけれども、疑いを起こして皆、信心を捨ててしまったようである。拙い者の習性として、約束したことを、いざという時には忘れてしまうものである。

池田先生の指導③

 この御文の身読が、創価学会の永遠の生命線です。常にこの御文に立ち戻り、前進していけば、私たちの信仰は不滅の輝きを放つからです。
 この御文の精神に照らせば、私たちが難に直面した時は、すべて「まことの時」です。三障四魔が競い起こった時も、自身の宿命転換の時も、広宣流布の活動の“剣が峰”の時も、「まことの時」に反転攻勢できる信心が不可欠です。
 その信心を私たちは、日々、大聖人から教わっているという自覚に立つことです。断じて「つたなき者」になってはならない。
 (『勝利の経典「御書」に学ぶ』第2巻)

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