DBE2E5002609F9305A05E3EF4C6786F2
〈メキシコ総会から〉 池田先生とメキシコ
〈メキシコ総会から〉 池田先生とメキシコ
2026年3月12日
30年前(1996年)の6月、メキシコ東部のベラクルス国際空港でメンバーを激励する池田先生。後にこの出会いを「メキシコの宝友たちには、いつお会いしても、王者の鷲のごとく、向上しゆく大いなる魂の翼が光っています」と振り返った
30年前(1996年)の6月、メキシコ東部のベラクルス国際空港でメンバーを激励する池田先生。後にこの出会いを「メキシコの宝友たちには、いつお会いしても、王者の鷲のごとく、向上しゆく大いなる魂の翼が光っています」と振り返った
「今、(戸田)先生の『分身』が、まいりました」――池田先生はメキシコを初訪問した時の思いを、こうつづった。
メキシコは、第2代会長・戸田城聖先生が逝去直前、夢に見て“行ってみたい”と池田先生に語った憧れの天地である。恩師の思いを抱き締め、池田先生は1965年8月、同国に第一歩を刻んだ。
当時の学会員は26世帯。日本からの移民が多く、言葉の壁にぶつかり、過酷な生活を強いられていた。そんな中でも、先生の眼差しは、はるか未来を見据えていた。
3年後のメキシコ五輪を目指して500人の陣列を築こう――明確な目標を示し、渾身の励ましで一人一人の胸中に“希望の種”をまいた。
カトリック教徒が大半を占める国での弘教は困難の連続だった。しかし同志は辞書を片手に、必死にスペイン語で対話に駆けた。3年後、目標を大きく上回る700世帯の連帯を達成し、広布の確固たる礎が築かれた。
メキシコの同志にとって忘れ得ぬ師弟の原点となっているのが、45年前の先生の同国訪問である。
当時は東西冷戦下。世界は不安の闇に沈んでいた。
81年2月、池田先生がメキシコの空港に到着すると、マスコミから「世界各地で続く戦争状態をどう思うか」と問われた。先生は即答した。「私は仏法者です。仏法は平和主義です。戦争に対しては絶対反対である」
9日間にわたり、メキシコ家族を励まし抜いた。最終日には、名門グアダラハラ大学で「メキシコの詩心に思うこと」と題して講演。海外の大学・学術機関の講演で初めて「核兵器廃絶」に言及した。
メキシコの同志は師の平和行動を範として地域に貢献。昨年5月には「核兵器なき世界への連帯」展が首都メキシコ市の市議会議事堂で開催され、大きな反響を呼んだ。
これからも生命尊厳の哲学を胸に、メキシコの大地に人間主義の連帯を広げゆく。
「今、(戸田)先生の『分身』が、まいりました」――池田先生はメキシコを初訪問した時の思いを、こうつづった。
メキシコは、第2代会長・戸田城聖先生が逝去直前、夢に見て“行ってみたい”と池田先生に語った憧れの天地である。恩師の思いを抱き締め、池田先生は1965年8月、同国に第一歩を刻んだ。
当時の学会員は26世帯。日本からの移民が多く、言葉の壁にぶつかり、過酷な生活を強いられていた。そんな中でも、先生の眼差しは、はるか未来を見据えていた。
3年後のメキシコ五輪を目指して500人の陣列を築こう――明確な目標を示し、渾身の励ましで一人一人の胸中に“希望の種”をまいた。
カトリック教徒が大半を占める国での弘教は困難の連続だった。しかし同志は辞書を片手に、必死にスペイン語で対話に駆けた。3年後、目標を大きく上回る700世帯の連帯を達成し、広布の確固たる礎が築かれた。
メキシコの同志にとって忘れ得ぬ師弟の原点となっているのが、45年前の先生の同国訪問である。
当時は東西冷戦下。世界は不安の闇に沈んでいた。
81年2月、池田先生がメキシコの空港に到着すると、マスコミから「世界各地で続く戦争状態をどう思うか」と問われた。先生は即答した。「私は仏法者です。仏法は平和主義です。戦争に対しては絶対反対である」
9日間にわたり、メキシコ家族を励まし抜いた。最終日には、名門グアダラハラ大学で「メキシコの詩心に思うこと」と題して講演。海外の大学・学術機関の講演で初めて「核兵器廃絶」に言及した。
メキシコの同志は師の平和行動を範として地域に貢献。昨年5月には「核兵器なき世界への連帯」展が首都メキシコ市の市議会議事堂で開催され、大きな反響を呼んだ。
これからも生命尊厳の哲学を胸に、メキシコの大地に人間主義の連帯を広げゆく。
メキシコ市の三文化広場。アステカ帝国時代のトラテロルコ遺跡、スペイン植民地時代のサンティアゴ教会、近代の高層の建物が並び、三つの時代を象徴する。世界初の非核兵器地帯条約である「トラテロルコ条約」と戸田先生の「原水爆禁止宣言」を顕彰する銘板が設置されている
メキシコ市の三文化広場。アステカ帝国時代のトラテロルコ遺跡、スペイン植民地時代のサンティアゴ教会、近代の高層の建物が並び、三つの時代を象徴する。世界初の非核兵器地帯条約である「トラテロルコ条約」と戸田先生の「原水爆禁止宣言」を顕彰する銘板が設置されている
三文化広場にある「トラテロルコ条約調印50周年・原水爆禁止宣言60周年記念銘板」。世界に先駆けて核兵器の使用・製造・取得などを禁止した「トラテロルコ条約(1967年2月)」50周年と、戸田先生による「原水爆禁止宣言(57年9月)」60周年を記念し、2017年に設置された
三文化広場にある「トラテロルコ条約調印50周年・原水爆禁止宣言60周年記念銘板」。世界に先駆けて核兵器の使用・製造・取得などを禁止した「トラテロルコ条約(1967年2月)」50周年と、戸田先生による「原水爆禁止宣言(57年9月)」60周年を記念し、2017年に設置された