〈ヒーローズ 逆境を勝ち越えた英雄たち〉第59回 アンドレ・マルロー
〈ヒーローズ 逆境を勝ち越えた英雄たち〉第59回 アンドレ・マルロー
2026年4月12日
〈マルロー〉
この人生で貴いことが一つある。
打ち負かされないってことだ。
参らないということだ。
〈マルロー〉
この人生で貴いことが一つある。
打ち負かされないってことだ。
参らないということだ。
フランスでは本年、国家を挙げて、ある人物をたたえる文化行事が実施される。没後半世紀、そして同国の英雄が眠るパリの偉人廟「パンテオン」への埋葬30年を迎える“戦う文化人”“行動する作家”――アンドレ・マルローその人である。
1901年11月、マルロー氏はパリ北部の街・モンマルトルで生まれた。幼少期に両親が離婚。パリ近郊のボンディにあった母の実家に引き取られる。
第1次世界大戦の暗い影に覆われた青春時代。混迷を極める世相の中で、マルロー少年は本を読みあさり、周囲の大人の話を聞きながら悲惨な戦争の実態に触れた。
17歳で社会に飛び出すと、小さな本屋に働き口を見つける。月刊誌を刊行した店主は、マルロー氏の文才を買い、雑誌編集とともに論文寄稿を勧めた。それが氏にとって、作家としての出発点になった。21年には初の自著を出版している。
この頃、ジャン・コクトーやピカソといった著名な作家、詩人、画家たちと知り合い、彼らとの交流などを通して、東洋美術に興味を抱くように。やがて、フランス領インドシナへ渡るが、この行動が後の人生を大きく変えることになった。
当時、現地ではフランスから派遣された官僚によって理不尽な統治が進められていた。氏は祖国の植民地政策に疑問を覚え、インドシナの独立運動に傾注していく。
そのための“武器”として選んだのが新聞だった。25年、再びインドシナへ行き、「ランドシーヌ」紙を創刊。現地の人々の権利の尊重を訴え、総督府への批判を展開すると、印刷所などに圧力をかけられ、同紙はすぐに廃刊に追い込まれてしまう。
それでも、胸中の正義の炎が消えることはなかった。その後も新たな新聞を発刊するなど、腐敗する権力と対峙していく。
さらには、中国で起きた革命運動をもとにした小説を執筆。32歳になる年に出版した『人間の条件』でフランス文学の最高峰「ゴンクール賞」を受賞し、作家としての地位を不動のものとした。
マルロー氏の言葉にこうある。
「栄光というものは、目にあまる侮辱を通して、その最高の輝きを見出すのです」
「この人生で貴いことが一つある。それは、けっして打ち負かされないってことだ。参らないってことだ」
フランスでは本年、国家を挙げて、ある人物をたたえる文化行事が実施される。没後半世紀、そして同国の英雄が眠るパリの偉人廟「パンテオン」への埋葬30年を迎える“戦う文化人”“行動する作家”――アンドレ・マルローその人である。
1901年11月、マルロー氏はパリ北部の街・モンマルトルで生まれた。幼少期に両親が離婚。パリ近郊のボンディにあった母の実家に引き取られる。
第1次世界大戦の暗い影に覆われた青春時代。混迷を極める世相の中で、マルロー少年は本を読みあさり、周囲の大人の話を聞きながら悲惨な戦争の実態に触れた。
17歳で社会に飛び出すと、小さな本屋に働き口を見つける。月刊誌を刊行した店主は、マルロー氏の文才を買い、雑誌編集とともに論文寄稿を勧めた。それが氏にとって、作家としての出発点になった。21年には初の自著を出版している。
この頃、ジャン・コクトーやピカソといった著名な作家、詩人、画家たちと知り合い、彼らとの交流などを通して、東洋美術に興味を抱くように。やがて、フランス領インドシナへ渡るが、この行動が後の人生を大きく変えることになった。
当時、現地ではフランスから派遣された官僚によって理不尽な統治が進められていた。氏は祖国の植民地政策に疑問を覚え、インドシナの独立運動に傾注していく。
そのための“武器”として選んだのが新聞だった。25年、再びインドシナへ行き、「ランドシーヌ」紙を創刊。現地の人々の権利の尊重を訴え、総督府への批判を展開すると、印刷所などに圧力をかけられ、同紙はすぐに廃刊に追い込まれてしまう。
それでも、胸中の正義の炎が消えることはなかった。その後も新たな新聞を発刊するなど、腐敗する権力と対峙していく。
さらには、中国で起きた革命運動をもとにした小説を執筆。32歳になる年に出版した『人間の条件』でフランス文学の最高峰「ゴンクール賞」を受賞し、作家としての地位を不動のものとした。
マルロー氏の言葉にこうある。
「栄光というものは、目にあまる侮辱を通して、その最高の輝きを見出すのです」
「この人生で貴いことが一つある。それは、けっして打ち負かされないってことだ。参らないってことだ」
ユゴー、ゾラ、キュリー夫人らフランス史に名を残した英雄たちと共に、マルロー氏が眠るパリのパンテオン。氏の遺骨が納められて今年で30年となる(昨年4月撮影)
ユゴー、ゾラ、キュリー夫人らフランス史に名を残した英雄たちと共に、マルロー氏が眠るパリのパンテオン。氏の遺骨が納められて今年で30年となる(昨年4月撮影)
〈マルロー〉
いかなる偉大な業績も、
ごくわずかな不撓の人々によって
打ち立てられるものである。
〈マルロー〉
いかなる偉大な業績も、
ごくわずかな不撓の人々によって
打ち立てられるものである。
マルロー氏が作家として世界的な名声を得た1930年代は、ドイツでヒトラー率いるナチスが政権を獲得するなど、ファシズムが台頭した時代だった。
ヨーロッパの危機を感じ取った氏は、反ファシスト運動に立ち上がる。36年にスペインで内戦が起こるとマドリードへ向かい、救援の国際航空部隊を指揮。負傷して帰国した後、自身の体験を題材にした小説『希望』を執筆した。
39年からの第2次世界大戦中には、ナチスへのレジスタンス(抵抗運動)に身を投じる。フランスが占領され、氏は収容所に入れられるが、大工に変装して脱走。2度も捕虜になりながらも、ナチスと戦い続けた。
第2次大戦後は政治家としても活動し、45年、43歳で新たなド・ゴール内閣の情報大臣に就任。やがて政権が総辞職すると、ド・ゴールが結成した「フランス国民連合」の広報責任者になった。
この戦後の激動期に氏は、パリで精神(エスプリ)の結合を呼びかける演説を行っている。
「いかなる偉大な業績も、ごくわずかな不撓の人々によって打ち立てられるものである。他の者たちは、なんとかなるだろうと考えている」
「われわれは、変革を成し遂げなければならない。希望と不屈の意志によって。民衆の連合には、多くの人々を結合せねばならぬ」
そして演説は、母国の正義を守り抜いた民衆への感謝に変わる。
「フランスの再建が実現した暁には、きょう、この場――ジャピー講堂に集った、あなた方のおかげであると讃えられるであろう。雪の中でも、(われわれの主張を訴える)新聞を売っていった、あなた方のおかげであると」
後年、再びド・ゴールが大統領に就くと、氏は文化大臣として活躍する。若手芸術家の支援に努めたほか、政界を引退するまで10年以上にわたりフランスの文化事業の推進に貢献。また、外交特使として世界各地に赴き、アメリカのケネディ大統領、中国の周恩来総理、インドのネルー首相ら各国の首脳と会談した。
フランスのルーブル美術館が所蔵する「モナ・リザ」。このレオナルド・ダビンチの傑作が日本で公開されたのは、74年4月である。それを実現させた立役者こそ、マルロー氏であった。
この時、東京での「モナ・リザ」展に出席するため、日本を訪問した氏には、もう一つの目的があった。これが氏にとって最後の訪日になったのである。
マルロー氏が作家として世界的な名声を得た1930年代は、ドイツでヒトラー率いるナチスが政権を獲得するなど、ファシズムが台頭した時代だった。
ヨーロッパの危機を感じ取った氏は、反ファシスト運動に立ち上がる。36年にスペインで内戦が起こるとマドリードへ向かい、救援の国際航空部隊を指揮。負傷して帰国した後、自身の体験を題材にした小説『希望』を執筆した。
39年からの第2次世界大戦中には、ナチスへのレジスタンス(抵抗運動)に身を投じる。フランスが占領され、氏は収容所に入れられるが、大工に変装して脱走。2度も捕虜になりながらも、ナチスと戦い続けた。
第2次大戦後は政治家としても活動し、45年、43歳で新たなド・ゴール内閣の情報大臣に就任。やがて政権が総辞職すると、ド・ゴールが結成した「フランス国民連合」の広報責任者になった。
この戦後の激動期に氏は、パリで精神(エスプリ)の結合を呼びかける演説を行っている。
「いかなる偉大な業績も、ごくわずかな不撓の人々によって打ち立てられるものである。他の者たちは、なんとかなるだろうと考えている」
「われわれは、変革を成し遂げなければならない。希望と不屈の意志によって。民衆の連合には、多くの人々を結合せねばならぬ」
そして演説は、母国の正義を守り抜いた民衆への感謝に変わる。
「フランスの再建が実現した暁には、きょう、この場――ジャピー講堂に集った、あなた方のおかげであると讃えられるであろう。雪の中でも、(われわれの主張を訴える)新聞を売っていった、あなた方のおかげであると」
後年、再びド・ゴールが大統領に就くと、氏は文化大臣として活躍する。若手芸術家の支援に努めたほか、政界を引退するまで10年以上にわたりフランスの文化事業の推進に貢献。また、外交特使として世界各地に赴き、アメリカのケネディ大統領、中国の周恩来総理、インドのネルー首相ら各国の首脳と会談した。
フランスのルーブル美術館が所蔵する「モナ・リザ」。このレオナルド・ダビンチの傑作が日本で公開されたのは、74年4月である。それを実現させた立役者こそ、マルロー氏であった。
この時、東京での「モナ・リザ」展に出席するため、日本を訪問した氏には、もう一つの目的があった。これが氏にとって最後の訪日になったのである。
文化大臣として執務を行うマルロー氏(1960年ごろ)©Keystone-France/Getty Images
文化大臣として執務を行うマルロー氏(1960年ごろ)©Keystone-France/Getty Images
〈マルロー氏との対談で語る池田先生〉
人生は運命に左右されるだけではない。
生きることへの意志が人生に反映され、
歴史に投影されることによって、
一個の人間の歩みが生きたものとなり、
新しい歴史そのものも開かれていく。
〈マルロー氏との対談で語る池田先生〉
人生は運命に左右されるだけではない。
生きることへの意志が人生に反映され、
歴史に投影されることによって、
一個の人間の歩みが生きたものとなり、
新しい歴史そのものも開かれていく。
「私が日本を訪れるのは、これで4度目ですが、今回、いちばんお会いしたいと思っていたのが、池田会長でした」
1974年5月18日、聖教新聞本社(当時)で、マルロー氏は池田先生に切り出した。語らいは3時間近くに及び、創価学会の活動から芸術論、文化論、民主主義の現代的課題などについて忌憚のない対話が重ねられた。
後日、氏から会見の感想が伝えられた。
「哲学や宗教上の話になると、多くの人は『○○と思う』とか、『○○じゃないんじゃないか』とか曖昧な話になってしまう。日本の指導者や政治家も同じだと思う。しかし、池田会長は、明快に回答した。それは、コンピューターに入力して明快な回答が、プリントアウトされたようなものだ。池田会長のような人物に会うのは、初めてだ。お会いできてよかった」
その1年後、氏はフランスを訪問した先生をパリ郊外の自宅に招く。2度の語らいは対談集として結実。翌76年8月、『人間革命と人間の条件』が発刊された。氏の訃報が世界を駆け巡ったのは、それから3カ月後のことである。
対談の中で二人は語り合った。
マルロー氏 現代は決断不在の時代なのです。私が歴史的政治と呼ぶところの信念をもった指導者も、もはや見あたりません。(中略)
50年前なら多くの人々が世界の運命を省察すべくつとめていましたが、いまではこれがうまくいかないと認めて、それぞれ自分の城に引きこもってしまったというわけです。しかし、そうも明らさまにいうのは、はばかられるので、だれもが口では、いちおう「世界」ということはいっている。しかし、実際はそうではないのです。
池田先生 現代の指導者における世界観の喪失ともいえるでしょう。(中略)
だからこそ私は、21世紀への決断をはたす主役は民衆である、民衆が歴史の前面に躍り出てくる時代に入ったのだと強調したいのです。
「私が日本を訪れるのは、これで4度目ですが、今回、いちばんお会いしたいと思っていたのが、池田会長でした」
1974年5月18日、聖教新聞本社(当時)で、マルロー氏は池田先生に切り出した。語らいは3時間近くに及び、創価学会の活動から芸術論、文化論、民主主義の現代的課題などについて忌憚のない対話が重ねられた。
後日、氏から会見の感想が伝えられた。
「哲学や宗教上の話になると、多くの人は『○○と思う』とか、『○○じゃないんじゃないか』とか曖昧な話になってしまう。日本の指導者や政治家も同じだと思う。しかし、池田会長は、明快に回答した。それは、コンピューターに入力して明快な回答が、プリントアウトされたようなものだ。池田会長のような人物に会うのは、初めてだ。お会いできてよかった」
その1年後、氏はフランスを訪問した先生をパリ郊外の自宅に招く。2度の語らいは対談集として結実。翌76年8月、『人間革命と人間の条件』が発刊された。氏の訃報が世界を駆け巡ったのは、それから3カ月後のことである。
対談の中で二人は語り合った。
マルロー氏 現代は決断不在の時代なのです。私が歴史的政治と呼ぶところの信念をもった指導者も、もはや見あたりません。(中略)
50年前なら多くの人々が世界の運命を省察すべくつとめていましたが、いまではこれがうまくいかないと認めて、それぞれ自分の城に引きこもってしまったというわけです。しかし、そうも明らさまにいうのは、はばかられるので、だれもが口では、いちおう「世界」ということはいっている。しかし、実際はそうではないのです。
池田先生 現代の指導者における世界観の喪失ともいえるでしょう。(中略)
だからこそ私は、21世紀への決断をはたす主役は民衆である、民衆が歴史の前面に躍り出てくる時代に入ったのだと強調したいのです。
発刊から50年を迎える対談集『人間革命と人間の条件』
発刊から50年を迎える対談集『人間革命と人間の条件』
先生 マルロー先生は『人間の条件』を著され、死という不条理な運命を背負いつつ生きる人間群像をテーマにしておられる。(中略)
人生というものは、運命によって左右されるだけではないはずです。むしろ、人間の生きることへの意志が人生の全体に反映され、歴史に投影されることによって、一個の人間の歩みが生きたものとなり、新しい歴史そのものも開かれていくと信じます。
人間は、運命の操作のもとにただ生きるというのでなく、そうしたかげりを負いつつも、内面的変革になお可能性を見いだしていくものです。私は、そうした創造的生命こそが人生の起点となりうると考えています。
氏 作家として、われわれのまえの世代と、われわれの世代とのあいだの大きな違いは、前世代の人々は、できるだけ広い範囲の問題、大きなテーマを取り上げたということでしょう。しかし、われわれの世代にあっては、そうではありません。われわれの世代にとって、もっとも重大な問題、最大の関心事とは、自分自身のことなのです。(中略)
要は、自分は一個の人間としてなにができるか、なにごとにたいして行動できるかということが大事のはずですがね……。
先生 行動ということに共感をおぼえます。作家というよりも、行動をもって自己を問い、生きる証としていく姿勢は尊い。私自身も、やはりまず、動くことをすべての第一歩としてきました。まず動いてみる。そしてそのなかで考える。ですから、行動のない言説には、あまり魅力を感じません。
――対談が終わりにさしかかったころ、氏は先生に問うた。
「あなたの眼には、人間にとってなにがもっとも重要なものと映りますか」
先生は応じた。
「人間そのものの生き方、その主体である人間自身の変革がどうすれば可能かということでしょう」「人間の尊貴さは、その無限の可能性にあると信じ、そこにいっさいをかけ、それを規範として行動していきたい」
人でも環境でもなく、まず自分が変わる。そこに私たちの目指す「人間革命」の条件がある。
先生 マルロー先生は『人間の条件』を著され、死という不条理な運命を背負いつつ生きる人間群像をテーマにしておられる。(中略)
人生というものは、運命によって左右されるだけではないはずです。むしろ、人間の生きることへの意志が人生の全体に反映され、歴史に投影されることによって、一個の人間の歩みが生きたものとなり、新しい歴史そのものも開かれていくと信じます。
人間は、運命の操作のもとにただ生きるというのでなく、そうしたかげりを負いつつも、内面的変革になお可能性を見いだしていくものです。私は、そうした創造的生命こそが人生の起点となりうると考えています。
氏 作家として、われわれのまえの世代と、われわれの世代とのあいだの大きな違いは、前世代の人々は、できるだけ広い範囲の問題、大きなテーマを取り上げたということでしょう。しかし、われわれの世代にあっては、そうではありません。われわれの世代にとって、もっとも重大な問題、最大の関心事とは、自分自身のことなのです。(中略)
要は、自分は一個の人間としてなにができるか、なにごとにたいして行動できるかということが大事のはずですがね……。
先生 行動ということに共感をおぼえます。作家というよりも、行動をもって自己を問い、生きる証としていく姿勢は尊い。私自身も、やはりまず、動くことをすべての第一歩としてきました。まず動いてみる。そしてそのなかで考える。ですから、行動のない言説には、あまり魅力を感じません。
――対談が終わりにさしかかったころ、氏は先生に問うた。
「あなたの眼には、人間にとってなにがもっとも重要なものと映りますか」
先生は応じた。
「人間そのものの生き方、その主体である人間自身の変革がどうすれば可能かということでしょう」「人間の尊貴さは、その無限の可能性にあると信じ、そこにいっさいをかけ、それを規範として行動していきたい」
人でも環境でもなく、まず自分が変わる。そこに私たちの目指す「人間革命」の条件がある。
【引用・参考】村松剛著『評伝 アンドレ・マルロオ』(中央公論社)、中野日出男著『アンドレ・マルロー伝』(毎日新聞社)、柏倉康夫著『若き日のアンドレ・マルロー』(行路社)、ピエール・ガラント著『アンドレ・マルロー 小説的生涯』斎藤正直訳(早川書房)、マルロー著『征服者』小松清訳(筑摩書房、『筑摩世界文学大系』72所収)ほか
ご意見・ご感想をお寄せください。
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【引用・参考】村松剛著『評伝 アンドレ・マルロオ』(中央公論社)、中野日出男著『アンドレ・マルロー伝』(毎日新聞社)、柏倉康夫著『若き日のアンドレ・マルロー』(行路社)、ピエール・ガラント著『アンドレ・マルロー 小説的生涯』斎藤正直訳(早川書房)、マルロー著『征服者』小松清訳(筑摩書房、『筑摩世界文学大系』72所収)ほか
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