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【18時配信インタビュー・電子版連載WITH #不登校を考える #多様な学び】「オルタナティブスクール」に見る教育の未来 2024年4月11日

  • 一般社団法人「WING SCHOOL」代表理事・校長 田上善浩さんに聞く

 4月から新学期が始まりました。多様性の時代といわれる中、教育の選択肢はどのようになっているのでしょうか。多くの課題が指摘され、いまだ展望が見いだしにくい状況ですが、さまざまな取り組みが動き始めているのも事実です。今回は、熊本市でオルタナティブスクール「WING SCHOOL」を運営する田上善浩さんに、子どもたちとの向き合い方や教育に懸ける思い、その先に見据える社会像を聞きました。(取材=峰尚孝、田中正博)
 

教育の選択肢

 ――オルタナティブスクールは、学校教育法第一条にある「一条校」に対して“もう1つの学校”といわれます。「WING SCHOOL」は、熊本市教育委員会はじめ県内の複数の自治体とも連携し、同校に通うことで、在籍する小・中学校で「出席」扱いになると伺いました。
 
 今までは“同じ料理を出すレストラン”しかなかったところに、多様な料理を提供する店が登場し、選べるようになった――つまり、子どもに合った教育空間が選べるようになった。その象徴がオルタナティブ教育だと思います。
 ただ、現状では、全国の津々浦々まで、概念や選択肢が普及しているわけではありません。オルタナティブ教育をうたう学校には、程度の差はあれ三つの課題があります。

午前中の小学1~3年生の学習の様子
午前中の小学1~3年生の学習の様子

 
 一つ目が「出席」の扱い。オルタナティブスクールの多くは無認可校ですから、児童・生徒には、公立の在籍校があります。この点は、本校では、おおむねクリアすることができました。熊本市教育委員会では、わが校に通う小・中学生は皆、出席扱いとしています。
 二つ目は「成績」の扱い。学習内容が在籍校の成績に反映されるか否かということです。反映されないと、成績が“オール1”になることもある。逆に、本校の成績をそのまま反映してくれる学校もあります。
 このことで、公立高校の受験に影響が出ます。自治体ごとに制度が違いますが、この問題も、熊本市教育委員会はフリースクール等で学習したデータを元に成績をつけるという趣旨の通達を出し、平等性がかなりの程度、担保されつつあります。
 
 三つ目は「資金」です。法律上は無認可の学校です。公的な資金も補助金もなく、スタッフや支援者の“志”で運営している状況にあります。
 公立学校は、子ども1人当たり年間100万円余りの税金が使われています。オルタナティブスクールに通う子どもの保護者は、税金を通した公立学校への支払いと、スクール授業料の“二重払い”の状況にあります。
 そうした家庭に支援金を出す自治体も増えてきました。滋賀県や佐賀県にあるいくつかの自治体のほか、長野県でも試みが始まっている。海外に目を向けると、台湾が先進的で、もはやオルタナティブスクールは公立学校と同等の扱いです。
 
 台湾で大臣を務めたオードリー・タンさんは、公立学校で不登校となり、親御さんはその子育ての経験から、オルタナティブスクールを設立しました。
 実際にわが校で見ていても、オルタナティブスクールに来る子どもは、そういう、イノベーター(革新者)になるタイプの子が多いと感じます。“通常”の陸地は合わないけれど、水があれば泳ぎ出す魚のような、広い空があれば羽ばたける鳥のような子どもたちです。近年は、小学1年生から本校に入学する、つまり公立学校の経験がない子どもも増えています。

体験学習の一こま(WING SCHOOL提供)
体験学習の一こま(WING SCHOOL提供)

 
 ――2022年度、小・中学校における不登校者数は29万9000人を超え、過去最多を記録しています。WING SCHOOLに通う子どもたちの中にも、少なからず不登校の経験があると伺いました。しかし今日、見学して目を見張りました。子どもたちが皆、楽しそうに活動していますね!
 
 正直、私は「不登校」という言葉自体、好きじゃないんです。指定された学校に登校することが前提で、そこから外れることが、不健全であるかのような印象を与えてしまう。全ての子どもたちは自分らしさという“天才性”を持っています。
 “学校が合わない”“自分らしく生きられない”といったことを感じ、そこから、さまざまな「傷つき体験」が生じ、その積み重ねが、「学校に行かない」という選択を生んでいるのです。
 ですから、その子に合った環境があれば、まぶしいくらいに輝き出すんです。ただ、「傷つき体験」が長引き過ぎると、医療の分野に入ってしまうので、教育空間では対処できないこともある。だから、早めに環境を整えることが大事だと考えています。
 本校は、子どもが、“自身の全てを受け入れてもらえた”という安心を感じられた上で、「感性」「知性」「創性」を磨き、「幸せな未来を築く力」を身に付けることを目指しています。カリキュラムとして、主に午前中は教科書を使った授業を行い、午後は体験学習や「プロジェクト型学習」を行っています。

WING SCHOOL提供
WING SCHOOL提供

 
 これは、子どもたちが自主的にイベントや行事を企画し、運営を通して起業家スピリットや夢を実現する力を磨こうとするものです。これまでには、学校の内外でお店を出して商品を売る「マルシェプロジェクト」や、劇をつくって発表する「演劇プロジェクト」などがありました。
 プロジェクトが提案されると、賛同する子どもたちが集まり、学年を超えて、実現に向けて活動していきます。プロジェクトの推進中、基本的にスタッフは口を出しません。うまくいかないことも起こりますが、そうした“失敗”も“学び”にしてもらいます。
 
 関係性でいうと、まず「感性」が土台なんです。大前提として絶対に必要なものであり、「自分らしく開かれて生きていける状態」とも言えます。その土台の上に、座学や体験から得られる「知性」を育む。
 ところで、土台の「感性」は、環境が合えば育めますが、違う環境だと閉じてしまうこともあります。例えば、家庭や本校にいる時は元気だけれども、卒業後や別の場所では、またつらい思いをするといったことには、なってほしくない。
 
 だから「創性」を育むのです。子どもを野菜に例えると、「感性」は自然豊かな畑で自分らしく育つこと。「知性」は自分らしく育つ「畑」を選べること。そして「創性」は自分らしく育つ「畑」を自分で作る力と言えると思います。この3層があれば、将来どこへ行っても、自分らしく輝ける「舞台」を生み出せる――そうした教育を目指しています。

子どもたちから“教わった”

 ――間近で見てきた、子どもたちの変化や成長を教えてください。
 
 ある小学生は目がつり上がり、棒を振り回しては、石を投げるといった状態で入校してきました。本校の場合、周囲にけがをさせるようなこと以外は、基本的に自由にさせます。叫びたいだけ叫べばいいし、動きたいだけ動けばいい。したくないことはしなければいいし、授業に参加しなくても一切とがめません。
 そうした経験を重ねる中で、児童の表情や言動が落ち着き、笑顔が増えていきました。さらに時間の経過とともに友達ができ、今度は友達が学んでいる授業の内容やプロジェクトに興味を持ちました。少しずつ、授業に参加するようにもなりました。今では立派な中学生となり、学習や活動に励んでいます。
 
 本校をご覧いただいて分かる通り、走り回る子もいれば、カードゲームをする子もいる。その横で机に向かって勉強したり、その子に勉強を教えたりする年上の子もいる。校内の様子をはたから見たらカオスだと思います(笑)。でも、これでいいんです。
 公立学校だと、「いすに座りなさい!」と一時的に言うことを聞かせたとしても、その縛りがなくなった瞬間に、「うあー!」って暴れ始めてしまう。本人のエネルギーを放出させ、受け止めてあげる。“やんちゃ”な時期を卒業したら、自然と次のステップへと歩み出す。そんなイメージでしょうか。

スタッフルームで語らう教員と子どもたち
スタッフルームで語らう教員と子どもたち

 
 ――SNSの普及やAI(人工知能)の発達によって、社会環境が大きく変わっています。今の時代を生きる子どもたちの特徴はありますか。
 
 多様な価値観に目覚めている子どもたちが多いように感じます。昔に比べて、格段に多くの情報にアクセスできますから。本校の生徒でも、テレビの企画に応募してプロの芸人から直接コントを教えてもらい、卒業式で発表したメンバーもいます。一昔前だったらあり得ません。
 ただ、たいていの教育現場では、そうしたことは止められますし、決められた枠内に生徒たちを収めようとします。すると、行動できる子どもたちにとっては、学校へ行くことが、苦しくなっていきますよね。それが不登校につながる要因の一つだと感じます。
 従来の日本の教育システムは、どちらかと言えば強制型。自分らしさという“天才性”を育める教育にシフトした時、現代の子どもたちの輝きぶりは目を見張るものになると確信します。
 
 ――卒業後の進路は、どういったものですか?
 
 小学6年生は、多くは本校の中学校に行きます。何人かは私立中学校を受験し、地元の公立中学校に行く児童もいます。ほとんどは、自分で決めて進学していきます。
 本校は中学までですので、これまでの3年生は、公立高校、私立高校、通信制高校へ進学した生徒。そして高校に行かなかった生徒が1人います。その子は今、本校のキッチンで給食づくりを手伝いながら料理を覚え、自分で店を開くことを夢に頑張っています。
 皆、その子たち“らしさ”があふれる進路に進んでいる。本校は、卒業生に対して「いつでもおいで」と門戸を開いていますが、卒業生の言動に接すると、周囲と自分を比較したり、優劣を付けたりという雰囲気を感じたことがありません。それは、在校生にも共通しています。「自分らしさ」を軸に多様な道をつかんでいる先輩の姿に、世の中にある「選択肢の広さ」を肌で感じられているのだと思います。
 何かを強制されない環境では、「比較」「排除」が生まれないことの方が、むしろ自然な状態であるのだと、子どもたちから教えてもらいました。

地域や家庭にできること

 ――創価学会では、小学生から高校生までのメンバーを「未来部」として、地域の学会員が、世代を超えて励ましを送っています。また、小学生の時には各地域の学会の「合唱団」に参加するメンバーも多くいます。こうしたコミュニティーが果たす役割について、どうお考えでしょうか。
 
 「感性」を育む上で、先ほど、安心感をキーワードに挙げました。本校は政治的にも宗教的にも中立なスクールですが、コミュニティーの中で交わされる笑顔であったり、会話であったり、“無性の愛”のような存在の承認というのは、子どもたちが安心して感性を育む上で、ものすごくいい追い風になると思います。
 また、「創性」の部分にも通じると思います。例えば、大人と子どもが、一緒にイベントをやる。そういう場って、なかなかないんですよね。最初は、集会のお手伝いからかもしれませんが、だんだんと役割が出てきて、その役割を担いつつ、参加できるような場となれば、素晴らしいと思います。また、その子どもたちが、青年に成長し、やがて年配者の位置になり、次世代とのつながりのサイクルが続いていくことが、コミュニティーの教育力だと思います。
 
 また合唱運動では、音楽を通して「感性」と「知性」を育むことができます。そして、発表までの準備の過程で、学年を越えた触発があり、アイデアを湧かせる機会がある。これは「創性」を磨くことにつながります。本校が掲げる3層が備わっている、素晴らしい各種の活動だと思います。

 ――各家庭では、子どもと、どのように向き合うことができるでしょうか。
 
 保護者の方とお話をしていて、しばしば感じるのは、「知性」の部分に関心が向きがちだということです。子どもを塾に行かせ、机に向かわせようとする気持ちは理解できるのですが、そのことで「感性」が萎縮してしまうと、その状態で育む「知性」はとてもいびつなものになる危険性があります。本来の自分らしさを発揮するために必要なパーツが抜け落ちるんですね。
 親が子どもにできる最高のプレゼントは、二つあると考えています。
 
 一つ目は「親自身が輝いて生きること」。もし親が毎日、大変そうにしていて、“あなたのために、こんなに頑張っているのよ”といった雰囲気を醸し出していたらどうでしょう。たぶんその子は将来、家庭を持ちたくなくなりますよね。ですので、忙しい日々の中でもちょっとカフェに行って読書をしたり、好きな風景を眺めてみたりなど、自分にとっての“ゴールデンタイム”をつくっていただきたいです。
 人生を謳歌する親の姿を見た子は、それを再現しようとします。親は子どもにとって“最高のモデル(お手本)”なのです。
 二つ目は、教育の根本であり、私たち教師では絶対にまねできないことでもありますが、「あなたの親になれて本当に良かった」と伝えることです。そしてそれを、言葉と行動で示してあげてください。私も時々、息子を抱き締めながら伝えています。「うちの家に生まれてきてくれて、本当にありがとう。おかげで幸せだよ」と。「分かってるよ」という返事しか返ってきませんが(笑)。

中学の授業風景
中学の授業風景
 
“オルタナティブ”の先の未来

 ――WING SCHOOLを開校して6年。田上さんが実践する教育の先にある社会像とは、どのようなものでしょうか。
 
 子どもからお年寄りまで、自分の夢や希望をあちこちで語っている。自分の心に真っすぐに生きている。そんな社会です。
 今はまだまだ、テストの点数や金銭など、子どもでも大人でも“目に見える”数値に価値が置かれすぎていると感じます。それらにしがみつくあまり、知識偏重型の窮屈な社会になっている。
 金銭ではなく、点数ではなく、肩書でもなく、年齢でもなく、人としてフラットに、皆がつながり交わる社会を目指したい。私はこういうスクールの校長という立場、ある人は政治家という立場、ある人は主婦という立場、でも人としては平等で、子どものための社会を築くという志を共有したいのです。
 
 ――一人一人が、自らの価値観を広げ、行動していくことが重要だと感じました。
 
 その通りだと思います。WING SCHOOLでは、子どもをむげに否定することは絶対しません。なぜかと言えば、根底に“教師も児童・生徒も、役割が違うだけ”という思想があるからです。教師は教える役割、児童・生徒はそこで学んで、大人になることに向けての力をつける役割。しかしそれ以前に、人としては対等なのです。ということは、怒るという行為も、それが教育上不可避なものならば別ですが、感情のまま怒ることはけんかと一緒です。
 本校では、子どもたちへの対応研修を、教員同士で行っています。児童・生徒へのアプローチによって、子どもがどうなったのか。複数のスタッフが気づきを交換し合うことで、スタッフも価値観を豊かにして行動に移していける。
 こうした実践から育まれる子どもが、未来を担っていくのですから、一歩一歩、社会は豊かになっていくと思います。

 そして、こうした変化の中で、公教育も、影響を受けていくと思います。私自身が、当校を開校する前は、29年間、公立中学校で教師をしてきました。同僚の教師たちも、日々奮闘しながら、子どもの幸福を願っていました。
 オルタナティブスクールは“もう一つの学校”という意味ですが、その概念が世の中に広まることで、当たり前のように認知され、そう呼ばれる必要もないくらい、選択の自由が確保されるようになってほしい。その過程で、公教育もその良さを生かしながら変化していくと考えています。
 子どもに関わる全ての人の努力の先に、子どもたちがもつ“天才性”を育み、発揮できる社会が実現できる。そう信じています。
 

【プロフィル】

 たのうえ・よしひろ 1967年生まれ、熊本県在住。熊本大学大学院修了後、29年間、公立中学校で教師を務め、2018年に一般社団法人「WING SCHOOL」を設立。現在は、同校の代表理事・校長とともに「情報経営イノベーション専門職大学」客員教授も務める。オルタナティブ教育の実践から、変革のうねりを起こそうと活動している。
 

電子版連載「WITH」が待望の書籍化

 『「生きづらさ」を抱えたあなたへ』(潮出版社)が好評発売中。メンタルヘルス、ひきこもり、発達障がい、性的マイノリティーをテーマに再構成し、当事者の体験、専門家へのインタビューを収録しています。
 

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