〈光の海よ――水俣病70年 信仰体験〉第1回 詩人 内なる格闘 坂本直充さん(71)
〈光の海よ――水俣病70年 信仰体験〉第1回 詩人 内なる格闘 坂本直充さん(71)
2026年5月2日
- 歓喜の湧き出る泉はあった
- 歓喜の湧き出る泉はあった
坂本直充さん。水俣病資料館の元館長。「伝え手」を担う
坂本直充さん。水俣病資料館の元館長。「伝え手」を担う
【熊本県水俣市】歯の抜けた口を隠さず、声を立てて笑った。
「どんな質問でも答えるつもりでいますから。口八丁手八丁じゃないけどね」
詩人・坂本直充さん=副本部長。その屈託のない明るさからは、歩んだ歳月の重さは想像しにくい。
生まれた1954年(昭和29年)には、水俣病の被害は広がり始めていた。四肢の自由を奪われ、歩くことすらかなわなかった幼年期。命の選択を本気で考えた青春期。絶望の果てに刻まれた確信を、詩集『光り海』に叫ぶ。
〈水俣を感じることは/未来を感じることなのだ〉
〈哀れみだけを持つな/悲しみだけを持つな〉
化学企業・チッソの水俣工場が海に流したメチル水銀。詩人の問いは、加害の歴史にとどまらず、この事件を引き起こした社会へと垂線を下ろす。
一人の人間の内なる格闘が、宿命と呼ばれたものを揺さぶっていく。真の美しさとは。連載「光の海よ」。「公害の原点」といわれる水俣病の公式確認から今月1日で70年を刻んだ。(天)
【熊本県水俣市】歯の抜けた口を隠さず、声を立てて笑った。
「どんな質問でも答えるつもりでいますから。口八丁手八丁じゃないけどね」
詩人・坂本直充さん=副本部長。その屈託のない明るさからは、歩んだ歳月の重さは想像しにくい。
生まれた1954年(昭和29年)には、水俣病の被害は広がり始めていた。四肢の自由を奪われ、歩くことすらかなわなかった幼年期。命の選択を本気で考えた青春期。絶望の果てに刻まれた確信を、詩集『光り海』に叫ぶ。
〈水俣を感じることは/未来を感じることなのだ〉
〈哀れみだけを持つな/悲しみだけを持つな〉
化学企業・チッソの水俣工場が海に流したメチル水銀。詩人の問いは、加害の歴史にとどまらず、この事件を引き起こした社会へと垂線を下ろす。
一人の人間の内なる格闘が、宿命と呼ばれたものを揺さぶっていく。真の美しさとは。連載「光の海よ」。「公害の原点」といわれる水俣病の公式確認から今月1日で70年を刻んだ。(天)
水俣病資料館のある小さい岬に立つと、眼前に美しい不知火海が広がる。空はこんなにも高いのか
水俣病資料館のある小さい岬に立つと、眼前に美しい不知火海が広がる。空はこんなにも高いのか
捨てられたへその緒
捨てられたへその緒
「私に限らず、それぞれの方が壮絶に生きてきたわけですから。だからこそ、生きることを深く考える。『あなたはどう生きるんですか』と問われた時に、『私はこう生きます』と言えるものがあるかどうか。それがないと、生きていけない。中途半端なものは吹き飛ばされる。根っこが要るんです」
幼い頃から手足が思うように動かなかった。一人で食事ができない。スプーンで食べてもこぼし、茶わんも落とした。しかし坂本さんは水俣病の診察を受けていない。
「父がチッソに勤めてたんです。水俣病と切り離して育てたかったんだと思う。母はへその緒を捨てさせられた。あれですぐ分かるから」
「私に限らず、それぞれの方が壮絶に生きてきたわけですから。だからこそ、生きることを深く考える。『あなたはどう生きるんですか』と問われた時に、『私はこう生きます』と言えるものがあるかどうか。それがないと、生きていけない。中途半端なものは吹き飛ばされる。根っこが要るんです」
幼い頃から手足が思うように動かなかった。一人で食事ができない。スプーンで食べてもこぼし、茶わんも落とした。しかし坂本さんは水俣病の診察を受けていない。
「父がチッソに勤めてたんです。水俣病と切り離して育てたかったんだと思う。母はへその緒を捨てさせられた。あれですぐ分かるから」
「例えば、動きにくいとか、歩きにくいとか、あるかもしれない。だけどそれは自分の中で、受け入れていく。受け入れるための題目です」
「例えば、動きにくいとか、歩きにくいとか、あるかもしれない。だけどそれは自分の中で、受け入れていく。受け入れるための題目です」
小学校に入った頃、つかまり立ちができた。立っては転び、歩いては転ぶ。1メートル、2メートルと歩く距離が伸びた。学校までの800メートル。ズボンの膝は破れ、血がにじんだ。母は端切れを当ててくれ、教室の後ろに一日中座って、食事やトイレの時には介助した。
「体のことで、親を恨んだ記憶はない。私の兄にあたる赤ちゃんを、生まれてすぐ亡くしたんですよ。だから私の体を少しでも治したいという母の必死さが毎日伝わってきた」
小学校に入った頃、つかまり立ちができた。立っては転び、歩いては転ぶ。1メートル、2メートルと歩く距離が伸びた。学校までの800メートル。ズボンの膝は破れ、血がにじんだ。母は端切れを当ててくれ、教室の後ろに一日中座って、食事やトイレの時には介助した。
「体のことで、親を恨んだ記憶はない。私の兄にあたる赤ちゃんを、生まれてすぐ亡くしたんですよ。だから私の体を少しでも治したいという母の必死さが毎日伝わってきた」
砂のように崩れゆく言葉
砂のように崩れゆく言葉
小学5年の時の光景が強烈に残る。同級生に胎児性水俣病患者がいた。
「まりちゃんっていう女の子がね、いじめられてた。学校の行き帰りに、はやし立てられて、本当につらそうで。あの悲しいまなざしが焼き付いています。でも目を背けてしまった。僕はあの子の病気とは違うんだって」
内なる差別そして偏見。身体的ハンディが劣等感を抱かせる。人間とは? 自由とは? 大学で本を読みあさった。水俣病がなぜ起きたのか、考え始めた。それが詩人としての出発点。
「たくさん詩を作ったけど、どれも存在感がない。吹けば飛ぶような軽いものばかり。いくら水俣病の叙事詩を書こうとしても、言葉が砂のように崩れていく」
小学5年の時の光景が強烈に残る。同級生に胎児性水俣病患者がいた。
「まりちゃんっていう女の子がね、いじめられてた。学校の行き帰りに、はやし立てられて、本当につらそうで。あの悲しいまなざしが焼き付いています。でも目を背けてしまった。僕はあの子の病気とは違うんだって」
内なる差別そして偏見。身体的ハンディが劣等感を抱かせる。人間とは? 自由とは? 大学で本を読みあさった。水俣病がなぜ起きたのか、考え始めた。それが詩人としての出発点。
「たくさん詩を作ったけど、どれも存在感がない。吹けば飛ぶような軽いものばかり。いくら水俣病の叙事詩を書こうとしても、言葉が砂のように崩れていく」
水俣文化会館で同志と語らいのひととき
水俣文化会館で同志と語らいのひととき
転機は創価学会との出あい。かつてタバコ店の女性から仏法の話を一緒に聞き、先に信心を始めた旧友と10年ぶりに再会した。「内面からにじみ出る、努力では変われない何か」を感じた。83年、坂本さんは28歳で信心を骨格に据える。すぐに何かが開けたわけではない。市役所に勤めていたが、冷や汗の連続だった。
「うまく話せなかったんですよ。電話を取っても、なかなか言葉が出なかった。聞き返されると、逆に詰まるわけですから。汗だくでしたよ。だからこそ、そこに『祈り』があると思う。『無疑曰信』。でもついつい題目に、疑いを挟んでしまう自分がいる。そことの格闘になっていく」
転機は創価学会との出あい。かつてタバコ店の女性から仏法の話を一緒に聞き、先に信心を始めた旧友と10年ぶりに再会した。「内面からにじみ出る、努力では変われない何か」を感じた。83年、坂本さんは28歳で信心を骨格に据える。すぐに何かが開けたわけではない。市役所に勤めていたが、冷や汗の連続だった。
「うまく話せなかったんですよ。電話を取っても、なかなか言葉が出なかった。聞き返されると、逆に詰まるわけですから。汗だくでしたよ。だからこそ、そこに『祈り』があると思う。『無疑曰信』。でもついつい題目に、疑いを挟んでしまう自分がいる。そことの格闘になっていく」
題目を唱える瞳は透徹していた。迷いを突き抜け、誓願の光を宿す
題目を唱える瞳は透徹していた。迷いを突き抜け、誓願の光を宿す
分断を越えよ
分断を越えよ
信じ切れるか、疑うか。その分かれ目は何か。
「歓喜するかしないかの差なんです。仏法から見れば、全ては宿命として転換できる。そのためには仏法を実践するしかない。一人一人が自分の人生をどう開いていくのか。どう仏界を自分で獲得していくか。折伏(信心を語ること)は、そのための実践だ」
水俣には、対立と分断の歴史が横たわる。チッソの側に立つ者、患者の側に立つ者。
「お互いに反目してたけど、池田先生はそれを超えていきなさいと。御書にも、地域を常寂光の都にしていきなさいとありますよね。チッソの従業員っていうのを取っ払って、『一人の人間』というところまでたどり着けるか。そこまで行くのは難しい。『あんちくしょう』って思うんですよ、私もとんがってましたから」
信じ切れるか、疑うか。その分かれ目は何か。
「歓喜するかしないかの差なんです。仏法から見れば、全ては宿命として転換できる。そのためには仏法を実践するしかない。一人一人が自分の人生をどう開いていくのか。どう仏界を自分で獲得していくか。折伏(信心を語ること)は、そのための実践だ」
水俣には、対立と分断の歴史が横たわる。チッソの側に立つ者、患者の側に立つ者。
「お互いに反目してたけど、池田先生はそれを超えていきなさいと。御書にも、地域を常寂光の都にしていきなさいとありますよね。チッソの従業員っていうのを取っ払って、『一人の人間』というところまでたどり着けるか。そこまで行くのは難しい。『あんちくしょう』って思うんですよ、私もとんがってましたから」
坂本さんは「あそこに慰霊碑があるから、まずは行ってみて」と記者に言った
坂本さんは「あそこに慰霊碑があるから、まずは行ってみて」と記者に言った
それでも街にはチッソの従業員と水俣病患者が、肩を並べて折伏に歩く姿が見られた。
「自分の殻を破らないといけない。『妙法蓮華経を修行するに、難来るをもって安楽と意得べきなり』(新1045・全750)の通り、折伏すれば難が起こるのは分かってる。私も兄から『縁を切るぞ』と言われましたから。“もうダメだ”と苦しくなる。その時こそ『池田先生!』の叫びが出る。水俣を宿命転換しますという命の叫び。それで折伏ができた時には、宿命にとらわれない自由な自分が出てくるわけですから、日常の大変なことも枝葉末節に感じますよ」
それでも街にはチッソの従業員と水俣病患者が、肩を並べて折伏に歩く姿が見られた。
「自分の殻を破らないといけない。『妙法蓮華経を修行するに、難来るをもって安楽と意得べきなり』(新1045・全750)の通り、折伏すれば難が起こるのは分かってる。私も兄から『縁を切るぞ』と言われましたから。“もうダメだ”と苦しくなる。その時こそ『池田先生!』の叫びが出る。水俣を宿命転換しますという命の叫び。それで折伏ができた時には、宿命にとらわれない自由な自分が出てくるわけですから、日常の大変なことも枝葉末節に感じますよ」
「この水俣病事件を捉えることは一面的であってはいけない。水俣のいろんな方と会って、いろんなお話ができるようになりたい。それが池田先生にお応えする道」。坂本さんは現在、創価大学の通信教育学部に籍を置く
「この水俣病事件を捉えることは一面的であってはいけない。水俣のいろんな方と会って、いろんなお話ができるようになりたい。それが池田先生にお応えする道」。坂本さんは現在、創価大学の通信教育学部に籍を置く
苦海の底で鍛えた光
苦海の底で鍛えた光
60代を過ぎて、動きの衰えを感じ始めた。よじれる体。何かにつかまらないと立ち上がれない。それでも坂本さんは多くの患者と出会い、苦海の底で鍛えられてきた一人一人の輝きを、真摯に見つめていく。
「水俣を変えるためです。詩の言葉が崩れなくなったのは、その頃からですね。使命を知ったというか、自分が大いなる命の岸辺に立っていることを知った」
〈永遠の少女〉と題し、重度の胎児性患者を育てながら生き抜く母の深い愛情をつづった。
〈今度生まれたら/今度はお母さんがお前になろう/そしてお前がお母さんになるんだよ〉
言葉はようやく根を張った。
60代を過ぎて、動きの衰えを感じ始めた。よじれる体。何かにつかまらないと立ち上がれない。それでも坂本さんは多くの患者と出会い、苦海の底で鍛えられてきた一人一人の輝きを、真摯に見つめていく。
「水俣を変えるためです。詩の言葉が崩れなくなったのは、その頃からですね。使命を知ったというか、自分が大いなる命の岸辺に立っていることを知った」
〈永遠の少女〉と題し、重度の胎児性患者を育てながら生き抜く母の深い愛情をつづった。
〈今度生まれたら/今度はお母さんがお前になろう/そしてお前がお母さんになるんだよ〉
言葉はようやく根を張った。
水俣病資料館には「永遠の記憶」と題して水俣病犠牲者と昔の風景の写真を一面に展示したコーナーがある。坂本さんは車いすから静かに眺めた
水俣病資料館には「永遠の記憶」と題して水俣病犠牲者と昔の風景の写真を一面に展示したコーナーがある。坂本さんは車いすから静かに眺めた
「これだけの大きな事件だし、自分もまだまだ途上にいる。こんちくしょうと思ったことは何回もあります。だけど忘れていくんですね。歩き続けたけん、遠くになっていく感じ。池田先生に託された使命を果たすんだという思い一つで、水俣のメンバーは生きてきたわけですから。全てが感謝に変わっていく。喜びに変わっていく」
池田先生は『私の釈尊観』の中で語っている。釈尊とは「社会、体制の、もっと奥底で悩んでいる人間そのものを、温かく、かつシビアに観察し、その根底からの解放をめざした精神界の王者であった」と。そのまなざしは、坂本さんに重なる。
「これだけの大きな事件だし、自分もまだまだ途上にいる。こんちくしょうと思ったことは何回もあります。だけど忘れていくんですね。歩き続けたけん、遠くになっていく感じ。池田先生に託された使命を果たすんだという思い一つで、水俣のメンバーは生きてきたわけですから。全てが感謝に変わっていく。喜びに変わっていく」
池田先生は『私の釈尊観』の中で語っている。釈尊とは「社会、体制の、もっと奥底で悩んでいる人間そのものを、温かく、かつシビアに観察し、その根底からの解放をめざした精神界の王者であった」と。そのまなざしは、坂本さんに重なる。
紙面の題字「光の海よ」。坂本さんが筆で書いた
紙面の題字「光の海よ」。坂本さんが筆で書いた
水俣の奥深くに
水俣の奥深くに
詩人は紡いだ。〈生き抜くところ/希望は生まれる〉と。川上万里子さん(71)=女性部員=の姿が、そのことを教えている。あのいじめられていた同級生だ。
「昔はね、まりちゃんは会館に来てもね、うつむいてたの。でもいつからか、手を振ってくれるようになったのね。おーい、そんな感じで明るく。これが妙法だと思うんですよ。僕は本当にうれしかったんだ」
詩集に刻まれた2行の文字が、静かに響く。
〈水俣の奥深く/歓喜の湧き出る泉はあった〉
詩人は紡いだ。〈生き抜くところ/希望は生まれる〉と。川上万里子さん(71)=女性部員=の姿が、そのことを教えている。あのいじめられていた同級生だ。
「昔はね、まりちゃんは会館に来てもね、うつむいてたの。でもいつからか、手を振ってくれるようになったのね。おーい、そんな感じで明るく。これが妙法だと思うんですよ。僕は本当にうれしかったんだ」
詩集に刻まれた2行の文字が、静かに響く。
〈水俣の奥深く/歓喜の湧き出る泉はあった〉
水俣の夕日が燃える。一幅の名画のよう。坂本さんの詩にある。<愛おしさと懐かしさを呼ぶ海であった/母の慈しみが溶けた海であった>
水俣の夕日が燃える。一幅の名画のよう。坂本さんの詩にある。<愛おしさと懐かしさを呼ぶ海であった/母の慈しみが溶けた海であった>