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【電子版先行】〈ルポ〉 度重なる災害に立ち向かう熊本を訪ねて 2026年8月30日

 災害を経験した人々の体験や教訓を通して、命を守るための防災の“第一歩”とは何かを考える本企画「BOSAIアクション――私にできる一歩」。先月末、「令和2年7月豪雨」の被災地である熊本・人吉市で取材をしていた最中に、「令和8年熊本地震」が起きました。10年前の「平成28年熊本地震」をはじめ、度重なる自然災害に襲われた熊本。6年前に豪雨災害を経験した人吉市の人々が自らの体験をどのように今に生かし、被災地に思いを寄せているのか。地震発生時の状況も含めて紹介します。(記事=水呉裕一)

令和2年7月豪雨の折、記録的な大雨の影響で球磨川が氾濫し、甚大な浸水被害が発生した熊本・人吉市街地(2020年7月、写真=毎日新聞社/アフロ)
令和2年7月豪雨の折、記録的な大雨の影響で球磨川が氾濫し、甚大な浸水被害が発生した熊本・人吉市街地(2020年7月、写真=毎日新聞社/アフロ)

 7月28日午後4時27分ごろ。熊本県南部の人吉市の中心地にある「寿司酒場いなだ」で、店主の稲田勉さん(地区部長)を取材していた時だった。
 激しい横揺れを感じ、一瞬遅れて、スマートフォンから緊急地震速報のアラートが鳴り響いた。
 厨房から食器が割れる音が聞こえる中、記者は稲田さんと2人、目の前のテーブルにつかまって揺れが収まるのを待つことしかできなかった。
  
 「10年前と同じくらい揺れたかな。震源はどこでしょう?」
 揺れが収まってから、稲田さんがそうつぶやきながら携帯電話で情報を探る。震源地は熊本県熊本地方で最大震度は7。人吉市は震度5弱だったことが分かった。
  
 外に出てみると、近隣の人々が不安そうにしている姿が。稲田さんが「大丈夫でしたか」と声をかけていく。周囲を見回すと、建物の屋根の一部が崩れ、破片の落下によって車のフロントガラスが割れていた。
  
 そんな中、稲田さんは次々と着信音が鳴る携帯電話を取った。
 「私は無事です。〇〇さんは?」「10年前の熊本地震の経験から、食器が落ちんように工夫しとったけんですね。皿が数枚割れたくらいですみました」「心配してくれてありがとうございます。安心してください、□□さんのボトルキープの焼酎は大丈夫ですけん」――冗談を交えながら、常連客や学会の同志と安否を確認し合う。
  
 電話を切るや、「6年前の水害の時も、同じようにたくさんの方が心配して連絡をくれたんです」と教えてくれた。

稲田勉さん
稲田勉さん
今度は俺が支える番

 2020年に発生した「令和2年7月豪雨」――。停滞した梅雨前線の影響により、西日本から東北地方の広い範囲にかけて大雨が降り、各地で観測史上、最大の雨量を塗り替えた。全国の死者・行方不明者は85人を超え、その犠牲者の8割が熊本県だった。中でも人吉・球磨地域は“日本三大急流”の一つである球磨川が氾濫し、甚大な被害を受けた。
  
 稲田さんの店舗にも、床上1・5メートルの高さまで濁流が流れ込んだ。寿司職人として大阪で修業を積み、ようやく地元に戻り、自らの店舗を構えて7年。冷蔵庫も食器も、すべてが使い物にならなくなった。コロナ禍も重なり、店を畳まざるを得ない飲食業の仲間も少なくなかった。
  
 “俺も、廃業するしかないのか……”。そんな選択肢が頭をよぎった時、従業員や店の常連客、学会の同志が励ましに来てくれた。汗だくになって泥のかき出しを手伝ってくれた人もいた。
 「こんなにも、うちの店を大切に思ってくれる人がいるんだと気づいて……。諦めちゃダメだと思ったんです」と稲田さん。人の真心に触れ、学会の中で学んできた「心こそ大切なれ」(新1623・全1192)との御聖訓の意味を、これほど身をもって感じたことはなかったという。
  
 牛舎でアルバイトをしながら再出発の準備を重ね、新装開店にこぎ着けたのは水害から約3カ月を経た10月。大工不足が課題だった当時、“できることは自分で”との信念で、店内の壁紙や、机や椅子の製作などの作業を、アドバイスをもらいながら自分で行ったことが、早い再開につながった。
  
 「苦難から立ち上がるためには、人の真心が不可欠だと思います。だから、この店は地域の人々に寄り添う場所でありたい」と稲田さん。実際、店の常連の中には、先月の熊本地震で特に大きな被害が出た八代市で働く人や、被災した親戚がいる人など、震災の影響を受けている人が少なくない。
 “今度は自分が、目の前の一人に寄り添いたい”――その思いで今、店に立っている。

共助の“理想と現実”

 「災害発生時には、社会的に弱い立場の人にこそ、支援が必要だと思っています」
 人吉市に住む中村明公さん(地区部長)が、6年前の水害の記録をまとめた資料を手に語る。
  
 人吉市役所の職員として長年、防災計画の見直しや各地区の消防団との連携窓口などを担当してきた。2014年に定年退職してからは、社会福祉協議会でこれまでの経験を生かす。
 6年前の水害時は、“社協”のスタッフとしてボランティアセンターの窓口などを担った。コロナ禍でボランティアの応募を県内在住者に限定したため、深刻な人手不足だった。中村さん自身も泥のかき出しや浸水被害に遭った民家の復旧などに率先した。

中村明公さん㊨と妻・節子さん
中村明公さん㊨と妻・節子さん

 「そんな中で、忘れられない場面があるんです」と教えてくれたことがあった。それは被災した家屋に、引きこもるようにして生活していた老夫婦の姿。水害発生からしばらく時間がたっていた中にあって、誰からの支援もなく、耐え忍んできた日々を想像すると胸が締め付けられた。その夫婦は、近所付き合いが全くない様子だった。“近隣の人が声をかけてあげられないものだろうか”と思ったが、周辺は地域一帯が甚大な浸水被害に遭っており、誰もが自分のことで精いっぱいにならざるを得ない状況だった。
 「高齢化が進む中での『共助』の“理想と現実”を目の当たりにした思いでした」
  
 以来、中村さんは「共助」が働く地域づくりを目指し、「夏休みトンボ教室」と題して地域の子どもたちを交えて生き物の研究会を開催したり、冬にはクリスマスコンサートを開いたりと、世代を超えて交流するための取り組みを試行錯誤してきた。
 「最近、近所の90歳のおばあちゃんに自分からあいさつしている小学生の姿を何度か見かける機会があって。少しずつ住民同士のつながりが築けているように思えてうれしかった」と中村さん。一歩一歩は小さくとも、理想に向かって歩んだ分だけ地域・社会は良い方向に進む。その確信を胸に、中村さんは、先月起きた熊本地震の被災地復興の手伝いに向かう。

令和8年熊本地震の被災地で奮闘する学会の清掃ボランティア「かたし隊」(今月9日、熊本・宇城市で)。6年前の豪雨災害、10年前の熊本地震の際も各被災地で活動した
令和8年熊本地震の被災地で奮闘する学会の清掃ボランティア「かたし隊」(今月9日、熊本・宇城市で)。6年前の豪雨災害、10年前の熊本地震の際も各被災地で活動した
“春”を手繰り寄せる

 「あの時ほど、人吉・球磨をはじめとする田舎地域の医療体制の不安定さを感じた瞬間はありませんでした」
 人吉球磨薬剤師会の会長を務める村田圭介さん(支部長)が、6年前に発生した水害の状況を振り返る。発災直後は電話が通じず、人吉市内にある36の薬局を一軒一軒訪ねた結果、被災していた店舗は21軒に上った。中には天井まで浸水した店舗もあったという。
  
 「この地域の薬局は、1店舗当たり1200品目もの医薬品を置いているため、基本的に備蓄はしません。だから、災害などで物流が止まると薬が足りなくなってしまう事態が起きるんです」と村田さん。
 また被災した店舗があると、営業可能な薬局に処方箋が集中し、通常より早いペースで薬の在庫がなくなってしまう。
 現に、村田さんも水害から約2カ月間は、他地域の処方箋対応で働きづめだった。幸い、地場の医薬品卸業者の尽力によって店舗の在庫が底をつくことはなかったが、不安を覚えたことは一度や二度ではなかった。

村田圭介さん
村田圭介さん

 6年前の水害を振り返る時、村田さんには忘れられない後悔があるという。それは、よく知る学会の同志が犠牲になってしまったこと。「家の中に水が入ってきてしまった」との連絡を受けて、助けに行こうとしたが、氾濫した球磨川に阻まれて橋を渡れず、できるだけ高い所への避難を促すことしかできなかった。
  
 もっと何かできることがあったのではないかと、自身を責める村田さんに、学会の先輩は寄り添い続けてくれた。
 当時、先輩と一緒に確認したのは「冬は必ず春となる」(新1696・全1253)との御聖訓。「厳しい冬が過ぎ去るのをただ待つのではなく、春を手繰り寄せる努力と執念の大切さを教わっている気がして。失われなくていい命が、もう二度と失われないように自分にできることを全力でやろうと思ったんです」と振り返る。
  
 以来、業務の合間を縫っては避難所を回り、服薬のアドバイスなどを。ある程度、事態が落ち着いてからは、人吉球磨薬剤師会が旗振り役となり、災害時でも安定した医療供給を実現するための準備を医師会・歯科医師会と連携しながら進めてきた。
 また、同薬剤師会の中で災害支援に対応できる会員の育成にも尽力し、この6年の間で4倍となる、約50人の災害支援薬剤師が誕生。先月の熊本地震の被災地にも人材を派遣し、地域医療の後方支援を担っている。

激甚化する自然災害

 先月の熊本地震から1カ月。この間、千葉や北陸では豪雨による浸水被害が発生し、台風15号は統計史上初となる茨城県からの日本上陸という異例のルートをたどった。激甚化する風水害も含めて、災害は“いつ”“どこで”“どのように”起きるか分からないことを実感せずにはいられない。
  
 中村さん、村田さんの話を聞いて感じたのは、「公助」「共助」の“理想と現実”のギャップだった。災害という極限状態の中で、高齢者や障がいのある人々が行政や地域が敷いたセーフティーネットから漏れ出る現実にあって、稲田さんのような“自分にできることは自分で”との挑戦が求められている。そうした一人一人の行動が、限られた「公助」「共助」のリソースを最大限に生かすことにつながるのではないか。
  
 被災地で懸命な復旧作業が行われている今、一日も早い復興を祈るとともに、私にできる復興への手助けは何か、自分がやるべき防災の強化とは何かを考え、行動に移すことが、誰かの命を救う一歩になると感じた取材だった。
   
   

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