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心が動く方へ、遠回りしてみる――映画評論家、映画監督 樋口尚文さん 2026年5月31日

  • 電子版連載「著者に聞いてみよう」

 動画を倍速で見て、最短ルートで答えを探す――。そんな“タイパ”(タイムパフォーマンス)重視の空気が広がる今、「鈍重に歩む経験こそ、人を豊かにする」と語るのが、映画評論家で監督の樋口尚文さんです。昭和の名作映画を長年研究し、新著『砂の器 映画の魔性』(筑摩書房)では、映画「砂の器」の魅力を掘り下げました。今回は同著をきっかけに、「効率」だけでは得られない感情や体験の大切さについて、本社所属のスチューデントリポーター「サントス」(ペンネーム)が聞きました。

■小学生で“上京”を決めた理由

 ――学生時代の映画への関わり方や学びは、今のキャリアに、どうつながっているのでしょうか。

 そもそも、映画にのめり込む原点は、子ども時代にありました。佐賀県の唐津市生まれで、両親の影響で幼少期から映画に親しんでいました。

 当時は、映画のフィルムを物理的に運んでいた時代。現在のような、デジタルデータによる全国同時公開などはありません。ですから地方では、話題作も公開から数カ月待たなければ見られませんでした。小学生の頃、ホラー映画の「エクソシスト」をどうしても早く見たくてね。親を必死に説得し、東京まで足を運んだことがあります。

 その時、東京タワーの展望台から近くの中学校を見つけ、「ここを受験しよう」と決意しました。受かれば、東京で毎日映画を見られると思ったからです(笑)。動機は映画への情熱だけでしたが、何とか合格して上京しました。

 大学進学後は、学問そっちのけで映画制作や評論に没頭しました。しかし当時、映画業界には新卒採用がほとんどなく、就職活動では広告代理店を受けることに。面接では、大学時代に初めて出版した映画評論本をアピールしたところ採用されました。後になって採用担当者から、「変わったやつだと思って面白かった」と聞かされました。
 その後は30年にわたってテレビコマーシャルを制作するかたわら、映画評論も継続。50歳で映画監督になりました。純粋に好きなことを長く続けていると、思いがけない縁が広がり、人生が開けていくものですね。

■昭和映画の“執念”に触れる

 ――テレビや配信が普及する前、多くの人が娯楽として映画館に通い、日本映画から次々と名作が生まれていた「映画黄金期」。その時代を知らない若い世代が、今あえて昭和の日本映画を見る面白さは、どこにあるのでしょうか。

 最も感じてほしいのは、表現の「振り幅」です。現代は、コンプライアンスや安全面への配慮が重視され、作品づくりにも細かな制約があります。一方、昭和の映画には、良くも悪くも、作り手の執念や熱量がむき出しになっている作品が多いんです。

 例えば、今回取り上げた映画「砂の器」では、主役の少年が長期間にわたる撮影に参加し、全国を巡りながら作品がつくられました。現在の制作現場では難しい方法ですが、時間をかけて撮影したからこそ生まれた風景や表情がある。だからこそ、半世紀以上たった今でも、上映イベントに多くの人が集まるほどの力を持っているのだと思います。

 もちろん、昔のやり方をそのまま肯定すればいいわけではありません。ただ、効率やリスク管理が重視される今だからこそ、昭和映画の“過剰なこだわり”に触れることで、自分たちの表現や、思考の枠を広げるきっかけになるのではないでしょうか。

『砂の器 映画の魔性 監督野村芳太郎と松本清張映画』
『砂の器 映画の魔性 監督野村芳太郎と松本清張映画』
■人生はあらすじではない

 ――現代はタイパが重視され、要約サイトだけを見て本を読んだ気になったり、映画を倍速で視聴したりする人も増えています。効率よく情報を得られる時代だからこそ、逆に失われやすいものもあるのでしょうか。

 一言で言えば、「人生や世界は、あらすじではない」ということです。要約や倍速視聴で得られるのは、主に“情報”です。でも、本来の映画体験は、流れる時間の中で細部に触れ、感情が揺さぶられるところにあります。

 音楽が流れる間や、人物が黙って立ち尽くしている時間。一見すると無駄にも思える、そうした場面の積み重ねによって、人間の滑稽さや悲しさ、複雑さが浮かび上がってくるんです。最初はただの悲劇だと思っていた物語が、じっくり見ていくうちに全く違って見えてくることもある。そうした感覚は、あらすじだけではなかなか味わえません。

 これは映画に限らず、人生そのものにも言えると思うんです。今は、効率よくスマートに立ち回ることが求められがちですが、人を深く変える経験というのは、むしろ遠回りや寄り道の中から生まれることが多い。

 だから私は、「鈍さ」は大事だと思っています。ここで言う鈍さとは、反応の速さや効率を優先するのではなく、すぐに答えを出さずに立ち止まることです。細かな違和感や感情に目を向け、時間をかけて味わうこと。人生を“あらすじ”だけで片付けないこと。それが、人間の経験を豊かにしてくれるのではないでしょうか。

■橋本脚本、「人間革命」の魅力

 ――「砂の器」や、映画「人間革命」「続・人間革命」の映画脚本を手がけた橋本忍さんには、どのような魅力があるのでしょうか。

 私にとって橋本さんは、社会派のテーマを扱う巨匠という以上に、「語り芸の人」です。講談や落語のように、観客を引き込む流れを作るのが抜群にうまい。
 特に、「しかし」「ところが」といった接続詞を巧みに使いながら、過去の回想シーンを、単なる説明で終わらせず、今まさに目の前で起きている出来事のような熱量で見せていく。その脚本の運び方には圧倒されます。

 映画「人間革命」で戸田城聖役を演じた、丹波哲郎さんの語りに強い迫力があるのも、丹波さん自身の演技力はもちろんですが、それを引き出す橋本さんの脚本の力が大きい。言葉が次の言葉を呼び込み、観客をぐいぐい引っ張っていくんです。

 どれほど大きなテーマを描いていても、観客を物語に引き込めなければ作品は届きません。まず、「続きが気になる」「もっと聞きたい」と思わせる。その語りのパワーこそ、橋本作品の最大の魅力だと思います。

■“はみ出す経験”を恐れない

 ――最後に、これから社会へ出ていく若い世代に向けて、メッセージをお願いします。

 昔の若者には、見たい映画をすぐに見られない不自由さや、簡単には情報が手に入らない飢餓感がありました。だからこそ、「いつか見たい」「ここへ行きたい」という憧れが起爆剤になり、そこから規格外の行動も生まれていたんです。

 一方で今は、スマートフォン一つで、ある程度の情報や答えに、すぐたどり着ける時代です。便利になった半面、人生のルートまで先回りして見えてしまい、「失敗しないこと」が優先されやすくなっている。比較に疲れ、守りに入ってしまう感覚もあるのではないでしょうか。
 だからこそ私は、あえて“はみ出す”経験が大事だと思っています。効率よく要点だけを追うのではなく、時には昭和映画のような過剰な熱量にどっぷり漬かってみる。非効率でも、すぐに役に立たなくても、心が揺さぶられる体験に飛び込んでみる。
 
 先ほどお話しした「鈍さ」というのも、そういうことです。すぐ答えを出さず、寄り道しながら、自分の感情が動く瞬間を丁寧に味わうこと。そうして見つけた熱源のようなものが、これからの時代を生きる上で、自分を支える力になっていくのだと思います。

【プロフィル】
 ひぐち・なおふみ 1962年生まれ。映画評論家、映画監督。早稲田大学政治経済学部卒。戦後日本映画史を再検証する著作多数。主な著書に『大島渚全映画秘蔵資料集成』(国書刊行会/キネマ旬報映画本大賞2021第1位)、『黒澤明の映画術』(筑摩書房)など。新著は『砂の器 映画の魔性 監督野村芳太郎と松本清張映画』。

【お知らせ】
映画「人間革命」「続・人間革命」がCS衛星劇場で放送
6月13日(土)夜は無料放送
©シナノ企画
©シナノ企画

 池田大作先生原作の映画「人間革命」「続・人間革命」がこのたび、CS衛星劇場で放送される。詳細は以下の通り。
 「人間革命」(6月13日午後8時〈無料放送〉)、「続・人間革命」(14日午後7時)の2日連続放送に加え、山本伸一役を演じた、あおい輝彦さんによる映画解説音声版の「続・人間革命 オーディオコメンタリー・バージョン」もお届け(27日午後8時)。ここでしか聞けない当時の思い出などを語る(聞き手:映画評論家・樋口尚文さん)。
 申し込み・放送情報は以下を参照ください。 
 https://www.eigeki.com/special/NingenKakumei
 
 映画予告はこちら
 https://youtu.be/1KBm8nqF5Lc

 
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