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〈信仰体験〉 84歳の美容師 生涯現役を誓う 2026年4月22日

  • その手で伝える希望のエール
「仕事してない自分なんて想像できないのよ」。美容師は「天職」と中山さん
「仕事してない自分なんて想像できないのよ」。美容師は「天職」と中山さん

 【埼玉県秩父市】レトロモダンな建物が数多く残る秩父の町並み。近年は、大正ロマンの時代に“タイムスリップ”ができる、と多くの若者が訪れる。中山ハマ子さん(84)=副白ゆり長=は、観光スポットにほど近い路地裏で、ヘアサロン「ふらんす」を開業して56年。移り変わる時代の風を、見守ってきた。

 山梨の農村で生まれ育った中山さんが秩父に来たのは、15歳の時のこと。親戚に修業先として紹介されたのが、秩父の美容院だった。「当時は、にぎやかで人にあふれていたんですよ」
 美容師を志すきっかけとなったのは、「いとこのお姉ちゃんの晴れ姿を見たから」だった。
 祝言を挙げることになった日、中山さんは花嫁衣装を着付けているいとこの家へ走り、ふすまの隙間からその様子を眺めた。
 陽光が注ぐ鏡台を前に、着付師が髪を結い上げ、深紅の打掛を羽織らせていく。
 普段は化粧っ気のなかったいとこが、みるみる華やいでいく。
 中山さんの心は躍った。幼心に「私もあれをつくるんだ」と夢を描いた。

 信心をしたのは1963年(昭和38年)。修業先で、先輩の美容師から勧められた。宗教に関心はなかったが、先輩の熱っぽく語る様子に押され、中山さんは御本尊に向かった。
 初めて題目を唱えた時、視界がぱっと開けたような温かい気持ちになった。「美容師になるってことの、その先があるような気がしたのね」

 入会した翌年、東京の日大講堂(当時)で行われた本部幹部会に参加。そこで中山さんは、学会歌の指揮を執る池田先生を、まぶたに焼き付ける。
 勇壮な、腕の一振り一振り。
 「頑張れ! 負けるな!って私には聞こえたの」
 腕一本で命を揺さぶり、鼓舞する師の姿。中山さんもそうありたいと、ハサミを握る手に心を込めた。
 やがて70年に独立し、店を構えた。当時の秩父はダム建設や林業が盛んで、日が暮れると労働者たちが街に繰り出した。

 中山さんの美容院は、出勤前のスナックのママや小料理店の女将でにぎわった。夜会巻きなど和髪のヘアセットから着付けまで、女性たちを華やかに仕立てていく。
 「いつも通りで」とお客に言われると、中山さんは決まってその日のセットにワンポイントを足した。ウエーブをいつもより強めにかけたり、編み込みをあしらってみたり。「ちょっとしたエールのつもりでね」
 次にお客が来店した時のうれしそうな表情が、そんな“おせっかい”の評判を知らせてくれた。

 私生活では独立の2年前に結婚。中山さん自身は周囲の勧めがあっても式を挙げず、一人でも多くの客を迎えることを選んだ。
 子宝に恵まれ、産毛の頃から髪を切った。少しずつ固くなるハサミの音に幸せを感じた。夫とはすれ違いから離婚。それでも3人の子を育て上げた。
 だが2002年(平成14年)、長男・竜一さんが、何かに呼ばれたかのように、突然家を飛び出すことが増えた。行方不明になり、警察に呼ばれ、連れ帰ったことも。後に統合失調症と診断された。

 先の見えない日々。「それでも髪は伸びるんですよね」。長くなった竜一さんの髪に、ハサミを入れる。鏡越しに表情をうかがうと目線が合った。
 「ありがと、お母さん」
 その声に、中山さんは変わらない優しさを感じた。
 “私が下を向いてちゃだめだ”。中山さんの胸に信心の明かりがともった。昼も夜も仕事が終われば、ひたぶるに題目を唱えた。
 その場の空気を一変させる、師の指揮を思う。

 「水のごとくと申すは、いつもたいせず信ずるなり。これは、いかなる時も、つねはたいせずとわせ給えば、水のごとく信ぜさせ給えるか」(新1871・全1544)。一進一退を繰り返しても、希望を失わなかった。
 良医に巡り合い、症状が改善した竜一さんは、中山さんと花見や買い物に出かけるように。

次男・惣士さんも朗らかに腕をふるう
次男・惣士さんも朗らかに腕をふるう

 やがて町内のコンビニを手伝うなど、外出の機会が増え、髪を切る頻度もだんだんと戻っていく。中山さんは「いってらっしゃい!」と、毎日その背中を送り出した。
 「息子に本当の信心を教えてもらった日々でした」
 10年には、神奈川で会社勤めをしていた次男・惣士さん(51)=副支部長(地区部長兼任)=がUターン。美容師の資格を取って、店を手伝ってくれたことも頼もしかった。

 その後、竜一さんはがんを患い、5年前に他界。病室では周囲の人々をずっと励まし続けていた。
 葬儀の翌日、中山さんはいつものように店に立った。

 美容師になって、まもなく70年。結婚式など、晴れの日にふさわしい装いに花嫁を仕立て、街のにぎわいに一役買ってきた。だが時代の移ろいと共に、和装の着付けやヘアセットの依頼は減っていった。
 昨年11月、「どうしてもハマちゃんにお願いしたい」と、常連客から娘の結婚式の着付けを頼まれた。重い白無垢の着付けは体力勝負。中山さんは「これが最後」と決めた。
 花嫁衣装に戸惑う新婦に、中山さんが丁寧におしろいを施す。すると少しずつ、表情が和らいでいく。

 着付けを終えると、中山さんは「とってもきれい。いってらっしゃい!」と送り出した。花嫁は自信に満ちた表情で、晴れ舞台へと向かっていった。
 かつて開発の槌音でにぎわった街には今、海外の観光客や若者が増えた。時代は変わっても、「女性はいつでもキレイでいたいもの」と中山さん。

 おしゃれ心を忘れず、パーマをかけに来る96歳のなじみ客もいれば、「初めてなんですけど」と振り袖が鮮やかな新成人も訪れる。
 ハサミ一つで、目の前の人の背中を押す。そんな宝の日々を抱き締めて、「命がある限り」店に立ち続けようと中山さんは誓う。

「今が一番幸せです」。家族と笑顔で(後列左から時計回りに次男・惣士さん、次男の妻・照子さん、孫・結衣さん、中山さん、孫・悠翔くん)
「今が一番幸せです」。家族と笑顔で(後列左から時計回りに次男・惣士さん、次男の妻・照子さん、孫・結衣さん、中山さん、孫・悠翔くん)

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