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〈現代考――価値創造の道しるべ〉 信仰と家族④ 子どもへの向き合い方 2026年4月19日

「仏の種」を蒔いて育てる

 少子高齢化に人口減少、価値観の変容、ライフスタイルの多様化。目まぐるしく変化する社会で、私たちはこれから、どのような未来を展望できるのか――。本連載では、教学の視座から現代を見つめつつ、新たな可能性を紡ぎ出すための“価値創造の道しるべ”を探っていきます。今回のテーマは「信仰と家族④ 子どもへの向き合い方」です。(教学解説部編)

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伝えることに悩む

 日本は「無宗教」の人が多いといわれます。実際、個人を対象とした意識調査では、“明確な信仰を持つ”と答えた日本人は3割程度にとどまるそうです。
 確かに、初詣や神社の祭り、七五三に教会での結婚式など、日常の折々で“宗教”とカジュアルに接する一方で、組織や教義が制度化された“信仰”への強いコミットメント(関与)は忌避する。そんな風潮を感じることはあります。昨今では、組織に帰属する信仰より、個人でのスピリチュアルな宗教体験を好む傾向も見られます。
 そうした背景もあってか、親が子どもへ信仰を伝えること自体を、ネガティブに捉えがちな声が、今の世の中は特に強いと感じます。
 宗教への不信感という、社会を覆う“空気圧”の中で、学会員として信仰に励む子育て世代の中には、そもそも「わが子に信心を伝えること」に葛藤を抱く人も少なくありません。
 国連が1989年に採択した「子どもの権利条約」。そこでは、子どもに大人と同様の人権があることを認めており、子どもの思想・宗教の自由についても定めています。
 子どもの権利を最大に尊重する。それは当然、万人に仏性という尊極の価値を見いだす日蓮仏法の哲理とも、深く共鳴するものです。
 学会員である親が、わが子へ信仰を伝えようとする根底には、「子どもの幸福」を願う心とともに、子の思いを尊重し、納得と共感をもって伝えようとする姿勢があります。それは、多くの同志が胸を張って言えることでしょう。
 事実、学会では草創以来、数世代にわたって信仰が脈々と受け継がれています。少子化という社会課題を学会も共有していながら、青年世代が喜々として信仰に励む姿は、全国の津々浦々で見られる光景です。
 とはいえ、親が子へ信仰を伝えることに対するネガティブな視線を、とりわけ強く感じてしまう現代においては、わが子へ「信仰を伝えること」そのものに悩むのもまた、親たちの切実な思いなのかもしれません。

時が満ちれば

 この信仰を次世代へ伝えようとする時、親として、どのように子どもと向き合うべきなのか。
 考えていた時、ある青年の話を聞きました。両親が学会員の家庭で育ったという、25歳の男子部員です。
 小学生の時は学会の会合に参加していましたが、中学生の頃から足が遠のいたそうです。「特に悩みもなかったし、何より“特定の宗教”を信じていることが周りに知られるのが嫌で……」
 その後、彼は人間関係の悩みから高校中退を経験。将来への不安で沈んでいた時、自ら御本尊に向かうように。唱題と猛勉強の末、高卒認定試験を経て創価大学へ。現在は会社員として奮闘しながら、男子部の活動にも励んでいます。
 なぜ題目を唱えるようになったのか。「いつも祈っている母の姿を、小さい頃から見ていたからです。僕が高校を辞めた時も、母は明るく寄り添ってくれて。そんな母のように僕も強くなれたらと、信心してみようと思ったんです」
 もう一人、36歳の女性部員の話にも、感銘を受けました。母が学会員で、父は他宗教の檀家。彼女自身は中高生時代、カトリック系の学校に通い、18歳の時、自ら創価学会に入会したといいます。
 三つの宗教の中で、彼女はなぜ、学会の信仰を選び取ったのか。「小学生時代に、友達との人間関係で悩んだことがあって。その時、一緒に題目を唱えながら、温かく励ましてくれたのが母でした。祈り続ける中で、悩みを克服することもできたんです」
 彼女は、“現実を変える力が一番あるのは学会の信仰だ”と感じて、入会を決めたと明かしてくれました。その後、彼女の姿を通して、親友も学会に入会しています。
 ――自らの意思で“信仰の道”を選び取った、青年世代の2人に共通すること。それは、信仰に励む親の人間性によって、もともと具えている仏性が触発され、自ら発心したという点です。
 2人とも、親から直接的に“信心をするべきだ”と言われたわけではないそうです。それぞれの親から聞かされてきたのは、“信心があれば、どんな困難にも負けずに生きていける”という、信仰への揺るぎない確信でした。
 まさしくここに、わが子に信仰を伝えていく上での鍵を見いだせるのではないでしょうか。
 御書に「下種とは、たねを下ろすなり。種子とは、成仏の種のことなり」(新1167・全837)とあります。
 親が、無理に信心を押しつけるわけではない。とはいえ、全く信心を伝えないということでもない。
 子どもの幸せを真剣に祈りながら、誰よりも子どもを信じ抜き、親自身がつかんだ信心の確信を、誠実に伝え続けていく。それがまさに、子どもの生命に「仏の種」を蒔くという、下種の振る舞いになっているのです。
 そうした真心の触発を地道に重ねていく中で、子ども自身の生命にある「仏の種」は自然と育ちます。やがてそれは、時が満ちれば開花するのだと思います。

どちらもあっていい

 子どもへの向き合い方は人それぞれ。十人十色、百人百様。親子の数だけ、いろんな形があって当然です。
 子どもが幼少のうちから学会へ入会する。あるいは、子どもが大きく成長してから入会する。どちらも、幸福への道に進むことは変わりません。どちらもあっていいのです。
 でもそれは、子どもが発心することを、親がただ待っていればいいということではありません。もちろん、「入会」することがゴールというわけでもありません。
 目的は、子どもの幸福。だからこそ、先ほど見たエピソードのように、子どもの生命に「仏の種」を蒔いて、それを育てるような思いで、子どもに信心の確信を伝え続けていく“真心の関わり”が何よりも不可欠です。
 問われているのは、親が真っすぐに信心を貫き、境涯革命する姿をもって、妙法の功力の偉大さを、子どもの心に伝えているかどうかでしょう。
 御書には「一句も妙法に結縁すれば、億劫にも失せず」(新1105・全793)とあります。池田先生は、この御文を拝しながら、「ひとたび蒔いた『仏種』は永久に失われない」「おおらかな心で、その種を育んでいけばよい」とつづっています。
 わが子に信心を伝える。その時すぐに発心しなくても、落胆したり焦ったりする必要はありません。たとえ今すぐに芽生えずとも、いつか必ず、実りの時を迎えることは間違いないからです。
 子どもの幸福を願う心は、必ず伝わります。「あなたの幸せを、一番に祈っているよ」。親として、そんな思いで子どもに向き合い続けていきたいものです。

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