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〈文化〉 世界に広がる日本の定食 今柊二(定食評論家)
〈文化〉 世界に広がる日本の定食 今柊二(定食評論家)
2025年8月28日
- アジア諸国に色濃く残る
- 現地に合わせて微妙に変化
- アジア諸国に色濃く残る
- 現地に合わせて微妙に変化
今柊二さん
今柊二さん
韓国で定着したたくあん
韓国で定着したたくあん
定食好きが高じて定食評論家となった私だが、最近しばしば海外に行く。ここでは、訪問したアジア諸国の中から、韓国と台湾の定食関連の事情、そして日本の定食が与えた影響を紹介したいと思う。
日本の定食は、明治の開国以降、世界へ広がった。日清戦争を経て、日本はアジアで植民地支配を進めたが、それに伴い日本の食文化と定食も伝わり、根付いていった。
1910年の韓国併合と前後し日本人の往来が盛んになり、日本料理の店が多数でき、韓国内(当時は朝鮮半島内)に日本料理が浸透した。45年にアジア太平洋戦争での日本の敗戦により、植民地支配は終了したが、日本との交流は色濃く継続したこともあり、日本料理は定着し続けた。
そして65年の国交正常化以降は日本で流行った食べ物が韓国内でも受け入れられる流れが加速した。ちなみに文化は相互交流。韓国の食べ物も日本に多く流入している。
では日本の影響を受けた定食関連の食べ物を三つ紹介しよう。
韓国の食堂では「キムチ食べ放題」が多い。食べ放題でなくても、大体キムチは副菜として付く。そしてキムチほどではないが、普及しているのが「たくあん」だ。2007年にソウルを訪問し、子どもたちとロッテワールドに行った際、洋食プレートにもたくあんが付いていた。
今年5月にソウルを訪問し、梨泰院の食堂でキムパプ(のり巻き)とおでんなどを食べたが、たくあんが付いていた。他の場所でも頻繁にたくあんが登場し、韓国での定着がよく分かった。
キムパプはカルグクス(うどん)や前述のおでんと共に食されることが多く、定食の一類型と私は考える。つまりご飯、おかず(キムパプの具)、おでんやカルグクスのおつゆが汁ということだ。キムパプは植民地時代に日本から伝播したが(別説もある)、現地で改良された。
まず、酢飯ではなく白飯で、ごま油を使用する。具も卵焼きは日本と共通だが、前述のたくあんやニンジンなどの野菜、ハム、そしてカニカマが入る。
日本発祥のカニカマはアジアに限らず、世界各地に食材として広がった。韓国のスーパーでは、のり巻き用の細長いカニカマも販売されている。また欧米では寿司の貴重な具材として活躍している。
日本でインスタント麺は自宅用のイメージだが、アジアでは外食産業でも活躍。日本でも人気のブデ(部隊)チゲという鍋料理がある。名前のごとく軍隊や軍隊近くで食べられた鍋で、キムチ、野菜、ランチョンミート(この食材は戦後アメリカ軍が駐留した国々に普及させ、日本では沖縄で定着)、そしてインスタント麺も入れる。
近年は日本でも辛ラーメンをはじめ韓国ラーメンは人気だが、インスタント麺を自分で調理して食べる店がソウルでは流行っていた。具材は大体用意され、入れ放題。大体ご飯も追加でき、定食的に食べることができる。
定食好きが高じて定食評論家となった私だが、最近しばしば海外に行く。ここでは、訪問したアジア諸国の中から、韓国と台湾の定食関連の事情、そして日本の定食が与えた影響を紹介したいと思う。
日本の定食は、明治の開国以降、世界へ広がった。日清戦争を経て、日本はアジアで植民地支配を進めたが、それに伴い日本の食文化と定食も伝わり、根付いていった。
1910年の韓国併合と前後し日本人の往来が盛んになり、日本料理の店が多数でき、韓国内(当時は朝鮮半島内)に日本料理が浸透した。45年にアジア太平洋戦争での日本の敗戦により、植民地支配は終了したが、日本との交流は色濃く継続したこともあり、日本料理は定着し続けた。
そして65年の国交正常化以降は日本で流行った食べ物が韓国内でも受け入れられる流れが加速した。ちなみに文化は相互交流。韓国の食べ物も日本に多く流入している。
では日本の影響を受けた定食関連の食べ物を三つ紹介しよう。
韓国の食堂では「キムチ食べ放題」が多い。食べ放題でなくても、大体キムチは副菜として付く。そしてキムチほどではないが、普及しているのが「たくあん」だ。2007年にソウルを訪問し、子どもたちとロッテワールドに行った際、洋食プレートにもたくあんが付いていた。
今年5月にソウルを訪問し、梨泰院の食堂でキムパプ(のり巻き)とおでんなどを食べたが、たくあんが付いていた。他の場所でも頻繁にたくあんが登場し、韓国での定着がよく分かった。
キムパプはカルグクス(うどん)や前述のおでんと共に食されることが多く、定食の一類型と私は考える。つまりご飯、おかず(キムパプの具)、おでんやカルグクスのおつゆが汁ということだ。キムパプは植民地時代に日本から伝播したが(別説もある)、現地で改良された。
まず、酢飯ではなく白飯で、ごま油を使用する。具も卵焼きは日本と共通だが、前述のたくあんやニンジンなどの野菜、ハム、そしてカニカマが入る。
日本発祥のカニカマはアジアに限らず、世界各地に食材として広がった。韓国のスーパーでは、のり巻き用の細長いカニカマも販売されている。また欧米では寿司の貴重な具材として活躍している。
日本でインスタント麺は自宅用のイメージだが、アジアでは外食産業でも活躍。日本でも人気のブデ(部隊)チゲという鍋料理がある。名前のごとく軍隊や軍隊近くで食べられた鍋で、キムチ、野菜、ランチョンミート(この食材は戦後アメリカ軍が駐留した国々に普及させ、日本では沖縄で定着)、そしてインスタント麺も入れる。
近年は日本でも辛ラーメンをはじめ韓国ラーメンは人気だが、インスタント麺を自分で調理して食べる店がソウルでは流行っていた。具材は大体用意され、入れ放題。大体ご飯も追加でき、定食的に食べることができる。
梨泰院の食堂で食べたキムパプ(のり巻き)とおでん
梨泰院の食堂で食べたキムパプ(のり巻き)とおでん
忠武路のインスタントラーメン店。トッピングは無料
忠武路のインスタントラーメン店。トッピングは無料
台湾で目立つ弁当文化
台湾で目立つ弁当文化
台湾の台北には、昨秋と今春の2度訪問した。いつも色濃い日本の食文化の影響を感じる。韓国より長い間の日本統治があり(1895~1945年)、韓国同様、戦前、戦後にわたり濃厚に日本の影響を受け続けているためだ。その一つが駅弁文化。駅弁は定食の一形態と私は考える。弁当に汁はないが、代わりにお茶や水で食べるからだ(やや苦しいかも)。
昨秋訪台した際は、台北に出店する日本の某有名駅弁店を取材した。台湾の駅弁は、日本の駅弁文化を継承しているが、いくつか異なる点もある。
まず挙げられるのは「温かさ」。台北駅で見ていると、乗客は新幹線などに乗り込む直前に弁当を買う。弁当は作り立てで温かい。実は台湾では冷たいご飯は敬遠される傾向が強く、駅弁も温かいことが求められる。
そしてもう一つが量。日本の駅弁より小さめ。台湾の駅弁は、日本の駅弁より軽食としての意味合いが強いのだ(小さいので安価の傾向)。
韓国、台湾ともに日本の定食や食の影響を受けてはいるが、現地で変化しているところに面白みがある。
台湾の台北には、昨秋と今春の2度訪問した。いつも色濃い日本の食文化の影響を感じる。韓国より長い間の日本統治があり(1895~1945年)、韓国同様、戦前、戦後にわたり濃厚に日本の影響を受け続けているためだ。その一つが駅弁文化。駅弁は定食の一形態と私は考える。弁当に汁はないが、代わりにお茶や水で食べるからだ(やや苦しいかも)。
昨秋訪台した際は、台北に出店する日本の某有名駅弁店を取材した。台湾の駅弁は、日本の駅弁文化を継承しているが、いくつか異なる点もある。
まず挙げられるのは「温かさ」。台北駅で見ていると、乗客は新幹線などに乗り込む直前に弁当を買う。弁当は作り立てで温かい。実は台湾では冷たいご飯は敬遠される傾向が強く、駅弁も温かいことが求められる。
そしてもう一つが量。日本の駅弁より小さめ。台湾の駅弁は、日本の駅弁より軽食としての意味合いが強いのだ(小さいので安価の傾向)。
韓国、台湾ともに日本の定食や食の影響を受けてはいるが、現地で変化しているところに面白みがある。
台湾の駅弁。新幹線の中で温かいまま食べた
台湾の駅弁。新幹線の中で温かいまま食べた
こん・とうじ 1967年、愛媛県生まれ。定食評論家。著書に『定食バンザイ!』『かながわ定食紀行』『定食と文学』『ファミリーレストラン』『昭和平成令和定食紀行』など。最近は雑誌などへの寄稿も多い。
こん・とうじ 1967年、愛媛県生まれ。定食評論家。著書に『定食バンザイ!』『かながわ定食紀行』『定食と文学』『ファミリーレストラン』『昭和平成令和定食紀行』など。最近は雑誌などへの寄稿も多い。