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連載〈音楽の散歩道〉 林田直樹 2026年6月3日

◆北陸3県のためのオーケストラ

 1988年に指揮者の岩城宏之(1932~2006年)が中心となり、石川県と金沢市が設立したオーケストラ・アンサンブル金沢(略称OEK)の第500回定期公演(指揮はアーティスティック・リーダーの広上淳一)を聴きに行った。
 
 JR金沢駅兼六園口のすぐ前にある、本拠地の石川県立音楽堂(芸術監督は野村萬斎で、日本の伝統芸能全般にも力を入れている)は2001年の開館だから、今年でちょうど25年になる。まさに節目のコンサートであった。
 
 1曲目は、池辺晋一郎作曲の交響詩「豊穣の道―薩摩琵琶、篳篥とオーケストラのための」(いしかわ百万石文化祭2023委嘱作品)。二つの和楽器(薩摩琵琶:久保田晶子、篳篥:中村仁美)に和太鼓も加わって、日本伝統芸能とオーケストラが協調し、高めあっていく、地元の文化を大切にするOEKらしいメッセージが伝わる力強い作品である。
 
 休憩後のメインはベートーヴェンの「第九」。日本全国で年末恒例の行事のように親しまれている、規模の大きな交響曲だが、少数精鋭の室内管弦楽団として組織されているOEKは年末には演奏しないという。それだけに今回のコンサートは特別な拡大版である(配布されたプログラムには、この日、エキストラで加わった奏者の名前も全員、記載されていた)。
 
 広上淳一の指揮は引き締まった意志的な音楽づくりで、過度に重々しくせず、曲の構成を明快に伝える。特に第4楽章の合唱の後半のクライマックスで、星空の彼方から喜びの声が光のように幾重にも降り注いでくる箇所があるが、その構造を丹念に解きほぐしていく解釈には、目からうろこが落ちるような新鮮な思いがした。4人の独唱者(ソプラノ経塚果林、メゾソプラノ石田滉、テノール工藤和真、バリトン池内響)も見事で、特にOEK合唱団(オーディションによって選出)は、広上が歌い続けながら指揮することで、一層、求心力ある演奏となっていた。
 
 盛んな拍手を受けて広上がマイクを持って挨拶したが、「石川、富山、福井という北陸三県のためにあるオーケストラ」「今の時代に、こうしたアナログの集団は最後の砦」という発言は印象に残った。アンコールで曲名を告げずにしみじみと演奏されたのが坂本龍一の「Aqua」だったことは、クラシック音楽とそうでない音楽との間に垣根などないことを意識させられた。
 
 この仕事を長年続けていると、音楽はいったい何のためにあるのかを改めて自問したくなることがしばしばだが、OEKのコンサートで思ったのは、その土地に暮らす人々の精神的なインフラを提供することの重要性である。真の音楽とはアナログで手作りの継続的営みの側にあることを、身をもって示していくのがオーケストラなのだ。
 
 終演後はロビーで、広上自らがエプロンを着けて「Junichi Cafe(淳一カフェ)」と称してコーヒーやジュースを無料で配っていたが、こうした小さな試みにも聴衆一人一人と心を通わせようとする姿勢が感じられ、温かい気持ちになった。
 (音楽評論家)

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