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〈信仰体験〉 川風に思いを乗せて ダメ男、船頭になる 2025年8月27日

一期一会に心をかたむけ
420年続く京都観光の華「保津川下り」
千変万化する流れに応じて、自在に舵を切る時長さん

 【京都府亀岡市】天に唾を吐くようなやさぐれた青春を過ごした男は今、保津川下りの船頭として、まぶしい夏を迎えている。時長学さん(53)=地区部長=は日焼けした肌に白い歯を見せて、はにかんだ。「俺、こんなに幸せでええんかな」

 静寂、せせらぎ、激流……涼風が頰をなでるなか、千変万化を見せる川の表情。京都・亀岡の船着き場から嵐山へと至る保津川下りは、京都観光の花形として人気を誇る。
 3人の船頭が竿さし(エンジン)、櫂こぎ(サブエンジン)、船尾での舵取りを分担する。
 水面を滑走する青鷺に川崖を彩る花々、岩場で日なたぼっこするスッポンたち。思わず息をのむような巨大な奇岩と、全長16キロに及ぶコースの見どころは満載だ。
 スリルが味わえるのも魅力の一つ。船との距離が数センチほどになる狭い岩場の間をすり抜けるポイントは、圧巻の操船技術の見せ場だ。

 ボルテージが最高潮に達するのは、2メートルの滝下り。
 「いよいよ急流に入りました! ウオーターガード(水よけシート)を用意して。そろいもそろって、水も滴る美男美女になりますよ(笑)」。時長さんが叫ぶと、降りかかる水しぶきに船上は大興奮に。
 渓谷美と船頭の舵取りが織り成すアドベンチャー。外国人観光客も訪れる今は、かつてないほどの盛況ぶり。
 「お客さまが楽しんでくれると、ホンマにうれしい。一期一会の精神で全神経を注いでいます」
 伝統を背負い、人々の思い出を彩る栄えある仕事は、やりがいしかないという。
 「年を重ねるほど、ここが使命の舞台やと、心の底から思います。生まれ変わっても、また船頭をやりたい」

 奈落の少年時代だった。時長さんは長崎・平戸で産声を上げるも、幼少期に父が蒸発。母は大型トレーラーの運転手をして糊口をしのごうとした。
 だが、貧苦は拭えず、小学5年の時、母は単身で大阪に出稼ぎへ。3人の子どもを育てるため、借金もした。取り立ては長崎にまで及んだ。ドアを殴打する音と怒号。押し入れの中で、姉と弟と息をひそめる日々だった。
 1年後、大阪で一つ屋根の下での暮らしが始まるが、貧乏は底知らず。食事にありつけない日もあった。
 中学校は1カ月で通うのをやめ、けんかに明け暮れ、悪友と闇にまぎれた。「誰の助けもいらん」と強がるも、本当は心が凍えるように痛かった。
 16歳で由美子さん(50)=地区女性部長=に猛アタックした。一目ぼれだった。「第一印象は、ありえへんくらい嫌いなタイプの男」。由美子さんの母・千江子さん(81)=支部副女性部長=からも「世の中、こんだけ男性がいてるのに、なぜ、こんな男を選んだん」と言われた。だが、時長さんの生い立ちを聞くうち、「私しか、この男を救えへんと思い込んだのが運の尽き(笑)」。

 由美子さんは「創価学会の女子部の会合に来てみる?」と誘った。時長さんは、仏法の話に耳を傾けた。
 結婚を機に信心を始めたが、ひん曲がった性根は少々のことでは変わらない。プロパンガス回収、鉄筋工、外壁工……何かと理由をつけては休み、お払い箱が毎度のパターン。
 京都・亀岡に転居後、学会活動に参加するようになった。「辛酸をなめてきた君やから、悩める人にトコトン寄り添うことができるんや!」。惰弱な自分と本気で向き合ってくれる先輩たちに心を動かされ、仏法対話に走った。
 2000年(平成12年)11月の京都青年文化総会に、空手の演目で出演。常勝関西の歴史を学ぶなか、池田先生の弟子として生きる覚悟が定まった。
 すると、以前は単なる憧れだったものが、是が非でも挑戦したいと思うように。それが保津川下りの船頭だった。
 地元生え抜きの人しかいない世界だが、時長さんの熱意に打たれた船頭の手引きで29歳にして、この世界に飛び込んだ。

 職人かたぎのゆえ、上下関係も厳しかった。岩場の位置、竿つぼ(竿を差す川底のポイント)など覚えながらの操船。船頭を完璧にこなせるまでは、10年かかると言われた。
 時長さんは最初の3カ月で20キロも痩せた。それでも家に帰って愚痴一つこぼさず、学会活動に励んだ。奈落の冷たさを知るからこそ、師匠、同志という“ぬくもり”が、苦境をはね飛ばす力となった。そこにはもう、ダメ男の面影はなかった。
 それは3年目のことだった。
 生後8カ月の長女・胡桃さん(21)=圏池田華陽会キャップ=が腎機能に異常を来し、生死の境をさまよった。つらい不妊治療に夫婦で臨み、ようやく授かった双子だった。時長さんは病室の外で泣き崩れた。
 「泣いてる場合とちゃう。この子がちっちゃな命で、懸命に信心を教えてくれてるんやんか!」。由美子さんの言葉にハッとした。翌日から仏法対話へ。弘教も実らせ、懸命の題目を唱えた。2度の手術を経て、胡桃さんは健康を取り戻した。

 娘の病をきっかけに、明確な目標ができた。誰からも信頼される船頭になろう――と。
 「自分自身が変われば、人生も、環境も、世界も変えていける」。池田先生の指導を体現しようと決めた。
 誰よりも早く出勤し、誰よりも遅く帰った。やがて、よそ者扱いしていた人からも認められ、兄や弟のような間柄に。
 いつしか、「創価学会の時長君」と愛され、頼られる存在に。3年前から長男・洸太さん(21)=男子部員=も、船頭の道へ。
 かつては宿命の濁流でもがき苦しんだ自分が、420年の歴史がある保津川下りを支える舞台に立っている。
 「安全第一でお客さまの思い出の一ページをつづろう――同じ思いに立っているから、100人近くいる船頭が皆、ホンマに仲が良いんです」
 時長さんは「まだまだ修業の身」と戒めを忘れない。
 その横で、由美子さんはしみじみと語る。「“ダメ男、船頭になる”やね」
 船頭人生は、25年目に入った。

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