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〈第10回本部幹部会〉 那須昌美女性部長のあいさつ(要旨)
〈第10回本部幹部会〉 那須昌美女性部長のあいさつ(要旨)
2026年4月26日
- 創価の希望の哲学をわが地域へ
- 創価の希望の哲学をわが地域へ
一、三代会長の深き慈愛に包まれ、婦人部・女子部結成75周年、女性部結成5周年を、晴れやかに迎えることができました。
女性部の皆さま、そして全世界の婦人部・女子部の皆さま、大変におめでとうございます(拍手)。
「いったい世界のどこに、民衆のために憂え、二十一世紀から末法万年尽未来際の世界を論じている女性がいるだろうか」
この戸田先生の叫びを受け継ぎ、名もなき庶民の女性たちを、励まし続けてくださったのが、池田先生です。
〽母よ あなたは なんと不思議な 豊富な力を もっているのか――どんな困難にも負けない、尊き女性たちをたたえて作られた「母」の歌は、本年8月、発表から50年を迎えます。
一、東京・葛飾区の小澤さんは、昭和52年(1977年)、葛飾文化会館落成の折、「一人が、十人の本当の友人をつくっていこう! そこに実質的な広宣流布がある」との池田先生のご指導に奮起。以来、「地域の幸福責任者」との自覚で、会う人会う人に、「お元気ですか」「暑いですね」と、明るくあいさつ。ある日、買い物に付いてきた4歳の娘に「もうママとは絶対に買い物に行かない。だって、62人の人と話していたもん」と言われ、驚いたことも。
その後、3人のお子さん全員が創価学園に進学。長男の広海さんが高校1年生の時、帰り道でばったりお会いした池田先生と一緒にお好み焼き屋へ。すぐ隣で「困ったことがあったら、いつでも来るんだよ」と、優しく語りかけてくださった師の慈愛に応えたいと、勉学に励んでいた最中、突然の病魔に襲われます。悪性リンパ腫でした。つらい治療にも弱音を吐くことなく、周囲に笑顔を送り続けた長男は、生きて生きて生き抜き、19歳の尊い生涯を終えました。
悲しみの淵にいた小澤さんを、池田先生はお歌を詠み、抱きかかえるように励ましてくださいました。「若くして なにゆえ 君は 旅立つか ああ 霊山で 父母守れや」――師の慈愛に、涙を拭って立ち上がった小澤さんに、再び障魔の嵐が襲いかかります。今度は次男に、がんが見つかったのです。断じて信心で乗り越えると決め、手術の前日に折伏が実りました。手術は大成功。ついには、がん細胞も消滅。師の、「守れや」との深き祈りを、感じずにはいられませんでした。
現在、次男は大企業のトップ営業マンとして、世界を舞台に活躍。長女は、中学校の音楽教師として、子どもたちのために日々奮闘しています。
小澤さんは、聖教新聞で時折、お好み焼き屋で池田先生と笑顔で写る長男の姿を見つけ、こう呼びかけるそうです。「広海は池田先生とずっと一緒だね。私も一緒だから、今日も頑張るよ!」と。
町会の役員を歴任し、84歳の現在もなお、毎月、10人の友人に聖教新聞の購読を推進。これまで、小澤さんは、84人の方を入会に導いています(拍手)。
一、「幸福とは負けないこと」とは、池田先生の奥さまが示してくださった創価の女性の生き方です。アメリカのエマソン協会元会長のワイダー博士は語っています。
「私は、創価学会の女性たちに無限の希望を抱いております」「人生において、希望の灯が必要となった時、私は必ず、創価学会の女性たちの輝く姿を思い起こすことでしょう」と。
使命に立ち上がった一人一人が、自分らしく輝き、それぞれの世代で、生き生きと仏縁を広げていく。一人から広がる連帯が、やがて世界を変えゆく、平和の大潮流となることを確信します。
一、先生は教えてくださいました。
「世界の平和、そして、人類の共生は、二十一世紀に託された夢であり、希望である。その実現への最も確かな第一歩は、あらゆる差異を超えた『人間と人間の対話』である」と。
いかなる権力よりも、武力よりも強いもの――。それは、私たちの対話の力です。
さあ、いよいよ、女性部結成5周年を飾る女性部総会の開幕です。
“友の心に響け!”とひたぶるに祈り、創価の哲学を折伏精神で語り抜き、わが地域に世界第一の“桜梅桃李”のスクラムを、築きゆこうではありませんか!(拍手)
一、三代会長の深き慈愛に包まれ、婦人部・女子部結成75周年、女性部結成5周年を、晴れやかに迎えることができました。
女性部の皆さま、そして全世界の婦人部・女子部の皆さま、大変におめでとうございます(拍手)。
「いったい世界のどこに、民衆のために憂え、二十一世紀から末法万年尽未来際の世界を論じている女性がいるだろうか」
この戸田先生の叫びを受け継ぎ、名もなき庶民の女性たちを、励まし続けてくださったのが、池田先生です。
〽母よ あなたは なんと不思議な 豊富な力を もっているのか――どんな困難にも負けない、尊き女性たちをたたえて作られた「母」の歌は、本年8月、発表から50年を迎えます。
一、東京・葛飾区の小澤さんは、昭和52年(1977年)、葛飾文化会館落成の折、「一人が、十人の本当の友人をつくっていこう! そこに実質的な広宣流布がある」との池田先生のご指導に奮起。以来、「地域の幸福責任者」との自覚で、会う人会う人に、「お元気ですか」「暑いですね」と、明るくあいさつ。ある日、買い物に付いてきた4歳の娘に「もうママとは絶対に買い物に行かない。だって、62人の人と話していたもん」と言われ、驚いたことも。
その後、3人のお子さん全員が創価学園に進学。長男の広海さんが高校1年生の時、帰り道でばったりお会いした池田先生と一緒にお好み焼き屋へ。すぐ隣で「困ったことがあったら、いつでも来るんだよ」と、優しく語りかけてくださった師の慈愛に応えたいと、勉学に励んでいた最中、突然の病魔に襲われます。悪性リンパ腫でした。つらい治療にも弱音を吐くことなく、周囲に笑顔を送り続けた長男は、生きて生きて生き抜き、19歳の尊い生涯を終えました。
悲しみの淵にいた小澤さんを、池田先生はお歌を詠み、抱きかかえるように励ましてくださいました。「若くして なにゆえ 君は 旅立つか ああ 霊山で 父母守れや」――師の慈愛に、涙を拭って立ち上がった小澤さんに、再び障魔の嵐が襲いかかります。今度は次男に、がんが見つかったのです。断じて信心で乗り越えると決め、手術の前日に折伏が実りました。手術は大成功。ついには、がん細胞も消滅。師の、「守れや」との深き祈りを、感じずにはいられませんでした。
現在、次男は大企業のトップ営業マンとして、世界を舞台に活躍。長女は、中学校の音楽教師として、子どもたちのために日々奮闘しています。
小澤さんは、聖教新聞で時折、お好み焼き屋で池田先生と笑顔で写る長男の姿を見つけ、こう呼びかけるそうです。「広海は池田先生とずっと一緒だね。私も一緒だから、今日も頑張るよ!」と。
町会の役員を歴任し、84歳の現在もなお、毎月、10人の友人に聖教新聞の購読を推進。これまで、小澤さんは、84人の方を入会に導いています(拍手)。
一、「幸福とは負けないこと」とは、池田先生の奥さまが示してくださった創価の女性の生き方です。アメリカのエマソン協会元会長のワイダー博士は語っています。
「私は、創価学会の女性たちに無限の希望を抱いております」「人生において、希望の灯が必要となった時、私は必ず、創価学会の女性たちの輝く姿を思い起こすことでしょう」と。
使命に立ち上がった一人一人が、自分らしく輝き、それぞれの世代で、生き生きと仏縁を広げていく。一人から広がる連帯が、やがて世界を変えゆく、平和の大潮流となることを確信します。
一、先生は教えてくださいました。
「世界の平和、そして、人類の共生は、二十一世紀に託された夢であり、希望である。その実現への最も確かな第一歩は、あらゆる差異を超えた『人間と人間の対話』である」と。
いかなる権力よりも、武力よりも強いもの――。それは、私たちの対話の力です。
さあ、いよいよ、女性部結成5周年を飾る女性部総会の開幕です。
“友の心に響け!”とひたぶるに祈り、創価の哲学を折伏精神で語り抜き、わが地域に世界第一の“桜梅桃李”のスクラムを、築きゆこうではありませんか!(拍手)