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〈社会・文化〉 未来へ問い続ける「小さな声」 東京都写真美術館で開催中のW.ユージン・スミス写真展 室井萌々 2026年5月12日

  • 初期から晩年までを通覧 
  • 報道の使命と芸術的表現探る
Let Truth Be the Prejudice

 20世紀を代表するアメリカの写真家、W.ユージン・スミス。東京都写真美術館では現在、彼の知られざる側面に光を当てる「W.ユージン・スミスとニューヨーク ロフトの時代」を開催している。
 1918年生まれのスミスは、第二次世界大戦の従軍取材を経て、復帰作《楽園への歩み》や〈カントリー・ドクター〉など、数々のフォト・エッセーを発表。報道写真の世界で不動の地位を築いた。転機は54年、雑誌「ライフ」を離れ、ニューヨークのアパート、通称「ロフト」へ拠点を移したことにある。ジャズ・ミュージシャンらが集うその場所で、彼は「出来事を撮る」から「出来事が立ち現れるのを待つ」姿勢へと転じ、記録を超えた自己表現の深淵へと踏み出した。
 東京都写真美術館は現在、約2000点に及ぶスミス作品を収蔵している。そのうち約600点が、71年にニューヨークのジューイッシュ・ミュージアムで開催された回顧展「Let Truth Be the Prejudice」に出品された作品群である。
 「Let Truth Be the Prejudice」は、スミス自身が与えた言葉であり、日本語にすれば「真実が偏見となれ」と訳される。しかしこの表現は日本語においても英語においても、そのニュアンスを一義的に捉えることは難しい。スミスは、私たちが不可避的に抱く先入観や偏見(prejudice)が真実(truth)へと接近し、さらにはそこへ到達すること(be)を願って(let)――このタイトルを付けた。

石川武志 《チッソ工場を見下ろすユージン・スミス》 1971年 ©Ishikawa Takeshi
石川武志 《チッソ工場を見下ろすユージン・スミス》 1971年 ©Ishikawa Takeshi
追い求めた写真の理想

 本展は「ロフトの時代」を主軸に据えつつ、初期から晩年までを通覧する構成とした。これは、彼の創作的な活動がロフトの時代に突然始まったものではなく、初期から一貫して積み重ねられてきた営みであることを示すためである。
 特に、最晩年に制作された〈水俣〉は、パートナーであり、共同制作者であるアイリーン・美緒子・スミスとともに、スミスが約3年間現地に滞在し、人々に寄り添いながら制作されたシリーズであり、その思想の具体化にほかならない。
 スミスは早くから、写真とは撮影者の視点を不可避に含む「主観的な媒体」であると自覚していた。その前提に立ち、なお誠実に世界と向き合う――という姿勢が、〈水俣〉において結実している。
 写真集『水俣』の中で、彼は「写真は小さな声だ」と記している。写真は断片に過ぎないが、ときに人々の意識を揺さぶり、思考を促す契機となる。被写体と読者の双方に責任を負うジャーナリズムの使命と、自己の内面を探る芸術的表現。その緊張の狭間に身を置くことこそが、スミスの追い求めた写真の理想であった。
 展覧会期中の4月18日、関連イベントとしてシンポジウム「W.ユージン・スミスと水俣」を開催し、登壇者にアイリーン・美緒子・スミス、桑原史成、石川武志、芥川仁を迎えた。本企画は、スミスを軸としつつも、水俣を記録してきた複数の視点を交差させ、歴史を単一の物語に還元しないことを意図した。

〈屋根裏部屋から〉より 東京都写真美術館蔵  ©2026 The Heirs of W. Eugene Smith 
〈屋根裏部屋から〉より 東京都写真美術館蔵  ©2026 The Heirs of W. Eugene Smith 
〈ジャズとフォークのミュージシャンたち〉より 東京都写真美術館蔵  ©2026 The Heirs of W. Eugene Smith

                               
〈ジャズとフォークのミュージシャンたち〉より 東京都写真美術館蔵  ©2026 The Heirs of W. Eugene Smith                                
〈水俣〉より 東京都写真美術館蔵 ©Aileen Mioko Smith
〈水俣〉より 東京都写真美術館蔵 ©Aileen Mioko Smith
水俣に結実した主観性の自覚

 水俣の記録は、スミスとアイリーンのみによるものではない。桑原史成は1960年代から現地に通い、地域との関係を築いてきた。その延長線上にスミスの取材が位置付けられる。
 シンポジウムでは、スミスによる《入浴する智子と母》に触発された経験や、患者の表情を捉えることの意味も語られた。また、対談の中では、スミスが約3年間現地に滞在し、関係性を築きながら撮影を行った点が改めて強調され、信頼に基づく実践の重要性が共有された。また芥川仁は同作について、西欧的視点に依拠した表現である可能性を指摘し、文化的差異の問題を提起した。
 本シンポジウムは、スミスの再評価にとどまらず、水俣をめぐる表現の継承と再解釈の可能性を示す場となった。水俣を過去に閉じず、現在から未来へと接続する視点の重要性が確認された。
 都市における表現実験の場であった「ロフト」で培われた、関係性への鋭い意識と主観性の自覚。それは、水俣における長期的な実践の中で確かな結実を見せ、記録と表現の境界を越えるフォト・エッセーへと昇華を遂げた。写真は「小さな声」に過ぎないかもしれない。しかしその響きは、過去と現在を峻烈に結び、未来へと問いを投げかけ続ける。水俣病公式確認から70年という節目を迎えたいま、本展がスミスの声に改めて耳を傾け、その表現を現在に引き寄せ直す確かな契機となることを願ってやまない。
 (東京都写真美術館学芸員)

4月18日のシンポジウムでは水俣を撮った写真家が語り合った(東京都写真美術館提供)
4月18日のシンポジウムでは水俣を撮った写真家が語り合った(東京都写真美術館提供)

 むろい・もも 神奈川県生まれ。写真・イメージ論を専攻し、大学在学中にアイリーン・美緒子・スミスと出会ったことを契機に、W.ユージン・スミスの研究を開始。2024年から現職。

 「W.ユージン・スミスとニューヨーク ロフトの時代」は、東京都写真美術館で6月7日(日)まで。開館時間は午前10時~午後6時(木・金曜日は午後8時まで)。休館日は毎週月曜日。

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