〈世界の体験――イギリス〉 絵本作家として活躍
〈世界の体験――イギリス〉 絵本作家として活躍
2026年5月1日
イギリスSGI ベン・ペイさん
イギリスSGI ベン・ペイさん
幼稚園で、学校で、図書館で、ベッドで――。きょうも世界中の子どもたちが冒険を求めて、絵本を開く。小さな手でページをめくっては、顔を近づけたり、目を見開いたり。
そんな子どもたちの姿を思い浮かべながら、絵本作家のベン・ペイさんはペンを握る。
「絵本は心にたくさんの栄養を与えてくれるんです。うれしい、悲しい、楽しい、寂しい……いろんな感情を教えてくれる。知らない“世界”へ旅もできちゃうんですよ」
現在、ペイさんの作品は、アメリカとベルギーの書店に並ぶ。カラフルで柔らかなイラストとシンプルな言葉たち。裏表紙を閉じる頃には、何ともいえない優しさに包まれる。
そんな作品を両手に、ペイさんは「私が絵本作家になるなんて」とニコニコ。これまでの道のりを尋ねると、「さあ、どこから話しましょうか」。
記憶のページをパラパラとめくり、さかのぼること数十年前。時はティーンエージャーだった頃へ――。
幼稚園で、学校で、図書館で、ベッドで――。きょうも世界中の子どもたちが冒険を求めて、絵本を開く。小さな手でページをめくっては、顔を近づけたり、目を見開いたり。
そんな子どもたちの姿を思い浮かべながら、絵本作家のベン・ペイさんはペンを握る。
「絵本は心にたくさんの栄養を与えてくれるんです。うれしい、悲しい、楽しい、寂しい……いろんな感情を教えてくれる。知らない“世界”へ旅もできちゃうんですよ」
現在、ペイさんの作品は、アメリカとベルギーの書店に並ぶ。カラフルで柔らかなイラストとシンプルな言葉たち。裏表紙を閉じる頃には、何ともいえない優しさに包まれる。
そんな作品を両手に、ペイさんは「私が絵本作家になるなんて」とニコニコ。これまでの道のりを尋ねると、「さあ、どこから話しましょうか」。
記憶のページをパラパラとめくり、さかのぼること数十年前。時はティーンエージャーだった頃へ――。
第1章 揺れる心
第1章 揺れる心
シンガポール生まれ。あれは16歳の時だった。学校から帰宅すると、母が倒れていた。原因は急性心不全。そのまま帰らぬ人となった。
家庭の状況は一変した。ささいなことで声を荒らげる父。若くて“新しい”母。10代のペイさんの心は揺れた。行き場のない怒りが止まらない。自信も失った。
そんなペイさんを支えてくれた人がいた。中学・高校時代の親友。彼女はSGIメンバーだった。
ペイさんの痛みに同苦しては、心のとげを抜き取ってくれる。いつも決まって池田先生の励ましの言葉を贈ってくれた。
「私はずっと、すさんだ自分を惨めに思っていました。だけど、この信心は怒りの命さえも価値あるものに転じていけると、先生は言われていたんです」
いつしか題目を唱えるようになった。
シンガポール生まれ。あれは16歳の時だった。学校から帰宅すると、母が倒れていた。原因は急性心不全。そのまま帰らぬ人となった。
家庭の状況は一変した。ささいなことで声を荒らげる父。若くて“新しい”母。10代のペイさんの心は揺れた。行き場のない怒りが止まらない。自信も失った。
そんなペイさんを支えてくれた人がいた。中学・高校時代の親友。彼女はSGIメンバーだった。
ペイさんの痛みに同苦しては、心のとげを抜き取ってくれる。いつも決まって池田先生の励ましの言葉を贈ってくれた。
「私はずっと、すさんだ自分を惨めに思っていました。だけど、この信心は怒りの命さえも価値あるものに転じていけると、先生は言われていたんです」
いつしか題目を唱えるようになった。
心に残る池田先生の言葉はノートに書き写してきた。その数は15年で15冊に
心に残る池田先生の言葉はノートに書き写してきた。その数は15年で15冊に
第2章 希望とは
第2章 希望とは
22歳の時、シンガポールを飛び出し、イギリスの大学に進学した。卒業後は現地の銀行に就職。やりたい仕事ではなかったが、生活を思い、がむしゃらに働いた。故郷に帰ろうとは思わなかった。
イギリスに渡っても、孤独を感じたことはなかった。あの親友がつないでくれた創価家族の存在。「あなたが大切だから」と、ペイさんを訪ねては話を聞いてくれる婦人部員がいた。
「彼女との時間が楽しみでね」
信仰の実践を始めて9年。SGIに入会した。
結婚、出産、転職――人生の階段を上っていく。星降る夜には、スヤスヤと眠るわが子の寝顔がいとおしい。夫婦で顔を合わせては、肩をすくめてほほ笑み合った。楽しい時も、苦しい時も、いつも一緒だった。
だが、穏やかだった日常が一変する。子どもも巣立ち、結婚28年を迎えた2017年。ある日、夫が荷物をまとめて、出て行った。
「なぜ?」「どうして?」――予兆はなかった。現実を思うたび、悲哀と不安が押し寄せる。“これからどうやって生きていけば……”。ふと気を抜けば、涙が頰を伝った。
「だけど、私は悲しみに負けませんでした」
「難来るをもって安楽と意得べきなり」(新1045・全750)。御書の一節を抱き締め、同志と共に、題目を唱え抜いた。
“希望とは決意である”。師の言葉に触れ、幸福な人生を築くと誓った。
そうして手に取った池田先生の書籍『「第三の人生」を語る』。そこには、人生の総仕上げを迎える友への指針がちりばめられていた。
22歳の時、シンガポールを飛び出し、イギリスの大学に進学した。卒業後は現地の銀行に就職。やりたい仕事ではなかったが、生活を思い、がむしゃらに働いた。故郷に帰ろうとは思わなかった。
イギリスに渡っても、孤独を感じたことはなかった。あの親友がつないでくれた創価家族の存在。「あなたが大切だから」と、ペイさんを訪ねては話を聞いてくれる婦人部員がいた。
「彼女との時間が楽しみでね」
信仰の実践を始めて9年。SGIに入会した。
結婚、出産、転職――人生の階段を上っていく。星降る夜には、スヤスヤと眠るわが子の寝顔がいとおしい。夫婦で顔を合わせては、肩をすくめてほほ笑み合った。楽しい時も、苦しい時も、いつも一緒だった。
だが、穏やかだった日常が一変する。子どもも巣立ち、結婚28年を迎えた2017年。ある日、夫が荷物をまとめて、出て行った。
「なぜ?」「どうして?」――予兆はなかった。現実を思うたび、悲哀と不安が押し寄せる。“これからどうやって生きていけば……”。ふと気を抜けば、涙が頰を伝った。
「だけど、私は悲しみに負けませんでした」
「難来るをもって安楽と意得べきなり」(新1045・全750)。御書の一節を抱き締め、同志と共に、題目を唱え抜いた。
“希望とは決意である”。師の言葉に触れ、幸福な人生を築くと誓った。
そうして手に取った池田先生の書籍『「第三の人生」を語る』。そこには、人生の総仕上げを迎える友への指針がちりばめられていた。
第3章 あの日の夢
第3章 あの日の夢
「私たちは皆、“幸福の鍛冶屋”です」「いくつになっても学ぶ。この姿は尊い」
数々の黄金の響きに、胸が高鳴る。“自らの手で新たな人生を開きたい”。子どもの頃の夢を追いかけてみようと思った。
「実は、小さい頃から絵本作家になりたいと思っていました。だけどお金がかかるからと、自由に絵を描かせてもらえなかった。胸に封じ込めていた思いがあふれてきたんです」
21年、ペイさんは児童書やグラフィックノベルのイラストが学べる大学院へ。最年長の学生だった。
机を並べる学友たちは皆、積み上げてきた技術がある。だが、ペイさんには基礎知識さえない。「残念ながら、あなたの実力は課程に見合っていません」。講師は申し訳なさそうに、そう告げた。
「それでも諦めなかったのは、池田先生の言葉があったからです」
来る日も、来る日も、机に向かい、絵を描き続けた。
そうして制作した卒業課題は24年、ベルギーで絵本として出版されることに。タイトルは「私の髪を切らないで」。主人公の少女が、病で髪を失った親友のために、自慢の髪を差し出す物語だ。
「私がSGIで感じてきた、友情、慈悲、同苦の精神が詰まっています」
後に、絵本はアメリカでも出版された。
「運命に打ち勝っていく人は、人生を十倍にも百倍にも、千倍にも充実したものにしていける」――師の言葉に心の底からうなずいた。
昨年7月には、ロンドン国際女性協会連盟から声がかかり、同連盟のイベントで、夢をかなえた体験を話すことに。イベント当日、ペイさんは胸を張り、こう言った。
「私はSGIメンバーです。この信仰のおかげで今の私がいます」
「私たちは皆、“幸福の鍛冶屋”です」「いくつになっても学ぶ。この姿は尊い」
数々の黄金の響きに、胸が高鳴る。“自らの手で新たな人生を開きたい”。子どもの頃の夢を追いかけてみようと思った。
「実は、小さい頃から絵本作家になりたいと思っていました。だけどお金がかかるからと、自由に絵を描かせてもらえなかった。胸に封じ込めていた思いがあふれてきたんです」
21年、ペイさんは児童書やグラフィックノベルのイラストが学べる大学院へ。最年長の学生だった。
机を並べる学友たちは皆、積み上げてきた技術がある。だが、ペイさんには基礎知識さえない。「残念ながら、あなたの実力は課程に見合っていません」。講師は申し訳なさそうに、そう告げた。
「それでも諦めなかったのは、池田先生の言葉があったからです」
来る日も、来る日も、机に向かい、絵を描き続けた。
そうして制作した卒業課題は24年、ベルギーで絵本として出版されることに。タイトルは「私の髪を切らないで」。主人公の少女が、病で髪を失った親友のために、自慢の髪を差し出す物語だ。
「私がSGIで感じてきた、友情、慈悲、同苦の精神が詰まっています」
後に、絵本はアメリカでも出版された。
「運命に打ち勝っていく人は、人生を十倍にも百倍にも、千倍にも充実したものにしていける」――師の言葉に心の底からうなずいた。
昨年7月には、ロンドン国際女性協会連盟から声がかかり、同連盟のイベントで、夢をかなえた体験を話すことに。イベント当日、ペイさんは胸を張り、こう言った。
「私はSGIメンバーです。この信仰のおかげで今の私がいます」
ロンドン国際女性協会連盟のイベントで自作の絵本にサインするペイさん(左から2人目)
ロンドン国際女性協会連盟のイベントで自作の絵本にサインするペイさん(左から2人目)
信心を始めて40年余り。振り返ると、若かりし頃が懐かしい。
数年前には、今は亡き父と継母と旅行へ行った。美しい景色を眺め、おいしい料理に舌鼓を打つ。「お父さん、お母さん、ありがとう」。両親の幸せを心から願える自分がいた。
――そんなところで、ペイさんが一言。「物語は、ここで終章じゃないですよ。人生は、まだまだこれからですから」
絵本を、そして人生を、ペイさんは明日へ、未来へ、描き続けていく。
信心を始めて40年余り。振り返ると、若かりし頃が懐かしい。
数年前には、今は亡き父と継母と旅行へ行った。美しい景色を眺め、おいしい料理に舌鼓を打つ。「お父さん、お母さん、ありがとう」。両親の幸せを心から願える自分がいた。
――そんなところで、ペイさんが一言。「物語は、ここで終章じゃないですよ。人生は、まだまだこれからですから」
絵本を、そして人生を、ペイさんは明日へ、未来へ、描き続けていく。
取材協力/イギリス 「ART OF LIVING」誌
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