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〈オピニオン〉 米国の保守活動家への銃撃事件 2025年10月13日

  • ネット空間で過激化する恐れ
  • 慶應義塾大学 渡辺靖教授

 9月10日、米西部ユタ州の大学で、保守の政治活動家チャーリー・カーク氏が講演中に銃撃され、死亡しました。彼はトランプ米大統領の熱烈な支持者「MAGA(米国を再び偉大に)派」の若手代表格として知られていました。今回の事件は米国の政治・社会に、どのような影響を及ぼすと想定されるのか。米国研究の第一人者である慶應義塾大学の渡辺靖教授に、米国で近年、政治的な暴力が相次いでいる背景と併せて語ってもらいました。(聞き手=光澤昭義記者)

影響力ある若手指導者

 ――チャーリー・カーク氏は若者への影響力が大きく、トランプ大統領の再選に貢献しました。彼は家族や宗教的な価値観を重視する一方、性的少数者や人種を巡る差別的発言で物議を醸すこともありました。
  
 渡辺靖教授 カーク氏は31歳で、米国のミレニアル世代(2000年以降に成人・社会人になった人々)、Z世代(概ね1990年代半ばから2010年代序盤に生まれた人々)に属していました。こうした世代には、リベラルな人々が多いという印象が強いのですが、実際には違います。米国の各種調査によれば、昨年の米大統領選で、18~29歳の有権者層では共和党のトランプ候補の得票が半数近くに達した。民主党のカマラ・ハリス候補の得票数が上回ったものの、かなり拮抗しており、男性に限れば、トランプ氏の方が多かったのです。日本でのイメージとのギャップを理解する上でキーパーソンだったのが、カーク氏でした。
 彼が創設した保守系の青年団体「ターニングポイントUSA」は全米各地の大学・高校に支部をもちます。保守の声を代弁したカーク氏の団体には、白人至上主義や、宗教国家の立て直しを図るキリスト教ナショナリズムに傾倒する人たちも集まっている。彼のX(旧ツイッター)のフォロワーは500万人以上、TikTok(ティックトック)は700万人以上です。異彩を放つ活動家だったことは間違いありません。
  
 ――若者が保守的な言説に引かれる背景は何でしょうか。
  
 渡辺 政治への幻滅、経済不安など複合的な要因が考えられます。象徴的な事例の一つを挙げれば、大学及び学費への不満でしょう。
 米国の大学進学率(短期大学を含む)は約80%ですが、学費が極端に高い。昨年、ピュー・リサーチ・センターが発表した「大学進学・学位の価値」に関する世論調査(米国内の成人〈18歳以上〉が対象)の結果によれば、「ローンを抱えてまで行く必要はない」と答えた割合は約5割で、「(ローンの有無にかかわらず)行く価値がない」は約3割。8割近くが大学への進学に懐疑的な見方を示しています。大学を卒業しても、安定した仕事に就けない現状を物語っているのでしょう。ましてや中間層以下の所得の家庭に育ち、大学に進学しなかった人々には「現状への不満」「反エリート意識」を抱きやすい社会環境だと分かります。
  
 大学内にリベラルな風潮が過剰だとの批判もあります。大学内で「男はちょっとのことで泣いてはならない」と言えば、「性差別」と見なされる。そうした「見えないコード」がキャンパス内の至る所にあり、非常に窮屈に感じるのです。
  
 ――左派の一部には犯行を肯定する声も出ています。今回の事件は、保守派とリベラル派に、どのような影響を及ぼすと推測されますか。
  
 渡辺 トランプ大統領は事件の直後、カーク氏を「自由の擁護者」と称え、文民最高位の「大統領自由勲章」を授与すると発表しました。カーク氏の故郷・アリゾナ州で行われた葬儀には、トランプ大統領、J・D・ヴァンス副大統領、閣僚も参列した。まるで「殉教者」のようです。
  
 トランプ氏は過激な左派から米国を守ると主張し、大学、メディアなどの言論空間への規制を厳しくし、DEI(多様性・公平性・包括性)やESG(環境・社会・企業統治)といったリベラルな価値への圧力を高めると想定されます。
 これに対し、左派は権力に屈しないとの姿勢を強めるでしょう。

昨年12月、米南西部アリゾナ州内のイベントで握手を交わすドナルド・トランプ氏㊧と保守活動家チャーリー・カーク氏=AFP時事
昨年12月、米南西部アリゾナ州内のイベントで握手を交わすドナルド・トランプ氏㊧と保守活動家チャーリー・カーク氏=AFP時事
分断で政治暴力が頻発

 ――米大統領選挙が実施された昨年、トランプ氏は2度の暗殺未遂事件に遭遇しました。今年4月、ペンシルベニア州の知事(民主党)の公邸が放火され、焼失。6月にはミネソタ州の民主党州議会議員とその配偶者が銃撃で死亡しました。米国では、党派を問わず政治家を狙った暴力が相次いでいます。
  
 渡辺 2021年1月、首都ワシントンで起きた連邦議会襲撃事件の後、政治的暴力が頻発しています。米議会警察によれば、米連邦議員・関係者への「脅迫」「懸念される発言」の件数は急増しており、昨年は約9500件に上ったといいます。
 ベトナム戦争や公民権運動を巡って分断が深まり、ケネディ大統領、キング牧師らが暗殺された激動の1960年代を想起させます。ただ60年代には、ワシントンの政府・議会・メディアへの信頼はまだ高く、対話の基盤があった。その点は大きく異なります。
  
 ――今回の事件の容疑者である22歳の男性は「話し合いでは解決できない憎しみもある」と述べていたとか。現在、政治に関わる人物への暴力が繰り返される背景は何ですか。
  
 渡辺 トランプ大統領は「過激な左派が事件を起こしている」と主張していますが、これは事実に反します。ある調査の結果によれば、イスラム過激派や左派による国内テロはそれほど多くない。最も多いのは右派です。ただ、近年の特徴は組織的な犯行ではない点であり、今回も単独犯の可能性が高い。
 それには、現代のネット環境が強く影響していると指摘されます。今の時代は「見たい情報」だけに触れる傾向が強い。フィルターバブル(自分が共感しやすい情報だけに触れる現象)、エコーチェンバー(似た価値観をもつ人々だけで情報を交換し続ける現象)によって、過激な意見や陰謀論が拡散・増幅しやすい環境が生まれています。また、対人コミュニケーションによる議論では、さまざまな意見から一致・妥協点を見いだす動きがありますが、SNS上にはほとんど見当たりません。
  
 分断や過激化の助長、デマ、誤情報の拡散を理由に、プラットフォーマーを規制しようとしても、言論弾圧との批判を受けやすく、改善策が見当たらない現状です。
  
 ――メディアリテラシー(情報を読み解く能力)を高める必要があると指摘されます。
  
 渡辺 そうですが、リベラル派にとって、メディアリテラシーの向上は、右派的な言説に懐疑的になることを意味します。一方、保守派は「SNSの情報が真実である」と認識しており、ゆえに大手メディアを信用しないと主張します。自由を重視する立場は同じですが、それを毀損しているのは相手側であると、双方が譲らない。議論はかみ合わず、実力行使で相手を黙らせようとする風潮が強まっているのです。

熟議・民主主義の危機

 ――米国社会の分断は一段と深まっているという印象を受けます。
  
 渡辺 ええ。昨年の秋、保守派の有名な牧師を取材するため、アイダホ州モスコーの教会を訪問しました。キリスト教ナショナリズムの中心地の一つですが、その教会の2軒隣には、ブラック・ライブズ・マター(黒人への暴力・差別撤廃を訴える運動)を支持する家庭があった。人口が約2万7000人の市で、保守・リベラルの住民が混在する状態です。リベラルな市民は会話が周囲に漏れないよう、SNS内でやりとりしていた。こうした息苦しさが全米各地に存在しています。
  
 ――2026年秋の中間選挙を控え、政治や選挙の動向が暴力の誘因となる可能性が懸念されています。
  
 渡辺 選挙が近づくと、選挙区内では候補者同士の討論会が何度も開催されてきましたが、近ごろは対立候補への人格攻撃に終始することから、その回数も激減した。熟議や民主主義という米国の良き伝統がもはや過去の遺産のように映ります。
  
 希望を見いだし難い状況ですが、相いれない政治的立場を超えて他党議員との人間関係を築き、個別の政策で連携する政治家はいます。共和党が圧倒的に強いケンタッキー州のアンディ・ベシア知事は民主党所属です。彼は「党派より実務」の姿勢を貫き、共和党が多数を占める州議会との対話・調整を重視しています。インディアナ州サウスベンドの市長だったピート・ブティジェッジ氏(民主党)も現実路線で、共和党との調整に長けていました。
 例えば、子どもを思う気持ちに党派の別はないことから、教育政策では保守・リベラル双方が政策連携を図ることが可能ではないか。他にも医療、インフラなど生活に密着した政策分野であれば、合意形成の余地はあると考えます。

 〈取材メモ〉
 渡辺教授は今年、アインシュタイン、湯川秀樹ら碩学が名を連ねた学術組織「米芸術科学アカデミー」の国際名誉会員に選出された。「専門の社会人類学を軸に研究領域の開拓に努めてきたことが評価され、うれしい限りです」と。

 〈プロフィル〉
 わたなべ・やすし 1967年、北海道生まれ。97年、米ハーバード大学大学院で博士号を取得(社会人類学)。オックスフォード大学シニア・アソシエート、ケンブリッジ大学フェローなどを経て現職。現在、米国研究、文化政策の専門家として、政府機関へのアドバイス等にも携わる。著書に『文化と外交』『白人ナショナリズム』『アメリカとは何か 自画像と世界観をめぐる相剋』など。

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