答えを急ぐあなたへ 知の森で迷ってみませんか? 『本を読めなくなった人たち』著者 稲田豊史さん
答えを急ぐあなたへ 知の森で迷ってみませんか? 『本を読めなくなった人たち』著者 稲田豊史さん
2026年7月18日
電子版連載「著者に聞いてみよう」
電子版連載「著者に聞いてみよう」
仕事柄、本は読んできたつもりでも、気づけば要約を探し、最短距離で「答え」を求めてしまう。そんなZ世代の記者に、『映画を早送りで観る人たち』の著者・稲田豊史さんは語りました。「知の森で、迷ってみてください」。新刊『本を読めなくなった人たち コスパとテキストメディアをめぐる現在形』(中公新書ラクレ)で、Z世代の読書の実情を取材した稲田さんに、“迷う”ことの意味を聞きました。
仕事柄、本は読んできたつもりでも、気づけば要約を探し、最短距離で「答え」を求めてしまう。そんなZ世代の記者に、『映画を早送りで観る人たち』の著者・稲田豊史さんは語りました。「知の森で、迷ってみてください」。新刊『本を読めなくなった人たち コスパとテキストメディアをめぐる現在形』(中公新書ラクレ)で、Z世代の読書の実情を取材した稲田さんに、“迷う”ことの意味を聞きました。
■「ながら」ができない
■「ながら」ができない
――まず、新著で示された「本を読めなくなった人たち」とは、どんな人たちを指すのでしょうか。
若い世代、特にZ世代を中心に、テキストメディア全般とどう接しているかを調査しました。浮かび上がってきたのは、「読書は『ながら』ではできない」という意見です。彼らは普段、スマホでドラマやアニメを見ながらSNSでメッセージを返し、学校の課題もこなしています。本を読みたくないわけではない。ただ、本“だけ”に集中すると、他に何もできなくなってしまう。そんな彼らにとって、膨大な文字量に向き合う読書はハードルが高く、「読めないならAIに要約してもらえばいいじゃん」という発想に至るわけです。
――そうした状況を踏まえた上で、本を開くメリットや価値をどう捉えればいいのでしょうか?
本以外にも知識を得る方法はたくさんありますが、読書には、他にはない、かけがえのない魅力があります。その一つが、自分の関心の外側にある「知」と偶然出合えることではないでしょうか。人は、自分が知っていることしか検索できません。検索に頼る限り、「知りたい」ものには最短でたどり着けますが、それでは、自分の世界は広がっていきません。ネットやSNSは、自分の興味に合った情報が届くよう、「アルゴリズム」が設計されています。
一方、本棚には「アルゴリズム」はありません。棚の前に立った瞬間から、それまで想像もできなかった知識や考え方にも出合うことになる。だから、書店や図書館といった「知の森」に飛び込んで、当てどもなく迷ってほしいんです。
――まず、新著で示された「本を読めなくなった人たち」とは、どんな人たちを指すのでしょうか。
若い世代、特にZ世代を中心に、テキストメディア全般とどう接しているかを調査しました。浮かび上がってきたのは、「読書は『ながら』ではできない」という意見です。彼らは普段、スマホでドラマやアニメを見ながらSNSでメッセージを返し、学校の課題もこなしています。本を読みたくないわけではない。ただ、本“だけ”に集中すると、他に何もできなくなってしまう。そんな彼らにとって、膨大な文字量に向き合う読書はハードルが高く、「読めないならAIに要約してもらえばいいじゃん」という発想に至るわけです。
――そうした状況を踏まえた上で、本を開くメリットや価値をどう捉えればいいのでしょうか?
本以外にも知識を得る方法はたくさんありますが、読書には、他にはない、かけがえのない魅力があります。その一つが、自分の関心の外側にある「知」と偶然出合えることではないでしょうか。人は、自分が知っていることしか検索できません。検索に頼る限り、「知りたい」ものには最短でたどり着けますが、それでは、自分の世界は広がっていきません。ネットやSNSは、自分の興味に合った情報が届くよう、「アルゴリズム」が設計されています。
一方、本棚には「アルゴリズム」はありません。棚の前に立った瞬間から、それまで想像もできなかった知識や考え方にも出合うことになる。だから、書店や図書館といった「知の森」に飛び込んで、当てどもなく迷ってほしいんです。
■「おもしろみ」の読書
■「おもしろみ」の読書
――とはいえ、当てもなく迷うのは「時間ロス」にも感じてしまいます。本を選ぶときも、つい「読んで得するものなのか」を基準にしてしまいます。
僕は、現代人のテキストとの接し方を、「わかりみ」と「おもしろみ」の2つに整理しています。
「わかりみ」は、明日すぐに役立つ知識や情報を、効率よく受け取る読み方。あらかじめ「答え」という目的地が用意されているので、最短ルートでたどり着くのが正解になる。深く考えなくても、「そうだよね」と手軽に共感できます。
一方の「おもしろみ」は、すぐには役に立たないけれど、読みながら常に考え続ける読み方です。「わかりみ」の読み方に慣れている人には、この楽しさは実感しにくいかもしれません。
――すぐに答えの出ない時間そのものを、なぜ楽しめるのでしょうか?
ディズニーランドって、滞在している時間がまるごと楽しいですよね。目当てのアトラクションに全部乗れるとしても、「急いで回ってすぐ帰ろう」と思う人は少ない。読書も同じです。本を開いている間は、その世界に浸かりながら考え続ける。その全てが読書という行為の中身なんです。実際、僕は本に書き込みをするんですが、そのメモには、本の内容と全然関係ないことが書いてあったりします。読んでいる途中で、別の何かを思いつくスイッチが入るからです。「おもしろみ」の読書には、たどり着くべき答えがそもそもない。それでいいんです。
――ただ、思考を巡らすだけなら、本に頼らず、一人でもできる気がします。
それでもいいかもしれませんが、僕は、読書は「はしご」をかける行為だと思っているんです。先人たちの知性が詰まっている本の助けを借りて思索することで、自力では行けない高さに自分を運べる。そうして一段ずつ上がって高みに達するほど、世界の眺望はどんどん開けてくる。よく「賢人であるほど、自分には分からないことが多いと気づく」と言いますよね。世界が狭い人ほど、世界が分かった気になる。はしごを掛け続けた人にだけ、見えてくる景色があるんです。
――とはいえ、当てもなく迷うのは「時間ロス」にも感じてしまいます。本を選ぶときも、つい「読んで得するものなのか」を基準にしてしまいます。
僕は、現代人のテキストとの接し方を、「わかりみ」と「おもしろみ」の2つに整理しています。
「わかりみ」は、明日すぐに役立つ知識や情報を、効率よく受け取る読み方。あらかじめ「答え」という目的地が用意されているので、最短ルートでたどり着くのが正解になる。深く考えなくても、「そうだよね」と手軽に共感できます。
一方の「おもしろみ」は、すぐには役に立たないけれど、読みながら常に考え続ける読み方です。「わかりみ」の読み方に慣れている人には、この楽しさは実感しにくいかもしれません。
――すぐに答えの出ない時間そのものを、なぜ楽しめるのでしょうか?
ディズニーランドって、滞在している時間がまるごと楽しいですよね。目当てのアトラクションに全部乗れるとしても、「急いで回ってすぐ帰ろう」と思う人は少ない。読書も同じです。本を開いている間は、その世界に浸かりながら考え続ける。その全てが読書という行為の中身なんです。実際、僕は本に書き込みをするんですが、そのメモには、本の内容と全然関係ないことが書いてあったりします。読んでいる途中で、別の何かを思いつくスイッチが入るからです。「おもしろみ」の読書には、たどり着くべき答えがそもそもない。それでいいんです。
――ただ、思考を巡らすだけなら、本に頼らず、一人でもできる気がします。
それでもいいかもしれませんが、僕は、読書は「はしご」をかける行為だと思っているんです。先人たちの知性が詰まっている本の助けを借りて思索することで、自力では行けない高さに自分を運べる。そうして一段ずつ上がって高みに達するほど、世界の眺望はどんどん開けてくる。よく「賢人であるほど、自分には分からないことが多いと気づく」と言いますよね。世界が狭い人ほど、世界が分かった気になる。はしごを掛け続けた人にだけ、見えてくる景色があるんです。
■不思議とうまくいった
■不思議とうまくいった
――考え続ける時間は、実生活ではどんな力になるのでしょうか。
僕自身、20代の頃に痛感したことがあります。当時は出版社で働きながら、父親ほども年の離れた経営者にインタビューする機会がよくあり、「ちゃんと話を引き出せるか」と毎回緊張していました。社会人経験が乏しく、相手に失礼があったことも一度や二度ではないでしょう。ただ、当日まで何度も資料を読み返し、頭の中でやり取りをシミュレーションする。その「向き合っていた時間」が長いほど、不思議と取材はうまくいったんです。
AIで要約すること自体を、否定するつもりはありません。でも、思考の過程まで丸ごと飛ばしてしまうと、得られないものがある。迷いながら自分でひねり出した考えだけが、時間をかけて染み込み、自分の一部になっていくのだと思います。
――思索に費やした時間は、決して遠回りではないのですね。
「森」ってね、概念上、出口がないんです。つまり「これが正解」という結論がない場所なんです。そこでどう過ごすかは、入った人自身が決めること。「知の森で迷え」とお伝えしましたが、「迷う」という言葉も人間が付けた概念です。だから、そんなにネガティブに捉えなくていい。葉っぱの数を数えるのもいいし、キャンプをするのもいい。それも森の過ごし方です。
――考え続ける時間は、実生活ではどんな力になるのでしょうか。
僕自身、20代の頃に痛感したことがあります。当時は出版社で働きながら、父親ほども年の離れた経営者にインタビューする機会がよくあり、「ちゃんと話を引き出せるか」と毎回緊張していました。社会人経験が乏しく、相手に失礼があったことも一度や二度ではないでしょう。ただ、当日まで何度も資料を読み返し、頭の中でやり取りをシミュレーションする。その「向き合っていた時間」が長いほど、不思議と取材はうまくいったんです。
AIで要約すること自体を、否定するつもりはありません。でも、思考の過程まで丸ごと飛ばしてしまうと、得られないものがある。迷いながら自分でひねり出した考えだけが、時間をかけて染み込み、自分の一部になっていくのだと思います。
――思索に費やした時間は、決して遠回りではないのですね。
「森」ってね、概念上、出口がないんです。つまり「これが正解」という結論がない場所なんです。そこでどう過ごすかは、入った人自身が決めること。「知の森で迷え」とお伝えしましたが、「迷う」という言葉も人間が付けた概念です。だから、そんなにネガティブに捉えなくていい。葉っぱの数を数えるのもいいし、キャンプをするのもいい。それも森の過ごし方です。
『本を読めなくなった人たち コスパとテキストメディアをめぐる現在形』
『本を読めなくなった人たち コスパとテキストメディアをめぐる現在形』
【プロフィル】
【プロフィル】
いなだ・とよし 1974年、愛知県生まれ。ライター・編集者。横浜国立大学卒業。映画配給会社、出版社を経て独立。2022年刊行の『映画を早送りで観る人たち ファスト映画・ネタバレ――コンテンツ消費の現在形』(光文社新書)がベストセラーに。26年2月『本を読めなくなった人たち コスパとテキストメディアをめぐる現在形』(中公新書ラクレ)を発売。
いなだ・とよし 1974年、愛知県生まれ。ライター・編集者。横浜国立大学卒業。映画配給会社、出版社を経て独立。2022年刊行の『映画を早送りで観る人たち ファスト映画・ネタバレ――コンテンツ消費の現在形』(光文社新書)がベストセラーに。26年2月『本を読めなくなった人たち コスパとテキストメディアをめぐる現在形』(中公新書ラクレ)を発売。
●最後までお読みいただき、ありがとうございます。ご感想はこちらにお寄せください。
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