日米青年平和総会では、アメリカ青年部の友が「エスコートキッズ」(少年少女部員)と手を取り合って入場。拍手と歓声が鳴り響き、総会の幕が開いた。
広島の兒玉洋介さんとアメリカのキム・カディーヨさんが、報恩の誓いと不屈の信心で勝利の実証を示した模様と広布に生き抜く決意を語った。
本田中国青年部長、オカジマ・アメリカSGI青年部長がステージに駆け上がり、熱く握手を交わす。両者は平和へのアクションとして、一人一人が「対話の架け橋となる」「行動する勇気を持つ」ことを宣言。不可能を可能にする信心を根本に、いかなる困難も乗り越え、新時代の世界広布を共に進めようと呼びかけた。
一瞬の静寂を破り、会場に音楽が轟く。勢いよく3人のリードボーカルが登場し、色とりどりの照明がステージを照らした。力強い歌声に呼応してアメリカの友がステージに上がると、やがて参加者が総立ちに。地鳴りのようなクラップ(手拍子)で会場が一体となり、躍動の合唱が始まった。
中国方面の青年による「NEKKI隊」がステージへ飛び出し、フラッグを用いたパフォーマンスなどを披露。会場のボルテージは最高潮に達し、万雷の拍手が降り注いだ。
池田先生の平和闘争と青年世代の決意を紹介する映像に続き、塩出中国長、桜尾同女性部長があいさつ。世界が分断され、混乱を増す今こそ、小説『新・人間革命』の「平和ほど、尊きものはない。平和ほど、幸福なものはない」との精神を胸に、世界の青年と共に行動しようと訴えた。
原田会長は、日米の青年が肩を組み、平和を誓い合う光景をたたえつつ、皆が先頭に立ち、次の世代へ広布後継のバトンをつないでほしいと望んだ。さらに、人間連帯の平和の拠点であるSGIの陣列は世界中に広がり、青年の熱と力で必ず時代を変えていけると力説。正義が勝ち、民衆が勝つ21世紀を断じて築こうと呼びかけた。
最後に、世界平和への誓いを込めて、世界青年部歌「Eternal Journey with Sensei!~永遠の師弟旅~」を全員で合唱。参加者の表情は、出発の決意に満ちていた。
日米青年平和総会では、アメリカ青年部の友が「エスコートキッズ」(少年少女部員)と手を取り合って入場。拍手と歓声が鳴り響き、総会の幕が開いた。
広島の兒玉洋介さんとアメリカのキム・カディーヨさんが、報恩の誓いと不屈の信心で勝利の実証を示した模様と広布に生き抜く決意を語った。
本田中国青年部長、オカジマ・アメリカSGI青年部長がステージに駆け上がり、熱く握手を交わす。両者は平和へのアクションとして、一人一人が「対話の架け橋となる」「行動する勇気を持つ」ことを宣言。不可能を可能にする信心を根本に、いかなる困難も乗り越え、新時代の世界広布を共に進めようと呼びかけた。
一瞬の静寂を破り、会場に音楽が轟く。勢いよく3人のリードボーカルが登場し、色とりどりの照明がステージを照らした。力強い歌声に呼応してアメリカの友がステージに上がると、やがて参加者が総立ちに。地鳴りのようなクラップ(手拍子)で会場が一体となり、躍動の合唱が始まった。
中国方面の青年による「NEKKI隊」がステージへ飛び出し、フラッグを用いたパフォーマンスなどを披露。会場のボルテージは最高潮に達し、万雷の拍手が降り注いだ。
池田先生の平和闘争と青年世代の決意を紹介する映像に続き、塩出中国長、桜尾同女性部長があいさつ。世界が分断され、混乱を増す今こそ、小説『新・人間革命』の「平和ほど、尊きものはない。平和ほど、幸福なものはない」との精神を胸に、世界の青年と共に行動しようと訴えた。
原田会長は、日米の青年が肩を組み、平和を誓い合う光景をたたえつつ、皆が先頭に立ち、次の世代へ広布後継のバトンをつないでほしいと望んだ。さらに、人間連帯の平和の拠点であるSGIの陣列は世界中に広がり、青年の熱と力で必ず時代を変えていけると力説。正義が勝ち、民衆が勝つ21世紀を断じて築こうと呼びかけた。
最後に、世界平和への誓いを込めて、世界青年部歌「Eternal Journey with Sensei!~永遠の師弟旅~」を全員で合唱。参加者の表情は、出発の決意に満ちていた。
総会の活動報告から(要旨)
総会の活動報告から(要旨)
広島 兒玉洋介さん
広島 兒玉洋介さん
広島・皆美共戦区の兒玉洋介さん(男子部部長)は幼少期、突然の体調不良に襲われた。難病の再生不良性貧血だった。
2週間おきの輸血。血液を見つめながら母親が「ありがたいね」とつぶやいた。幸いにしてドナーが見つかり、長時間に及ぶ骨髄移植手術も乗り越えた。
その後、創価大学に進学し「何のため」との信念を心に刻んだ。「今度は自分が苦しむ人のために」と、日本赤十字社に就職する。しかし、コロナ禍での業務過多、祖父との死別に直面し、失意に沈んだ。真剣な祈りを重ね、営業に奔走する中で、献血協力団体・企業が拡大。自身の人間革命をかけて折伏にも挑戦し、先日、対話を重ねてきた友に弘教を実らせた。
兒玉さんは誓う。「弟子の誇りを胸に、報恩の人生を歩み抜きます!」
広島・皆美共戦区の兒玉洋介さん(男子部部長)は幼少期、突然の体調不良に襲われた。難病の再生不良性貧血だった。
2週間おきの輸血。血液を見つめながら母親が「ありがたいね」とつぶやいた。幸いにしてドナーが見つかり、長時間に及ぶ骨髄移植手術も乗り越えた。
その後、創価大学に進学し「何のため」との信念を心に刻んだ。「今度は自分が苦しむ人のために」と、日本赤十字社に就職する。しかし、コロナ禍での業務過多、祖父との死別に直面し、失意に沈んだ。真剣な祈りを重ね、営業に奔走する中で、献血協力団体・企業が拡大。自身の人間革命をかけて折伏にも挑戦し、先日、対話を重ねてきた友に弘教を実らせた。
兒玉さんは誓う。「弟子の誇りを胸に、報恩の人生を歩み抜きます!」
アメリカ キム・カディーヨさん
アメリカ キム・カディーヨさん
ニュージャージー圏で女子部長を務めるキム・カディーヨさんは、南米ペルーで生まれ育った。2003年に一家で移住。温かい創価家族の輪に囲まれ、白蓮グループで薫陶を受けた。
安定した職に就いたものの、過酷な職場環境に心が折れた。だが、池田先生の“なくてはならない人に”との言葉に触れ、仕事への向き合い方が変わった。
以来、学会活動と仕事に全力投球。3年前に、保険詐欺調査官に昇格を果たす。経験豊かな元刑事ばかりのチームにあって、最年少での抜てき。企業の重要案件も任されるようになった。その後、州の調査協会から「年間最優秀調査官賞」等を受賞。会社からも最高評価を得ることができた。
今、友への仏法対話に先駆する。「池田先生への感謝を胸に、勇気と慈悲の心で戦います」と誓う。
ニュージャージー圏で女子部長を務めるキム・カディーヨさんは、南米ペルーで生まれ育った。2003年に一家で移住。温かい創価家族の輪に囲まれ、白蓮グループで薫陶を受けた。
安定した職に就いたものの、過酷な職場環境に心が折れた。だが、池田先生の“なくてはならない人に”との言葉に触れ、仕事への向き合い方が変わった。
以来、学会活動と仕事に全力投球。3年前に、保険詐欺調査官に昇格を果たす。経験豊かな元刑事ばかりのチームにあって、最年少での抜てき。企業の重要案件も任されるようになった。その後、州の調査協会から「年間最優秀調査官賞」等を受賞。会社からも最高評価を得ることができた。
今、友への仏法対話に先駆する。「池田先生への感謝を胸に、勇気と慈悲の心で戦います」と誓う。
各地で輝く若き友の活躍
各地で輝く若き友の活躍
アメリカ
アメリカ
シラプット・ジョンガランルングルアンさんは、タイの貧しい家庭で生まれ育った。困難な環境を嘆いたが、母に連れられ創価の輪に。師の励ましが希望となり、唱題と勉強を重ねて国際物理オリンピックで金メダルを獲得した。
イギリスのケンブリッジ大学を卒業。アメリカで博士号を取得し、NASAでの研究にも携わった。博士課程で学ぶ中、4人の友に弘教を実らせ、今回、その一人と共に来日した。
シラプット・ジョンガランルングルアンさんは、タイの貧しい家庭で生まれ育った。困難な環境を嘆いたが、母に連れられ創価の輪に。師の励ましが希望となり、唱題と勉強を重ねて国際物理オリンピックで金メダルを獲得した。
イギリスのケンブリッジ大学を卒業。アメリカで博士号を取得し、NASAでの研究にも携わった。博士課程で学ぶ中、4人の友に弘教を実らせ、今回、その一人と共に来日した。
岡山
岡山
岡山・早島町の河口誉博さんは、一人暮らしや人間関係に悩み大学を中退。帰郷後も心身ともに疲弊し、孤独と焦燥感に苦悩した。
男子部の先輩から誘いを受け「自分を変えたい」と男子部大学校に入校。学会活動に励むと、暗闇に小さな明かりがともるように徐々に前進の力が湧いた。創価班で薫陶を受ける中で希望の進路が見つかり、就職活動に挑戦。昨年、念願の採用を勝ち取った。
岡山・早島町の河口誉博さんは、一人暮らしや人間関係に悩み大学を中退。帰郷後も心身ともに疲弊し、孤独と焦燥感に苦悩した。
男子部の先輩から誘いを受け「自分を変えたい」と男子部大学校に入校。学会活動に励むと、暗闇に小さな明かりがともるように徐々に前進の力が湧いた。創価班で薫陶を受ける中で希望の進路が見つかり、就職活動に挑戦。昨年、念願の採用を勝ち取った。
山口
山口
進藤晃さんは山口・下関市の小学校教員。不登校だった高校時代に、教員や家族の励まし、池田先生の著書に触れ「人は変われる」と希望を見いだした。
上京し、創価大学通信教育部を卒業後、地元で再び通信教育に挑み教職に。祈りを根本に子どもと向き合う中で信頼関係が深まっていった。進藤さんは決意する。「子どもたちの成長と幸福のため、挑戦の人生を歩み続けます!」
進藤晃さんは山口・下関市の小学校教員。不登校だった高校時代に、教員や家族の励まし、池田先生の著書に触れ「人は変われる」と希望を見いだした。
上京し、創価大学通信教育部を卒業後、地元で再び通信教育に挑み教職に。祈りを根本に子どもと向き合う中で信頼関係が深まっていった。進藤さんは決意する。「子どもたちの成長と幸福のため、挑戦の人生を歩み続けます!」
島根
島根
島根・松江市の安部啓子さんは学会三世として育ち、国立大学で音楽教育を学んでいた時に血管の炎症による病を発症。絶対安静の日々が続く中で「心だけは負けない」と信心を奮い立たせ、快方に向かった。
執念の挑戦で卒業を果たし、地元のコンサートホール職員に。廃校を活用した取り組みで表彰を受け、子ども向けミュージカルにも尽力。春からは母校の大学で講師に。芸術と教育で社会貢献の道を歩む。
島根・松江市の安部啓子さんは学会三世として育ち、国立大学で音楽教育を学んでいた時に血管の炎症による病を発症。絶対安静の日々が続く中で「心だけは負けない」と信心を奮い立たせ、快方に向かった。
執念の挑戦で卒業を果たし、地元のコンサートホール職員に。廃校を活用した取り組みで表彰を受け、子ども向けミュージカルにも尽力。春からは母校の大学で講師に。芸術と教育で社会貢献の道を歩む。
鳥取
鳥取
鳥取市の澤華陽さんはダンサーとして活躍。中学生の時に全国大会で優勝し、世界を目指した。4年前に心身の不調に見舞われ「強迫症」との診断を受けた。“1分でも祈ろう”と病魔と闘い、自分らしく過ごせる状態まで回復した。
SNSの発信にも力を入れ、幅広い世代を対象にダンス指導を行う中で活動の幅が拡大。一人を大切にする“妙法のダンサー”として、さらなる飛躍を誓う。
鳥取市の澤華陽さんはダンサーとして活躍。中学生の時に全国大会で優勝し、世界を目指した。4年前に心身の不調に見舞われ「強迫症」との診断を受けた。“1分でも祈ろう”と病魔と闘い、自分らしく過ごせる状態まで回復した。
SNSの発信にも力を入れ、幅広い世代を対象にダンス指導を行う中で活動の幅が拡大。一人を大切にする“妙法のダンサー”として、さらなる飛躍を誓う。