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熊本地震10年 復興と勝利の劇 2026年4月10日

万朶と桜が咲き薫る熊本城(熊本市中央区で)

 熊本地震から10年目の春を迎えた。一人一人が自身にできることを問い、復興を祈り、一歩また一歩と前へ進んできた。それぞれの“10年”を追った。

東太陽区・若葉支部 川村葉子さん(45)
信心を継ぎ 励ます側へ

 【熊本】「私の信心を深めてくれた10年でした」と川村さん=副白ゆり長=は振り返る。
 発災当時、シングルマザーだった川村さんは子どもと熊本市東区の実家にいた。震度は6強。家具や食器が散乱し、避難生活は1カ月に及んだ。
 信心に消極的だった川村さん。だが、池田先生から聖教新聞などを通じて何度もお見舞いの言葉が届く。母の二木恵子さん=女性部副本部長=は、大変な状況の中で友の激励に歩いた。その献身の姿に、川村さんは“この信心には何かあるかも”と感じた。
 2年後、今度は勤務先のアパレル店で試練が訪れた。人間関係に悩む日々。母の確信の言葉がすうっと入ってきた。「今こそ題目よ」。素直に祈り始めた。母も一緒に題目を唱えてくれた。次第に職場環境が好転し、今では店長を務めるまでに。
 “信心ってスゴい!”。その喜びは子どもたちへ。長女は美術の才能に恵まれ、数々の賞を受賞。長男も二木さんの手を引いて会合に参加する優しい子に育った。
 「励まされる側から今度は励ます側へ。希望の対話を拡大します」

由布勇城圏・挾間大城支部 湯ノ口章さん(77)
“健康”が一番の防災

 【大分】由布市に住む湯ノ口さん=副本部長=は、自治会の防災組織でリーダーを務めて10年だ。
 防災が“自分事”になった原点は阪神・淡路大震災。当時は船員で、被災地への物資輸送に携わった。混乱を目の当たりにし、「いつか専門知識を持って社会に貢献したい」と決意した。
 定年後、66歳で防災士の資格を取得。震度6弱の地震に遭遇したのはその直後だった。由布市の自宅は一部損壊したが、幸い、けがはなく、隣町へボランティアに通った。
 いざという時に被害をくい止めるだけでなく、日頃から健康で、声をかけ合えることが一番の防災。その思いから、親子で参加しやすい災害訓練や夜間の見回り、独居高齢者宅の訪問など、多様な活動を広げている。
 地域の運動クラブやゲートボールチームで草の根の友好も。「『地域を大切に』との師の指針が原動力。防災のバトンを継ぐ“共助”の輪を広げたい」と力強く。

鹿屋平和圏・田崎支部 大西文雄さん(70)
食の力で心も元気に

 【鹿児島】大西さん=副本部長=は「元氣工房 あったか豆腐」を鹿屋市で営み50年。手作りの総菜や弁当が地元で愛されている。
 熊本地震の際は発災10日後、被災地へ駆け付けて炊き出しを。
 「『食』の字は“人を良くする”と書きます。心を満たした皆さんが笑顔になる姿に、私の方が元気をもらいました」。その後も有志と一緒に通うこと9度。振る舞った食事は約5000食に及んだ――。
 しばらくした頃、地域の中学校の教師から、夏休み明けに痩せて登校してくる生徒がいると聞き、衝撃を受けた。
 経済的な理由などから食事が十分でない家庭もある。“地域の子どもたちを食で支える使命があるのでは”。その思いから、5年前に「子ども食堂」を開始。毎月、180食を提供している。
 青年部時代、音楽隊で“師匠の側に立つ信心の姿勢”を学んだ大西さん。広布の庭では昨年12月から地区部長を兼任する。「これからも食で幸せを広げます」

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