東京五輪銀メダリスト 女子バスケットボール・髙田真希選手にインタビュー〈アスリート~超える力〉
東京五輪銀メダリスト 女子バスケットボール・髙田真希選手にインタビュー〈アスリート~超える力〉
2026年4月19日
- すべての輝きは挑み続けてこそ
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©Getty Images
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2021年、東京五輪でキャプテンとしてチームをけん引し、日本バスケットボール界史上初となる銀メダルを獲得した髙田真希選手。先月は日本代表としてワールドカップ5大会連続出場を決め、今月12日には、所属するデンソーアイリスが、バスケットボール女子日本リーグ(Wリーグ)初優勝。プレーオフMVPにも輝きました。髙田選手に挑戦の原動力を聞きました。
2021年、東京五輪でキャプテンとしてチームをけん引し、日本バスケットボール界史上初となる銀メダルを獲得した髙田真希選手。先月は日本代表としてワールドカップ5大会連続出場を決め、今月12日には、所属するデンソーアイリスが、バスケットボール女子日本リーグ(Wリーグ)初優勝。プレーオフMVPにも輝きました。髙田選手に挑戦の原動力を聞きました。
――Wリーグの2025-26年シーズンが終わりました。どんなシーズンでしたか。
今シーズンから、在留の有無にかかわらず、外国籍選手の登録が許可されたことで、世界の高さやフィジカルが、国内で常に味わえるようになったのは、いい収穫かなと思います。
私は身長が185センチあるので、今までだったら国内では高さで通用していたけど、3ポイントを含めた外からのシュートだったり、自分より大きい相手に対しても簡単にボールを持たせないディフェンスだったり、より工夫してプレーしなきゃいけない場面が増えました。
――Wリーグの2025-26年シーズンが終わりました。どんなシーズンでしたか。
今シーズンから、在留の有無にかかわらず、外国籍選手の登録が許可されたことで、世界の高さやフィジカルが、国内で常に味わえるようになったのは、いい収穫かなと思います。
私は身長が185センチあるので、今までだったら国内では高さで通用していたけど、3ポイントを含めた外からのシュートだったり、自分より大きい相手に対しても簡単にボールを持たせないディフェンスだったり、より工夫してプレーしなきゃいけない場面が増えました。
――長年、日本のトップ選手として活躍し続けてこられました。秘訣は何ですか。
もっとバスケットがうまくなりたい、という気持ちです。
女子日本代表の監督だったトム・ホーバスヘッドコーチから「何歳になっても、うまくなりたい気持ちを持つことが大切」と言われた時に私自身、はっとしたのです。
若い時に比べて、ある程度年齢を重ねると、“このくらいでいいかな”って思ってしまったりします。私もこれまでのプレースタイルでやれてきたし、変化を加えるよりも、今のスタイルを極めようと。でもそれでは世界では通用しなかったのです。
トムに言われて以来、“自分ももっとうまくなろう。日本が世界で勝つために自分自身が、もっとうまくならなきゃいけない”と気持ちを入れ直したのです。
それで、27歳ぐらいで初めて3ポイントシュートの練習を始めたんですが、ポジション的にやる機会がなかったので、最初はリングに届きすらしなかった。
どうやったらリングに入るのか、いろんな人のプレーの動画を研究して、自分に落とし込んで、毎日練習して感覚をつかんでいきました。もう本当に、若い時のようにがむしゃらに、自分に変化を加えながら。それでだんだんとチームに貢献できて、世界でも活躍できているなっていう実感が湧いてきたのです。
最初は大変でしたが、一つのことができ始めると、そこから枝分かれして、できることが増えていって楽しくなりました。向上心を持って新しいことに挑戦することは、自分の世界が広がって人生を豊かにするんだなって、改めて気付きましたね。
――長年、日本のトップ選手として活躍し続けてこられました。秘訣は何ですか。
もっとバスケットがうまくなりたい、という気持ちです。
女子日本代表の監督だったトム・ホーバスヘッドコーチから「何歳になっても、うまくなりたい気持ちを持つことが大切」と言われた時に私自身、はっとしたのです。
若い時に比べて、ある程度年齢を重ねると、“このくらいでいいかな”って思ってしまったりします。私もこれまでのプレースタイルでやれてきたし、変化を加えるよりも、今のスタイルを極めようと。でもそれでは世界では通用しなかったのです。
トムに言われて以来、“自分ももっとうまくなろう。日本が世界で勝つために自分自身が、もっとうまくならなきゃいけない”と気持ちを入れ直したのです。
それで、27歳ぐらいで初めて3ポイントシュートの練習を始めたんですが、ポジション的にやる機会がなかったので、最初はリングに届きすらしなかった。
どうやったらリングに入るのか、いろんな人のプレーの動画を研究して、自分に落とし込んで、毎日練習して感覚をつかんでいきました。もう本当に、若い時のようにがむしゃらに、自分に変化を加えながら。それでだんだんとチームに貢献できて、世界でも活躍できているなっていう実感が湧いてきたのです。
最初は大変でしたが、一つのことができ始めると、そこから枝分かれして、できることが増えていって楽しくなりました。向上心を持って新しいことに挑戦することは、自分の世界が広がって人生を豊かにするんだなって、改めて気付きましたね。
先月、トルコで行われたW杯予選©Getty Images
先月、トルコで行われたW杯予選©Getty Images
――コーチの言葉をきっかけに自分の幅が広がったんですね。21年の東京五輪で得たものはどんなことですか。
そもそもバスケットで日本がメダルを取るなんて、ありえないことだったんです。海外選手との体格やフィジカルの差は明確に試合に出ますし、特に私のポジションであるセンターは2メートルぐらいの選手を抑えなきゃいけない。
12年のロンドン五輪の最終予選では、これまでにない努力をしたのに、あと一歩で出場権を逃してしまった。その後、しばらくはバスケットに向き合えませんでした。16年のリオ五輪は出られたけどベスト8。やっぱりメダルは難しいのかなと。
だから東京五輪で銀メダルを手にした時は、めちゃめちゃうれしかった。そしてそれ以上に、今まで苦労してきたことは全てつながっていたんだな、と実感したんです。
つらい練習も、そして、負けるたびに「自分の努力が足りなかったのかな」って悔しく思ってきたことも、全部無駄じゃなかった。うまくいかないことの方が多かったけど、諦めずに頑張り続ければ、いつか必ず結果につながるんだと心から思いました。
だから、結果を求めることは当然必要ですけど、結果を出すためには、一日一日全力で取り組んで、どうやったらうまくなるのかを突き詰める。目先の成果にとらわれず、日々努力する過程が、すごく大切だと思っています。
――コーチの言葉をきっかけに自分の幅が広がったんですね。21年の東京五輪で得たものはどんなことですか。
そもそもバスケットで日本がメダルを取るなんて、ありえないことだったんです。海外選手との体格やフィジカルの差は明確に試合に出ますし、特に私のポジションであるセンターは2メートルぐらいの選手を抑えなきゃいけない。
12年のロンドン五輪の最終予選では、これまでにない努力をしたのに、あと一歩で出場権を逃してしまった。その後、しばらくはバスケットに向き合えませんでした。16年のリオ五輪は出られたけどベスト8。やっぱりメダルは難しいのかなと。
だから東京五輪で銀メダルを手にした時は、めちゃめちゃうれしかった。そしてそれ以上に、今まで苦労してきたことは全てつながっていたんだな、と実感したんです。
つらい練習も、そして、負けるたびに「自分の努力が足りなかったのかな」って悔しく思ってきたことも、全部無駄じゃなかった。うまくいかないことの方が多かったけど、諦めずに頑張り続ければ、いつか必ず結果につながるんだと心から思いました。
だから、結果を求めることは当然必要ですけど、結果を出すためには、一日一日全力で取り組んで、どうやったらうまくなるのかを突き詰める。目先の成果にとらわれず、日々努力する過程が、すごく大切だと思っています。
東京五輪で銀メダルを獲得(2021年8月)=写真:長田洋平/アフロスポーツ
東京五輪で銀メダルを獲得(2021年8月)=写真:長田洋平/アフロスポーツ
同決勝で、シュートを放つ髙田選手㊧(同)=写真:共同通信社
同決勝で、シュートを放つ髙田選手㊧(同)=写真:共同通信社
――改めて、バスケットとの出会いは?
本格的にバスケットを始めたのは中学からですが、県大会にも出たことがありませんでした。その後、進学した高校は、全国大会で優勝することが当たり前。周りはほとんどが小学校から全国に出ている子たちで、最初は全く練習について行けませんでしたし、監督が使うバスケット用語もわからない。“来る場所間違えたな”って思いました(笑)。
でも、周りにどれだけ反対されても、「どうせやるんだったら、一番強いところで学びたい」って進学を決めたのは自分なので。自分で決めたからこそ、途中で諦めることはできない。そう思って、毎日、寮で夕食を食べたらもう一回体育館に戻って、その日できなかったことを一人で復習して、その繰り返しで少しずつ上達していきました。
――支えにしている言葉があるそうですね。
小・中学生の頃に通っていた空手道場のスローガン「苦しいときでも、一歩前へ」という言葉です。フルコンタクトの空手だったので、相手に攻められても引かずに前に出て、パンチや蹴りを出していかなくちゃ勝てません。
私は所属チームや日本代表のキャプテンを務めましたが、実は人見知りで、人前に出ることが苦手。最初はすごく不安でした。言いたくないことも言わなければいけないし、プレーでも、常に自分が走ったり、体を張ったりするなど、苦しい場面はたくさんあります。そんな時に一歩踏み出すからこそ、チームメートはついてきてくれるし、敵も面食らったりする。苦しい時に出す一歩こそ、大きな一歩になると確信しています。
――20年には、バスケットボールを普及させるイベントなどを行う「㈱TRUE HOPE」を起業されました。
最近、いろんな地域にアリーナができて、バスケットが盛り上がってきていますが、女子の会場は空席が目立つんです。“女子バスケットを多くの人に知ってもらって、バスケットに恩返しがしたい”。その思いが強くなって、影響力のある現役選手でいるうちにと考えて起業したんです。地域の人とバスケットを通して触れ合ったり、地元の生産者さんやキッチンカーを呼んで交流の場を開いたりしています。
その中で興味を持って試合を見に来てくれた人たちに“こんなものか”と思われてはいけない。“日本代表ってこんなにすごいんだ、また行きたいな”って思ってもらえるよう練習を頑張らないといけない。会社をつくって、より強くそう思うようになりました。
――改めて、バスケットとの出会いは?
本格的にバスケットを始めたのは中学からですが、県大会にも出たことがありませんでした。その後、進学した高校は、全国大会で優勝することが当たり前。周りはほとんどが小学校から全国に出ている子たちで、最初は全く練習について行けませんでしたし、監督が使うバスケット用語もわからない。“来る場所間違えたな”って思いました(笑)。
でも、周りにどれだけ反対されても、「どうせやるんだったら、一番強いところで学びたい」って進学を決めたのは自分なので。自分で決めたからこそ、途中で諦めることはできない。そう思って、毎日、寮で夕食を食べたらもう一回体育館に戻って、その日できなかったことを一人で復習して、その繰り返しで少しずつ上達していきました。
――支えにしている言葉があるそうですね。
小・中学生の頃に通っていた空手道場のスローガン「苦しいときでも、一歩前へ」という言葉です。フルコンタクトの空手だったので、相手に攻められても引かずに前に出て、パンチや蹴りを出していかなくちゃ勝てません。
私は所属チームや日本代表のキャプテンを務めましたが、実は人見知りで、人前に出ることが苦手。最初はすごく不安でした。言いたくないことも言わなければいけないし、プレーでも、常に自分が走ったり、体を張ったりするなど、苦しい場面はたくさんあります。そんな時に一歩踏み出すからこそ、チームメートはついてきてくれるし、敵も面食らったりする。苦しい時に出す一歩こそ、大きな一歩になると確信しています。
――20年には、バスケットボールを普及させるイベントなどを行う「㈱TRUE HOPE」を起業されました。
最近、いろんな地域にアリーナができて、バスケットが盛り上がってきていますが、女子の会場は空席が目立つんです。“女子バスケットを多くの人に知ってもらって、バスケットに恩返しがしたい”。その思いが強くなって、影響力のある現役選手でいるうちにと考えて起業したんです。地域の人とバスケットを通して触れ合ったり、地元の生産者さんやキッチンカーを呼んで交流の場を開いたりしています。
その中で興味を持って試合を見に来てくれた人たちに“こんなものか”と思われてはいけない。“日本代表ってこんなにすごいんだ、また行きたいな”って思ってもらえるよう練習を頑張らないといけない。会社をつくって、より強くそう思うようになりました。
オリジナルのリングを使った、シュート体験のイベント(2022年6月、愛知で)=写真:共同通信社
オリジナルのリングを使った、シュート体験のイベント(2022年6月、愛知で)=写真:共同通信社
――会社の存在が新しいモチベーションになっているんですね。日本代表が世界でさらに活躍するには何が必要だとお考えですか。
日本の持ち味はスピードや3ポイントのシュート力だと思いますが、近年、どのチームも対策してきている。だから、与えられたことだけでなく、相手の動きを読んで臨機応変に対応する「リード&リアクト」が、より必要だと感じています。規律を守る日本人の気質は良いところですが、海外の自由さというか、自分の主体性を表に出す強さも求められると思う。
そして一番大事なのは、気持ちです。戦う前から無理だと思っては勝てないし、そこで負けなかったからこそ銀メダルが取れたので。気持ちを強く持つには、世界で勝つために何が必要なのかを常に考えて努力する。日々努力するからこそ自信を持って試合に臨めるのです。
一つの目標としては、9月のワールドカップや2年後のロス五輪で一つでも上の舞台を目指すこと。私は今年37歳になりますが、そういったビジョンがありつつも、先のことはあまり考えず、目の前の一つ一つに全力で挑んでいきたいです。
――会社の存在が新しいモチベーションになっているんですね。日本代表が世界でさらに活躍するには何が必要だとお考えですか。
日本の持ち味はスピードや3ポイントのシュート力だと思いますが、近年、どのチームも対策してきている。だから、与えられたことだけでなく、相手の動きを読んで臨機応変に対応する「リード&リアクト」が、より必要だと感じています。規律を守る日本人の気質は良いところですが、海外の自由さというか、自分の主体性を表に出す強さも求められると思う。
そして一番大事なのは、気持ちです。戦う前から無理だと思っては勝てないし、そこで負けなかったからこそ銀メダルが取れたので。気持ちを強く持つには、世界で勝つために何が必要なのかを常に考えて努力する。日々努力するからこそ自信を持って試合に臨めるのです。
一つの目標としては、9月のワールドカップや2年後のロス五輪で一つでも上の舞台を目指すこと。私は今年37歳になりますが、そういったビジョンがありつつも、先のことはあまり考えず、目の前の一つ一つに全力で挑んでいきたいです。
たかだ・まき 1989年、愛知県出身。バスケットボール女子日本リーグ(Wリーグ)・デンソーアイリス所属。ポジションはセンター。リオ、東京、パリと3大会連続で五輪出場を果たし、2021年の東京五輪では、バスケットボール界で日本史上初となる銀メダルを獲得。「株式会社TRUE HOPE」を立ち上げ、代表取締役社長も務める。
たかだ・まき 1989年、愛知県出身。バスケットボール女子日本リーグ(Wリーグ)・デンソーアイリス所属。ポジションはセンター。リオ、東京、パリと3大会連続で五輪出場を果たし、2021年の東京五輪では、バスケットボール界で日本史上初となる銀メダルを獲得。「株式会社TRUE HOPE」を立ち上げ、代表取締役社長も務める。
MEMO
MEMO
髙田選手の熱い思いに触れ、改めて“プレーしている姿が見たい!”と思い、今月行われた、所属チームのリーグ優勝決定戦を観戦した。ゴール下での競り合いでは相手を圧倒し、ここぞの場面では3ポイントシュートを次々に決める。まさに“無双状態”。ここに至るまでの努力や葛藤は、自分のためだけでも、チームのためだけでもないのが、髙田選手のすごいところ。女子バスケットを盛り上げたい――その言葉に込められた強い気迫を感じた。
髙田選手の熱い思いに触れ、改めて“プレーしている姿が見たい!”と思い、今月行われた、所属チームのリーグ優勝決定戦を観戦した。ゴール下での競り合いでは相手を圧倒し、ここぞの場面では3ポイントシュートを次々に決める。まさに“無双状態”。ここに至るまでの努力や葛藤は、自分のためだけでも、チームのためだけでもないのが、髙田選手のすごいところ。女子バスケットを盛り上げたい――その言葉に込められた強い気迫を感じた。
●インタビューを読んだ感想は、こちらからお寄せください。
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【記事】横田世奈、歌橋智也
一番下の写真は髙田さん提供
【記事】横田世奈、歌橋智也
一番下の写真は髙田さん提供