「親の心子知らず」ということわざがある。親の愛情や苦労が子には通じにくく、子は勝手な振る舞いをするという意味だ。これは一般に“親の側”からの見方であろう▼一方、“子の側”からすれば、こう感じる人もいるのではないか。本来の意とは異なるが“子である私の理解が及ばないほど、親の愛情は深い”と。その思いは子自身が年を重ね、人間的にも成長し、また自分が「子の親」になると一層強まるものかもしれない▼創価大学を卒業後、小学校教員になった女性部員。後に結婚し、3児の母となる。仕事と子育ての両立に苦闘する中、病を患い、入退院を繰り返した。さらに思春期の娘が無軌道な生活に流され、両親に強く反発。母としての悩みは深かった▼だが屈しなかった。“親として、池田先生の弟子として全てを信心で勝ち越える”との誓いを貫いた。その後、女性部員は校長まで務め、今春退職。3人の子は創大で学び、母への尊敬と感謝を胸に皆、小学校教員として奮闘する▼池田先生は「お母さんの慈顔が心に生きている時、人間は決して大きく道を誤ることがない」と語る。あす3日は「創価学会母の日」。広布の母たち、女性たちの真心に応える日々を、と決意新たに前進したい。(城)
「親の心子知らず」ということわざがある。親の愛情や苦労が子には通じにくく、子は勝手な振る舞いをするという意味だ。これは一般に“親の側”からの見方であろう▼一方、“子の側”からすれば、こう感じる人もいるのではないか。本来の意とは異なるが“子である私の理解が及ばないほど、親の愛情は深い”と。その思いは子自身が年を重ね、人間的にも成長し、また自分が「子の親」になると一層強まるものかもしれない▼創価大学を卒業後、小学校教員になった女性部員。後に結婚し、3児の母となる。仕事と子育ての両立に苦闘する中、病を患い、入退院を繰り返した。さらに思春期の娘が無軌道な生活に流され、両親に強く反発。母としての悩みは深かった▼だが屈しなかった。“親として、池田先生の弟子として全てを信心で勝ち越える”との誓いを貫いた。その後、女性部員は校長まで務め、今春退職。3人の子は創大で学び、母への尊敬と感謝を胸に皆、小学校教員として奮闘する▼池田先生は「お母さんの慈顔が心に生きている時、人間は決して大きく道を誤ることがない」と語る。あす3日は「創価学会母の日」。広布の母たち、女性たちの真心に応える日々を、と決意新たに前進したい。(城)