〈信仰体験〉 ありのままでいられる英会話教室
〈信仰体験〉 ありのままでいられる英会話教室
2026年5月10日
- 石巻で見つけた一番好きな自分
- 石巻で見つけた一番好きな自分
英会話を生徒に教える日奈さん。「なんでそんなにパワフルなの?」と生徒からよく聞かれるそう
英会話を生徒に教える日奈さん。「なんでそんなにパワフルなの?」と生徒からよく聞かれるそう
【宮城県石巻市】大石日奈さん(38)=白ゆり長=は本音に一切飾りがない。「題目ってすげえ」「男とか女とか関係ない」
結婚も「ただの概念」なんて言い切っちゃう。そのワールドワイドな性格が、英会話教室でも大人気。切れ味鋭い大石さんを見ていると、心がスカッとする。
【宮城県石巻市】大石日奈さん(38)=白ゆり長=は本音に一切飾りがない。「題目ってすげえ」「男とか女とか関係ない」
結婚も「ただの概念」なんて言い切っちゃう。そのワールドワイドな性格が、英会話教室でも大人気。切れ味鋭い大石さんを見ていると、心がスカッとする。
夫婦で幼児コースのレッスンを。「自分の感情はそのまま出して、取り繕うことはしない」のが日奈さんのスタンス
夫婦で幼児コースのレッスンを。「自分の感情はそのまま出して、取り繕うことはしない」のが日奈さんのスタンス
正直、私は恵まれた育ちだと思う。それが、どこかで引っかかっていた。
未来部の時から「一番苦労した人が、一番幸福になる」って学んできたのに、私、苦労してなくない?
だから、大学で留学先に選んだのは、全く言葉が話せないメキシコ。
案の定、成績は超最下位。住んだエリアもヤバすぎて、銃声は鳴るわ、ルームメートはドラッグでキマってるわ。カオスすぎ。
夏休みには旅に出た。孤児院で40人の子どもと生活したり、無人島でウミガメの世話したり。
正直、私は恵まれた育ちだと思う。それが、どこかで引っかかっていた。
未来部の時から「一番苦労した人が、一番幸福になる」って学んできたのに、私、苦労してなくない?
だから、大学で留学先に選んだのは、全く言葉が話せないメキシコ。
案の定、成績は超最下位。住んだエリアもヤバすぎて、銃声は鳴るわ、ルームメートはドラッグでキマってるわ。カオスすぎ。
夏休みには旅に出た。孤児院で40人の子どもと生活したり、無人島でウミガメの世話したり。
石巻の町並み
石巻の町並み
日奈さんの祖父の代から始まった「大石スクーリング」
日奈さんの祖父の代から始まった「大石スクーリング」
懸命にサバイブしてたら、休み明けの語学試験で、まさかのクラス1位。
友達もできて、パーティーもして、青春ウェーイ!
話せるとこんなに世界が変わるんだから、言葉ってマジですごい。
いつか言葉を教える仕事をしたいと思った。
私って喜怒哀楽がフル開放だから、人とぶつかることもあって。
特に父(公則さん〈69〉=支部長)とはバッチバチ。
昔から父と祖父が塾の先生をしてて、私は「父の教えだけは絶対に聞かん」の構え。塾も継ぐ気はなくて、静岡の会社に就職した。
懸命にサバイブしてたら、休み明けの語学試験で、まさかのクラス1位。
友達もできて、パーティーもして、青春ウェーイ!
話せるとこんなに世界が変わるんだから、言葉ってマジですごい。
いつか言葉を教える仕事をしたいと思った。
私って喜怒哀楽がフル開放だから、人とぶつかることもあって。
特に父(公則さん〈69〉=支部長)とはバッチバチ。
昔から父と祖父が塾の先生をしてて、私は「父の教えだけは絶対に聞かん」の構え。塾も継ぐ気はなくて、静岡の会社に就職した。
「学校で習う知識を『使える英語』に」と日奈さんは言う
「学校で習う知識を『使える英語』に」と日奈さんは言う
●自分がどう生きたいのか
●自分がどう生きたいのか
2011年(平成23年)、東日本大震災が起きた。
日奈さんが休職し石巻に戻ると、慣れ親しんだ景色は、がれきで埋め尽くされていた。
塾も四つのうち三つが流された。
しばらく復興住宅の相談窓口のアルバイトをした。家族を失った人から言われた「あんだも頑張らいんよ」の言葉。
その優しさが、日奈さんの心に染み入った。
◇
私は「自分がどう生きたいのか」を考えるようになった。その時に、日本語教師になろうって決めた。資格を取って16年にアメリカへ飛んだ。
実はこのアメリカ行き。大学時代からのボーイフレンドだったレイ(バーク・レイモンドさん〈38〉=圏男子部長)との縁談が進んでいた時。
でも結婚する前に、もう一度、海外でチャレンジしたいって思いが止められなくて。
レイに話すと「海外の話をしている時のヒナの目がキラキラしてる」って、私のわがままを応援してくれた。
2011年(平成23年)、東日本大震災が起きた。
日奈さんが休職し石巻に戻ると、慣れ親しんだ景色は、がれきで埋め尽くされていた。
塾も四つのうち三つが流された。
しばらく復興住宅の相談窓口のアルバイトをした。家族を失った人から言われた「あんだも頑張らいんよ」の言葉。
その優しさが、日奈さんの心に染み入った。
◇
私は「自分がどう生きたいのか」を考えるようになった。その時に、日本語教師になろうって決めた。資格を取って16年にアメリカへ飛んだ。
実はこのアメリカ行き。大学時代からのボーイフレンドだったレイ(バーク・レイモンドさん〈38〉=圏男子部長)との縁談が進んでいた時。
でも結婚する前に、もう一度、海外でチャレンジしたいって思いが止められなくて。
レイに話すと「海外の話をしている時のヒナの目がキラキラしてる」って、私のわがままを応援してくれた。
アメリカSGIの友と(左から二人目が日奈さん、三人目がレイモンドさん)
アメリカSGIの友と(左から二人目が日奈さん、三人目がレイモンドさん)
アメリカSGIでは、みんなの生命力にいつも圧倒された。心もきれいだし、お肌もチョーきれい。
聞いたら「題目のファンデーションよ」って。それなら私も! 学会活動のど真ん中を走っていた。
信心に消極的だったレイも、いろんな会合に参加するうちに、「題目は最高のバイブレーション。心と体をチューニングしてくれる」なんて言うように。
18年に入会し、その年に結婚式を挙げた。
アメリカSGIでは、みんなの生命力にいつも圧倒された。心もきれいだし、お肌もチョーきれい。
聞いたら「題目のファンデーションよ」って。それなら私も! 学会活動のど真ん中を走っていた。
信心に消極的だったレイも、いろんな会合に参加するうちに、「題目は最高のバイブレーション。心と体をチューニングしてくれる」なんて言うように。
18年に入会し、その年に結婚式を挙げた。
数学を教える父・公則さん。創価大学を卒業後、塾講師一筋で歩んできた
数学を教える父・公則さん。創価大学を卒業後、塾講師一筋で歩んできた
日本語教師をさらに頑張ろうとした矢先、父から連絡が。塾の経営が厳しくなっていた。
「俺の代で塾をたたもうと思う」。父の声が寂しそうだった。
日奈さんは、とっさに「私が帰るから」と言った。
◇
19年にレイと石巻に生活を移した。
父と一緒に働いて、よーく分かった。マジで合わねえ。
祖父の代からの教育方針をそのまま体現してて、正直「時代に合わせろよ」って思うこともあった。
それを強制的に変えようとして、「おまえなんか父親じゃねえ」なんて言っちゃったことも……あれはマジでゴメン。
でも父がすごいのは、けんかしても次の日には、笑顔で「おはよー」って。すぐ仏界にいくのかな?
それに一番驚いたのは、父の生徒を受け持った時。勉強に向き合う姿勢もそうだけど、みんな人間ができてる。
今まではそんなの感じたことなかった。
日本語教師をさらに頑張ろうとした矢先、父から連絡が。塾の経営が厳しくなっていた。
「俺の代で塾をたたもうと思う」。父の声が寂しそうだった。
日奈さんは、とっさに「私が帰るから」と言った。
◇
19年にレイと石巻に生活を移した。
父と一緒に働いて、よーく分かった。マジで合わねえ。
祖父の代からの教育方針をそのまま体現してて、正直「時代に合わせろよ」って思うこともあった。
それを強制的に変えようとして、「おまえなんか父親じゃねえ」なんて言っちゃったことも……あれはマジでゴメン。
でも父がすごいのは、けんかしても次の日には、笑顔で「おはよー」って。すぐ仏界にいくのかな?
それに一番驚いたのは、父の生徒を受け持った時。勉強に向き合う姿勢もそうだけど、みんな人間ができてる。
今まではそんなの感じたことなかった。
夫のバーク・レイモンドさんはALT(外国語指導助手)の仕事が終わると、英会話教室のレッスンを受け持っている
夫のバーク・レイモンドさんはALT(外国語指導助手)の仕事が終わると、英会話教室のレッスンを受け持っている
●父に学んだ人間教育 夫に見た賢者の喜び
●父に学んだ人間教育 夫に見た賢者の喜び
日奈さんの頭に、池田先生の指針である「教師こそ最大の教育環境」が浮かんだ。
公則さんへの尊敬が増し、「父には今のままでいてほしい」と思えるようになった。それから、ケンカはピタリと止んだ。
父が教える塾の隣で、日奈さんは英会話教室を開設。英語の上達に加え、「みんなが自分らしくいられる場所」を目指した。
◇
人の目を気にしていた生徒が、殻を脱いで、素の個性が弾けるようになると、もうサイコー。
「あなたの魅力、英語が話せたらもっと多くの人に伝えられるよ」って。
言語を話せるようになるのがゴールじゃなくて、英語をツールに「立派な人格」の国際人を育むこと。これは私自身が学生時代に『青春対話』で学んだこと。
今も私のコア(中核)になっている。
日奈さんの頭に、池田先生の指針である「教師こそ最大の教育環境」が浮かんだ。
公則さんへの尊敬が増し、「父には今のままでいてほしい」と思えるようになった。それから、ケンカはピタリと止んだ。
父が教える塾の隣で、日奈さんは英会話教室を開設。英語の上達に加え、「みんなが自分らしくいられる場所」を目指した。
◇
人の目を気にしていた生徒が、殻を脱いで、素の個性が弾けるようになると、もうサイコー。
「あなたの魅力、英語が話せたらもっと多くの人に伝えられるよ」って。
言語を話せるようになるのがゴールじゃなくて、英語をツールに「立派な人格」の国際人を育むこと。これは私自身が学生時代に『青春対話』で学んだこと。
今も私のコア(中核)になっている。
三世代で食卓を囲む
三世代で食卓を囲む
震災後、ふさぎがちになった子。目が合わせられない子。
みんなが少しずつ自信を付け、「過去の自分も肯定できるようになりました」と、笑顔で言ってくれるまでになった。
3人から始まった英会話の生徒は、今では103人まで広がった。
◇
何かにチャレンジする時って、もちろん不安もあるけど、私がそこへ突っ込んでいけるのは、池田先生が〈何が起こっても、それを楽しんでいく。いい方向、楽しい方向へ、前向きの方向へと受けとめていく。それが楽観主義であり、その究極が信仰である〉って教えてくださってるから。
私自身の“The best version(最高の姿)”を目指すうちに、どんどんパワーアップして、信心も頑丈になって、今では“ラスボス感”が出ちゃってるみたい。
それに、私にはいつも家族がいた。落ち込んだ時には、必ず母(ひとみさん〈67〉=女性部本部長)が「一緒に題目あげよう」って、一番の味方でいてくれた。
私も二人の子どもができたけど、まだまだ母の背中は遠いなって。ホント偉大すぎる。
震災後、ふさぎがちになった子。目が合わせられない子。
みんなが少しずつ自信を付け、「過去の自分も肯定できるようになりました」と、笑顔で言ってくれるまでになった。
3人から始まった英会話の生徒は、今では103人まで広がった。
◇
何かにチャレンジする時って、もちろん不安もあるけど、私がそこへ突っ込んでいけるのは、池田先生が〈何が起こっても、それを楽しんでいく。いい方向、楽しい方向へ、前向きの方向へと受けとめていく。それが楽観主義であり、その究極が信仰である〉って教えてくださってるから。
私自身の“The best version(最高の姿)”を目指すうちに、どんどんパワーアップして、信心も頑丈になって、今では“ラスボス感”が出ちゃってるみたい。
それに、私にはいつも家族がいた。落ち込んだ時には、必ず母(ひとみさん〈67〉=女性部本部長)が「一緒に題目あげよう」って、一番の味方でいてくれた。
私も二人の子どもができたけど、まだまだ母の背中は遠いなって。ホント偉大すぎる。
レイモンドさん(右から二人目)は流ちょうな日本語で男子部の同志を励ましている
レイモンドさん(右から二人目)は流ちょうな日本語で男子部の同志を励ましている
レイの存在も励みになった。
最初は日本語もたどたどしくて、しれーっと私が悪口言っても気付かない。
それが「日本語を使って、人を励ましたい」って、山ほど努力をしてるのを見てきた。
ピンチが発生すれば、「賢者はよろこび愚者は退く」(新1488・全1091)って、逆にテンション上がってるし。
圏男子部長になって、堂々と広宣流布を語る姿を見てると「もはや誰?」レベルの人間革命。本当に尊敬しかない。
人生って、いろんな選択がある。
でも大事なのは、目の前のチョイスを思いっきり楽しむこと。私は石巻にいて、父の塾を継ぐ道を選んだ。
そんな今の自分が、一番好きだなって思える。
レイの存在も励みになった。
最初は日本語もたどたどしくて、しれーっと私が悪口言っても気付かない。
それが「日本語を使って、人を励ましたい」って、山ほど努力をしてるのを見てきた。
ピンチが発生すれば、「賢者はよろこび愚者は退く」(新1488・全1091)って、逆にテンション上がってるし。
圏男子部長になって、堂々と広宣流布を語る姿を見てると「もはや誰?」レベルの人間革命。本当に尊敬しかない。
人生って、いろんな選択がある。
でも大事なのは、目の前のチョイスを思いっきり楽しむこと。私は石巻にいて、父の塾を継ぐ道を選んだ。
そんな今の自分が、一番好きだなって思える。
大好きな家族と(左から父・公則さん、母・ひとみさん、長男・凱くん、夫・レイモンドさん、長女・仁渚さん、日奈さん)
大好きな家族と(左から父・公則さん、母・ひとみさん、長男・凱くん、夫・レイモンドさん、長女・仁渚さん、日奈さん)