〈生きるよろこび 信仰体験〉 「下垂体性成長ホルモン分泌亢進症」で気付けたこと
〈生きるよろこび 信仰体験〉 「下垂体性成長ホルモン分泌亢進症」で気付けたこと
2026年4月9日
- 命で感じる“幸せな世界”
- 命で感じる“幸せな世界”
「難しいけど、楽しい」と声に出して御文を読む根岸さん。母が贈ってくれた御書を、大切に使っている
「難しいけど、楽しい」と声に出して御文を読む根岸さん。母が贈ってくれた御書を、大切に使っている
【埼玉県東松山市】澄み渡る青空の下、公園の小道を母と並んで歩く。柔らかな春風が心地いい。「お母さん。私ね、病気に感謝してるんだよ」。そう語る根岸恵さん(28)=本部池田華陽会キャップ=の静かなほほ笑みは、確信に満ちていた。今も頭の中には腫瘍が残ったままだ。それでも、腕を組んだ母のぬくもりと、街路樹が風に揺れる音が重なり、「この世界は、こんなにも美しい」と、心から感じられる今がある。
【埼玉県東松山市】澄み渡る青空の下、公園の小道を母と並んで歩く。柔らかな春風が心地いい。「お母さん。私ね、病気に感謝してるんだよ」。そう語る根岸恵さん(28)=本部池田華陽会キャップ=の静かなほほ笑みは、確信に満ちていた。今も頭の中には腫瘍が残ったままだ。それでも、腕を組んだ母のぬくもりと、街路樹が風に揺れる音が重なり、「この世界は、こんなにも美しい」と、心から感じられる今がある。
「親孝行したいけど、つい甘えちゃう」と根岸さん㊧。母・久巳世さんと笑顔で歩く
「親孝行したいけど、つい甘えちゃう」と根岸さん㊧。母・久巳世さんと笑顔で歩く
2016年(平成28年)9月。18歳だった根岸さんは、理学療法士を志し専門学校に通っていた。その日は、朝から原因不明の違和感に襲われた。意識が、ふわりと遠のくような感覚。
通学するバスの中で、友人は小テストの話で持ちきりだった。「え、今日ってテストだっけ?」。ついこの前もアルバイトのシフト表を出し忘れたばかり。“何かがおかしい”。胸騒ぎを覚えた。
やがて明らかになったのは、直径8センチ大の脳腫瘍。MRI画像には、白い塊が映っていた。国の指定難病「下垂体性成長ホルモン分泌亢進症」と診断された。脳の中央にある下垂体から分泌される成長ホルモンが、腫瘍によって過剰になる疾患だ。
思い当たる節があった。中学時代、あっという間に伸びた身長。丈を合わせても肩や袖口が窮屈で、着る服に困った。“病気のせいだったんだ”。心なしか少し大きくなった手を見つめた。手の震えとともに、現実が迫った。
その手を包み込んでくれたのは、信心の絆で結ばれた同志の存在だった。仏間に集まった仲間と題目を唱えた瞬間、温かな気持ちになった。昼食に差し入れてくれた混ぜご飯は、思わず笑みがこぼれるほど、おいしかった。
2016年(平成28年)9月。18歳だった根岸さんは、理学療法士を志し専門学校に通っていた。その日は、朝から原因不明の違和感に襲われた。意識が、ふわりと遠のくような感覚。
通学するバスの中で、友人は小テストの話で持ちきりだった。「え、今日ってテストだっけ?」。ついこの前もアルバイトのシフト表を出し忘れたばかり。“何かがおかしい”。胸騒ぎを覚えた。
やがて明らかになったのは、直径8センチ大の脳腫瘍。MRI画像には、白い塊が映っていた。国の指定難病「下垂体性成長ホルモン分泌亢進症」と診断された。脳の中央にある下垂体から分泌される成長ホルモンが、腫瘍によって過剰になる疾患だ。
思い当たる節があった。中学時代、あっという間に伸びた身長。丈を合わせても肩や袖口が窮屈で、着る服に困った。“病気のせいだったんだ”。心なしか少し大きくなった手を見つめた。手の震えとともに、現実が迫った。
その手を包み込んでくれたのは、信心の絆で結ばれた同志の存在だった。仏間に集まった仲間と題目を唱えた瞬間、温かな気持ちになった。昼食に差し入れてくれた混ぜご飯は、思わず笑みがこぼれるほど、おいしかった。
しかし試練は続く。激しい頭痛、鼻からは髄液が漏れ、緊急入院することに。母・久巳世さん(60)=副白ゆり長=は、病院までの定期券を買い、毎日、病室に顔を出してくれた。
母と別れた後の独りぼっちの夜は、白い天井を見ながら涙があふれる。“どうして私なの?”。くじけそうになる心を引き留めたのは、一通のメールだった。
〈一人じゃないってことを忘れないで〉
女子部(当時)の仲間からだった。文末には池田先生の言葉が添えられていた。
〈人間は皆、幸福になるために生まれてきた。勝つために生まれてきた。人を幸福にするために生まれてきた〉
その言葉が、暗闇に差し込む一筋の光となった。何度も読み返すうちに、胸の奥から力が湧き上がり、不安や恐怖を押しのけていく。“私は勝つ”。師と心を合わせた瞬間だった。
しかし試練は続く。激しい頭痛、鼻からは髄液が漏れ、緊急入院することに。母・久巳世さん(60)=副白ゆり長=は、病院までの定期券を買い、毎日、病室に顔を出してくれた。
母と別れた後の独りぼっちの夜は、白い天井を見ながら涙があふれる。“どうして私なの?”。くじけそうになる心を引き留めたのは、一通のメールだった。
〈一人じゃないってことを忘れないで〉
女子部(当時)の仲間からだった。文末には池田先生の言葉が添えられていた。
〈人間は皆、幸福になるために生まれてきた。勝つために生まれてきた。人を幸福にするために生まれてきた〉
その言葉が、暗闇に差し込む一筋の光となった。何度も読み返すうちに、胸の奥から力が湧き上がり、不安や恐怖を押しのけていく。“私は勝つ”。師と心を合わせた瞬間だった。
13時間に及ぶ手術。全ての腫瘍を取り切ることはできなかった。退院後、見えていた景色が変わった。肩がぶつかり振り返ると、そこに人がいた。視野が左右で大きく欠けていた。
合併症の「下垂体機能低下症」で、少し動いただけで疲れと脱力感に襲われる。尿崩症で、どれだけ水を飲んでも口が渇き、何度もトイレに行く夜が続いた。
だからこそ、根岸さんは題目を唱えた。体力を戻そうと、朝の冷たい空気の中、自宅周辺を一歩一歩、歩いた。帰ってくると倒れるように横になった。
専門学校を辞める決断をした日、悔し涙が頰を伝った。しかしその涙の奥には、師弟の誓いがあった。「どんな苦難も意味がある」
先の見えないどん底にあっても、根岸さんは御本尊に向かい続けた。白蓮グループに志願し、小説『新・人間革命』を学ぶ中で、「池田先生の世界を知ることが楽しかったんです。何があっても、最後は絶対にいい方向へいく」。その確信が揺るぎないものになった頃、根岸さんは「幸せ」という言葉を、よく口にするようになった。
13時間に及ぶ手術。全ての腫瘍を取り切ることはできなかった。退院後、見えていた景色が変わった。肩がぶつかり振り返ると、そこに人がいた。視野が左右で大きく欠けていた。
合併症の「下垂体機能低下症」で、少し動いただけで疲れと脱力感に襲われる。尿崩症で、どれだけ水を飲んでも口が渇き、何度もトイレに行く夜が続いた。
だからこそ、根岸さんは題目を唱えた。体力を戻そうと、朝の冷たい空気の中、自宅周辺を一歩一歩、歩いた。帰ってくると倒れるように横になった。
専門学校を辞める決断をした日、悔し涙が頰を伝った。しかしその涙の奥には、師弟の誓いがあった。「どんな苦難も意味がある」
先の見えないどん底にあっても、根岸さんは御本尊に向かい続けた。白蓮グループに志願し、小説『新・人間革命』を学ぶ中で、「池田先生の世界を知ることが楽しかったんです。何があっても、最後は絶対にいい方向へいく」。その確信が揺るぎないものになった頃、根岸さんは「幸せ」という言葉を、よく口にするようになった。
残った腫瘍の大きさを薬でコントロールするため、毎月病院で注射を打つ。行き帰りの電車でも、待ち時間のロビーでも、小説『新・人間革命』を開いた。
「師弟って、戸田先生と池田先生のことだけだと思ってた。でもだんだん、池田先生と私も師弟なんだって気付いたんです」。そして“私も誰かを幸せにしたい”と思うようになった。
3年がたった19年4月。根岸さんは介護士として新たな一歩を踏み出す。資格を取るように勧めたのは、久巳世さんだった。
母は娘の戦いをずっと見ていた。切り抜いた跡の残る聖教新聞。本棚にある池田先生の書籍から飛び出る付箋。リビングから聞こえてくる御書を読む声。心は常に前を向いていた。
つらい闘病の中で、そばにいてくれた人がいた。言葉をかけてくれた人がいた。そのぬくもりが、根岸さんの胸の奥に残っている。“今度は私が、支える側に――”
残った腫瘍の大きさを薬でコントロールするため、毎月病院で注射を打つ。行き帰りの電車でも、待ち時間のロビーでも、小説『新・人間革命』を開いた。
「師弟って、戸田先生と池田先生のことだけだと思ってた。でもだんだん、池田先生と私も師弟なんだって気付いたんです」。そして“私も誰かを幸せにしたい”と思うようになった。
3年がたった19年4月。根岸さんは介護士として新たな一歩を踏み出す。資格を取るように勧めたのは、久巳世さんだった。
母は娘の戦いをずっと見ていた。切り抜いた跡の残る聖教新聞。本棚にある池田先生の書籍から飛び出る付箋。リビングから聞こえてくる御書を読む声。心は常に前を向いていた。
つらい闘病の中で、そばにいてくれた人がいた。言葉をかけてくれた人がいた。そのぬくもりが、根岸さんの胸の奥に残っている。“今度は私が、支える側に――”
施設に勤め始めた。ある日の入浴介助でのこと。「しっかり、つかまってくださいね」。白い湯気の立ち上る浴室で、滑らないように利用者の細い腕を支える。手のひらから、じんわりと体温が伝わってきた。
一歩、また一歩と揺れる体を受け止め、浴槽へと導く。腕にかかる重みを感じながら、ふと、自分の大きな手を見た。
“この手で良かった”
病の象徴だった伸びた身長と少し大きな手が、今は誰かを守る力となっている。「ありがとう」とほほ笑む利用者の一言に、胸いっぱいに喜びが広がる。「優しさや、うれしいって気持ちが芽生えるたびに、命を感じるんです。人とのつながりこそ、生きるってことなんだなって」
現在も治療は続く。薬を服用しながら、心ゆくまで題目を唱える朝のひととき。窓から差し込む光が、部屋に柔らかく広がる。その中で、根岸さんは御書をひもとく。「苦をば苦とさとり、楽をば楽とひらき、苦楽ともに思い合わせて南無妙法蓮華経とうちとなえいさせ給え」(新1554・全1143)。この一節に、全てを勝ち越える生命の大哲学を感じる。
先日、池田華陽会の仲間たちの前で、体験を語った。最初は緊張で声が震えたが、真剣なまなざしに包まれて、声は自然と力強さを増した。
「最後は絶対に、いい方向へいく」
どんな困難も使命に変える。根岸さんは今、師弟の心を胸に“幸せな世界”を堂々と生きている。
施設に勤め始めた。ある日の入浴介助でのこと。「しっかり、つかまってくださいね」。白い湯気の立ち上る浴室で、滑らないように利用者の細い腕を支える。手のひらから、じんわりと体温が伝わってきた。
一歩、また一歩と揺れる体を受け止め、浴槽へと導く。腕にかかる重みを感じながら、ふと、自分の大きな手を見た。
“この手で良かった”
病の象徴だった伸びた身長と少し大きな手が、今は誰かを守る力となっている。「ありがとう」とほほ笑む利用者の一言に、胸いっぱいに喜びが広がる。「優しさや、うれしいって気持ちが芽生えるたびに、命を感じるんです。人とのつながりこそ、生きるってことなんだなって」
現在も治療は続く。薬を服用しながら、心ゆくまで題目を唱える朝のひととき。窓から差し込む光が、部屋に柔らかく広がる。その中で、根岸さんは御書をひもとく。「苦をば苦とさとり、楽をば楽とひらき、苦楽ともに思い合わせて南無妙法蓮華経とうちとなえいさせ給え」(新1554・全1143)。この一節に、全てを勝ち越える生命の大哲学を感じる。
先日、池田華陽会の仲間たちの前で、体験を語った。最初は緊張で声が震えたが、真剣なまなざしに包まれて、声は自然と力強さを増した。
「最後は絶対に、いい方向へいく」
どんな困難も使命に変える。根岸さんは今、師弟の心を胸に“幸せな世界”を堂々と生きている。
池田華陽会の仲間と(左から5人目が根岸さん)
池田華陽会の仲間と(左から5人目が根岸さん)