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〈連載 三代会長の精神に学ぶ〉第55回 牧口先生「法華経の信者と行者と学者及び其研究法」 (1942年12月)㊤ 2026年4月6日

  • 《歴史を創るは この船たしか》
  • 仏法の世界に「個人主義の仏」はない
  • 特高の監視にひるまず 「大善」を貫く

牧口先生 「法華経の信者と行者と学者及び其研究法」 (1942年12月)

 (仏法を信仰していても)信者と行者とは区別しなければならない。信ずるだけでもお願いをしていれば、御利益はあるだろうが、それだけでは菩薩行にはならない。自分ばかりが御利益を得て、他人に施さないような個人主義の仏はないはずである。菩薩行をしなければ、仏にはなれない。すなわち、親のような心で他の人々のために仏法を施すのが、真の信者にして行者であるのだ。
    ◇ 
 一丈(約3メートル)の堀を越えられない者に、二丈(約6メートル)、三丈(約9メートル)の堀が越えられるだろうか。一足飛びに一丈の堀を越えることができるならば、五尺(約150センチ)や三尺(約90センチ)を越えるのは楽なはずだ。今の世の中には、“小善を積んでいけば、大善を成すに至る”という考え方があるが、国家も社会も、家庭も個人も、皆、この考えでいることは心外というほかない。「塵も積もれば山となる」ということわざを原理にした考え方かもしれないが、よくよく観察すれば、塵が積もることで出来上がった山はないのだ。(中略)
 心の法則についても同じことが言える。悟った瞬間にただちに目が開かれるのであり、こつこつと小善を積んでいくうちに大善ができるわけではないのである。
    ◇ 
 大善生活をしている人を信じ、行をすれば、その価値が分かり、信が起こる。信・行・学を部分的に解釈してはならない。日蓮大聖人が「行学たえなば仏法はあるべからず。我もいたし、人をも教化候え。行学は信心よりおこるべく候」(新1793・全1361)と仰せのように、我々は大善生活をしなければならない。(中略)
 小さな利益を与えて大きな利益を奪い、大きな罰を与えるのは魔である。小さな罰という現証を通して、大きな罰を避けさせ、大きな利益を与えるのが親心であり、その心の最大のものが、法華経の教えである。この基準にしたがって目的を遠大なものに定め、生活のあり方を研究するのが、私たちの互いの使命であり、実証を示し合って、「成仏」という最大幸福の生活を実現しようとするのが、創価教育学会の趣旨なのである。
 (『牧口常三郎全集』第10巻、趣意)

1942年12月に発刊された「大善生活実証録」。「諸法実相抄」の一節に続いて、創価教育学会の第5回総会での牧口先生の講演を収録するとともに、戸田先生の講演「大法を観る」などが掲載されている
1942年12月に発刊された「大善生活実証録」。「諸法実相抄」の一節に続いて、創価教育学会の第5回総会での牧口先生の講演を収録するとともに、戸田先生の講演「大法を観る」などが掲載されている

 創価学会の前身である創価教育学会が、戦時中に会報として発刊していた「価値創造」。
 第1号(1941年7月)の1面の記事には、日蓮大聖人の「諸法実相抄」の次の一節が冒頭に掲げられていた。
 「行学の二道をはげみ候べし。行学たえなば仏法はあるべからず。我もいたし、人をも教化候え。行学は信心よりおこるべく候。力あらば一文一句なりともかたらせ給うべし」(新1793・全1361)
 この御聖訓は、創価教育学会にとっての最後の刊行物となった「大善生活実証録―第五回総会報告―」(1942年12月)においても、冒頭に掲げられた一節にほかならなかった。
 牧口先生はこの一節を踏まえるような形で、“仏法には、自分だけの幸福を目指すような「個人主義の仏」はないはずである”と強調。国が誤った方向に突き進む中で、多くの民衆が悲劇と不幸に追いやられることを防がねばならないと、信念の言論戦を続けていたのである。
 当時の日本では、太平洋戦争が始まった1941年12月に、言論や出版、集会や結社を厳しく統制する法律が施行されるなど、国の方針に従順であることを求める動きが強まっていた。
 1942年4月にはこの法律を利用して東条内閣が選挙を実施。戦争遂行を支持する候補者には臨時軍事費を流用して支援をする一方で、他の候補者に対しては官憲による露骨な選挙干渉が多発した。さらに選挙後には翼賛政治会が結成され、他の政治団体は禁止となった。
 また同年11月には、大政翼賛会と主要な新聞社との共催で、「国民決意の標語」を募集。「欲しがりません勝つまでは」など、生活の窮乏を精神論で乗り越えることを美化する標語をはじめ、「その手ゆるめば戦力にぶる」といった戦意高揚の標語が入選作に選ばれ、その空気に従わない人間を非国民扱いする社会となっていたのだ。
 そのまさに同じ時期に、牧口先生が創価教育学会の第5回総会で行ったのが、「法華経の信者と行者と学者及び其研究法」と題する講演だった。
 講演で牧口先生は訴えた。
 「誰でも大悪に反対することはできる。しかし口ではできると言いながら、現実にはできないために、妥協することで大善を圧迫している。これが現在の世相であるといえよう。(言葉ばかりが勇ましい人は)外観は大善に見えても内面においては大悪である。今の世の中で、志士や仁人として尊敬されている人がいるが、その実態は偽善、独善、空善ともいうべき存在にほかならない」(趣意)と。

2006年11月、東京・信濃町の創価文化会館(当時)で行われた全国合同協議会。池田先生はスピーチで、戦時中に牧口先生が講演で述べた言葉に言及するとともに、戸田先生の「広宣流布とは、万人の幸福を勝ち取る人権闘争である。正義の闘争である。それが、学会青年の使命だ!」との指導を紹介。青年部の活躍に期待を寄せた
2006年11月、東京・信濃町の創価文化会館(当時)で行われた全国合同協議会。池田先生はスピーチで、戦時中に牧口先生が講演で述べた言葉に言及するとともに、戸田先生の「広宣流布とは、万人の幸福を勝ち取る人権闘争である。正義の闘争である。それが、学会青年の使命だ!」との指導を紹介。青年部の活躍に期待を寄せた

 牧口先生の講演を収めた小冊子「大善生活実証録」は1000部ほど発行されたが、戦後、その講演の記録がアメリカ議会図書館にも保管されていた。
 池田先生は20年前(2006年11月)、全国合同協議会でのスピーチで、このことに言及しながら次のように語った。
 「創価大学の『創価教育研究所』に、戦前の貴重な資料の複写が届けられた。それは、あの大弾圧で学会幹部が大量に検挙された際、特高警察によって押収された、牧口先生の講演の記録である」
 「おそらく、特高が押収した資料を、終戦後に占領軍が押収し、何らかの経緯で海を渡ったと考えられる。
 アメリカで保管されている資料には、当時の取り調べのためであろうか、牧口先生の講演内容を要約し、『注意』と記した付箋紙が、何枚も貼り付けられたままになっている」と。
 戦時中に特高が発行していた月報によれば、少なくとも1941年11月頃から牧口先生の言動や学会の動きに対し、監視を強めていたことが窺える。
 それだけに、人々の前で講演をすること自体、極めて勇気がいる行為だった。その上、講演内容をまとめた小冊子の配布は弾圧の材料を与えかねないものだったといえよう。しかし、言うべき時に言うべきことを臆することなく訴えることが、日蓮大聖人の精神に連なる道にほかならないと、牧口先生は心に深く期していたのである。
 講演でも、その信念を凝縮した言葉が語られていた。
 「大聖人は『愚人にほめられたるは第一のはじなり』(新121・全237)と仰せられているが、誰にも人にほめられたい心がある。少なくとも、悪く思われたくないという臆病さがある。事実、良い事でも、他人には気にさわると思えば、なかなか言えないが、言わねばならないとするのが親心であり、言えないような臆病の者は大聖人の弟子にはなれない」(趣意)
 こうした講演での発言を池田先生はスピーチで紹介しつつ、「よくよく学ぶべき初代の精神」であると強調してやまなかったのだ。 
 (㊦に続く

 <語句解説>
 翼賛政治会 1942年5月、東条首相の提唱で挙国一致の政治体制を目指し、結成された政治結社。他の政治結社は解散させられ、事実上の一国一党体制が成立。その後、東条内閣の退陣を機に、45年3月、大日本政治会に改組された。

 大政翼賛会 1940年10月、近衛内閣が新体制運動推進の名のもとに設立した国民統制の組織。全国に支部がつくられ、その長は知事や市区町村長などが兼任。45年6月に国民義勇隊に再編された。

 特高警察 反体制的な活動を取り締まるために戦前に設置された警察の一部門。正式名称は、特別高等警察。終戦後の1945年10月、GHQ(連合国軍総司令部)の覚書によって廃止された。

※次回(第56回)は4月7日に配信予定

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