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国連大学学長 チリツィ・マルワラさんに聞く 2024年10月26日

  • 〈SDGs×SEIKYO〉 技術革新と世界の未来

 国連システム全体のシンクタンク(研究機関)の機能を担う国連大学(本部=東京都渋谷区)。昨年3月に同大学の学長に就任したチリツィ・マルワラさん(国連事務次長)は、南アフリカ出身の人工知能(AI)の専門家であり、長年、開発途上国における技術革新の必要性を訴えてきました。SDGsの目標9「産業と技術革新の基盤をつくろう」が、なぜ途上国にとって重要なのか――。国連大学の役割や9月に開催される国連「未来サミット」の展望などと併せて、マルワラ学長に聞きました。(取材=田川さくら、樹下智、8月15日付)

 ――国連大学は、国連総会でその設立が決議され、1975年から研究活動をスタートしました。これまでの取り組みと、国際社会における役割について教えてください。
  
 国連大学の目的は、共同研究や教育を通じ、人類が直面する地球規模の課題の解決に寄与することです。現在でいえば、国際社会の平和と安全に加え、気候変動、急速な技術革新などが喫緊の課題です。世界各地に13の研究所と学術プログラムを有しており、課題解決のために中立的な立場で研究を進めています。

 その研究に基づいて、国連とその加盟国に対して、政策提言を行っています。私自身も学長として、これまで各国首脳や政策立案者と会い、具体的な提案を行ってきました。

 また、国連大学は教育機関として、修士課程と博士課程のプログラムを提供しています。修了者の中には、国連機関で働く人もいれば、民間企業や政府系機関で働く人もいます。わが大学の卒業生たちが、さまざまな立場で国連の価値観を社会に浸透させてくれています。

東京・渋谷区にある国連大学本部
東京・渋谷区にある国連大学本部

 ――近年、国連大学として特に力を入れていることはありますか。
  
 AIを巡る問題は今、国連にとって重要な課題になっています。国連大学としても、急速に進化を遂げるAIに特化した研究所を新設予定です。昨年、国連事務総長の下で、「人工知能に関するハイレベル諮問機関」が設置されましたが、その研究を主導するのも、わが大学の研究者です。

 私は長年、AIについて研究してきましたが、そこで培った知見を学長として生かせることに、やりがいを感じています。
  
 ――マルワラ学長がAI研究を始めた、きっかけについて教えてください。
  
 AIに興味を持つようになったのは、ほんの偶然からでした。イギリスのケンブリッジ大学大学院に入学して、工学分野での博士号取得を目指していた時のことです。

 具体的な研究テーマを決めかねていたある日、たまたま隣に座った友人が、私の人生を決定付けました。現在、グーグル・ディープマインドでシニア・AI・ディレクターを務めているナンド・デ・フレイタスさんです。

 彼に研究テーマを尋ねると、返ってきた言葉は「AI」でした。なんだか、とても面白そうに聞こえ、私もAIについて研究することにしたんです。

加速する効率化

 ――マルワラ学長は博士号取得後、世界各地で客員研究員や客員教授として、AIについて研究をされました。そして、南アフリカでは、第4次産業革命に関する大統領委員会の副議長として、同国の第4次産業革命戦略の策定にも寄与されました。
  
 第4次産業革命とは、AIやIoT(あらゆるモノをインターネットにつなげる技術)など、最先端の技術によってもたらされる革新のことです。

 第3次産業革命では、コンピューターによる自動化が進みました。第4次産業革命では、この流れにさらに拍車がかかるとともに、これまでにない効率化、そして最適化が生まれます。これは、企業が競争社会で生き残っていくために不可欠です。

 ある南アフリカの自動車会社は、作業の自動化が遅れたために、市場での競争に敗れ、工場を閉鎖せざるを得ませんでした。廃業は労働者の生活を左右するだけではありません。それは税金を納める企業の数の減少を意味し、国全体の経済にも影響を及ぼすのです。

 一方、作業の自動化が進むと、労働需要はどうなるでしょうか。多くの人が職を失うことにつながるのは明らかです。

 技術革新による作業の効率化で国際競争力を高めながら、いかに雇用を守っていくのか――。そのための国家戦略が極めて重要なのです。

 その戦略の柱の一つは、教育です。より多くの人が機械では生み出せない価値を創造し続け、この新たな時代を生き抜いていくための力をつけていく必要があります。

デジタル技術により、製造の自動化が加速する自動車工場 ©SweetBunFactory/Getty Images
デジタル技術により、製造の自動化が加速する自動車工場 ©SweetBunFactory/Getty Images

 ――SDGsの目標9では、「開発途上国をはじめとするすべての国々で科学研究を強化」することが掲げられています。とりわけ開発途上国において、技術革新がなぜ重要なのでしょうか。
  
 私の周囲で時計を持つ人が少なかった時代、祖母は日時計のようなものを使って時間を判断していました。太陽の影を見ながら、畑に行く時間や、私の弟を迎えに行く時間を決めていたのです。もちろん、あまり正確ではありませんでしたが(笑)。時計は、そうした生活を一変させてくれました。

 これは第4次産業革命とは次元の違う話ですが、技術革新が人々の生活を変えるという点では一緒です。技術の発展と産業インフラの確立によって、南アフリカの人々の生活が一変していく様を、私は目の当たりにしてきました。

 これからも技術革新の恩恵によって、人々の生活がさらに豊かになっていくことが期待されます。例えば、ドローンを使えば、広い農地での作物の成長をモニタリングできるようになります。そのデータをAIに学習させ、どのような作物をどのタイミングで育てるのが適しているかを予想させることも可能です。

 農業以外の産業でも同じです。自動化と効率化を進めることは、人々の生活を改善するだけではなく、国際競争力を高めることにつながります。競争力を高めなければ、技術革新の恩恵は先進国に独占されてしまうことになる。だから、開発途上国での技術革新、そのための研究や支援が重要なのです。

 さらに、気候変動の負の影響を最も受けるのは、開発途上国です。地球温暖化により、水資源は枯渇しつつあります。エネルギーと水資源の確保は、途上国にとって死活問題です。

 気候変動を食い止めるには、化石燃料からの脱却が不可欠であり、それに代わる手頃な再生可能エネルギーを生み出さなければなりません。そうした意味でも開発途上国にとって、技術革新は不可欠なのです。

タブレットを活用し、最適な栽培方法を導き出すアフリカの農業者 ©subman/Getty Images
タブレットを活用し、最適な栽培方法を導き出すアフリカの農業者 ©subman/Getty Images
未来は明るい

 ――一方、フェイクニュースやAIの軍事転用など、技術革新の負の側面が今、国際社会で危惧されています。創価学会第3代会長の池田大作先生は、2020年に発表した平和提言の中で、核兵器の運用におけるAIの導入は核使用の危険性を高めるとして、禁止すべきであると訴えました。
  
 AIが軍事的に利用される方法は三つあります。一つ目は、AIを搭載しつつも、標的や殺傷の判断は全て人間に委ねられる兵器です。この場合、人間の指示なしに兵器は動きません。

 二つ目は、基本的な判断のみ、AIに委ねられる兵器です。航空機の自動操縦のように、兵器は常に人間によって監視されており、予想外の事態が起こった場合のみ、人間が介入し、操作します。

 三つ目は、全ての判断がAIに委ねられる兵器です。自律型致死兵器はこれに当たります。AIが常に正しい判断を下せるのか、どのようにAIに道徳的規範をプログラムするのか、もし判断を誤った場合に誰が責任を取るのか、など非常に多くの問題をはらんでいます。国際社会も対応が急務だとし、議論を重ねています。

 私は、池田会長の主張に全面的に同意します。AIは決して兵器化されてはいけませんし、核兵器という大量破壊兵器の運用に導入されるなど、もってのほかです。

昨年10月、米ニューヨークで開かれた、自律型兵器システムの問題を啓発する展示会。SGIが市民社会組織と共同主催し、各国の外交官や国連関係者などが参加した
昨年10月、米ニューヨークで開かれた、自律型兵器システムの問題を啓発する展示会。SGIが市民社会組織と共同主催し、各国の外交官や国連関係者などが参加した

 ――こうした技術革新における課題をはじめ、気候危機や感染症など、一国では対処できない諸問題を解決するには、多国間の協力が欠かせません。そこで、国際社会の結束力を強めるべく、本年9月にニューヨークの国連本部で開催されるのが「未来サミット」です。未来サミットで議論されるポイントについて教えてください。
  
 未来サミットでは、「未来のための協定」が採択される予定です。ここでは、「持続可能な開発と開発のための資金調達」「国際の平和と安全」「科学・技術・イノベーション、そしてデジタル協力」「若者および将来世代」「グローバル・ガバナンスの変革」の五つの分野において、国連加盟国が具体的な行動を約束することになっています。

 「科学・技術・イノベーション、そしてデジタル協力」の分野においては、「グローバル・デジタル・コンパクト(盟約)」も合意される予定です。これは、データやAIへのアクセスなど、デジタル格差の是正を目指したもので、私も注目しています。

 私たちが直面する課題はあまりに大きく、分断を深める現下の国際社会では到底、解決できません。私たちには団結が求められているのです。その中にあって、若者の声は非常に重要です。グテーレス国連事務総長も“若者の声を失った時、私たちの損失は計り知れない”と強調しています。

「未来サミット」に先駆け、本年5月にケニアで行われた国連市民社会会議。未来サミットの公式サイトでは、同会議を紹介するページで、未来アクションフェスが「若者が国連市民社会会議の議論に積極的な貢献を果たしている」事例として取り上げられている
「未来サミット」に先駆け、本年5月にケニアで行われた国連市民社会会議。未来サミットの公式サイトでは、同会議を紹介するページで、未来アクションフェスが「若者が国連市民社会会議の議論に積極的な貢献を果たしている」事例として取り上げられている

 ――本年3月、「未来サミット」に若者の声を届けるため、「未来アクションフェス」が東京で行われました。マルワラ学長は来賓としてスピーチに立ち、地球的課題の解決において、若い人々は希望の光であると期待を寄せられました。
  
 以前、ある人に“国の将来を見たければ、その国の若者を見ればいい”と言われたことがあります。私は未来アクションフェスに参加し、日本の未来は明るいと確信しました。若者が生き生きとしている。地球規模の課題や将来について考え、未来に希望を抱いている。その姿と熱意に感動し、刺激を受けました。

 今、社会ではリーダーシップの欠如が叫ばれています。現代のリーダーは、時代の要請に応えられていません。しかし私は、未来アクションフェスを見て、未来に希望を持つことができました。あの場にいた若者なら、人類が直面する課題に果敢に取り組み、国際的なリーダーシップを発揮してくれるだろう。その結果、現代の課題が100年先の未来に持ち越されることはないだろうと、私は強く感じたのです。

 未来アクションフェスに参加した青年たちが発信した重要なメッセージを、いかに世界に広げていけるのか。一緒に考え、さらに協力していきたいと願っています。

本年3月、東京・国立競技場で開催された「未来アクションフェス」。約12万人が回答した「青年意識調査」の結果に基づき、実行委員会から共同声明が発表され、マルワラ学長(中央)に手渡された
本年3月、東京・国立競技場で開催された「未来アクションフェス」。約12万人が回答した「青年意識調査」の結果に基づき、実行委員会から共同声明が発表され、マルワラ学長(中央)に手渡された

Tshilidzi Marwala 1971年、南アフリカ生まれ。英ケンブリッジ大学大学院で人工知能について研究し、博士号を取得。世界各地で客員教授などを務め、国際的な政策立案にも携わってきた。2018年からヨハネスブルク大学で副学長を務め、全学生を対象とした、AIリテラシーコースを開設。南アフリカでは、第4次産業革命に関する大統領委員会で副議長を務めた。昨年8月より、国連事務総長が新設した科学諮問委員会委員も務める。

  

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sdgs@seikyo-np.jp
  
●聖教電子版の「SDGs」特集ページが、以下のリンクから閲覧できます。
https://www.seikyoonline.com/summarize/sdgs_seikyo.html
  
●海外識者のインタビューの英語版が「創価学会グローバルサイト」に掲載されています。
https://www.sokaglobal.org/resources/expert-perspectives.html

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