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〈トーク2026〉 大阪発 千田教授と巡る「大坂城」 堅固にして愛されて 2026年5月9日

「瀬戸内海を通じて世界とつながり、日本中から物資や情報が集まる大坂を押さえることは、豊臣政権に不可欠だった」と千田教授㊥
「瀬戸内海を通じて世界とつながり、日本中から物資や情報が集まる大坂を押さえることは、豊臣政権に不可欠だった」と千田教授㊥

 今回は、城郭考古学者・千田嘉博教授をお迎えしました。関西学生部長の西﨑正行さん、関西女子学生部長の山田藍子さんと共に、NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」で注目を浴びる大坂城をぶらり散歩。各所に残る逸話を通して、歴史談話に花が咲きました。
 ※ここでは「大坂城」の表記で統一します。

城郭考古学者 千田嘉博さん
リーダーの思いを継ぐ仕組みが大事

 せんだ・よしひろ 1963年、愛知県生まれ。奈良大学卒、大阪大学博士(文学)。名古屋市立大学高等教育院教授、奈良大学特別教授。城郭考古学を専門とし、中世・近世の城郭構造から当時の社会や歴史を読み解く研究を行っている。関連する著書も多数。

関西学生部長 西﨑正行さん
新しい時代開く主体者に

 にしざき・まさゆき 1998年、大阪府生まれ。創価大学卒。両親が大の城好き。城郭考古学を学ぶ後輩の期待を背負って対談に臨んだ。

関西女子学生部長 山田藍子さん
偉業は民衆の支持ありて

 やまだ・あいこ 2000年、大阪府生まれ。関西大学卒。幼い頃、母と関西各地の城を訪れた際は、展示物を食い入るように見ていたそう。

大坂城の石垣は日本の城で最も高く積まれている
大坂城の石垣は日本の城で最も高く積まれている
秀長流“おもてなし”

 西﨑 今、NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」が好評です。“名補佐役”のイメージが強い弟の秀長ですが、どんな人物として捉えていますか。

 千田 秀吉が政権を確立すると、大名たちが大坂城に謁見しにやって来ます。秀吉は天下人として上段に座って威圧するのですが、秀長は自分の屋敷に客を招いて宴会を開き、「何でも相談してください」と、相手の目を見て手を握って約束したと伝わっています。九州の大名・大友宗麟は、「これからは秀長殿を頼りにする」と書き送りました。

 西﨑 一度の出会いで相手の心をつかむ秀長の“人間力”がうかがえます。

 千田 宗麟の息子・義統が京都から秀長の居城・大和郡山城を訪ねた際には、約10キロも離れた木津川周辺まで出迎えています。

 山田 “大切に思ってくれている”という心が伝わってきます。

 千田 政権ナンバー2の権威より、相手への敬意を優先する。だから多くの大名が彼のファンになり、豊臣政権を支えたのです。

大手門前でも語らいが弾む
大手門前でも語らいが弾む
大きさが示すものとは

 山田 大坂城は天守の規模、敷地面積ともに国内有数です。やはり城の大きさは、時の領主や天下人の権威を示すものだったのでしょうか。

 千田 その一面もありますが、研究が進むにつれて見方が変わってきています。巨大な城は、武士が戦うためだけではなく、敵が攻めてきた時に町の人々が逃げ込み、一緒に身体と財産を守るための場所でもあったことが分かってきました。

 西﨑 大きな城を築く際は、領民も労役に駆り出されたのだとすると、決して強いられたのではなく、自分たちの安全のために、進んで城を築いたというわけですか。

 千田 その通りです。巨大な城は、どれだけ領主が領民に信頼されていたか、結束が強かったかの証しといえるかもしれません。

 山田 池田先生はエジプトを訪れた際、クフ王のピラミッドについて、民衆は奴隷ではなく、建設の主体者として働いたからこそ何千年も崩れることなく残ったのだと考察しました。その話とも共鳴します。

「豊臣石垣館」では、豊臣時代の石垣を見ることができる
「豊臣石垣館」では、豊臣時代の石垣を見ることができる
天才型からチーム型へ

 西﨑 豊臣石垣館で見る石垣と、徳川時代に再築された石垣とでは、石のサイズが違うようです。

 千田 信長や秀吉の時代の石垣は、大小の石が組み合わさってできています。緻密な計算により積み重ねられていて、天才的な石垣職人の棟梁によるものです。しかし石の形に左右されて、うまく組み合わせる石がなければ、いつ完成するかも分からないわけです。

 山田 それは困りますね。一人の天才に国や多くの命を預けるのは危ういです。

 千田 その側面を反省し、組織の力を用いたのが家康でした。

 西﨑 確かに、徳川時代の石垣は整然と積まれています。

 千田 石の規格を統一したのです。人が代わっても造れます。政権運営においても家康は官僚組織を築いて、“天才型”から“チーム型”へと転換しました。リーダーの思いを組織で共有し、受け継いでいく仕組みをつくったからこそ、江戸幕府は260年余りも存続できたのです。

変革期こそがチャンス

 山田 千田教授はご著作で、従来の成功パターンが通用しなくなり、新しい社会を生み出すことが求められている点で、今と戦国時代は共通している、と述べられました。

 千田 戦国時代は武士が暴れただけの時代ではありません。大阪では「宗教中心の社会」を目指した本願寺が勢力を伸ばしました。伊賀や甲賀では、村の領主が連合した「惣国・郡中惣一揆」といって、突出した権力者を必要としない仕組みが築かれました。さまざまな社会の形ができつつ、ぶつかり合った時代だったのです。

 西﨑 現代も、多様な価値が林立する一方で秩序が揺らぎ、分断が進んでいます。

 千田 だけど私は、若い人にとっては、チャンスだと思っています。安定した社会は、身分や役割が固定化されてしまう。でも変革期には、秀吉のように農民出身でも天下を動かすことができる。自分たちの手で「次の時代」を描けるのです。未来を開く青年が躍り出てくれることを期待していますよ!

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